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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第一章 球春到来
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夜の弾道ミサイル

「えー、皆さん、今日も怪我をしないように、明るく元気に頑張りましょう」


「はい!」


 円陣になり、監督の見川みかわという男が訓示を垂れた。定年が近いらしく白髪が目立っておる。一応は監督なのじゃが、常にニコニコしながらベンチに座っておるだけじゃ。


 練習の指示はいつも主将の根岸が出しておるらしい。

 典型的な名ばかり監督じゃな。


 全体練習自体はありふれたものじゃった。

 ランニング、ストレッチ、キャッチボール、素振り、トスバッティング、シートノック、マシンバッティングなどじゃ。

 冬の間に体力作りをした甲斐もあり、若者たちの練習についていくのはそれほど苦ではなかった。


 部員たちの動きを見ておると、やはり大牙だけ傑出していて次元が違う。

 アマチュアの中にプロが混じっておるみたいじゃ。

 次点で主将の根岸じゃろうか。

 何かと小物臭のする男ではあるが、さすがに主将をやっとるだけあってそれなりにはできる。


 残りはどんぐりの背比べじゃ。

 儂が入部するまでエースじゃったという3年生の氷上とかいう男も、左投げである点を除けば特に見るべきところはない。

 最後の夏はベンチを温めることになるじゃろうな。


「それにしても見事なバッティングじゃのぅ。ぬしはなぜこんな弱小校に来たのじゃ?」


 儂はピッチングマシン相手の打撃練習で柵越えを連発する大牙に話しかけた。


「色々あるんだよ。ま、機会があればそのうち話してやるさ」


 大牙は遠い目をしながらほざきおった。


「なんじゃ、勿体ぶりおって。影のあるイケメンアピールかえ? それで女にモテるとでも思っておるなら勘違いも甚だしいのぅ」


「そんなわけないだろうが。俺のことより、お前の方こそ何でうちに来たんだ?」


「わ、儂かえ?」


 急に訊かれて、儂は思わず狼狽えてしもうた。


「あれだけの球を投げられるなら他にいくらでも選択肢はあっただろう。というか、中学はどこのシニアで野球をやってたんだ? 全国大会では見かけなかったぞ」


「ふん、儂にも色々と事情があるのじゃ。機会があれば話してやろう」


 まさか本当の理由を話すわけにもいかず、儂は大牙を真似て適当にお茶を濁した。


「さっきの意趣返しってわけか。まぁ無理に答える必要はないさ。ほら、お前の番だぞ」


「う、うむ」


 大牙と交代する形で、儂はバッターボックスへと入った。

 自然と他の部員たちの視線が集中する。

 ピッチングは良いが、バッティングの方はどうなのか。お手並み拝見、という具合じゃ。


 実のところバッティングには自信がなかった。もう何十年もやっておらぬしのぅ。

 そして以前もそこまで得意じゃった記憶はない。


「やはりバッティングは向いておらんのぅ」


 マシンの球速はせいぜい120キロ程度じゃったが、儂は当てて転がすだけで精一杯じゃった。

 他の部員たちも天は二物を与えずか、とでも言いたげな顔をしておった。


「いや、球が見えていないわけじゃない。身体の使い方が分かっていないだけだ」


 儂のスイングを見た大牙が呟いた。

 どうやらこやつだけは儂を見捨てておらぬらしい。


「どういうことじゃ?」


「前のめりで球を迎えにいこうとするから身体が泳いで打球に力が入らなくなるんだよ。いいか? 球筋を見極めながらもっとギリギリまで引きつけて、下半身主体で腰を使って打つんだ」


「下半身主体じゃと? くひひ」


 神妙な顔で指導する大牙を見て儂は吹き出した。


「何がおかしい?」


「やはりぬしはドスケベじゃ。脳味噌マラボウのドスケベ男じゃ。『玉筋』がどうじゃの『腰を使う』じゃの、日頃から頭がピンク色じゃからそういう発想ばかり出てくるのじゃ」


