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白球狐の夏  作者: 春雨 蛙
第二章 春季大会
11/40

試合開始

 やがて試合の開始時刻となり、儂らは整列して黒海学園の連中と向き合った。


 こうして見ると儂ら北浜ナインよりも身体つきが一回り以上大きい。

 胸板は分厚く、大腿部などは活きの良いカツオのようにパンパンに張っておるではないか。

 体格で対抗できそうなのは大牙と5番の鍋島くらいじゃろう。日頃から相当鍛え上げられている様子が見てとれた。


「プレイボール!」


 審判の宣言と共に、試合が始まった。


 いよいよ儂の公式戦デビューじゃ。

 華々しい勝利で初陣を飾ろうではないか。


 まずは先攻である儂らの攻撃からじゃった。


 黒海学園の先発は、先程儂らに上等こいてきおった背番号11の佐山とかいう小僧じゃ。

 1年生に経験を積ませるための先発といえば聞こえは良いが、要するに儂らは舐められておるのじゃろう。


「ま、舐められても仕方がないと言えば仕方がないの」


 儂はさっそく空振り三振に倒れたトップバッターの体たらくを見て呟いた。


 1番打者の中林は、佐山のサイドスローから繰り出される速球に翻弄されておった。

 見たところ球速は130キロ後半くらいじゃろうか。


 1年生にしては大したものじゃが、決して打ちあぐねるような球ではない。

 儂や大牙ならば余裕で捉えられるじゃろうな。


「くっ!?」


 続く2番の根岸はボテボテのゴロに倒れおった。

 惜しくも読みが外れました的な空気を醸し出しておったが、仮に読みが当たったとしてもこやつならその程度じゃろう。


 これであっという間に2アウトじゃ。


「3番、ピッチャー、森宮君」


 さて、いよいよ儂の出番じゃな。

 ウグイス嬢にコールされ、儂は悠然と打席に立った。


 それにしても球場で名前をアナウンスされるのは良いものじゃな。

 これはテレビで高校野球中継を見て憧れた要素のひとつでもある。


 儂の勇姿を見ておるか瞳。瞬く間に長打をかっ飛ばしてやるからの。

 ぬしは祝勝会の用意をして儂に旨い飯をたらふく食わせるのじゃぞ。


「ほれ、かかってこぬか礼儀知らずの小僧。儂が教育してやるわい」


 儂はバットを小僧の顔に向けて静止させ、軽く挑発してやった。


 佐山なる小僧はまるで虫けらでも見るような目じゃった。

 そして儂に投じた初球。


「ぬおっ!?」


 それはいきなり儂の顔面に目掛けて向かってきおった。

 思わず仰け反った儂は地面に倒れ込みそうになったが、寸前のところで堪えた。


 あわや顔面直撃という危険球に球場の観客がどよめいておる。

 小僧は不敵な笑みを浮かべながら軽く帽子を取りおった。


「あやつわざとやりおったな……」


 世が世ならば八つ裂きにして豚の餌にしてやったところじゃ。

 平和な時代に生まれたことを感謝するのじゃな。


「そういう態度でくるならば儂にも考えというものがある」


 儂は痛烈なピッチャーライナーを狙うべく全神経を集中させた。

 試合中の事故ならばお咎めなしじゃろう。

 じゃが、そこから小僧は3球続けてボール球を投げおった。


「フォアボール!」


 審判が四球を宣言する。

 なんじゃあやつ、コントロールが悪いのかえ?


「ちっ、遊びやがって」


 いや違う。黒海学園の捕手が舌打ちしておる。

 どうやら儂との勝負を避けて大牙と直接対決しようという魂胆らしい。


「ピッチャーびびっとる! ヘイヘイヘイ!」


「野次は慎んで!」


 一塁ベースに向かいながら儂は佐山を野次ったが、塁審に注意されてしもうた。

 ふん、儂が現役の頃は敵味方を問わずに野次が飛び交っておったものじゃが、野球もお上品になったものじゃのぅ。


「おう舐められとるぞ大牙! 男なら打ってみぃ!」


 儂は大牙に檄を飛ばした。


「分かってる」


 塁上から叫ぶ儂に、迷惑そうな顔で大牙が答えた。


 もしホームランが出れば2点先制じゃ。

 この好機を逃してよいはずがなかろう。


「4番、キャッチャー、倉敷君」


 名前をコールされた大牙が打席に立つと、球場の空気が変わった。


「倉敷だ」

「あれが例の中学ナンバーワン捕手……」

「うちのスカウトを蹴ったんだってよ」


 どうやら大牙はそれなりに名前が売れているようじゃ。


 黒海学園のベンチも明らかに騒がしくなっておるではないか。

 黒海学園の神経質そうな監督も、釣り逃がした魚を惜しむような顔をしておった。


「待ってたよ大牙。うちに来なかったことを後悔させてやる!」  


 そして佐山が投じた力強い初球のストレートは、唸るような速さでキャッチャーミットへと収まった。

 それは先程の儂や、1番2番の打席で投げた球ではなかった。明らかにギアをチェンジしておる。


 速い。儂ほどではないが、1年坊主としては驚異的じゃ。いや儂ほどでないが。儂ほどではないがの。


「速ぇ!?」


 儂ら北浜のベンチがざわめいておる。


「これ森宮ぐらい速いんじゃないか?」


「儂の方が速いに決まっとろうが!」


 無礼な物言いが聞こえてきて、儂は塁上から怒号を飛ばした。


 見れば球場の電光掲示板には145キロと表示されておる。ほれ見よ、儂の方が速いではないか。

 じゃが、球速以上に伸びてきてボールが手元で浮き上がってくるように見える。

 糸を引くような良いストレートじゃ。儂ほどではないがの。


 そして続く2球目。

 同じく145キロのストレートに大牙のバットが空を切った。


「ええい、その程度の相手に何を手こずっておるのじゃ! せっかくのチャンスじゃろうが!」


「分かってる」


 大牙がウンザリした顔で同じ言葉を繰り返した。


 こやつは本当に分かっておるのじゃろうか。

 案の定、大牙は次のストレートも空振りして三振に倒れおった。


 いや待つのじゃ。あの大牙が三球三振じゃと?

 初見の儂でさえ仕留めるのに6球も要したというのに。


 ははあ、さてはあやつ、味方になった途端に弱体化するタイプじゃな。RPGで傍迷惑極まりないタイプじゃ。

 しかし、先の練習試合では打ちまくっておったしのぅ。

 それを鑑みると相手が凄いのじゃろうか。


 否、大牙はいわゆる雑魚専というやつなのじゃろう。

 弱い相手には強いが、強い相手にはとことん弱い。あやつも底が知れたのぅ。


 儂はニヤつきながら何度も頷いた。


「まったく情けない男じゃのぅ。何が『分かってる』じゃ。まったく何も分かっておらぬではないか。それとも、三振する結果でも分かっておったのかえ?」


 攻守交代でマウンドに向かう途中、儂は大牙に軽口を叩いた。


「うるせぇ。次は打つ」


「きひひ、せいぜい頑張るのじゃな」


「お前の方こそ頑張れよ。相手はあの黒海打線だぞ」


「ふん、誰に物を言っておる。儂に任せておけば万事問題ないのじゃ」


 儂は自信たっぷりに宣言した。


 そうとも。儂の球は練習でも以前の練習試合でも一度たりとも打たれてはおらぬ。

 相手が全国レベルの強豪だろうと、打てるはずがなかろう。

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