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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第三章 強力な助っ人
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海老で鯛を釣る

「というわけで、ぬしは明日から野球部に入るのじゃ」


「何がというわけよ。訳が分からないわ」


 帰宅後、儂は寝転びながら漫画を読んでおったネネに仔細を話した。

 こやつすっかりニート生活が板についておるな。


「じゃから何度も言わせるでない。ぬし、明日から野球をやるのじゃ」


「あたしが野球なんてやるわけないじゃない。アンタとうとう壊れちゃったの? ま、アンタのことだからどうせあたしを仲間にすればお母様に告げ口されずに事態を有耶無耶にできると思ったんでしょ。相変わらず浅はかねぇ」


 ネネが鼻で笑いおった。


 ふむ。さすがに腐っても儂の姉なだけのことはあって、こちらの魂胆などお見通しのようじゃな。


 じゃが、儂はまだとっておきの切り札を残しておる。

 今からそれを見せてやろうではないか。


「どうしてもやらぬのか?」


「しつこいわね。やるわけないじゃない」


「……野球部にとんでもないイケメンがおると申してもか?」


「は?」


 ネネが読みかけの漫画を閉じおった。


 きひひ、こやつの男好きは筋金入りじゃからのぅ。

 この誘惑を無視できるはずがないのじゃ。


「儂が面食いなのは知っておろう? その儂が認めるほどじゃぞ」


「どうかしら。アンタの言うイケメンなんて信用できないわね」


「もしかして倉敷君のこと? たしかにかっこいいよねー。若手俳優にいそうな感じ」

 

 ここで瞳が思わぬ助け舟を出してくれおった。


「ふ、ふぅん? まぁ瞳がそこまで言うなら顔くらい見てやってもいいけど?」


「なぜ瞳の言うことなら信じるのじゃ!?」


 曲がりなりにも数百年の付き合いがある儂よりも、数日の付き合いしかない瞳の方を信用しよるとは……。


「アンタよりもずっと嘘をつけない子だからよ。ね?」


「あ、あはは」


 瞳がぎこちなく愛想笑いしておる。

 たしかに嘘はつけぬ性分じゃの。


「まぁよい。明日練習を見にくるのじゃ」


「そうね。アンタが人間たちにどう溶け込んでいるのかも見ておきたかったし、ちょうどいいわね」


 今までさんざんゴロゴロしておったくせに、儂の監視という目的を思い出したかのようにほざきおった。

 あくまでもイケメンが見たいだけじゃろうに白々しい女じゃのぅ。


「きひひ、まぁ期待するがいい」


 そして翌日。 


 夕方の練習でネネはこちらの様子をフェンス越しにじっと見ておった。

 どこで調達したのか、ご丁寧に北浜の制服まで着ておるではないか。


「なぁ、めっちゃ可愛い子がいるぞ」

「やべー、緊張する」

「ウチにあんな可愛い子いたか?」

「どうせ倉敷のファンだろ」


 ネネの様子を見た部員たちが色めき立っておった。

 

