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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第四章 灼熱の夏
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打ち上げ

「えー、保護者の皆様本日は誠にありがとうございます。われわれが不自由なく活動できておりますのも保護者の皆様のご理解とご協力あってのことですので、本当に感謝しております。いよいよ夏の大会の本番を迎えますが、全員一丸となって力いっぱい頑張って参りますので、最後まで変わらぬご支援と温かいご声援を何卒よろしくお願い申し上げます」


 監督の立ったまま眠れそうな無味乾燥でつまらぬ挨拶が終わると、いよいよバーベキューの時間になった。


 あちこちからジュウジュウと肉の焼ける良い香りが漂ってきておる。


 儂は誰よりも先に肉を頬張り、その味に舌鼓を打った。

 これはかなり良い肉じゃのぅ。肉汁が溢れてきそうじゃ。


「くぅぅ、ビールが欲しくなるのぅ」


 これで酒が飲めぬなんて大罪じゃろ、大罪。

 儂の最高球速が2キロほど落ちてもよいから飲みたい気分じゃ。


「お前冗談でもそういうことは言うなよ」


 大牙が窘めてきた。


「いや、まったく冗談ではないのじゃがな。せめてノンアルコールビールでよいから飲ませてくれぬかのぅ」


「寝言は寝て言え。ほらよ」


 大牙が代わりに炭酸水を寄越してきおった。


「むぅ、ないよりはマシか。一応受け取ってやろう」


 儂は炭酸水を受け取ると、ゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。

 暑い夏の夜に炭酸は格別じゃった。


「素直に礼ぐらい言ったらどうなんだ。お前は人に感謝したら死ぬ奇病でも患ってんのか?」


 礼儀にうるさい大牙がまた小言を抜かしてきた。


「ふん、いちいち小うるさいのじゃ。ん? おーい、瞳ぃー!」


 儂は奥のテーブルで具材を焼いておる瞳を見つけて呼びかけた。


「あ、ツネちゃ……恒夫! 倉敷君!」


 呼ばれた瞳が笑顔でやって来る。

 いつになったら儂の呼び名に慣れるのじゃ、こやつは。


「お久しぶりです」


 大牙が頭を下げる。


「久しぶりー。元気そうで良かったよ。少し日焼けした?」


「はい。毎日外で活動していますので」


「だよねぇ。なんか逞しくなったねぇ」


 瞳と大牙が親しげに会話をしておる。


 きひひ、やはり瞳と大牙はお似合いじゃな。

 ここは年長者として気を利かせて二人きりにしてやろうかのぅ。


 そう思って儂は席を離れようとしたのじゃが……。


「あれが森宮の姉ちゃん……」

「すげっ……」

「でっか……」


 悪い虫たちが集まりつつあった。


 虫ケラ共の視線が瞳の顔と胸に集中しておるのが分かる。

 夏の薄着姿の瞳は、それはもう目立つのじゃ。


「ちょっと声かけてみようかな」

「やべー、緊張するわ」


 部員たちがコソコソと小声で話しておる。


 ええい、下心を丸出しにしおって。

 少しは大牙を見習うのじゃ、大牙を。


 大牙はいつものように涼しげな顔じゃった。

 こやつも脳味噌マラボウのドスケベ男じゃから、瞳に発情して夜の弾道ミサイルを飛ばしまくっておるというのに、態度だけは取り繕っておるのじゃぞ。


 そういう最低限度の処世術すら持たぬ輩を瞳に近づけさせてたまるかというものじゃ。


「ぬしらぁ! 邪魔をするでなぃぃいいい!」

「げぇ!? スネ夫がきた!」

「じゃから恒夫じゃ! 間違えるでないわ!」

「逃げろ!」


 儂が虫ケラ共を追い払ってから戻ると、既に瞳の姿はなかった。


「んん? 瞳はどこに行ったのじゃ?」


「挨拶回りに行ってくるそうだ」


 見れば瞳は色んな席を回りながら保護者にお酌をしたり、部員たちに食い物を取り分けたりして「いつも恒夫がお世話になってます」などと挨拶して愛嬌を振り撒いておる。まったく、ああいうことをするから勘違いした男に付き纏われたりするのじゃ。


