エース対4番
試合が大きく動いたのは8回裏の黒海学園の攻撃中じゃった。
1アウトランナーなしという状況で、相手の1番打者が一塁側にセーフティバントを敢行しおったのじゃ。
「ファースト!」
打球自体はそう難しいものではなかった。
じゃが、一塁を守る鍋島が捕球し、ベースカバーへと入った儂にボールをトスしたところでそれは起きた。
「あぐっ!?」
相手の1番打者がベースを駆け抜けず、儂と交錯しおったのじゃ。
その衝撃で転倒した儂は右足を痛めてしもうた。
「守備妨害! バッターアウト!」
捕球動作中だったこともあり、塁審が即座にアウトを宣告しおった。
これでどうにか2アウトじゃ。
じゃが、儂は蹲ったまましばらく立ち上がることができんかった。
アウトになったランナーはヘラヘラと笑いながらベンチに戻って行きおった。
「おい大丈夫か!?」
大牙や他のナインたちが心配そうに駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫じゃ、問題ない」
しかし、儂は治療のために大牙の肩を借りながら、一旦ベンチへと引き下がる羽目になってしもうた。
立花がコールドスプレーで儂の右足を冷やしてくれておる。
「……あいつわざとぶつかりやがったな!」
大牙が怒りに満ちた表情で黒海学園側のベンチを睨んだ。
「なんじゃ、昔の血でも騒いでおるのか? 儂は大丈夫じゃから落ち着くのじゃ」
「モリツネ……」
儂は年長者として大牙を優しく窘めてやった。
このまま捨て置けば相手に仕返しでもしそうじゃ。
「残念ですが、投手交代しますか」
ここで監督の見川が儂に非情な宣告をしおった。
「なっ!? 交代じゃと?」
「はい。無理をして取り返しのつかないことになってはいけませんからね」
「わ、儂ならもう大丈夫じゃ! 足を冷やしてもろうたらすっかり復活したわい。ほれ、この通り!」
儂はその場でわざとらしく何度か跳躍してみせた。
「しかし……」
「血も出とらんし、少々腫れとるだけじゃろうが。儂なら大丈夫じゃ!」
ベンチに控える氷上のことを信じておらぬわけではない。
じゃが、終盤でいきなり黒海学園の上位打線を相手にするのは酷というものじゃ。
せめてこの回だけでも儂が抑えてやらねばならぬ。それが先発した儂の責務というものじゃ。
「……本当に大丈夫ですか?」
見川の目が久々に見開かれた。
相変わらず人間の分際ですべてを見透かすような目をしておる。
「無論じゃ」
「……分かりました。絶対に無理だけはしないでくださいね」
「うむ!」
儂は力強く頷くと、再びマウンドへと向かった。
ま、無理はとっくにしておるのじゃがのぅ。
強がってはみたものの、思った以上に重傷じゃ。
(足が……足が痛い)
軸足の踏ん張りがほとんど利かなくなっておる。
儂の足は先ほど交錯したときの痛みで悲鳴を上げておった。
まだ直球ならばどうにか投げられるが、フォークをこれ以上投げるのは厳しいやもしれん。
そしてコントロールの精度も落ちた儂は、続く2番と3番打者に四球を与えてしまい、2アウトながらランナーを1・2塁に背負ったまま最も回したくない打者と勝負する羽目になってしもうた。
「4番、ファースト、首藤君」
主砲の首藤が威圧感たっぷりに打席へと入った。
まだこの試合で安打こそ許してはおらぬが、今の儂の状態では時間の問題じゃろう。
「うぉぉぉおおおおおおおっ!」
「首藤!」「首藤さん!」「首藤先輩!」
スタンドから流れてくるチャンステーマと共に黒海学園側の応援ボルテージが上がり、強烈なプレッシャーが襲いかかってきよる。
否が応でも前回の試合で3ランホームランを打たれた悪夢が蘇り、儂は萎縮してしもうた。
(いっそ妖力を使ってしまおうか……)
一瞬そんな思考が頭をよぎった。
もう事ここに至っては儂だけの問題ではないのじゃ。
儂を信じてマウンドを任せておる氷上や他の3年生部員の夏も背負っておる。
それを儂の拘りで台無しにして良いわけがなかろう。
(じゃが……最後の夏なのはあやつらも同じ)
儂は打席で力強く構えておる首藤を見た。
こやつはこの場に立つまでにどれほどの研鑽を積み重ねてきたのじゃろうか。
どれほどの犠牲を払い、どれほどの苦しみや仲間の想いを背負って打席に立っておるのじゃろうか。
そんな人間を超常的な力で出し抜くのは敬意に欠けた愚行であり、無粋にも程があるというものじゃ。
(まだフォークならば望みは……)
足が痛いなどと泣き言を申しておる場合ではない。
ここで投げねばどこで投げるのじゃ。
大牙も直球では厳しいと判断しておるのか、初球からフォークのサインを出してきおった。
「ふん、望むところじゃ……」
そうとも。舐めるでないぞ人間共。
儂を一体誰じゃと思うておる。
儂は800年の時を生きる大妖狐のツネ様じゃぞ。
ぬしらは上位存在である儂の圧倒的な投球の前に、為す術もなくただ頭を垂れておればよいのじゃ。
「くたばれぇえええええ!」
そして儂はありったけの力でフォークを投げたのじゃが……。
「ぁ……」
変化量が足らずに捉えられ、ボールはレフトスタンド上段へと突き刺さる特大の3ランホームランになったのじゃった。
「っしゃあぁああああああああーッ!」
「首藤さん最高っす! 完璧っす!」
「これはもう決まったっしょ!」
球場や黒海学園のベンチは大騒ぎじゃ。
またしても……またしてもこやつに打たれてしもうた。
どうして儂はいつもこうなのじゃ。
どうして儂はいつもいつも肝心なときにやらかしてしまうのじゃ。
あれかえ、以前こやつを1塁専の金属打ちじゃと小馬鹿にしてしもうたから天罰が下ってしもうたのかえ。それならば儂が悪かった。いくらでも謝るから、どうか時を戻してはくれぬか。3年生は最後の夏なのじゃ。こやつらとの時間は今だけなのじゃ。のぅ、お願いじゃ。頼む、頼む……。儂は誰彼構わず心の中で祈り続けた。
「落ち着けモリツネ! 切り替えろ!」
「うぅ……」
動揺した儂は続く5番打者に安打を許し、6番打者を四球で出塁させてしもうた。
2アウトながらランナー1・2塁のピンチじゃ。
儂はまた同じ過ちを繰り返すのじゃろうか?
あれから何も成長しておらぬのじゃろうか?
儂は黒海学園とのリベンジに向けてやるだけのことはやってきたつもりじゃったが、果たして本当にやりきったと言えるのじゃろうか?
もっと他にできることはなかったのじゃろうか?
練習でもっと投げ込んでおれば抑えられたのではないか?
ダッシュをもう1本やっておれば踏ん張りが利いたのではないか?
泣き言や後悔を申せばキリがなかった。
「森宮気にすんな!」
「まだ取り返せるぞ!」
「気持ちで負けんなーッ!」
仲間の声援を受けてとうにか力を取り戻した儂は、後続の7番打者を打ち取って9回表の攻撃へと望みを繋いだ。
しかし、今の儂らにとって3点差というのはあまりにも厳しい現実じゃった。




