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夢魔と魔法使いの少女たち  作者: 野村勇輔
第1章 魔法使いの少女

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第8回

   7


 翌朝、わたしはイノクチ先生に言われたことを守り、久しぶりに徒歩で登校することにした。


 こうして歩いて登校するのはたぶん、中学の二年生あたり――まともに空を飛べるようになって以来じゃないだろうか。


 正直、自分の歩くスピードと学校までの距離を計りかねて、このままでは間違いなく遅刻ペースだ。


 昨日に引き続き、今日も遅刻だなんて避けたかったのだけれど、普段から運動なんて、体育の授業以外はまともにしていないわたしにとって、徒歩というのは思った以上にキツかった。


 自転車代わりにホウキに乗りすぎたせいだろうか、自分の足で歩くという行為そのものが何だか億劫でたまらない。


 おかしい、わたしってこんなにひ弱だったっけ……?


 そう思うのと同時に、運動不足で太っていく自分の姿が脳裏をよぎって、慌てて頭を振った。


 運動、大事。うん。


 わたしは少しだけ早歩きで、通学路を急ぐのだった。


 それでもやはり足が遅いのか、わたしの横を駆け抜けていく、同じ高校の制服を着た生徒たち。


 わたしも負けじと駆け出したのだけれど、十メートルほど走ったところで息切れしてしまい、あまりの苦しさに立ち止まった。


 何度も何度も深呼吸して、荒くなった息を整える。


 その間も、当然のように他の生徒たちに追い抜かされていくわけで。


 これは、もう、遅刻決定かなぁ……


 はぁ、と大きな溜息を吐いたところで、

「……大丈夫?」

 突然後ろから声がして振り向くと、そこには一人の男子生徒の姿があった。


 長い前髪は目元を僅かに隠し、スッとした鼻先には小さなニキビ。どことなくパッとしない印象だが、けれど昨夜うちに来たアリスさんと同じように、何故かわたしの心は惹きつけられた。


 男子生徒は心配そうな顔でやや腰を屈め、わたしの顔を覗き込む。


「体調悪いんなら、無理しない方が良いんじゃない?」


 そんな彼に、わたしは小さく息を吐いて胸を撫でつつ、

「あ、いえ、もう大丈夫です。落ち着きました。久し振りに思いっきり走ったから、息切れしちゃったんです」

 心配してくれてありがとうございます、と言ってわたしは小さく頭を下げた。


 すると彼は「そう」と頷き、

「じゃぁ、行こうか」

 と何故かわたしと並んで歩き始めた。


 ――なんだかとても不思議だった。


 初めて出会った男の子と、二人並んで登校する。


 しかも、彼は遅刻することに無頓着なのか、まったく急ぐ様子がない。


「……良いんですか? 走らなくて」

「走ったところでもう間に合わないよ」

「それはそうですけど、走らないと、もっと遅れちゃいますよ?」


 思わず眉間に皺を寄せてそう言うと、彼は小さく鼻で笑って、

「キミはまじめだね。誰かさんとは大違いだ」

 とわたしに顔を向けた。


 わたしは小首を傾げつつ、

「誰かさんって、誰?」


「例えば、僕?」

 人差し指で自分を示し、彼はふっと微笑んで、

「まぁ、遅刻なんて気にしなくて大丈夫だよ。死ぬわけじゃなし」


「……もしかして、いつも遅刻してるんですか?」


「うん。一年生の頃からずっとね」


 一年生の頃からってことは、やっぱりこの人は先輩なんだ。

 どうにも落ち着いている雰囲気だったから、そうだろうとは思っていたけど。


「でも、遅刻ばかりしてたら駄目じゃないですか」


「そうかも知れないけど、朝起きるのが苦手でさ。おまけにうちの両親、放任主義だからか遅刻しても僕のこと怒りもしないし。昔からそうなんだよね。なんなら、学校休んでも良いんだよって言われてる」


「それは……どうなんです?」


 放任主義というか、責任放棄というか。


「さぁ? でもまぁ、僕はいつもこんな感じ。一時間目はカウンセラー室で時間を潰して、いつも二時間目から授業を受けてる」


「先生に怒られたりはするんですよね?」


「最初だけね」

 と先輩はくすりと笑んで、

「今はもう諦められてる。一時間目を遅刻してくるだけで、テストの成績で言えば悪くはないし、目をつぶってもらっている感じかな」


「なんだか、わたしと住む世界が違います」


「そう? ならこっちの世界においでよ、案内してあげるけど?」


「なんですか、それ、ナンパ?」


 それに対して、先輩は首を横に振って、

「違うよ。けど、もしカウンセラー室に行くなら本当に案内するよ? その様子だと、一度も行ったことないんじゃない?」


「……まぁ」

 頷くと、先輩は微笑みを湛えたままで、

「どうせ一時間目にはもう間に合わないし、一緒にカウンセラー室に行ってみる?」


「……やっぱりナンパじゃないですか」

 言ってやると、

「――そんなつもりはないんだけどなぁ」


 困ったように、先輩は小さく肩を落とした。

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