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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第四章 灼熱の夏
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地獄の食トレ

「おぉ、ちょうど出来とるみたいじゃな」


 儂らが食堂に着くと、既にカレーが出来上がっておった。

 飯も炊きたてで申し分ない。


「森宮君のおかげで捗ったよ。手伝ってくれてありがとう」


 立花が礼を言ってきた。


「気にするでない。どれ……」


 儂は嫁の料理をチェックする姑のような目でカレーを見た。


 うむ。見てくれは問題ない。

 シャバシャバの水みたいになっておったらどうしようかと思ったが、ちゃんとレシピ通りに作る性格のようで安心したわい。


「では、皆さんお揃いのようですので食事にしましょう」


 監督の見川がニコニコと笑いながら言った。

 こやつは今の今までどこに行っておったのじゃ。


 ロクに監督もせず飯のときだけノコノコやってくるとは良いご身分じゃのぅ。

 いや、練習で儂と大牙は別メニューだったのじゃから見かけんかったのは当然か。


「いただきます!」


 部員たちがテーブルにつき、夕餉が始まった。


「ひとり最低カレー3杯がノルマな? 身体作りは大事だからな」


 主将の根岸が獰猛な目で周囲を威嚇しておる。

 げえ、と顔が青くなっとる部員がちらほらおった。


「きひ、きひひひひ」


 そんな光景を見た儂は思わず吹き出してしもうた。


「何がおかしいんだ?」


「いや、最近の若い者は食が細いんじゃのと思うてな。儂が若い頃は1食で米10合くらい当然じゃったがのぅ」


 昔を懐かしむように儂はニタニタと笑った。


「最近の若い者が何言ってんだよ。1食で米10合なんて食えるわけないだろうが」


「儂なら余裕じゃが……ま、ぬしには無理かのぅ?」


「ちっ、上等だよ……やってやるよ!」


 儂が挑発すると、根岸が乗せられおった。

 きひひ、まったく単純極まりないやつじゃのぅ。


「立花、すまぬが追加で飯を炊いといてくれるかのぅ?」


「いいけど、本当に大丈夫なの?」


「きひひ、余裕じゃ余裕」


 じゃが30分後、5杯目のカレーに手をつけた辺りで儂は苦しくなってきた。

 おかしい、昔の儂ならば楽勝だったのじゃがのぅ。


 カレー自体は美味じゃっただけに、不思議でならんかった。

 儂の胃も小さくなったのじゃろうか。


「くっ……」


 儂と同じく5杯目に取り掛かっておる根岸も動きが鈍っておった。


「お待たせー」


「うぷっ……」


 やがて立花が早炊きで米が満載になった業務用の大型炊飯器を開いた瞬間、儂は胃の内容物を展開しそうになった。


「もちろん食うんだよな?」


 既に4杯目を平らげ、終戦モードに入っておる大牙が非難がましい目を向けてきた。


「む、無論じゃ! どんどん持ってくるがよい!」


 じゃが、6杯目のカレーが出てきた時点で儂の動きは止まった。

 根岸もスプーンを持ったまま硬直しておる。


「……みんなで手分けして1杯ずつ食べようか」


 3年生投手の氷上の声で、皆が苦しそうな顔で1杯ずつ追加した。

 その間、儂と根岸は肩身が狭くて仕方なかったわい。


「うぷ……吐きそうじゃ」


 やがて食事が終わると、儂は大牙の肩を借りながら寝室へと向かった。

 その光景を立花が恍惚の表情で見つめておる。

 相変わらず訳の分からん女じゃ。


 そしてネネは殺意に満ちた目で儂を睨んでおる。

 不可抗力なのじゃから仕方なかろう。


「無理するからだ」


「あやつが張り合おうとするのが悪いのじゃ!」


「最初に挑発したのはお前だろ」


「うぐっ……」


 さすがに今回ばかりは儂も言い返せんかったわい。


