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夢魔と魔法使いの少女たち  作者: 野村勇輔
第4章 あちらとこちら

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第6回

   5


 放課後、ユキは今日も部活動を休んで、わたしと一緒に帰ってくれた。


 二日連続で部活を休んで大丈夫なのか訊ねたけれど、ユキは、

「まぁ、そもそもそんなにやる気もないし」

 と、どこか自嘲気味に小さく答えた。


 テニス部に所属しているユキは、けれどその話をしたことなんて一度もなかった。


 時折グラウンドで練習に励む姿を眼にしたけれど、高校に入ってからテニスをやるようになった分、中学から続けてテニス部に所属したほかの部員たちとの実力の差に、心底打ちのめされているふうにわたしには見えて、居た堪れなかった。


 だから、わたしもそれ以上は何も言わなかった。言えなかった。言う必要なんてない、言わない方がよい、そう思った。


「アリスさんの魔法、ちゃんと効くと思う?」


 ユキに訊ねられて、わたしは「ううん」と小さく唸ってから、

「判らないけど、信じるしかないと思う」


「そもそも、アリスさんって、どういう魔女なの?」


「どういうって?」


 ユキに顔を向けると、ユキは眉間に皺を寄せながら、


「なんて言うんだろう。凄く奇麗だし、優しい、良い人だとは思う。だけど、私はあの人がどういう人なのか知らないし、お昼休みの時にお香を焚いてくれただけで、実際に魔法を使っているところを見たわけじゃないから。髪も肌も真っ白で、目は碧く澄んでて綺麗で、ふわふわのロリータ服着てて、なんかお人形さんみたいな感じでさ。魔女っていう感じはしなかったでしょ?」


「うん、まぁ」


「アリスさんって、他にどんな魔法が使えるの?」


「どんなって言われても……」


 わたしも、彼女が具体的にどんな魔法が使えるのか、ほとんど何も知らなかった。


 ただ空が飛べること、夢の魔法が使えること、程度だろうか。


 そもそも、アリスさんと知り合ったのさえ、数日前のことだ。


 イノクチ先生から頼まれて、学校に置きっぱなしにしていたわたしのホウキを、わたしのお家まで届けに来てくれたところから始まって、その夜に夢魔の夢を見て、助けてもらって、夢を見ないように魔法をかけてもらって……それだけの関係で、彼女のことを詳しく知っているわけじゃない。


 いったい、アリスさんって、どういう人なんだろうか。


 どんな魔女で、どんな魔法が使えるんだろうか。


 そもそも、イノクチ先生が魔法を使っているところすらわたしは見たことがない。


 学校だから、他人が見ているような場所だから、魔法を使っていないだけ。


 そういうことなのかもしれないけれど――


「なんか、ちょっと怪しいよね」


「……怪しい?」


 どういう意味だろ。何が怪しんだろうか。


「あの、夢魔の夢」


「夢?」


 そう、とユキは頷いて、真剣な眼差しをわたしに向けて、

「だってアオイ、アリスさんに夢を見ない魔法をかけてもらったのに、あんな怖い夢を見たわけでしょ?」


「そうだけど」


「もしかして、逆なんじゃない?」


「逆?」


「うん、逆。実はアリスさんに、夢魔の夢に誘う魔法をかけられたんだよ」


「まさか」


 そんなはず、ない。

 あるわけがない。


 ユキはけれど小さくため息を吐いて、

「わからないじゃん。実際、わたしもあの時、アオイと一緒に夢魔に追われたんだし」


「う~ん」

 とわたしは少し考えて、

「おかしいよ、それ」


「おかしい? 何が?」


「だって、ユキはアリスさんと会ったの、今日が初めてでしょ?」


「え? うん」


「なら、どうしてユキも一緒の夢を見たの? アリスさんに夢魔の夢を見るように魔法をかけられたんなら、昨日の夜よりも前に、ユキも同じ魔法をかけられてないといけないでしょ?」


