新チーム始動
「来年の事を言えば鬼が笑う」とはよくぞ言ったもので、先のことをあれこれと考えておった儂は、儂らは3回戦であっさりと負けてしもうた。
とはいえ2対3の惜敗じゃったし、儂も投げてはおらんかったのじゃがな。
そう、黒海学園との試合で右足を負傷した儂は強行出場も辞さぬ覚悟だったのじゃが、監督やナインに止められてしもうたのじゃ。これほどまでの無念があるじゃろうか。
そして3回戦の相手はいつも練習試合で良い勝負をしておる『香取高校』じゃったから、けっして勝てぬ相手でもなかったのじゃ。
ま、儂の代わりに投げた3年生の氷上が、負けても力を出し切った晴れやかな顔をしておったから、それで良しとしようかのぅ。
「えー、俺たちは今日限りで野球部を引退する」
後日、最後の練習を終えた3年生を代表して主将の根岸が挨拶しおった。
「ようやくか! 清々するのぅ!」
「うるせー! まぁ、弱小校の俺たちが今年は3回戦まで進出できたのも、お前たち1年生部員の力があったからといっても過言じゃない。だからその、なんだ、他の3年生や2年生とも話し合ったんだけどな……」
「なんじゃなんじゃー! はっきり言わぬか!」
「だからうるせえ! まぁ、色々と話し合った結果、次の主将を倉敷、お前に任せたい」
「え? 自分ですか?」
根岸の指名に、大牙が珍しく狼狽えておった。
まだ1年生なのじゃから当然じゃろう。
「ああ。適任はお前しかいないと思ってる。引き受けてもらえるか?」
「いや、2年の先輩方を差し置いてそれはさすがに……」
「そうじゃそうじゃ! なぜ儂にやらせんのじゃ!」
「うるせえ! お前にやらせたら部が崩壊するわ!」
「うぅ……あんまりじゃ、あんまりじゃ」
嘘泣きの儂を無視した根岸が続ける。
「その2年とも話し合ったんだよ。なぁ?」
「そうっす。もうチームに欠かせない中心人物になってんですから、キャプテンは倉敷しか考えられないっす!」
他の2年生部員たちが同意した。
いや待つのじゃ。チームの中心人物というならばますます儂が適任なのではないじゃろうか。
「そこまで仰るのでしたら……分かりました。自分が責任を持って主将を引き受けます」
「おう、後は頼んだぜキャプテン!」
根岸が大牙の肩にぽんっと手を置きおった。
大牙も力強く頷いておる。
どうやら覚悟を決めたようじゃった。
1年生で主将とは大したものじゃのぅ。
「森宮」
「おぉ、氷上か」
ここで呼ばれた方へ振り向くと、3年生投手の氷上じゃった。
「森宮たちのおかげで思い出に残る良い大会になったよ。短い間だったけどありがとう」
「礼を言うのは儂の方じゃ。ぬしの背中を見て儂は真のエースがなんたるかを学んだのじゃからのぅ」
どんなに優れた投手じゃろうと、野手の信頼を得なければ真のエースとは呼べぬ。
野球はひとりではできぬからじゃ。
氷上は独り善がりな野球をしておった儂に、エースとしてのあるべき姿を示してくれたといっていい。
「あはは、3回戦は僕のせいで負けちゃったんだけどね」
「ぬしがおらねば儂らはその前の黒海学園との試合で負けておったのじゃ。胸を張るがいい」
そうとも。誰もが諦めかけておった中で、氷上は活路を見出してくれたのじゃ。
あの代打で放った安打にはそれだけの価値があったではないか。
「森宮……ありがとう」
「おいおい、氷上ばっかり褒めやがって。俺には何か言うことねぇのかよ?」
儂らのやり取りを眺めておった根岸が不服そうにしゃしゃり出てきおった。
「なんじゃ、まだおったのか。さっさと荷物を纏めてとっとと出て行くがいい」
「最後までその態度かよ!? OBとして指導に来るときは覚悟しとけよ?」
「そのときは不審者として通報してやるわい」
「このクソガキがぁ!」
「きひひ、掴まえられるものなら掴まえてみぃ!」
いつぞやのようにヘッドロックを仕掛けようとした根岸を躱し、儂は煽ってやった。
しばらく儂を掴まえるべく奔走しておった根岸じゃったが、やがて諦めたのか荷物を纏め始めおった。
「じゃあなお前ら! また指導に来てやるから元気でやれよ!」
そして根岸は他の3年生たちと一緒にグラウンドから去って行ったのじゃった。
「ふん、小物のくせに最後まで格好つけおって」
ま、黒海学園戦の9回にヒットを打ったことだけは認めてやらんでもないが。
「そんなことを言うなよ。根岸キャプテンの意志は俺が引き継ぐ。皆で甲子園に行くぞ!」
「頼むから悪いところだけは引き継がんでくれてよいからの……」
妙に張り切っておる大牙を見て、儂は空回りせんか心配じゃった。
「あー、やっぱ良いわ倉敷×森宮。最初は倉敷君が実力差や主将としての経験不足から皆の気持ちが分からなくて孤立しちゃうんだけど、その溝を成長した森宮君が頑張って埋めようとするんだよね。倉敷君も森宮君にだけは言いやすいからガンガン意見が衝突して喧嘩になるんだけど、その度に仲直りのアレが激しくなるんだよね。いつしかお互いアレのためだけに喧嘩してるんじゃないかってぐらい分かりやすくなって、それを傍から眺めてる私も大いに捗るってわけ。私マジで野球部入って良かったわ」
こやつも相変わらずじゃからのぅ……。
儂は小声でぶつぶつと妄想の世界に浸っておるマネージャーの立花を呆れた目で見た。
ま、至らぬ点は年長者として儂がこやつらを支えてやるとしよう。
幸い儂には頼りになる姉も居ることじゃからの。
「なにジロジロ見てんのよ」
視線に気づいたネネが訝しげに儂を見た。
「なんでもないわい。これからもよろしく頼むぞ、姉上」
「う……試合で久しぶりにそう呼ばれたときは素直に感動しちゃったけど、今呼ばれるのは何か企んでそうでいやらしいわね」
「面倒なやつじゃの!?」
「あたしは面倒な妹の姉なのだから当然でしょ」
ネネが開き直りおった。
まぁよい。すぐに新体制で秋季大会が始まるのじゃ。
主力の3年生が抜けて人数ギリギリになってしもうたのは手痛い戦力低下じゃが、泣き言を抜かしておる暇はない。
高校野球なんぞ瞬く間に終わってしまうのじゃからの。
じゃからこの一瞬一瞬を大切に噛み締めて過ごそうではないか。
「ほれ、早う最初のミーティングを始めるぞ! グズグズするでない!」
「お前いつからキャプテンになったんだ?」
「きひひ、細かいことは気にするでない。さぁ、新チームの始まりじゃ!」
大牙の小言を聞き流しつつ、儂らは新チームの希望を胸に再始動するのじゃった。




