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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第一章 球春到来
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停学式

 儂が今日から通う『千葉県立北浜高等学校』は自宅から徒歩15分の距離にある。


 通学距離で選んだゆえ野球部の強さは知らなんだが、聞けば1回戦突破がせいぜいの弱小校らしいではないか。当然ながら甲子園に出場したこともなかった。


 ま、その方が早く試合に出られて好都合じゃし、弱小校を儂の力で甲子園に導いてやる方が燃えるというものじゃ。


 儂は桜並木を悠然と歩き、舞い散る桜を見物しながら校舎の門を潜った。


 掲示板に貼り出されていたクラス発表を見ると、どうやら儂は1年1組らしい。

 1組40人編成の全5組。生徒数はそこまで多くないようじゃ。これも少子化の流れかの。


 教室に赴くと、まだあどけない顔をした新入生たちがひしめき合っておった。


「えー、それでは今から入学式に向かいます」


 やがて担任のくたびれた中年男に引率され、儂らは入学式へと向かった。


 入学式はほとんど寝ておったが、校長とやらがほざいた「私の歳から振り返れば高校生活は一瞬です。かけがいのない時間を大切に過ごしましょう」という言葉は妙に印象的じゃった。今朝、儂が瞳に似たようなことを諭してやったからじゃろうか。


 それとも、たかだか50年程度しか生きておらぬ小僧の分際で、儂に時間の大切さを説いた挙げ句に間接的な年齢マウントを取りおったことが癪に障ったからじゃろうか。


 退屈な入学式が終わると、儂らは再び教室へと戻った。


 担任によると、今日は自己紹介の後に教科書を配って終わるそうじゃ。

 校舎見学や部活紹介などは明日やるらしい。随分のんびりとしておるのぅ。


「それでは出席番号順にひとりずつ自己紹介をお願いします。名前、趣味、入りたい部活、高校生活の意気込みなど、自由にどうぞ」


 担任に促され、皆が緊張気味に自己紹介を始めた。


 これから1年を共に過ごすのじゃから一応は聞いてやったが、どいつもこいつも当たり障りのないことしか言わぬ。よほど目立ちたくないのじゃろうか。そして驚いたのは野球部に入る者が現れんかったことじゃ。


 野球人気は健在のはずじゃが、競技人口は減っておるのじゃろうか。

 スポーツといえば野球じゃった昔ならば考えられん由々しき事態と言えるじゃろう。

 じゃが、そんな中でひとりだけ野球部に入ると申す者がおった。


 まず目についたのはスラッとした長身じゃ。線こそ細いが、タッパは軽く6尺はあるじゃろう。そして面食いの儂から見ても相当な色男じゃ。教室の小娘共がハッと息を呑んでおるのを儂は見逃さんかった。


