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「黒姫と竜」美姫と評判の姫君は、口よりも拳が先に出る子でした

掲載日:2026/03/31

※※※

-1-

※※※

 信濃国は高井郡の日野。

 高梨摂津守に、黒姫という娘がいた。

 黒姫はとても見目麗しく、引く手あまたの美姫と評判が高かった。年頃になると求婚者が後を絶たず、はるか遠国からも縁談が押し寄せる程だった。

 しかし姫を溺愛していた摂津守は「姫に見合う相手ではない」とことごとく断っていた。

 黒姫も「結婚相手は自分で選びたい」と相手にしなかった。


 あるとき、摂津守は黒姫と家臣を引き連れ、花見に出かけた。

 なかでも岩倉山の桜は見事で、池のほとりで宴を開いて盃を傾けては盛り上がっていた。

「黒姫さまはまことお美しい。山の桜も見劣りするほどですなあ」

「気品と言い立ち振る舞いと言い、まさしく当家の至宝ですな」

「あまりの美しさに、いくさの世も忘れてしまいそうです」

 家臣たちは口々に黒姫の容姿をほめたたえ、摂津守は自慢げにそれを聞いていた。

 黒姫は黙ってそれらを聞き流していたが、内心では「またいつものお飾り扱いか」と腐っていた。


 黒姫は、実は口よりも手が先に出る性格だった。

 いくさの世なのだから、と自分でも弓槍刀を学び、しきたりとか習わしがあっても気にしなかった。

 曲がったことが嫌いで、納得いかなければなんでも自分でやりたがった。

 自分でできることは自分でやりたかったし、自分の生き方は自分で決めたがった。

 要は理不尽が嫌いだったのだ。

 ……それなのに、周囲からはちやほやおだてられ美姫として持て囃されるばかり。

 結局、誰も自分のことをわかってくれない、とウンザリしていたのだった。


 宴もたけなわの時、ふとどこからともなく白蛇が現れた。

 大きさは一丈ほど、ボロボロの傷だらけ。よろよろと這い出る白蛇の後ろから、さらに大きな蜘蛛が現れ、白蛇を追い回した。

 白蛇も必死で逃げるが、すぐに大蜘蛛に追いつかれ、糸にからめとられてしまった。

 それまで酒を楽しんでいた家臣たちは、どうしたものかとただ眺めていた。大蜘蛛も白蛇も、人間たちには目もくれずに争っている。

 それに気付いた黒姫は、憤った。

「なぜ誰も見ているだけで助けようとしない」


 とっさに飛び出した黒姫は、素手のまま大蜘蛛に殴り掛かった。白蛇を組み敷いていた大蜘蛛の背中に黒姫の一撃が入り、大蜘蛛は吹き飛ばされて近くの木の幹に叩きつけられ、慌てふためいて逃げて行ってしまった。

 すぐさま摂津守が青い顔で黒姫のもとに駆け寄って来る。

「怪我はないか?手を痛めてはおらぬか?」

「問題ありません」

「せめて一言あれば、他の者にやらせたものを」

「誰も動かなかったので」

 一瞬、あっけに取られていた家臣たちは、我に返って黒姫に拍手する。

「白蛇をお助けするとは、心根もお優しくあられる」

「美しいだけではなく腕も立つとは、さすが黒姫さま」

「もしいくさ場に出たなら、さぞ頼もしいことでしょうなあ」

 持て囃す家臣たち。

「出ても良いのなら、いくさ場に出ますが」

 黒姫の言葉に摂津守は真っ青になり「お前にそんな危ないことをさせるわけがないだろう!」と叫んだ。家臣たちも一瞬静まり返り、そして慌てて取り繕うように笑ってごまかした。

「いやいや、ものの例えですから」

「まさに姫は文武両道ですなあ」

(まあ、わかってるけど)

