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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第二章 春季大会
12/40

打てるものなら打ってみぃ

「ふふん、打てるものなら打ってみぃ」


 悠然とマウンドに向かった儂は投球練習を始めた。


 例によって投球練習では軽く投げておるだけじゃ。

 黒海の1番打者は「おっそ」とでも言いたげにニヤニヤと笑っておった。


 ま、すぐに度肝を抜かれることになるじゃろうな。

 プレーが始まるなり、儂は涼しい顔で初球のストレートを投じた。


「は……?」


 黒海の打者は微動だにせんかった。


 動きたくとも動けなかったというのが正確なところじゃろう。

 電光掲示板には球速157キロと表示されておった。


 うーむ。今日も絶好調じゃな、儂。

 一呼吸置いてから、球場はどよめいておった。


「え……何あのボール!?」

「速すぎるだろ」

「1年生だよな?」

「やべーだろ!」


 そんな驚嘆の声が次々に聞こえてくる。

 きひひ、これじゃ、この瞬間がたまらぬのじゃ。


「こんなの聞いてねぇぞ、おい」


 いつの間にか黒海の打者からは余裕の笑みが消えておった。

 ようやく自分たちが置かれておる状況に気づいたのじゃろう。

 ぬしらは儂に料理されるのじゃ。儂の奪三振ショーの生贄になるのじゃ。


 儂は挨拶代わりに先頭打者を切って取ると、続く2番打者も3番打者も3球で仕留めてやった。


 結果的に三者連続三球三振で、黒海ご自慢の上位打線を相手に圧巻のパフォーマンスを見せつけてやったというわけじゃ。

 さすがに儂という伏兵の存在は想定しておらんかったようで、黒海ベンチからは焦りが見えた。


 きひひ、今更後悔しても遅いのじゃ。

 ほぼ一瞬で黒海の攻撃回を終わらせた儂は、ベンチへと凱旋した。


「ナイスピッチ!」

「やっぱすげーよ森宮は!」

「もしかしたら俺たち勝てるんじゃないか?」


 チームメイトの称賛が続々と飛び交っておる。


「きひひ、当然じゃ。儂を誰じゃと思うておる。ま、儂に任せておくのじゃ」


 儂はベンチでふんぞり返りながら笑った。


「おいモリツネ。浮かれてないで次の4番打者の首藤しゅとうさんには気をつけろよ」


「ふん、何をどう気をつけるのじゃ?」


「高校通算60本のホームランを打ってるプロ注目の強打者だからな。いくらお前でもストレートだけで抑えるのは難しい。適度にフォークのサインも出していくからな」


 一応大牙とは事前にサインの取り決めをしておる。

 サイン盗みの可能性も考慮して適宜変えてはおるがな。


「ふふん、儂の魔球を使うまでもないじゃろ」


「頼むから油断しないでくれ。そういう慢心から勝ちは零れ落ちていくんだよ」


「わーっとるわい。そういう叱咤激励ならばあの役立たず共にやらぬか」


 儂は前方を顎でしゃくった。

 見れば5番6番7番と連続で三振じゃ。


 佐山の小僧は儂に敵愾心を燃やしておるのか、先程の意趣返しと言わんばかりに躍動しておる。


「チームメイトに向かって役立たずなんて言うんじゃない。お前にはリスペクトってものがないのか」


「ふん、儂に認めてほしければ結果で示すことじゃな」


 やれやれ、もう攻守交代かえ。

 一息つく暇もないではないか。

 儂は大儀そうに立ち上がると、再びマウンドに向かうのじゃった。


「4番、ファースト、首藤君」


 2回裏の黒海学園の攻撃は4番で右打ちの首藤からじゃ。

 大牙が警戒しておった通り、堂々たる風格を出しておる。


 190センチ近い身長に体重100キロはあるじゃろう。

 盛り上がった二の腕は丸太のようじゃ。


 ま、こういうデカブツを料理してやるのが投手の醍醐味なのじゃがのぅ。


「きひひ、打てるものなら打ってみぃ」


 儂が投じた初球156キロのストレートを首藤は無表情で見送った。


 ふん、内心ではビビリまくっておるじゃろうに、虚勢を張りおってからに。

 続く2球目のストレートを首藤はファウルチップしおった。


「ほぅ、2球で儂の真っ直ぐに掠るとは、腐っても強豪校の4番打者じゃのぅ」


 儂は素直に感心した。ま、これくらいはやってもらわなければ張り合いがないというものじゃ。

 そして3球目。大牙から出たサインは低めに外れるフォークボールじゃった。


 ふん。なぜもう奥の手を使わねばならぬのじゃ。

 大牙のサインに2度首を振った儂は、渋々といった具合に再提示された高めに外れるストレートを投じた。


