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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第四章 灼熱の夏
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撮影会

「はーい! 笑ってくださいー!」


 ここでやけに元気な声が聞こえてきたと思ったら、マネージャーの立花じゃった。


 立花は食事もそこそこに終えたかと思うと、携帯のカメラで部員たちの食事風景を撮影して回っておる。密かに酒でも飲んだのかと思うほど調子づいておるではないか。


「もうちょっと笑顔くださいー!」


 まるでモデルを撮影するプロのカメラマンみたいじゃ。

 普段は大人しいのに今回ばかりは活き活きとしておった。


「いかん。こっちに来よるぞ」


 儂と目が合うや否や、満面の笑みを浮かべた立花がやってきた。

 きっと大学受験で志望校に合格してもここまでの笑顔は見られぬじゃろう。


「いやー、良いよね根岸先輩×氷上先輩。根岸先輩は絶対ヘタレ攻めだよアレ」


 根岸たちが去って行った方向を見ながら立花が目を細めた。


「ヘタレ攻めってなんじゃ?」


「氷上先輩に優しくリードされながら死ぬほど情けない顔で腰ヘコしてそう」


「腰ヘコってなんじゃ?」


 立花の言うことは相変わらず訳が分からんかったが、普段の言動からしておそらく卑猥な言葉なのじゃろう。後で調べてみるとしようかの。


「あ、ごめん! 今の忘れて! こっちの話だから!」


 立花は慌てた様子で取り繕おうとしおった。


「忘れろと申されてものぅ……」


「うーん。怒らないんでほしいんだけど、森宮君と一緒にいるとね、不思議と女友達と話してるときみたいな感覚になるの」


「きひひ、別に怒らぬが?」


 事実、儂は女なのじゃからな。


 立花は同性ということもあってか、儂の雅な女らしい仕草や空気を本能的に感じとっておるのじゃろう。

 日頃から周囲のことをよく見ておるし、改めて油断ならぬ女じゃな。


「そう。それなら良かった。あ、森宮君と倉敷君の写真も撮らせてよ! 私にとってはふたりが本命なんだから!」


 立花が椅子をどかして撮影ポイントを探り始めおった。


「あ、ああ」


 大牙がぎこちなく笑う。


 野球のこと以外には鈍感な大牙も、さすがにこの数ヶ月で立花という女の異常性に気づいたのか、若干引いておった。


「ほら、ふたりで肩組んで! 昨日みたいに!」


 昨日のカレー事件のことを言っておるのじゃろう。

 立花が儂らに肩を組むように促した。


「なぜ儂がこんなやつと肩を組まねばならぬのじゃ!」


「それはこっちのセリフだ」


「いや、ぬし春季大会の試合前に馴れ馴れしく肩を組んできおったじゃろ!」


 儂は黒海学園との試合前の光景を思い出した。


 こやつが気安く儂と肩を組んだせいで、明らかに相手の佐山とかいう小僧の逆鱗に触れたわけじゃが、こやつは自覚しておらぬようじゃな。


「お願い! 人命救助だと思ってさ!」


「大袈裟なやつじゃの!?」


 ええい、ツッコミが追いつかぬ。


 じゃが、大牙はこれで気が済んでくれるなら安いものだと思ったのか、覚悟を決めたようじゃ。


「オラッ、さっさと肩組むぞ」


「くっ!?」


 不本意ながら、儂はまたもや大牙と肩を組む羽目になった。


 やはりこやつはオレ様系じゃ。

 やはりこやつはオラオラ野郎じゃ。

 やはりこやつは脳味噌マラボウのドスケベ男じゃ。


「あー、やっぱ良いわ倉敷×森宮。森宮君いっつもイキってるけど、絶対ベッドの上だとスーパー攻め様の倉敷君にされるがままだよね。ああでも、倉敷君の無自覚な浮気で嫉妬から闇堕ちした森宮君が倉敷君を紐で縛ってガン攻めするまさかの逆転も捨て難いわー」


