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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第一章 球春到来
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理解のある同居人

「では、行ってくるからの」


 翌春、すべての準備を終えた儂は玄関で真新しい制服に身を包んでおった。

 今日から儂は高校1年生じゃ。

 どこに出しても恥ずかしゅうない立派な高校生なのじゃ。


「ねぇツネちゃん、本当に大丈夫なの?」


 同居人の森宮瞳もりみやひとみが不安そうに儂を見ておる。

 瞳は儂が面倒を見てやっとる女じゃ。


 以前、泥酔した儂が道端に吐瀉物を撒き散らしておったところを介抱してくれたのがこやつで、それから色々あって共に暮らす仲になった。


「じゃからツネちゃんと呼ぶでない。今日から儂は恒夫つねおじゃ。森宮恒夫という名で学び舎に通うのじゃからいいかげんに慣れよ」


「でも、誰かにバレたりしたら大変なことになっちゃうよ」


「相変わらず心配性じゃのぅ。バレようがないじゃろ。儂の計画は完璧なのじゃ」


 そう。儂はこの日のために色々と奔走したのじゃ。

 まずは役所に向かい、得意の認識阻害術で役人共を騙くらかして本物の戸籍を作った。


 儂は今、外見上も戸籍上も正真正銘の15歳というわけじゃ。

 そして今春から儂が通う『千葉県立北浜(きたはま)高等学校』に入学するために高校受験にも挑戦した。試験は全部カンニングしてやったがのぅ。


「うーん、見た目は男の子に見えなくもないけど……やっぱり喋り方がお年寄りだよ」


「じゃから進学を機に県外から引っ越してきた設定でいくのじゃろうが。口調はおばあちゃん子じゃから影響を受けたということにでもすればよい。今更ジタバタしても始まらんのじゃから素直に応援せんか」


 最初は儂も今風の口調でゆくつもりじゃったが、何度真似てもボロが出そうになるので断念した。

 無理せず自然体で生活するのが一番じゃ。


「……そうだね、せっかくこの日のために頑張ってきたんだもんね」


「うむ。一日千秋の思いじゃったわ」


 野球を始めると決意した昨夏から、儂は血の滲むような猛練習で鈍った身体を叩き起こした。こんなに必死になったのは久方ぶりじゃ。それだけあの甲子園の舞台に立ちたいという気持ちが溢れて止まらんかったと言えるじゃろう。


「私に手伝えることがあったら何でも言ってね。応援するから」


 瞳が優しい眼差しを向けてきた。


「くふふ、頼もしい申し出じゃな。ならば儂がぬしを必ず甲子園に連れて行ってやるから、今のうちに祝勝会の予定でも立てるがよい」


「うん、楽しみにしてるね。それにしても高校生活かぁ……いいなぁ、青春だねぇ。ツネちゃんにも好きな男の子ができたりして?」


 瞳が今度はうっとりした顔で抜かしおった。

 やれやれ、こやつは何も分かっておらぬな。


「のぅ瞳よ、儂は学び舎に野球をしに行くのじゃぞ? 小便臭い鼻垂れ小僧共と惚れた腫れたをやっとる暇なんぞありはせん」


「でも、もしかしたらがあるかもよ?」


「ありえぬな。そういうぬしこそどうなのじゃ? もう25じゃというのに浮いた話がまるでないではないか」


 瞳からは男の影というものが感じられん。

 以前は会社の上司にしつこく付き纏われておったが、儂が筋骨隆々の大男に化けてそやつを脅してやったら一発で片が付いた。思い返してもあれは痛快じゃったのぅ。


「まだ24だよ。別に私、結婚とか焦ってないし」


 瞳が不服そうに抗議しおった。


「もう24というべきじゃ。そうやって悠長に構えておったら瞬く間に30、40になって取り返しのつかぬことになるのじゃぞ」


「800歳のツネちゃんには言われたくないかも……」


「じゃからツネちゃんと呼ぶでない! 儂はよいのじゃ儂は! 人間と違っていつまでも生きられるからの。じゃが、人間の一生は短いのじゃ。せいぜい悔いの残らぬようにな」


「うん……」


「きひひ、なんなら儂が学び舎で未来の婿を見繕ってきてやろうかえ?」


 儂はニヤニヤと笑いながら瞳に提案した。


 こやつは押しに弱いところがあるからのぅ。


 放っておけばいずれ強引に言い寄ってきた頭の悪そうな男に孕まされた挙げ句にDV被害を受けて離婚し、母子家庭として困難な人生を歩むに相違ない。


 どこの馬の骨とも知れぬ輩に誑かされるくらいなら、目利きの儂が男を選んでやった方が良いというものじゃ。


「えぇ……高校生なんて年の差ありすぎだよぅ」


 瞳が困惑した様子で言った。


「今のうちに唾を付けておくのもよかろう。青田買いというやつじゃ。姉さん女房は良いものじゃぞ」


「もう……」


「ではの!」


「行ってらっしゃい」


 いいかげん遅刻しそうじゃった儂は、瞳に見送られて家を出た。

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