「あ?」


「それに説明も下手じゃのぅ。ゴチャゴチャと抜かしておるが、要するに臍下丹田を意識せよということじゃろう? ぬしの説明は分かり辛いのじゃ」


「セイカ……タンデン?」


 駄目じゃ。通じておらぬらしい。

 ま、とにかく言いたいことは理解した。

 あとは実践あるのみじゃ。


「おおっ!」


 大牙の助言通りにすると、儂のバッティングは見違えるようになった。

 ライナー性の鋭い打球がいとも簡単に打ててしまうのじゃ。


 これはメジャーリーグで活躍しとるあの有名選手みたいに二刀流もいけるやもしれぬのぅ。


「弾道は低いが、シュアなバッティングをするじゃないか」


 大牙が感心したように頷いた。


「きひひ、夜に弾道ミサイルばかり打ち上げとる誰かさんと違って儂は心が清らかじゃからの」


「はあ?」


 何か言いたそうな大牙を無視して、儂は満足気に打席を後にした。逃げるが勝ちじゃ。

 やがて全体練習が終わるとまた円陣になり、監督の話になった。


「えー、週末は春季大会前の最後の練習試合ですね。練習試合の結果や調子などを見て、春季大会のメンバーを決めたいと思っています。皆さん元気に頑張りましょう。それでは練習試合のオーダーを発表します」


 ふむ。練習試合か。

 ピッチャーは当然儂として、問題は打順じゃな。

 苦手な打撃も克服したことじゃし、上位打線は間違いないじゃろう。


 4番はさすがに大牙に譲るとして、どこになるじゃろうか。

 3番……いや、メジャーでは最強打者を置くとされる2番も捨てがたいのぅ。


 儂があれこれ悩んでおると、オーダーが読み上げられた。


 1番センター 中林なかばやし

 2番セカンド 根岸ねぎし

 3番ショート 木村きむら

 4番キャッチャー 倉敷くらしき

 5番ファースト 鍋島なべしま

 6番ライト 古川ふるかわ

 7番ピッチャー 氷上ひかみ

 8番サード 磯山いそやま

 9番レフト 塩田しおた


 ふむ。聞き間違いじゃろうか。

 儂の名が呼ばれておらぬではないか。


「のぅ、儂の名前が聞こえんかったのじゃが、聞き間違いかの?」


「森宮君は控えです。まだユニフォームも届いていませんからね。試合に出ている先輩たちの姿をよく見て勉強してください」


 監督の見川がニコニコと笑顔を崩さずにほざきおった。


「控えじゃとぉ!? 試合の結果や調子でレギュラーを判断すると抜かしておるくせに、儂に活躍の場を与えぬとはどういう了見じゃ!」


 今のところ1年生でメンバーに選ばれておるのは大牙だけじゃ。

 そして試合に出られぬのならアピールのしようもない。


「よせ! 何だその態度は!?」


 監督に飛び掛かろうとする勢いの儂を大牙が羽交い締めにした。


「では、よろしくお願いしますね」


 監督はそんな儂の姿を見ても動じておらぬようじゃ。

 笑顔のまま早々に去って行きおった。


 そもそもあまり儂らに興味がないのやもしれん。

 仕事じゃから仕方なしにやっておるという感じじゃ。


「おい倉敷! この馬鹿ガキをしっかり躾けとけ!」


「……はい。すみません」


 主将の根岸が怒鳴り、なぜか大牙が謝りおった。


「馬鹿ガキを躾けとけじゃと!? 儂は犬か何かかえ!? 大体、なぜ大牙が謝らねばならんのじゃ! 一応の主将はぬしじゃろ。監督不行届を責任転嫁するでないわバカチンがァ!」


「こ、このガキ……」


 根岸の顔が真っ赤になり、ブルブルと肩を震わせておった。


「おう氷上ぃ!」


 儂は3年生ピッチャー氷上の名を呼んだ。


「え?」


「ぬしはこの儂を差し置いて先発するのじゃからな! 不甲斐ない結果じゃったら承知せぬぞ!? ま、いよいよ駄目じゃと思ったら儂に泣きつくがいい。儂が尻拭いしてやるからの!」


「あ、はい。頑張ります」


「お前は何で敬語なんだよ!?」


 氷上の様子を見た根岸が吠えおった。


「あ、いや、なんか年下とは思えない貫禄があってつい……ハハ」


 ふん、少しは見る目のあるやつもおるではないか。

 最上級生じゃか何だか知らぬが、800年生きておる儂からすればどいつもこいつも言葉が喋れるだけの赤子のようなものじゃからのぅ。


 こやつらが試合でどれだけ活躍できるかは未知数じゃが、儂さえおれば勝てるのじゃ。

 こやつらが泣きながら儂に投げてくれと懇願する光景を見るのが今から楽しみじゃな。


 そしてあっという間に週末になり、儂ら北浜高校ナインは練習試合に臨むのじゃった。

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