「きひひ、大人は大変じゃな」


「そうだな」


 ま、ここにおる誰よりも儂が一番長く生きておるんじゃがの。

 なんなら全員の年齢を足しても儂に届くかどうかといったところじゃ。


 儂が物思いに耽っておると、トレーに肉を乗せた主将の根岸と3年生投手の氷上が儂らのテーブルにやってきおった。


「おう、お前らちゃんと食ってるか?」


 根岸はそう言うなり、網の上で豪快にホルモンを焼き始めおった。 


 たちまち油が滴り落ちて火の勢いが増しておる。

 こやつに任せて大丈夫なのじゃろうか。


「自分がやります!」


「いいって。たまには俺がやってやるよ」


 コメツキバッタの大牙が慌ててトングを受け取ろうとしおったが、根岸が鷹揚な態度で制止した。


 おそらく儂らに恩を売ろうという魂胆なのじゃろう。


「ふん、肉を焼く程度で恩着せがましく先輩風を吹かしよるとは、器の小さい男じゃのぅ。主将ならば少しは人の上に立つ人間の態度を学んだらどうじゃ?」


「お前こそ少しは礼儀ってもんを学習しろ!」


 儂のもっともな指摘が効いたのか、根岸が顔を真っ赤にしおった。

 やはりこやつはその程度の男じゃ。


「ふふっ、森宮は相変わらずだね」


 そんな様子を見た氷上がクスクスと笑っておる。


「お前はどっちの味方なんだよ!?」


「うーん、どっちだろ。どっちかなぁ……」


 氷上は腕を組んで真剣に悩んでおった。

 ま、考えるまでもなく儂の味方じゃろう。


「おいおい、小学校からのチームメイトの俺よりも、ぽっと出の生意気な糞1年の方を選ぶなんてことあるのかよ」


 根岸が唖然としておった。


「ほぅ。ぬしらは以前も同じチームで野球をしておったのか?」


「うん、根岸と僕は小中高と同じチームだよ」


 儂の問いに、氷上が穏やかな声で答えた。


「ま、最初はお互いヘタクソだったんだけどよ、励まし合いながら頑張ったってわけだ」


「ぬしには訊いとらん。黙っておれ」


「ああそうかよ!」


 しゃしゃり出てきた根岸に苦言を呈すると、不貞腐れた顔でそっぽを向きおった。まったくもって救い難き小僧じゃ。


「試合に出られたのは中学の終わり頃かなぁ。高校では2年から。僕たちこれでも結構上達したんだよ? 森宮たちから見れば全然大したことないだろうけどさ」


 氷上が自嘲的に笑いおった。

 未熟なりに色々と思うところがあるのじゃろう。


「いえ、そんなことはありません」


 大牙の声じゃった。


「え?」


「氷上先輩も根岸先輩もとても洗練された動きをされています。あれは一朝一夕で身につく動きではありませんし、基本を大事にして真摯に野球に取り組んでこなければできない動きです」


 大牙が真っ直ぐな目で二人を見据えておる。


「そ、そうか……。ありがとう倉敷」


 氷上がハッと何かに気づかされたように礼を言いおった。


 いやはや大牙のやつめ、おべっかも使いこなすとは驚きじゃ。

 これは会社員としての出世も早そうじゃの。

 根岸なんぞニタニタと下卑た笑みを隠しきれておらぬではないか。


「へっへっへ。ほらお前ら、俺が育てた肉を食え」


 根岸は醜く笑いながら儂と大牙の皿に焼けた肉を乗せおった。


「ありがとうございます。いただきます!」


「育てたのは畜産農家じゃろ。ぬしはただ肉を焼いただけではないか」


 大牙が感謝しながら肉を口にする一方で儂は皮肉を口にした。


「口の減らねぇガキだな!」


「あはは。森宮、倉敷、僕たち3年の最後の夏を一緒に盛り上げてよ」


 氷上はそう笑うと、悪態をつく根岸を引きずるようにして去って行きおった。


 ふむ。あやつら3年にとっては最後の夏か。

 小学校時代からのチームメイトと最後の夏……誰にでもドラマはあるものじゃな。


 こうしてチームメイトになったのも何かの縁。


 儂があやつらを甲子園に連れて行ってやろうではないか。

 あくまでも瞳を甲子園に連れて行ってやるついでじゃがの。

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