「何をぶつぶつほざいとるんじゃ!?」


 儂は小声で何やら呟いておる立花に向かって吠えた。


「ふたり共ありがとう! これ家宝にするね!」


 やがて引き攣った顔の儂らが撮影を終えると、立花が笑顔を向けてきた。


「いや待て。家宝ってなんじゃ? 野球部のアルバム用じゃのうて、私的に楽しむための写真だったのかえ?」


「え!? いや、もちろんアルバムも作るよ! アルバムも!」


「もってなんじゃ! もって!」


 問い詰める儂に、立花が気まずそうに目を逸らした。


「立花」


 大牙が静かに名前を呼んだ。


 いかん。さすがのこやつも怒りよったか。


「た、大牙。気持ちは分かるが、落ち着くのじゃぞ」


 儂は年長者として宥めようとしたが、大牙の反応は予想外じゃった。


「撮影してもらってばかりじゃ悪いから、立花も撮らせてくれよ」


「え?」


 立花は目を丸くしておった。


「撮ってばかりで自分の写真は1枚もないだろ。立花も撮らないとな」


「きひひ、そうじゃのぅ。儂らだけ撮って自分は撮らぬというのは通らぬ話じゃのぅ」


 儂は大牙の提案に同意した。


「えぇ? いや私はいいよ! モブだから! 背景だから! 学芸会の木だから!」


「何を抜かしとるんじゃ!?」


 必死に断ろうとする立花に儂は声を荒げた。


「ひとりで写るのが嫌なら俺たちと一緒に写るのはどうだ?」


 大牙が優しい声で言った。


「ふむ。それは良い考えじゃのぅ」


 儂は立花から携帯を奪うと、立花を儂らの間に入れた。

 このままインカメラで撮るとしようではないか。


 じゃが、立花は激しく抵抗しおった。


「いやダメダメ! それはもっとダメだから! 男同士の間に女が挟まるなんてレギュレーション違反だから!」


「何のじゃ!?」


「だって性別逆で考えてみてよ。可愛い女の子同士がイチャイチャしてる間に汚いおじさんが挟まってきたら台無しでしょ? それと同じだよ。こういうのはさ、傍から好き勝手に妄想するからいいの! そこに私という個が介在する余地はないの! 自我を出したら終わりなの!」


 立花が物凄い勢いで捲し立ておった。


「訳が分からぬ。ええい、ごちゃごちゃ抜かしとらんでさっさと撮るぞ!」


 儂は強引に肩を組むと、携帯のインカメラで3人の写真を撮った。


 穏やかな微笑を浮かべる大牙と、きょとんと驚いたように目を丸くする立花、そして肩を組んで回してきた手で可愛くピースする儂。なかなか良い写真が撮れたではないか。


「あ……あぁ……やってしまった。挟まってしまった。穢してしまった……殺される、殺される……」


「誰に殺されるのじゃ!?」


 ワナワナと震える立花を儂が怒鳴りつけた。


「界隈! あぁ……でも、この穢しちゃうこの感覚、これはこれで良いかも……」


 どうやら立花は新しい世界の扉を開いてしまったようじゃ。


「そ、それは何よりじゃの」


「私……今日はこれがいいや」


「何がじゃ!?」


「……ありがとう。私、今日のこと一生忘れない。多分死ぬときの走馬灯にも出てくると思う」


「いや、さすがに死ぬまでには忘れてもらっても構わんのじゃが……」


 まったく、本当に大袈裟な女じゃの。


「ちょっと! アンタたちだけずるいわよ! あたしも大牙くんと写真撮らせなさいよ!」


「ええい、うるさいのがきおったか」


 遠くのテーブルで拘束されておったネネまでやってきて事態はさらにややこしくなってしもうた。面倒極まりないわい。


「倉敷君をめぐって争う男たち……あぁ最高かよ。私はこういうのが見たかったんだよ」


 立花は感極まったらしく、とうとう泣き出しおった。

 儂とネネが実は女じゃと知ったら涙も引っ込むじゃろうな。


 そうこうしているうちにバーベキューの時間は終わりを迎えおったが、結局話してばかりであまり食えんかった気がする。家に帰ったら瞳に何か作ってもらうとしようかのぅ。


 こうして慌ただしかった合宿は終わりを告げ、儂らはいよいよ夏の全国高等学校野球選手権大会予選へと挑むのじゃった。

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