悠久の退屈
800年も生きておると大抵の刺激には慣れるものじゃ。
物事への興味関心は薄れ、毎日をただ無為に過ごすだけになる。
生きながらにして死んでおるようなもので、儂はそんな退屈極まりない怠惰な日々を今日も明日も延々と送るはずじゃった、あの映像を見るまでは……。
その日、儂はいつものように居候先のマンションの一室で昼間から酒を呷っておった。
季節はうだるような日差しが照りつける夏。
予報では気温が40度近くまで上がると抜かしておった。
昔の夏からは考えられんような酷暑じゃ。
儂は到底外に出る気にはなれず、冷房の効いた快適な部屋で寝転びながらキンキンに冷えた酒を浴びるように飲んでおった。
「ええい、退屈じゃのぅ」
居候先の人間は仕事に出ておるので、酒を飲む以外にすることがない。
漫画は読み尽くしてしもうたし、ゲームもあやつが積んでおった分はほとんどクリアしてやった。
気晴らしにくだらんテレビでも見るとしようかのぅ。
「ふん、野球か」
テレビを点けると、夏の風物詩とも言える高校野球が中継されておった。
もう甲子園大会の季節じゃったか。
「きひひ、この暑い中で運動とはご苦労なことじゃのぅ」
テレビには滝のような汗を流す球児たちが映し出されておった。
ベンチで死にそうな顔をしながら水分補給しとる者もおる。
じゃが、どいつもこいつも若者らしく溌剌とプレーする姿が印象的じゃ。
「野球か……懐かしいのぅ」
何を隠そう、儂も人間に混じって退屈凌ぎに野球をやっておった時期があるのじゃ。
あの激動の時代、昭和の戦中戦後にかけて投手をやっておった。
プロ野球の球団にスカウトされた辺りで面倒になって辞めてしもうたがのぅ。
「あれから70年以上経つが、今でも野球人気は健在というわけか」
高校球児たちの聖地『阪神甲子園球場』のスタンドは大勢の観客で埋め尽くされており、地鳴りのような声援が響いておる。
野球の一体何が人間共を惹きつけるのじゃろうか。
いや、儂も齧っておったゆえ少しは理解できるところがある。
団体競技というのは、なかなかに面白いものじゃ。
自分だけの力では勝てぬ妙味、勝利したときの一体感と高揚感。
あれは個人競技では味わえぬものじゃろう。
高校野球は筋書きのないドラマじゃと、いつか誰かが申しておった。
今しかない青春を野球に捧げて全力でプレーする球児たちの姿は、たしかに筋書きのないドラマと言えるじゃろう。
「儂は……儂は何をやっておるのじゃろうか」
今やすっかり表舞台からは遠ざかり、昼間から酒浸りの身じゃ。
人間とは流れておる時間も価値観も違うとはいえ、こんな毎日でよいのかという思いはある。
泥塗れになりながら必死に白球を追いかける球児たちの姿を見ていると、不意に一筋の涙が頬を伝うのを感じた。
「馬鹿な……この儂が涙じゃと?」
涙なんぞとうの昔に枯れ果てたと思うておった。
よもや儂の中にまだこんな感情が残っておったとはのぅ。
これも懸命に若さを燃やしておる球児たちの熱が画面越しに伝わってきたからじゃろうか。
儂は涙を拭うと、再びテレビにかじりついた。
ピンチで打者を三振に抑えて雄叫びを上げる者。
長打を打ってチームメイトや観客に拍手で称えられておる者。
内野ゴロを放ち、間に合わぬと分かっておるのに一塁ベースに頭から飛び込む者。
試合に勝ってチームメイトと抱き合っておる者。
試合に負けて泣き崩れる者。それを慰める者。
そんな光景を見ておると、儂は胸がカッと熱くなるのを感じた。
「儂、また野球やりたい……」
口に出した途端、居ても立っても居られんくなった。
儂はもう一度野球をやるのじゃ。あの輪の中に儂も入りたい。そして人間共にチヤホヤされて良い気になりたい。
そう思い立ってから、動き出すまでは早かった。