 黒姫はため息をついた。

 どうせ自分は持て囃されるだけの美姫でしかない。戦うことなんか誰も期待していない。

 黒姫はいらだちを隠せないまま盃を手に取り、弱っていた白蛇にわけてやった。

 白蛇はポロポロと涙を流しながら盃を飲み干すと、ペコリと頭を下げ、よろよろとどこかへ姿をくらませた。

「いちいち律義な奴だ」

 盃のふちをそっと撫でながら、黒姫はつぶやいた。




※※※

-2-

※※※

 その夜。

 寝所へ向かう黒姫は、突然庭から声をかけられた。たちまち人が集まり、声の主は抗いもせずに捕らえられた。

 見慣れない、白い狩衣姿の若者。

 若者は黒姫の顔を見るなり、こう言った。

「あ、あのっ、ひめ様にお逢いしたくて……!」

 またか、と黒姫はウンザリした。この手の若者は後を絶たない。

 後ろからのんびりとやって来た摂津守は、若者の身なりの良さを見て何者かと尋ねた。

「わ、わたしは、岩倉池に住む竜です」

 ぽかん、と口を開ける摂津守。そりゃそうだ、そんなこと突然言われても信じられるわけがない。

「先ほど、大蜘蛛に襲われて危ないところを助けてもらって、盃まで……そ、それで、一目惚れしました!」

 目をぎゅっとつぶって力いっぱい叫ぶ若者。の姿をした竜。と言うにはあまりにも威厳が無さ過ぎて、黒姫はついくすっと笑ってしまった。まるで情けないあの白蛇そっくりだったからだ。

「か、か、帰れ!」

 顔を真っ赤にした摂津守が叫んだ。

「大事な姫を、人ではないものに逢わせるわけにはいかん!」

「ええー」

「ええー、ではない!帰れ!」

「そ、そこをなんとか……」

「ええい、ならんものはならん!」

 半べそをかきながら、竜は懐から手紙を取り出した。

「じゃ、じゃあせめてこれを姫に……」

「まだ言うか!くどい!」

 竜のあまりに必死な姿に、黒姫はつい口を挟んだ。

「……父上」

 本当にこの若者が白蛇かどうかは知らないが、とにかく本気なことだけは伝わった。

「それで帰るというのだから手紙くらい受け取りましょう」

「ほんとですか!」

 竜の顔がパッと明るくなる。その能天気な喜びっぷりに、黒姫は優しさを見せたことを少し後悔した。

 どうせ断るのに。ヘタに期待させてしまったかもしれない。

「……受け取るだけだぞ」

「ありがとうございます!」

 竜はペコリと頭を下げると、パッとひと飛びで塀の上に飛び乗った。

「お返事は、明日また受け取りに来ます!」

「え」

 黒姫の返事も聞かず、竜はそのまま塀の向こうへ姿を消した。

「なぜ当然のように返事がもらえると思っている……」

 黒姫はため息をついた。

 とは言え、受け取ってしまった以上今更遅い。黒姫は諦めて手紙を開いた。

「って、字きったな!」

 紙いっぱいに書かれた文は、紙ががさがさするほど墨が多く、文字の大きさもバラバラ。なにが書いてあるのか読み取るのすら難しいほど。

「え、なに?『で、い』?……あ、『だ』かな?『だ、い、す、き、で、す』って子供か!

 ……『ぼ、く、の、す、き、な、の、わ』ああもう読みづらい!あと長い!」

 イラッとしつつも、どうにか最後まで読み終える。

 それから黒姫は墨を擦り始めた。


 次の日の夜。

 摂津守や家臣たちが待ち構える中、ウッキウキで屋敷へやって来た竜に、黒姫は返事の手紙を投げてよこした。

「字が汚い上に間違いが多い。墨も多すぎ。あと読みづらい」

「そ、そんなあ……」

 グスグスと鼻を鳴らしながら、竜は涙をこぼした。

「ええい、もう用事は済んだだろう!帰れ帰れ!」

 摂津守が青筋を立てて怒鳴る。その剣幕に竜はビクッとして、追い立てられるように帰っていった。

 ぱらぱらと降り始めた雨の中、去っていく背中を黒姫は黙って見送った。


 そして次の日の夜。

「ひめ様ー!また手紙書いてきましたあ!」

「……アホなのか?」

 あっけにとられる黒姫に、竜はニッコニコの笑顔で手紙を差し出す。思わず受け取ってしまった黒姫に竜は言った。

「お返事ください!ここで待ってますので!」

 呆れながら、黒姫は一度部屋に戻った。

「……あれか。もっとわかりやすく断るべきだったか」

 竜の物分かりの悪さに頭の痛い思いをしながら、黒姫は手紙を開く。

「字は……一応、読めるようにはなってきているな。

 『ボクのおよめさんになってください』語彙力が子供かっ!

