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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第五章 死闘黒海学園
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激戦を終えて

「礼!」


「ありがとうございましたァ!」


 やがて審判の合図で両チームが整列し、互いの健闘を称え合った。

 高校野球も武道と同じく礼に始まり礼に終わるのじゃ。


「負けたぜ。次も頑張れよ」


 礼が終わると、先ほど三振に打ち取った首藤が話しかけてきおった。

 悔しさはあるじゃろうが、死力を尽くした勝負を終えた者の晴れやかな笑顔じゃった。


「ふん、これでようやく1勝1敗の振り出しじゃろ。ぬしも次の舞台で頑張るのじゃぞ」


「ああ」


 おそらくこやつはプロ野球に進むのじゃろう。


 儂の見立てでは金属打ちの1塁専じゃから3~4年でクビになって一巻の終わりじゃろうが、あの集中力と勝負強さならば……もしかしたら化けるやもしれぬの。


「やるじゃん。このまま甲子園行きなよ!」


 そして黒海学園の笑いながら馬乗りになって女をめちゃくちゃに殴りまくっておることで有名なエースの黒峰も爽やかに話しかけてきおった。


 油断ならぬやつじゃ。最初からこやつが先発か、少しでも継投のタイミングが早ければ儂らはもっと苦戦していたじゃろう。本人もこれで負けたなんて微塵も思っておらぬはずじゃ。


「……儂はその笑顔に騙されたりせんからの」


「何の話!? ほら、お前も泣いてないで挨拶しろよー」


 黒峰は隣で号泣しておった1年生投手の佐山に挨拶するよう促した。


「ぐすっ……次は殺すから」


「物騒なことを言うでない!?」


 打席で三度ぶつけられそうになったとあっては、冗談に聞こえんから困る。


 やれやれ、末恐ろしい小僧じゃ。


「ねぇ大牙……」


「ん?」


「大牙が北浜に行った理由、少しだけ分かった気がする。でも次は絶対負けないから……」


「ああ。楽しみにしてる。またやろうな」


 儂は殺害予告を受けたというのに、この二人は旧交を温めておった。


 まったく、この扱いの差はなんなのじゃ。


 これから幾度となく敵として立ち塞がるであろう新エースの宣戦布告に、儂は先が思いやられるのじゃった。



「まさか本当に勝ってしまうとはのぅ……」


 球場医に右足の手当てをしてもろうた帰り道、儂は大牙の前でぽつりと本音を漏らした。


 ネネは下僕を労ってやるとか抜かしておったので、帰りは遅くなるそうじゃ。

 何をするつもりなのかは知らぬが、あやつも少しは感謝の心というものを持っておるらしい。


「まさかって、俺は最初から本気で勝つつもりだったけどな」


 大牙が当然だろ、と言わんばかりの顔をしておる。


「いや、もちろん儂も勝つつもりだったのじゃが、どこかで臆しておったのもまた事実じゃ」


 そうじゃ、春季大会で負った心の傷はそう簡単に癒えるものではない。


 また四球を出してしまったらどうしよう、打たれてしもうたらどうしよう、という気持ちは常に付き纏っておったのじゃ。


 最後の投球にしても、大牙が喝入れしてくれなんだら、どうなっていたのか考えるだけでも恐ろしいわい。


「素直に自分の弱さを認められるようになったとは、お前も成長したな」


「ちゃ、茶化すでないわ!」


「真面目な話さ」


 大牙が澄んだ目で儂を見てきた。


「そ、そうかえ。……のぅ、大牙」


「ん?」


「儂、高校野球やってよかった」


「ハハッ、まだ2年あるのに何を引退スピーチみたいなこと言ってんだよ。しかもすぐに3回戦だってあるんだぞ。そんなやりきった感を出してたら足を掬われるじゃないか」


「や、やかましい!」


 儂は笑い飛ばす大牙を小突いた。


 そうじゃな。儂はまだあと2年こやつと一緒に野球ができるのじゃ。


 儂にとっては瞬く間に終わるほど短い年月じゃが、生涯忘れ得ぬ濃厚な2年にしようではないか。 


 儂はそう誓いながら、大牙と共に家路を歩いたのじゃった。



「帰ったぞー」


「ツネちゃん!」


「ふおっ!?」


 儂が帰宅するなり、リビングから駆け寄ってきた瞳が抱きつきおった。


「ツネちゃん! ツネちゃん!」


 瞳が力強く儂を抱きしめておる。


 そして豊満な胸をこれでもかというほど押し当ててきよるではないか。

 いつもは儂の方から瞳に抱きついておるから新鮮な感覚じゃった。


「きひひ、どうしたのじゃ瞳。今日はやけに積極的ではないか?」


「……かっこよかったよ」


「瞳?」


「ツネちゃん、かっこよかったよぅ……」


 そう言うなり、瞳はしくしくと泣き出しおった。試合で張り詰めておった緊張から解放されたといったところじゃろうか。


「これ泣くでない。ほれ、よしよし」


「うぅ……ひくっ、ぐすっ…………」


 慈悲深い儂は、瞳が泣き止むまでその艷やかな髪を何度も優しく撫でてやった。


 こうして見ると瞳もまだまだ可愛らしい子供じゃのぅ。


「どうじゃ、少しは落ち着いたかの?」


「うん、ありがと。……初めてツネちゃんが歳上に思えたかも」


「失礼なやつじゃの!?」


 こやつは儂が何百年生きとると思うておるのじゃろうか。

 だいたい、普段の言動からして儂の方がずっと精神的に円熟しておるじゃろうが。


「ごめんごめん。ねぇ、先にご飯にする? お風呂にする? それとも……」


「ん? それともなんじゃ?」


 儂は意地悪くニタニタと笑った。


「い、言わせないでよ……いつもしてることでしょ?」


 瞳が恥ずかしそうに言い淀んだ。


「ふん、まぁよい。今夜は……寝かさぬからの?」


「……好きにしていいよ」


 真っ赤になった瞳がふい、と顔を逸らした。


 きひひ、デレデレではないか。

 さては本格的に儂に惚れよったな。愛いやつよ。


 無論、その日はそれはそれは熱い夜になった。


 仔細は……きひひ、内緒じゃ。

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