「どうじゃネネ」


 儂はネネの傍まで近づいた。


「あ……あ」


 その視線は儂が紹介するまでもなく、大牙に釘付けになっておった。


 ネネは阿呆のように口をポカンと開けながら大牙の一挙手一投足を見つめておる。

 明らかに心を奪われておるようじゃ。


「どうじゃ、あれが儂の申しておった倉敷大牙じゃ」


「ふ……ふぅん。まぁ悪くはないんじゃない? あくまでもアンタの言うイケメンにしてはって意味だけれど」


 ネネは素っ気ない態度じゃった。

 きひひ、本当に分かりやすいのぅ。


「おい、何をサボってるんだ?」


「ッ!?」


 そのとき、ちょうど大牙がこちらに向かってきおった。


「あ……あ」


 ネネは緊張しておるのか、完全に硬直しておる。


「おう大牙。こやつ儂の友人でな。ちと見学させてやってほしいのじゃ」


「そうか。こんにちは」


 大牙は余所行きの顔で微笑を浮かべると、ネネに軽く会釈しおった。

 それだけでネネが堕ちるには充分だったようじゃ。


 儂はそのとき、古代兵器のバリスタから放たれた巨大な矢がネネの心臓を貫く映像が鮮明に見えたのじゃった。


「ひゃ、ひゃい!? こ、ここここんにちは」


 やっとのことでネネが挙動不審になりながら返事をした。

 まるで男慣れしておらぬ生娘のような反応じゃ。


 ネネは大牙が練習に戻る後ろ姿を名残惜しそうにいつまでも見つめておるのじゃった。



「……いいわ。仕方がないから野球部に入ってあげる」


 帰宅後、ネネが恩着せがましく抜かしおった。

 大牙がお気に召したであろうことは火を見るよりも明らかじゃった。


「ほぅ、それは頼もしい申し出じゃのぅ」


「野球部に入ればアンタがやらかさないか近くで監視できるものね。寛大なあたしにせいぜい感謝しなさいな」


「うむ。感謝感激雨あられじゃ。ところで野球のルールは知っておるのか?」


 調子に乗るなと怒鳴りそうになった儂じゃったが、ここでネネの機嫌を損ねても前に進まぬので仕方なく大人の対応をするのじゃった。


「当然ね。こう見えてアンタより人間社会での生活は長いのよ。人間が投げてくる球を棒切れで引っ叩けばいいんでしょ?」


「間違ってはおらぬが、不安になる回答じゃな……。それとどうやって北浜高校の生徒になるつもりじゃ?」


「そんなの簡単よ。転校生ってことで潜り込めばいいじゃない」


「残念じゃが、転校生は1年間高校野球の公式戦には出られぬようになっておる」


「えっ、そうなの?」


「うむ。有力選手の引き抜き防止じゃとか色々と理由があるみたいじゃな」


「なら部活に入っていない人間に適当に取り憑いてやるわよ」


 ネネが悪そうな顔を浮かべおった。


「取り憑くのは構わぬが、取り憑く人間にはちゃんと許可を取るのじゃぞ」


「はあ? 何でそんな面倒なことをしなきゃいけないわけ?」


「本人の同意と協力がなければ後々ややこしくなるからじゃ。よもや四六時中取り憑いておるわけにもいくまい?」


「……仕方ないわねぇ」


 ネネは渋々同意しおった。

 面倒ではあるが、大牙と同じ部活に入ることを天秤にかけて判断したのじゃろう。


「それと人間に取り憑く以外で無闇に妖力を使うでないぞ? 儂も野球ではこの姿に変化する以外では力を使わぬようにしておる」


「何で生まれ持った力を制限しなきゃいけないのよ?」


「儂らが妖力を使うのはフェアではないからじゃ。勝手に人間の世界に干渉するのじゃから、それくらいは守らねばならぬ」


 正直なところ、儂が妖力を使えばもっと相手を容易く抑えることはできる。 

 先の試合でもそうじゃ。打者の目を眩ませたり、ボールの軌道をあり得ぬ方向に変化させたり、やろうと思えばいくらでも劣勢を覆せる手段はあった。

 じゃが、儂は野球では男の姿に変化する以外では力を用いておらぬ。


 なぜなら人間が作り出した野球という競技に対しては、あくまでも儂という個の身体能力で勝負することに意義があるからじゃ。

 人間相手に身体能力で勝てぬからと、他の力を使ってしまえば妖としての沽券に関わるわい。

 それをやってしまえば、儂はもう自分で自分を許せなくなるじゃろう。


「……別に構わないわ。力なんか使わなくたって人間相手なら楽勝よ。それにしてもアンタってクズのくせに昔から変なところで真面目よね」


「クズとはなんじゃ! クズとは! そこは誇り高いと申してほしいものじゃのぅ」


「ま、大体の流れは理解したわ。ひとまず明日も学校に行って適当な獲物を見つけてこようかしら」


「うむ」

 

 てっきり取り憑く獲物くらい見つけてこいと命令されるかと思うたのじゃが、ネネは存外やる気を出しておるようじゃ。

 これは期待して良いのやもしれぬな。


「今日は色々あって疲れたわね。瞳、早く夕飯を作ってちょうだい」


「いや、ぬしは練習の見学以外に何もしておらぬじゃろ。とはいえ、儂も身体を動かした後じゃから腹ペコじゃわい。瞳ぃー! 飯ー!」


「あ、うん。もう少し待っててね」


「早くしなさいよー」


「飯ぃー! 飯ぃー!」


 儂らはテーブルを叩きながら飯を催促した。

 癪ではあるが、こういうところは姉妹でそっくりじゃ。


「このふたり今までどうやって生きてきたんだろ……」


「聞こえておるぞ!?」


 小声で呟く瞳に地獄耳の儂が抗議した。


 さすがの瞳も呆れておるようじゃ。

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