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夢魔と魔法使いの少女たち  作者: 野村勇輔
第4章 あちらとこちら

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第8回

   7


 お風呂から上がり、パジャマに着替えたわたしはママとパパに「おやすみなさい」と告げてから自室に戻った。


 アリスさんから貰ったあの白い小さな羽を枕元に置き、布団の中に潜り込む。


 果たしてこの羽に、実際どの程度魔法の力が宿っているのか知らないけれど、何もしないよりは少なくとも心のよりどころになるだろう、そう思った。


 何だか心細くて、電気をつけたまま掛け布団を頭まで引っ張って瞼を閉じる。


 カチカチと鳴る時計の音、階下から聞こえてくるパパとママの僅かな話声、窓の外では時折車が走り去り、どこかで救急車やパトカーのサイレンが小さく聞こえていた。


 静かな、いつも通りの夜だった。


 何も変わらない、日常の中の、けれどその大きな不安はわたしの胸の中にわだかまり、拭い去ることなんて到底できそうになかった。


 また楸先輩の夢と繋がったらどうなるのか、あの夢魔に襲われたらどうすればいいのか。


 そもそも、今日の楸先輩は明らかに様子が違っていた。帯びている魔力の色がおかしかった。


 ――いや、違う。


 たぶん、最初から楸先輩の帯びていた魔力の色はどこかおかしかった。


 あの朝。楸先輩と知り合った、あの最初の日。


 あの時点でたぶん、楸先輩は“楸先輩”ではなかったんじゃないだろうか。


 何度考えてみても、やっぱりそんな気がしてならなかった。


 夢で出会った楸先輩が、もしも本当の“楸先輩”なのだとしたら。


 わたしが出会い、会話を交わし、脅してきたあの楸先輩は、いったい誰なんだろうか。


 アリスさんは言っていた。


『もしかしたら、夢魔が真帆ちゃんの身体を乗っ取ろうとしているんじゃないかって、何の根拠もないのだけれど、そんなことを考えてしまって……とても怖いの』


 わたしも感じた、その違和感。


 夢の中――あちらで出会った楸先輩と、現実――こちらで出会った楸先輩の、明らかな違い。


 もしも本当に、楸先輩の身体が夢魔に乗っ取られようとしているのだとしたら?


 本物の楸先輩は、あの夢で夢魔に襲われたあと、いったいどうなってしまったのだろうか。


 夢魔に飲み込まれた? 身体を乗っ取られてしまった?


 ……わからない。


 夢の中で、楸先輩はわたしのことを知っていた。怖がるわたしの姿が面白くて、ついつい悪ふざけが過ぎてしまった、と言って謝ってくれた。


 少なくとも、わたしと知り合った時のことを知っていた。


 ということは、最初に出会った楸先輩は、間違いなく本物の“楸先輩”だった、と考えて良いんだろうか。


 なら、どこから楸先輩は“楸先輩”ではなくなってしまったのだろう。


 そもそも、本物の“楸先輩”と入れ替わった“楸先輩”、そういう考え方で本当に良いんだろうか?


 実はその考え方自体が間違っていて、どちらも本物の楸先輩で、だとしたら……?


『あの子は間違いなく、楸真帆よ。それは間違いないから』


 頭の中によみがえる、アリスさんのその言葉。


 それが本当なら、あちらの楸先輩と、こちらの楸先輩は――


 その時だった。


「――アオイ、アオイ!」


 不意に声を掛けられて、わたしはぱっちりと瞼を開いた。


 一瞬、ユキの顔が思い浮かんで、けれどわたしの眼の前にあったその顔は。


「……榎先輩?」


 わたしは眼を擦り、自分が置かれているその場をまじまじと確認する。


 そこは学校の教室で、わたしのクラスで、明るい蛍光灯の下、榎先輩は机に突っ伏していたわたしを見下ろすように立っていて。


「……なん、で」


 口から漏れたのは、そんな絶望の言葉だった。


 慌てて窓の外に顔を向ければ、そこに広がっていたのは漆黒の闇。


 あの時見えた街並みすら見えなくて、わたしは青ざめながら、榎先輩の方に顔を戻した。


「――また、閉じ込められたみたいだよ」


 榎先輩は言って、大きな溜息を一つ漏らした。


 わたしはがたりと立ち上がり、ユキの席に顔を向けて、

「ユキはっ?」


「ユキ?」

 榎先輩は首を傾げる。


「わたしの友達です。ユキは、ユキは居ませんでしたか?」


「あたしがこの教室に入ってきたときには、アオイ一人だけだったよ」


「……」


 わたしはしばらくユキの席を見つめていたが、そこに居ないということは、きっとユキはこの夢には閉じ込められていないのだ、あちら――現実の中で夢も見ずに眠っているに違いない、と自分に言い聞かせた。


「そう――ですか」


「うん」

 と短く答えて、榎先輩は、

「それより、外の様子がおかしいんだ。ぱっと見あたしらの学校なんだけど、教室の配置とか廊下の長さとか、てんでバラバラになってるんだ。何とかアオイの教室まで辿り着けたけど、もしかしたら、この前よりもっとヤバいことになってるのかもしれない」


「もっとヤバいこと?」


「うん」

 榎先輩は頷き、それからわたしの手を取って握り締めると、

「――とりあえず、何とかしてこの夢から抜け出さないと。あの夢魔があたしたちを見つける前に、襲われる前に」


 その不安そうな瞳に、わたしも荒くなる息を何とか落ち着かせながら、


「はい」


 こくりと小さく、頷いた。

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