猛練習
「オラァ! いくぞコラァ!」
そして翌日。早朝から始まった全体練習でまたも大牙が……いや、今度は主将の根岸が吠えておった。朝っぱらから元気なやつじゃ。そんなに元気が有り余っておるなら昨日のカレーをもっと食わぬか。
「もう大会も目前なんだぞ! 気合い入れていけ!」
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「きぇえぇええええええええええええええええええーーッ!」
「いぃぃいぇぇぇぇぇァぁああああああああああああああ!」
部員たちの奇声が飛び交っておる。まるで剣道の試合じゃ。
声を出したところで何が変わるというのじゃろうか。
やがて監督の見川によるノックが始まり、徹底的に守備練習をさせ
られた。
こやつ無能な置物監督のくせしてノックだけは妙に上手い。
大牙によると、昔はかなりの名選手だったそうじゃ。
部員たちに積極的に野球を教えることはせぬが、教えを乞うてきた者は無碍にせんなど、指導者として一応最低限の仕事はこなしておる。
考えてみれば平日は教師として教鞭を執り、貴重な休日もこうして部活に費やしておるのじゃから大したものじゃ。
ワークライフバランスなどという概念は皆無じゃろうし、こやつもなかなか頑張っておるではないか、と儂は少しこの見川という監督を見直し始めていた。
「ショート!」
「おう!」
ショートの木村が軽快に打球を捌いておる。
春季大会で内野陣の守備の脆さが課題として指摘されて以降、重点的に鍛えてきたのじゃ。
おかげで練習試合でもエラーをする者はほとんどおらんようになった。
あとはプレッシャーのかかる強豪校との試合で普段通りの守備ができるかどうかじゃな。
やがて昼の軽食を経て儂らは実戦形式の練習へと移行した。
儂らが昼食を握り飯で軽めに済ませたのは、打ち上げでバーベキューが待っておるからじゃが、もし満腹まで平らげておったら、午後からの練習で胃の中身をぶち撒けておったやもしれぬ。それほどまでに過酷だったのじゃ。
現にネネなんぞはさっき自分で吐いたゲロの山に倒れて、今ベンチでぐったりしておる。相変わらずの体力のなさじゃ。
「ほれ! 打てるもんなら打ってみぃ!」
先の大会でランナーを背負うと動揺してコントロールが乱れるという弱点が発覚した儂は、実際にランナーを置いた状況で何度も投げさせられた。もう打者何巡しておるか分からん。
じゃが、儂の球を打てる者はおらなんだ。
大牙が言っていた通り、ランナーは無視してバッターだけに集中すればよいのじゃ。
この2ヶ月でストレートの最速が159キロに達した儂は、向かうところ敵なしじゃった。
もし打てる者がおるとすれば……。
「来いモリツネ」
「ふん、少しは出来るようになったかえ?」
「ああ」
ネネを除けばこの倉敷大牙しかおらぬじゃろう。
「100年早いわ若造が!」
儂の渾身のストレートがキャッチャーミット……ではなく、ネットへと収まる。
そう。大牙以外に儂の球は捕れぬので、大牙が打席に立つときだけはこうして後ろにネットを設置しておるのじゃ。
大牙は2球目も見逃し、儂の球筋を見極めようとしておった。
「相変わらず速いな」
「ふふん、見ておるだけでは打てぬぞ!」
そして投じた3球目。
大牙は内角低めに決まりかけた完璧な真っ直ぐを掬い上げると、打球はライト後方にどこまでも飛んでいきおった。これが球場ならば余裕でスタンドインしとるじゃろう。
「ちっ、ついに打たれてしもうたか」
儂は舌打ちしたが、内心嬉しくもあった。
ようやくネネ以外に儂の球を打てる者が出てきたのじゃ。
「まだあのフォークは打てないけどな」
謙遜するように大牙が言った。
「きひひ、あの魔球だけは誰にも打たせる気はないわい」
その後も実戦形式は続いた。
大牙以外は誰も安打性の当たりを放つことはできんかったが、多少は前には飛ばせるようになってきおった。
「ほれぬしら! 儂の球を当てられて儂より10キロも劣るあの佐山とかいう小僧を打てぬ道理はないじゃろう! 気合を入れぬか!」
「くそ! やってやるよ!」
部員たちに気合が入る。
過剰な声出しなんて無意味じゃと思うておったが、気がつけば若者たちの熱に当てられておる儂がおった。
「おつかれさまー」
やがて地獄のような練習が終わると、儂らはグラウンドに横たわり、マネージャーの立花が持ってきてくれた飲み物を受け取った。さすがに今日は疲れたわい。
「皆さんお疲れ様でした。保護者会の皆様が施設の庭でバーベキューの用意をしてくださっていますので移動しましょう。食事を終えて後片付けをしたら解散です」
ようやく飯の時間じゃ。それもバーベキューときておる。
この時間のためだけに今日1日頑張ったと申しても過言ではない。
儂は昨夜カレーを食べすぎたことなどすっかり忘れて心が踊るのじゃった。




