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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第五章 死闘黒海学園
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瞳の御守り

 初戦から1週間あまりが経過し、儂らはいよいよ黒海学園との2回戦を迎えた。


 やるだけのことはやった。

 あとはそれを全部ぶつけるだけじゃ。


「ツネちゃん、ネネさん、今日は頑張ってね。お願いだから無事に帰ってきて」


 瞳が戦地へ赴く夫を見送る妻のような目をしておる。

 やれやれ、球場に応援に来てくれるというのに今からそんな調子でどうするのじゃろうか。


「無論じゃ」


 儂は鷹揚に頷いた。

 覚悟はとっくに決まっておる。

 迷っておった昨日までの弱い自分とはおさらばじゃ。


「任せなさいな。あたしが華麗にホームランを打ってきてあげるわよ」


 ネネは補欠の分際で粋がっておる。

 ま、いざというときの代打では頼りになるやもしれぬがの。


「はい、ふたりにこれ」


「なんじゃこれは?」


 瞳が差し出してきたものを見て儂は首を傾げた。


「お手製の御守り」


「きひひ、妖の儂らが御守りとはのぅ。ま、瞳が作ってくれたものならば受け取ってやらんこともないが」


 儂らはグラブとボールが刺繍された小さな御守りをありがたく受け取ると、ポケットに入れた。


「負けるな恒夫! 姫野!」


「うむ!」


「当然よ!」


 ようやくまともに野球用の名を呼んだ瞳の声援を背に受け、儂らは意気揚々と家を出るのじゃった。


「ねぇ、ツネ」


 球場に向かう途中でネネが遠慮がちに話しかけてきおった。


「おん?」


「その……東堂家の恥がどうとか言って悪かったわね」


「なんじゃいきなり?」


 ネネが儂に謝るなど今まであったじゃろうか。

 何を企んでおるのじゃ、こやつは。


「このひと月アンタを見てきてよく分かったのよ。アンタは伊達や酔狂じゃなくて本気で野球に打ち込んでるんだなって」


「ふん、ようやく気づいたのかえ」


「だからお母様への報告はやめといてあげる。それに……あたしも大牙くんと離れるのは辛いし」


 ネネが恥ずかしそうに俯いた。

 完全に恋する乙女の顔じゃ。


「きひひ、そっちが本音じゃろうが。あやつのどこにそこまで惚れたのじゃ?」


「だってビジュ強すぎでしょ。顔が精悍な若侍みたいにキリッとしてるし、身体つきも逞しいし。まぁ最初は見た目に惹かれたんだけど、野球にひたむきな姿とか、諦めない姿とか見てたら内面も好きになっちゃった」


「ほぅ。ベタ惚れではないか。惚れた弱味とはいえ、正直体力のないぬしがここまで野球を頑張るとは儂も思わなんだぞ」

 

 過酷な練習についてくることもそうじゃが、吐いたゲロの山に倒れ込むなど、プライドの高い昔のネネならば死んでも避けておったじゃろう。


「ま、どうせ下僕の身体だから」


「お、噂をすればきおったぞ」


 道を歩いておると、球場までの集合地点で待つ姫野の姿が見えた。


「ネネ様! ツネ様! おはようございます!」


 姫野は儂らを見つけるなり、犬のようにすっ飛んできおった。

 尻尾があれば千切れるほど振っておったことじゃろう。


「おすわり」


「ワン!」


 いやはや、完全に犬ではないか。

 ネネに命じられて嬉しそうに実行する姫野の目は忠犬のそれじゃった。


「のぅ姫野よ、ぬしは虚しくなったりせぬのか?」


「と、おっしゃいますと?」


「ぬしがどれだけ献身的に仕えてもネネは大牙にご執心なのじゃぞ。最終的にはああいう強靭なアルファオスがすべてを掻っ攫っていきよるのじゃ。結局世の中は顔じゃとか、弱肉強食じゃとか、自暴自棄になったりせぬのか?」


 儂は姫野に同情心を隠せんかった。


 言うまでもなく、ネネの憑依は姫野の理解と協力がなければ成立しておらぬのじゃ。

 そこまで尽くして何の見返りもなければ虚しいではないか。


「……主人の幸せを願わない下僕なんていませんよ」

 

 姫野は屈託のない笑顔を浮かべておった。

 まったく、見上げた忠誠心じゃわい。


「いい心掛けね下僕。褒美よ!」


「ありがとうございますッッッッッ!」


 姫野はネネに平手打ちされて喜んでおった。

 一体なんなのじゃ、こやつらは。


 通行人に同類だと思われるのは嫌じゃから、離れて歩きたくなってきたわい。


 やがて儂らは球場に辿り着き、チームの皆と合流したのじゃった。


 1番センター 中林

 2番セカンド 根岸

 3番ピッチャー 森宮

 4番キャッチャー 倉敷

 5番ファースト 鍋島

 6番ライト 古川

 7番ショート 木村

 8番サード 磯山

 9番レフト 塩田


 今日のオーダーも初戦と同じじゃった。

 つまりは前回の黒海学園戦とも同じ布陣ということになる。


 やれやれ、監督の見川は何を考えておるのじゃろうか。

 ま、ここまできた以上は全力で戦うのみじゃ。

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