 『ひめ様のげんこつすごくカッコよかったです』褒めるところ、そこでいいのか?

 あと一文終わるたびに『だいすきです』って入れるのやめろ!」

 まったくめんどくさい、とため息をつきながら、返事をしたためる。そして庭で待っていた竜に渡した。

「確かに字はマシになったが、言葉遣いが幼稚すぎる。あともう来るな」

「そ、そんなあ……」

 昨日と同じ表情でがっくりとうなだれる竜。

「お前が本気なのだけは認めてやる」

「ホントに?」

 パッと顔を明るくする竜に、黒姫は背を向けた。

「だが求婚には応えられん。諦めて山へ帰れ」


 しかし、さらにその次の日。

「ひめ様!今日も受け取ってください!」

「なんでだよ」

 まるで落ち込む様子もなく、またしてもニッコニコの笑顔で竜が手紙を持ってきた。

「こいつ……諦めるということを知らんのか」

 黒姫は呆れながらも、つい差し出された手紙を受け取ってしまった。

「頑張っていっぱい練習したので褒めてください!」

「それだけで褒められるなどと思うな」

「ええー」

「ええーではない」

 ため息をつきながらも、また部屋に戻り、手紙を開く。

「まったく……諦めの悪さだけは褒めてやってもいいけど。

 『ちはやぶる 神代もきかず 竜田川……』って、恋歌のつもりか。百人一首丸写しじゃないか。しかも今は春だぞ。

 『ボクの池では美味しい魚がたくさんとれます』魚か……自慢できるとこ、そこでいいのか。

 『ひめ様と結婚出来たらずっと大事にします。この土地をずっとずっと守り続けます』あのヘタレが?……誠意を見せているつもりなのか?」

 ため息をつきつつ読み進める黒姫の手が、一瞬止まった。

「『ボクもひめ様みたいな綺麗で強い人になりたいです』…………」

 黒姫は、フン、と鼻を鳴らすと、冷めた目で手紙を閉じた。


 庭に戻ると、竜はまたウッキウキで待っていた。

 黒姫は、竜に言った。

「言葉選びが悪すぎる。真面目ぶればいいと思ってやいないか?」

「そんなあ」

「……もう、いいだろう」

 しょんぼりする竜に、黒姫は冷たく言い放った。

「私程度の娘などどこにでもいる。お前が憧れるような大層な人間ではない。もっと竜の嫁にふさわしい美姫を探せ」

「そんなことないです!」

 必死になって、竜は叫んだ。

「姫様が綺麗なのは、言葉じゃなくて行動が綺麗だからなんです!」

 その言葉に、黒姫はぽかんと口を開けたまま固まった。

「見てるだけじゃなくて、すぐに動いてくれて、ほんとうにほんとうにカッコイイのがわかるんです!」

 竜は叫ぶなり、黒姫の持っていた返事の手紙をさっと取った。

「それじゃあ、また明日来ます!」

「……っもう来るなと言っているだろう!」

 つい大きな声を上げる黒姫。しかし竜はそのまま姿を消してしまった。

「相変わらず、話を聞かない奴だ」

 そうつぶやきながら、黒姫はなぜか戸惑ったように竜が消えたほうを見つめていた。

 そんな黒姫を見て、摂津守は不安そうな声で、「もう返事はいいのではないか?」と言った。

 黒姫は黙って首を振った。

「……しかし、元はと言えば私が助けたことが始まりです。向こうが諦めるまでは付き合ってやるのが礼儀でしょう」

 摂津守は困った顔で黒姫に言った。

「お前は心根が優しすぎる」

 そう言いつつも、摂津守の顔色は晴れなかった。




※※※

-3-

※※※

 こうして、毎夜のように竜が摂津守の屋敷を訪れるようになった。

 しかし摂津守は気が気ではなかった。

 愛娘である黒姫に竜が言い寄っている。しかも諦めることなく、毎晩毎晩手紙のやり取りをしている。

 家臣たちも不安そうに、摂津守に話していた。

「竜を名乗る若者が、姫様に求婚していると噂になっております」

「今はまだ領民たちの間だけですが、もし隣国にまで知られては面倒なことに」

「高梨の家の名に傷がついてからでは手遅れですぞ」

 その言葉に、摂津守は困り果てた。

「妙な噂が広まる前に、黒姫の嫁ぎ先を考えたほうが良いのだろうか……」