「それは、そうだけど……」


「たぶん、それは違うよ。アリスさんは大丈夫。わたしは、信じてる」


「……でも、根拠は?」


「勘」


「勘? なにそれ」


「なんていうか、よくわからないんだけど、アリスさんと話してて判るんだ。あの人は、悪い人じゃない。どちらかというと、凄く良い人。その見た目通り、真っ白で、清純で、あの人の帯びている魔力も、清廉潔白って感じで、傍にいるだけで癒される感じ。ユキもしなかった? お昼休み、何だから心が落ち着かなかった?」


「……まぁ、うん。確かに、そうだったけど」

 それからユキは一つ頷いて、

「うん、そうだね。アオイがそう言うんなら、わたしも信じるよ」


「うん」


 わたしは頷き、ユキも頷いて。


「――アオイちゃん、ユキちゃん」


 突然どこからともなく声を掛けられて、わたしたちは慌てて立ち止まった。


「え? アリスさんの声?」

「どこ? どこ?」


 辺りを見回しその姿を探したわたしたちの目の前に、一羽の白い鳥が降り立ったように見えた次の瞬間、

「こんにちは」

 そこに立っていたのは、アリスさん、その人だった。


 今しがた話をしていた人物の登場に、わたしたちは思わず目を見開き、顔を見合わせる。


 アリスさんはそんなわたしたちの様子に、きょとんと不思議そうに小首を傾げて、

「……なに? どうかした?」


「あ、いえ」

 とユキはにへらと表情を緩めて、

「今、丁度アリスさんの話をしていたところで」


「そうだったんだ?」

 アリスさんはにっこりと微笑むと、

「どんな話をしていたの?」


 それに対して、ユキはわずかにわたしのほうに視線を向け、それからもう一度アリスさんのほうに顔を戻して、

「アリスさんって、魔女なんですよね?」


「そうね。ホウキに乗って空を飛べるくらいには魔女よ」


 ふふっと軽やかに笑って、手にした可愛らしくデコレーションの施されたホウキを小さく掲げて見せた。


 ユキはそんなアリスさんに、

「――昼間の夢を見なくなる魔法、ちゃんと効くと思いますか?」

 真剣な眼差しで、単刀直入にそう訊ねた。


 わたしもつられて、アリスさんに目を向ける。


 けれどアリスさんは小さく首を横に振って、

「……正直なところ、どこまで効くかはよくわからないの。だって、私も夢魔を相手にするのは、初めてのことだから。何が起こっても、おかしくないと思ってる」


 答えて、わたしたちは、


「えっ」

「そんな」


 と思わず声を漏らした。


「だから、これを渡しに来たの」

 アリスさんはそう言うと、わたしたちのほうに右手を差し出し、

「ふたりとも、手を出して」


 わたしたちは顔を見合わせ、それから言われた通り、アリスさんの方に右手を差し出す。


 すると、アリスさんはわたしとユキ、それぞれの手のひらにふわりと白い、小さな羽を握らせた。


「……これは?」


 訊ねると、アリスさんは小さく頷き、


「今日の夜、眠るときに、必ずこれを枕元に置いておいて」


 ユキはそれを、矯めつ眇めつしながら、


「枕元に?」

「どうして?」


 アリスさんは口元に微笑みを浮かべて、

「何かあった時に、その羽が私を呼んでくれるから」


「アリスさんを?」


「そう」

 とアリスさんは言ってから、少し不安げな表情で、

「魔法はちゃんとかかっていると思う。だけど、もしもってこともあると思うの。だから、これは保険。何かあった時に、すぐに私やイノクチ先生が駆けつけられるように、報せの魔法をかけた羽。必ず忘れず、枕元に置いて寝てね」


「……はい」

「……わかりました」


 わたしたちは答えて、アリスさんはそれに満足したように、


「うん、お願いね」

 再びにっこりと優しく微笑むと、手にしたホウキに腰掛けて、

「じゃぁ、私はこれで。ふたりとも、気を付けて帰ってね。またね!」


 そう言い残して、ふわりと空に浮かび上がって。


「――えっ」

 ユキが、小さく口にする。


 アリスさんの姿が真っ白い綺麗な鳥に変わったかと思うと、優雅に羽ばたくように、空の向こうへと飛び去って行ったのだった。

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