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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第五章 死闘黒海学園
35/40

姉妹の絆

「モリツネ……」


「……儂のせいじゃ」


 ベンチに戻るなり、儂は力なく項垂れた。


「お前のせいじゃねぇよ」


「儂のせいじゃ……あれほど慎重にいかねばならぬと気をつけておったのに、あれほど打たれてはならぬと警戒しておったのに。儂のせいじゃ。すまぬ……儂、ぬしらの夏を台無しにしてしもうた」

 

 わがままを言って無理やり投げた結果がこれじゃ。

 やはり儂のような異形の存在が人間たちの世界に関わるなんて間違っておったのじ

ゃ。


 儂は取り返しのつかぬ過ちを犯してしもうた。全部儂のせいじゃ。


「諦めるな! まだ終わってないだろうが!」


 大牙が吠えおった。


「そうだ気にすんなよ森宮!」

「まだ取り返せるって!」

「こっから逆転しようぜ!」


 チームメイトが次々に儂を慰める。


「うぅ……すまぬ、すまぬ」


 儂はただ謝ることしかできんかった。

 そんな姿を見兼ねたのか、監督の見川が儂の前に立った。


「森宮君は変わりましたね。何事も人のせいにして不機嫌をぶつけてばかりいたあの森宮君が今は責任感を持ってマウンドに立っている。あのどうしようもなくわがままだった森宮君が今は仲間を思いやっている。素晴らしい成長です。大丈夫ですよ森宮君。あとは仲間を信じて精一杯戦いましょう!」


 こやつどさくさに紛れて儂を貶しておるのではあるまいな。


 そして一体何が大丈夫なのじゃ。

 儂らの攻撃は7番打者からのスタートなのじゃぞ。


 誰かが出塁でもせん限りは儂や大牙に打順が回ることはない。


 あまりにも絶望的な状況じゃった。

 口にはせなんだが、皆も察しておるはずじゃ。


「諦めんな! 最後まで声出せオラァ!」


 主将の根岸が皆を鼓舞しおった。

 強がってはおるものの「最後まで」などと申しておる時点でこやつも半ば諦めておるではないか。


 案の定、7番8番と凡退に倒れて、9番の塩田が最後の打者になりそうじゃった。


 塩田は本日無安打。


 誰もが終わりじゃと思うたそのとき、監督の見川がニコニコと笑いながら動きおった。


「姫野君、起きてください。代打で出てもらいますよ」


「んぁ!? え? あたし!?」


 見川に身体を揺すられたネネが慌てて飛び起きおった。

 こやつ試合の中盤から今の今まで眠りこけておったのか。


「え、うそ? 3点差? 負けてるの? 何が起きたの!?」


 ネネは状況が飲み込めておらぬようじゃ。

 まさかこやつに最後を託すことになるとはのぅ。


 他のチームメイトも不安そうにネネを見つめておる。


「……お願いじゃ」


 儂はネネの前に立つと、バットとヘルメットを差し出した。


「ちょっとアンタ……もしかして泣いてるの?」


 大粒の涙が頬を伝い、ポタポタと地面に落ちてゆく。

 もう試合中は泣かぬと決めておったのに、ネネを見ると涙が溢れて止まらんかった。


「お願いじゃ。一生のお願いじゃ。不甲斐ない儂のために……チームの皆のために打ってくれ……姉上!」


「アンタ……その呼び方……」


「ひぐっ、うぅ……頼む、姉上ぇ……」


「……ねぇねに任せなさい」


 真顔になったネネは道具を受け取ると、泣きじゃくる儂の頭にポンと手を乗せてからバッターボックスへと向かいおった。


 他の部員たちは「姉上?」「ねぇねって何だ?」と困惑しておる。


 儂は数百年ぶりにネネを姉上と呼び、ネネも数百年ぶりに自分のことを「ねぇね」と申した。


 その意味が持つ重さはきっとこれから明らかになるじゃろう。


「北浜高校の選手の交代をお知らせします。9番、塩田君に代わりまして、姫野君。バッターは、姫野君」


 代打が宣告され、観客の大歓声を浴びながらネネが悠然と打席に立った。


「見ろよ、思い出代打きたぜ」

「でもあれ1年らしいぞ」

「結構良い体格してるな」


 黒海学園の連中が好き勝手にほざいておる。


 打席のネネはといえば、怒りに満ちておった。


「人間風情が……誰に断ってツネを泣かせたのかしら。ツネを泣かせていいのは……あたしだけなんだよ!」


 そして佐山が投じた初球のストレートをフルスイングすると、打球はレフトスタンドのポール際をギリギリに外れる特大のファウルになった。


「あの代打パワーやべえな!」

「前の試合も代打で3ラン打ってるんだってよ」

「そろそろ佐山もキツいんじゃないか?」

「まぁあと1アウトだしいけるだろ」


 黒海学園の連中が呑気な感想を漏らしておる。


 頼むネネ。打ってくれ。


「絶対に打つわよ、耕太郎!」


「ネネ様が初めて僕の名前を……ありがとうございますッッッッ!」


「調子に乗るな下僕」


「ありがとうございますッッッッッ!」


 ネネがまた姫野とぶつぶつ言っておる。

 大丈夫なのじゃろうか。


 じゃが、次の2球目のスライダーに上手く合わせると、打球は今度こそレフトスタンドの上段まで飛んだのじゃった。


「うわぁあああああああああああああああああ!」

「ホームランきたぁぁあああーーーッッッ!」

「お姫様ぁぁあああああああああああああああああ!」


 起死回生の一発で北浜ベンチは湧き立っておった。


 鈍足のネネは全力でダイヤモンドを一周しておるが、傍から見れば噛み締めるようにゆっくりと周回しておるように見えるやもしれん。


 いやはやホームランで良かったわい。


「さ、ここから華麗に逆転しましょ!」


 ベンチに戻り、部員たちとハイタッチを交わしたネネが儂らを鼓舞しておる。

 試合中に爆睡しておった不届き者のくせに、美味しいところを持っていきおって。


 まったく……姉には敵わぬの。

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