倉敷大牙くらしきたいがです。小学生の頃からずっと野球をやっていました。高校でも野球部に入る予定です。よろしくお願いします」


 倉敷と名乗る小僧が軽く頭を下げた。

 こやつ挨拶こそ無味乾燥でつまらぬが、なかなかの戦力になりそうじゃのぅ。

 とりあえず同じ野球部に入るよしみとして、後で声をかけてやろうか。


 自己紹介で印象に残ったのはこやつくらいじゃった。後は判で押したように同じような挨拶を繰り返す者ばかりじゃ。

 もっと「総理大臣になります」じゃとか「世界征服を狙っています」じゃとか、野望を語る気骨のある者はおらぬのか。


 若者なんぞ大言壮語をぶちかましてこそじゃろうと思うが、気恥ずかしいのか悪目立ちしたくないのか、どいつもこいつも無難なことしか言わぬ。

 いや、若者がこうなってしもうたのは今を生きる大人たちの責じゃろう。


 若者は大人の姿をよく見ておる。

 若者が夢や希望を持てなくなってしもうたのは、先に社会に出た大人たちの姿を見てきたからじゃ。


 毎日死んだ目をしながら、満員電車に乗って会社に向かう大人たち。

 そして新しい物事に挑戦しようにも一度失敗すれば嘲笑され、寄って集って袋叩きにされてしまう世相が若者から開拓者精神を奪い去ってしもうたのじゃ。


 然るに儂のような年長者が若者を導いてやるためには、まずは率先して手本を見せ、背中で引っ張ってやらねばならん。どれ、儂が一発かましてやるとしようかの。


「では次、森宮君」


 担任に呼ばれ、儂は力強い足取りで教壇へと向かった。


 5尺程度しかない儂に教壇の教卓は大きく、身体をほとんど覆い隠しておる。

 やむを得ず背伸びをすると「かわいい」という屈辱的な言葉が聞こえもしたが、捨て置いた。


「森宮恒夫じゃ。野球部に入るつもりでおる。儂が入部するからには大いに期待せい皆の衆。儂が……ぬしらを甲子園に連れて行ってやる!」


 手のひらを広げた儂は、そのまま教卓にバン、と力強く叩きつけた。

 教室中がシーン、と静まり返っておる。


 程なくしてまばらな拍手が起こり、


「甲子園だって」

「かっけぇ……」

「共感性羞恥心やばいんだけど」


 などという声がちらほらと聞こえてきた。

 ふん、今は冷めた反応でも仕方ないじゃろう。

 そのうち儂が圧倒的な結果を出して夢中にさせてやるからの。


 やがて全員の自己紹介が終わると、しばしの小休憩へと移った。

 今のうちにあの小僧に話しかけるとしようかの。


 儂はさっそく倉敷大牙なる小僧の席へと向かった。


「おう大牙。儂と同じく野球部に入るのじゃろ?」


「何だいきなり。森宮……だったか?」


 若干引き気味の大牙が答えた。


「森宮恒夫じゃ。それにしても大牙とは虎みたいで格好良い名前じゃのぅ。タイガーと呼んでもよいかえ?」


「断る。いきなり馴れ馴れしいやつだな」


 大牙が不快そうに眉をひそめた。

 まったく、警戒心の強いやつじゃのぅ。


「よいではないか。タイガー」


「じゃあ俺もお前のことモリツネって呼ぶぞ」


「ナベツネみたいに言うでない!?」


「ナベツネって何だ?」


 キョトンとした顔で大牙が尋ねた。

 ええい、埋めがたいジェネレーションギャップを感じるのぅ。

 ほんの少し前に球界再編問題で茶の間を賑わせておったばかりじゃろうが。


「最近の若者はナベツネも知らぬのか……まぁよい。ぬし、ポジションはどこじゃ?」


「キャッチャーだ」


「ほほぅ、ではピッチャーの儂とバッテリーを組むことになるやもしれぬな。ま、せいぜい儂の足を引っ張らぬことじゃな」


「ピッチャーって、その身長でか?」


 大牙が苦笑しおった。

 儂の身長は5尺、メートル法に直せばせいぜい150センチ程度じゃ。

 たしかに高校球児としてはかなり小柄な部類に入るじゃろう。


 最初は相応の身長に化けようとしたのじゃが、普段の目線と違いすぎるとどうしても動き辛いゆえ、仕方なくこの身長に落ち着いたのじゃ。


「ふん、キャッチャーのくせに見た目だけで判断するでない。ぬしの方こそ上背はあるが細いではないか。そんなナリで力強い打球を飛ばせるのかえ?」


「まだまだ身体作り中だからな。これから大きくするさ。だが、横は大きくできても縦はもうそろそろ厳しいだろう?」


 大牙が同情気味にほざきおった。


「儂に身長などいらぬ。儂の剛速球を見ればすぐに腰を抜かすことになるじゃろうて」


「そうか、それは楽しみだな」


 大牙が余裕たっぷりに笑いおった。

 ええい、腹の立つ男じゃのう。

 この上は腰を抜かすだけではなく、小便までちびらせてやろうではないか。


「今に見とれよ。吠え面をかかせてやるからの!」


 儂は肩を怒らせながら自席に戻るなりベコン、とワンカップの蓋を開けた。

 むしゃくしゃするときはこれに限るわい。


 すぐにアルコールの芳醇な香りが鼻腔をツンと刺激しおった。きひひ、やはりこれじゃの。

 じゃが、ここで儂は教室から妙な空気が漂うのを感じた。


「ねぇ森宮君。それって、お酒?」


 隣の席の小娘が怪訝そうに尋ねてきおる。


「うむ。いかにも」


「お酒は不味いんじゃないかな……」


「きひひ、お子様の舌ではまだこやつの良さが分からぬか。儂は毎晩軽く1升は空けておるぞ」


 儂は見せつけるように一息で半分ほど飲んでやった。


「そうじゃなくて……私たちまだ未成年なんだからさ」


「おん?」


 なんじゃ。先程から漂う妙な気配は。

 次第に教室中がざわざわと騒がしくなりおった。


 一体なんなのじゃ。

 儂は何かやらかしたのかえ?


 やがて血相を変えた担任が飛んでくると、儂を引き摺るようにして教室から連れ出しおった。

 去り際に大牙が「今に見とけって、こういうことなのか?」と難しい顔をしておった。


 違う。儂はそういう意味で申したのではない。

 儂は実力でやつを黙らせて、予選を勝ち上がって甲子園に……。儂は……。


「て、ててて、停学ぅぅぅぅぅぅぅうーーッッッ!」


「なんじゃとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!?」


 その後のことは思い出したくもない。


 学年主任とやらが儂に停学を宣告し、瞳が呼び出されて頭を下げまくり、儂も謝罪を強要された。

 学年主任は「退学も充分にあり得たが、入学初日にそれはあんまりだから一度だけチャンスを与えることにした」と恩着せがましく抜かしおった。


 こうして儂は高校生活の初日から出鼻を挫かれたのじゃった。

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