 じゃが、若干甘く入ったらしく、首藤はレフトスタンドにギリギリでファウルとなる大きなフライを放ちおった。


「いいぞ首藤!」

「打てますよー!」


 初めてまともに儂の球に当てたことで、黒海学園のベンチは調子に乗っておる。


 大牙はいい加減にしろ、と言わんばかりに再びフォークを要求してきおった。

 ええい、仕方ないのぅ。


「気安く使いたくはないのじゃが、まだこちらも無得点じゃしのぅ」


 儂はぶつぶつと文句を言いながら、魔球フォックスフォークを投じた。

 ボールはホームベースの手前で急降下じゃ。


「ッ!?」


 首藤のバットが大きく空を切り、これにて三振というわけじゃな。


「ええっえぇ!?」

「今めっちゃ落ちたぞ!」

「手元で消えるレベルだろあれ!」


 再び黒海学園のベンチが騒がしくなっておる。

 ふふん、真っ直ぐだけでも打てぬのに、変化球も混ぜられたらお手上げじゃろうな。


 儂は愉快でたまらんかった。


 後続もピシャリと抑え、これで六者連続三振じゃ。

 完全試合いけるかものぅ、儂。


「ま、こちらも得点できねばどうにもならぬのじゃが」


 3回表に8番9番1番と連続三振する光景を見ながら、儂は呆れたように呟いた。


 4番の大牙から換算してこれで七者連続三振じゃ。

 誰も打球を前に飛ばすどころか、掠りもしておらぬ。

 ここは扇風機を製造する工場かえ。


「これは投手戦になりそうじゃのぅ……」


 続く3回裏に7番8番9番の下位打線を三振に切って取りながら儂が呟いた。

 4回表の北浜の攻撃は2番から始まる好打順じゃ。


 主将の根岸は役に立たぬじゃろうから、儂と大牙でどうにか1点は欲しいところじゃの。

 1点さえ取れれば勝てる。あとは儂が無失点に抑えれば良いだけじゃ。


「おう根岸ぃ! たまには打って主将らしいところを見せぬか!」


「うるせえ!」


 儂が応援してやっておるというのに、根岸は反抗的な態度じゃ。


 そして案の定というべきか、あっさりと三振しおった。

 まったくもって糞の役にも立たぬ男じゃ。


「情けないのぅ。これで主将とは片腹痛いわい」


「ちっ、スライダーのキレが良すぎんだよ」


 根岸が言い訳がましくほざきおった。


「ふん、やはり頼れるのは儂と大牙だけか」


 元よりそのつもりじゃ。

 儂は打席に立つと狙い球を絞った。


 今のところ小僧の球種は少々速いだけのストレートとスライダーだけじゃ。

 シャープに振れば決して打てぬような球ではない。


「いただきじゃ!」


 儂は初球のストレートを捉えたが、ボールはぼてぼてとショート前に転がりおった。

 即座にチャージしてきた黒海のショートが華麗なグラブ捌きで捕球し、1塁へと正確に送球する。 


 いやはや、本当にこれで北浜の者共と同じ高校生なのじゃろうか。

 打撃は大したことないが、守備の固さは相当なものじゃ。


 ま、これで小僧の連続三振記録は8で途絶えおった。

 九者連続三振中の儂の勝ちじゃ。

 そう思うと痛快でたまらんかった。


 じゃが、佐山の小僧は記録などどうでもよさそうじゃ。

 意識しておるのは大牙だけということじゃろうか。


「4番、キャッチャー、倉敷君」


 名前を呼ばれ、大牙が本日二度目の打席に立った。


 さて、そろそろ打ってもらおうではないか。

 大牙ならば何とかしてくれるだろうという期待が、儂や北浜ナインからも漂っておった。


 黒海学園側もまだまだ大牙には警戒しておるようじゃ。

 外野は長打に備えて深めに守っておる。


 じゃが……。


「ストライク! バッターアウト!」


 やりおったこやつ。


 よりにもよって高校野球では御法度の見逃し三振じゃ。

 高野連のお偉方も苦言を呈するあの見逃しの三振じゃ。


「大牙、スライダーか?」


 見かねた儂が声をかけた。


「いや……変化球を待っていたらストレートで反応できなかった」


 バツが悪そうに大牙が呟く。


「ええい、情けないやつじゃのぅ。所詮ぬしは雑魚専じゃな。格下相手にしか打てぬ救い難き雑魚専じゃ」


「くっ……」


 大牙が項垂れた。


 なんじゃこやつ。らしくないバッティングばかりしおってからに。

 あの小僧に何ぞ弱味でも握られておるのじゃろうか。


 大牙は脳味噌マラボウのドスケベ男じゃから、おそらく女の下着でも盗んだ罪を小僧に肩代わりしてもらったじゃとか、きっと何か理由でもあるのじゃろう。


 いまいち釈然とせんかったが、儂は気を取り直して4回裏の守備につくためにマウンドへと向かった。

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