「ほら、楽にしてろ」


 寝室に入るなり、儂は布団の上に転がされた。

 少しでも気を抜けば吐いてしまいそうじゃ。


 これはもう明日の朝餉はいらぬな。


「うぅ……今の儂は何もできん。ぬしに弄ばれても抵抗できんじゃろうな……」


「ふざけたことを言ってないで早く寝ろ」


 そして早々に消灯となったのじゃが、そこは若人の集いじゃ。

 話し声がそこかしこから聞こえて儂は眠れんかった。


 話題は野球のことであったり、学校のことであったり、好きな女の話であったりと色々じゃ。


「あの……大牙くんって、どういう女性が好みなのかしら?」


 大牙の隣に抜け目なく布団を陣取ったネネが緊張気味に尋ねておる。

 こやつは人間の修学旅行にでも来ておるつもりなのじゃろうか。


 じゃが、儂も一応は気になるので聞き耳を立てることにしたのじゃった。


「好みの女性か……自立してる凛とした人がいいな」


 意外にも大牙は素直に答えおった。


「へぇ……」


「ま、自立してる女性は大抵男を必要としないから難しいんだけどな」


「くだらぬ。ぬしは本当に思春期のオスガキなのかえ? もっと乳がデカいのが良いじゃとか、尻がデカいのが良いじゃとか、そういった見た目の好みを言わぬか」


「少なくともこういう下品なことを言うタイプは無理だ」


 大牙が苦笑しおった。

 ええい、ぬしなんぞ儂の方からお断りじゃ。


「なぁ森宮、お前の姉ちゃん美人ってホント?」


 やがて他の1年生部員がどこで聞きつけてきたのか、くだらぬ質問を投げかけてきおった。


「おん? 誰から聞いたのじゃ?」


 きっと家に来た大牙が漏らしたのじゃろう。

 このお喋り脳味噌マラボウ男めが。


「黒海学園との試合で応援に来てて話したけど、美人だったって俺の親が言ってた」


 そうか。大牙は関係なかったか。

 ま、あまり口が軽い男には見えぬからのぅ。


「大牙に訊けい。一度家に来ておるからの」


「マジ? どうだった?」


「……そうだな。綺麗な人だった」


 食い気味の質問に、大牙が淡々と答えた。


「何が『綺麗な人だった』じゃ。やはりぬしは脳味噌マラボウのドスケベ男じゃ! 勉強を教えにきたくせに瞳の乳ばかり見て鼻の下を伸ばしておったのじゃろ!?」


「違う!」


 大牙が力強く否定しおった。


 他の部員たちは「ノウミソマラボウって何だ?」と耳慣れぬ言葉に困惑しておる。


「なぁ森宮、明日の打ち上げにお前の姉ちゃんも来んの?」


 明日の練習が終わった後、夕食は保護者会によるバーベキューが予定されておる。

 そういえば瞳も来ると言っておったのぅ。


「そのはずじゃ」


「うひょー、楽しみー!」


 部員たちが歓声を上げおった。


「ふん、妙な気を起こす前に忠告しておいてやる。瞳に指一本でも触れてみぃ、夏の大会は病院のベッドの上でテレビ観戦してもらうことになるからのぅ」


 儂はドスの利いた声で脅してやった。


「こえぇ……」


 ふん、こんな万年発情オス猿共の群れに瞳を連れてきたらどうなるか分からん。


 何度でも言うが、思春期のオスガキなんぞマラボウに手足が生えとるような生き物じゃからの。隙あらば女と結合することしか考えておらぬのじゃ。


 儂は瞳に学び舎で婿を見繕ってきてやるとは言ったが、そんじょそこらの半端な男に瞳をくれてやる気は毛頭なかった。


 まぁ大牙ならば……ギリギリ認めてやらぬこともないがの。


 大牙は救いようのない脳味噌マラボウのドスケベ男じゃが、見てくれは良い。そして多少の甲斐性や男気というものも持ち合わせておる。


 瞳は言わずもがな別嬪で気立ても良いし、きっとお似合いの美男美女夫婦になるじゃろうな。やがて生まれてくる稚児を儂が抱き上げる日が楽しみじゃ。


 儂はそんな空想をしつつ、眠りに落ちたのじゃった

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