夏合宿
「もう無理じゃ……もう」
ぜいぜいと肩で息をした儂が音を上げた。
7月初頭、儂らは北浜高校の所有する保養施設とやらで、夏の大会に向けての強化合宿をしておった。
合宿と申しても1泊2日。儂に言わせればただのお泊り会のようなものじゃ。
同じ釜の飯を食って結束を高めるだか何だか知らぬが、たかが1泊2日程度で何が変わるというのじゃろうか。
じゃが、予想に反して練習は苛烈を極め、オーバーワークと申しても過言ではなかった。
儂は今、別メニューでさんざん走らされてから投げ込みをしておる。
滝のような汗が頬を伝い、滴り落ちてきた。
「へばってんじゃねぇぞオラッ! 気合入れろ!」
儂のメニューに同行しておる大牙が吠えおった。
やはりこやつはオレ様系じゃ。
やはりこやつはオラオラ野郎じゃ。
やはりこやつは脳味噌マラボウのドスケベ男じゃ。
普段は冷静じゃが、興奮すると儂よりも血の気が多いではないか。
強肩倉敷ではなく狂犬倉敷といっても差し支えなかろう。
「ええい、やかましい! 時代錯誤なことばかりやらせおってからに! 熱中症で倒れたらどうするのじゃ!」
「まだ限界までやりきってもいないうちから甘えたことを言うな。人間最後は精神力が物を言うんだよ」
大牙が昭和のような根性論をほざきおった。
スポーツの水分禁止で育った世代でもないじゃろうに、人間でもない儂に向かってズレたことを抜かしよるわい。
「もうよい。小休止じゃ」
「黒海学園にあんな負け方して悔しくなかったのか?」
座り込んだ儂に大牙が煽ってきよる。
そう言われると儂も黙ってはおられんかった。
黒海学園はその後、圧倒的な力で春季大会を優勝すると、その勢いのままに関東大会でも優勝しおった。
エースの黒峰と1年生の佐山が躍動し、両大会を通じての失点は僅かに4点じゃ。
世間からは夏の甲子園でも優勝候補の筆頭じゃと噂されておる。
「やかましい! その黒海学園に二度も三振した大型扇風機はどこのどいつじゃ!?」
「ああ俺だよ! ついでにマウンドで号泣した誰かさんの球を受けていたのも俺だ!」
「このぉ! いつまでも過ぎたことを蒸し返しおってからに!」
儂は自分の言動を棚上げして大牙に飛び掛かろうとしたが、足元がふらふらしてそのまま倒れ込んでしもうた。
「どうやら本当に限界みたいだな。休憩にするか」
大牙の判断でようやく休憩になり、儂らは木陰へと移動した。
「ほら」
大牙が儂にペットボトルの水を寄越してきた。
「うむ」
「うむじゃねえだろ」
頑なに礼を言わぬ儂に大牙が苦笑する。
「のぅ大牙、先の試合でぬしは二度も情けなく三振したわけじゃが……それに対して大牙はどう思っておるのか?」
儂は帽子を後ろ向きに被り直すと、両手を広げながら薄笑いを浮かべた。
「なんだその顔」
「他の者ならばともかく、ぬしならば打てない球ではなかったじゃろ?」
黒海学園との試合でこやつは元チームメイトの佐山相手に呆気なく三振しておった。
元チームメイトならば相手の手の内も分かるじゃろうに。
「お前は俺を買い被りすぎなんだよ。本当に打てなかっただけだ。まぁ、相手が佐山で必要以上に力んでしまったのはあるかもな」
「ふむ。それはぬしが黒海学園のスカウトを蹴って北浜に来た理由と関係しておるのか?」
儂は興味本位で尋ねた。
大牙はしばらく迷っておったが、やがて静かに語り始めた。
「そういえばそのうち理由を話してやるって言ったっけな。別に大した理由じゃないぞ? ただ勝利至上主義に嫌気が差したってだけだ」
「何を申しておるのじゃ? 戦う以上は勝ちを目指すのは当然であろう」
「ああ。だからって勝つために何でもやっていいわけじゃない。俺がいた霧島シニアってチームは何でもありだった。選手の酷使やラフプレーもな。俺と一緒に入団した親友も監督の酷使で肘を痛めて野球ができなくなったんだよ」
「ふむ」
それは単に「そやつが弱かっただけではないか」と言いかけたが、話の腰を折ればどんな目に遭うか分からんので、儂は大人しく聞くことにした。
「あの佐山ってピッチャーは生き残った側だ。だから強者の理論で弱者の気持ちなんて分からないし、分かろうともしない。あいつは俺の親友が怪我したときにこう言ったんだ『怪我する弱っちいやつが悪いんだ』ってな。入団した頃は素直だったんだが、すっかり染まってしまいやがった」
大牙が苦々しそうな表情を浮かべた。
ええい、儂もあの小僧と似たような思想なのかと思うと嫌になってきたのぅ。
「佐山はなぜか俺を買っていて、一緒に黒海学園に誘われたが、あそこも霧島シニアと毛色はそう変わらないからな。また同じことの繰り返しになるのかと思うと嫌になって断った。ただそれだけの話だ」
言われてみればあの小憎の大牙へのこわだりは並々ならぬものがあったのぅ。
わざわざ試合前に儂らのベンチに向かってきたくらいじゃ。
あれは買っているなどというレベルではなく、執着しておるといっていい領域じゃ。
こやつはあまり意識しておらぬようじゃが、なんとも罪作りな男じゃな。
「ふむ。なんだか勿体ない気もするのぅ。強豪校に行けば腕も磨けるし、プロへの近道にもなるじゃろうに」
「別にプロになるつもりはなかったからな。けど野球は好きだし、高校野球はやりたかった。だから今後の進路のことを考えて偏差値が高くて野球部もある北浜にしたんだよ」
「ふむふむ。大体のことは理解した。本当に大した話ではなかったのぅ。勿体ぶる必要なかったではないか」
「あぁ?」
ムッとした顔で大牙が儂を睨んだ。
「きひひ、色々と格好つけてはおるが、要するに弱小校でお山の大将を気取りたかっただけじゃろ? 無能なボンクラ共の中で傑出しとる自分に酔いしれて、周囲にチヤホヤされたかっただけじゃろう? 儂と似たようなものではないか。きひひひひ」
「お前と一緒にするな。……はぁ、話すんじゃなかったな」
大牙がウンザリした様子でため息を吐いた。
「ま、話せて少しはスッキリしたじゃろう。200人くらいにしか言い触らさんから安心せい」
「学年全員に言うつもりかよ。まぁ隠すものでもないから好きにしろ。さぁ、そろそろ再開するぞ」
大牙の号令でまたしても地獄の練習が再開した。
やがて練習が終わる頃にはもうすっかり陽も落ちておった。