 と考えるようになった。


 その晩、黒姫が竜を待っていると、摂津守に呼び出された。

「越後の為景どのの勧めで、おまえを将軍様にと口利きしてもらえることになった」

「……なぜですか」

 父からその話を聞いた時、黒姫は静かにそう言った。

「悪い話ではないと思うのだが」

「良い話とも思えませんが」

 ピシャリと言われ、摂津守は戸惑った。

「将軍家だぞ?良い話ではないか」

「ずっとゴタゴタしているではありませんか」

「京に上れるのだぞ?」

「いくさばかりで焼け野原なのに?」

 そのとき、庭でガサッと音がした。

 そっちに目をやると、誰かが走り去っていくのが見える。黒姫は、なぜか胸騒ぎを覚えた。

「もしかして、今のは竜では」

 軽い焦りを感じて、黒姫は言った。

「なに、だとしたら話も省けてちょうどよい」

 安堵したように言う摂津守。

「ちょうどよいとはなにがですか」

「あのしつこい竜が、だ。今の話を聞いたのならさすがに諦めるだろう」

 そう言われて、黒姫は小さくつぶやいた。

「……諦める?」


 その後から、雨が降り始めた。

 そしてその夜、竜は来なかった。

(なにをやっているのだ、あのバカは)

 誰も来ない庭を眺めながら、黒姫はつぶやいた。

(……いや、来るなと言っておきながら、なにを言っているのだ私は)

 降り始めた雨は、まだ止みそうにない。

 そっとため息をついて、黒姫は竜にもらった手紙を入れた文箱をなでた。


 次の日も、そしてまたその次の日も、雨は止まなかった。

 それどころかしだいに雨足は強くなり、日が差さないせいで農作物は腐り、田畑も荒れていった。

 領地の人々は口々に、竜の仕業ではないか、と噂するようになった。

「なぜ雨がやまないのだ」

 イライラしながら、摂津守はぼやいた。

 すでに田圃は沼地となり、小川は荒れ狂う激流、崖は崩れ逃げる場所すらない。

 領民は逃げ惑うばかりで、その日の食糧にも事欠くありさま。

 やむなく屋敷の藏を開放して兵糧を分け与えたが、それもいつまでもつかわからない。

「やはり竜の仕業なのでは。恐ろしや」

「なにか竜を怒らせることをしてしまったのか。今からでも詫びに行くべきではないか」

「しかし誰がこの大雨の中、山に登るのだ」

 家臣たちも戸惑うばかりで、どうすればいいのか誰もわからなかった。




※※※

-4-

※※※

「父上が勝手なことをするからです」

 黒姫は怒って言い放った。

「し、しかし、あれはお前のためにだな……」

「なにが私のためなのですか」

「その、竜がいつまでもお前に付きまとっていたから……」

「といっても手紙を渡してくるだけでしょう」

「毎回返事を書いているではないか」

「相手の誠意に不義理を働くつもりはありません。それに、断りの文句は毎回入れています」

「そうは言ってもだな……」

 黒姫は小さくため息をついた。

「そんなことより、領民をどうなさるおつもりですか」

「どう……と言われても」

「このままではあたり一帯が水に沈みます」

「わ、わかっている!」

「このまま雨が続いたら、みな冬を越せません。すでに畑を流されたものもいます。

 すぐに手を打たなければ大変なことになります」

「わかっている、と言っているだろう!」

「わかって、どうなさるおつもりなのですか?」

「そ、それは……」

 戸惑いながら、摂津守は口をつぐむ。黒姫はフウッ、と息を吐いてから立ち上がった。

「では私が竜を退治してきます」

 摂津守は驚愕して叫んだ。

「なぜそうなるのだ?!」

「この大雨が竜の仕業だというのなら、竜に気を持たせてしまった私にも責任があります。領民を守る為に、私が竜を退治に向かうのが筋です」

「筋とかそういう話ではない!相手は竜なのだぞ!しかもこの大雨の中、山へ行くと言うのか!」

「関係ありません。ぶちのめしてきます」

 黒姫はそう言って、摂津守が止めるのも聞かず、一人で出て行ってしまった。


 黒姫は摂津守の大切な家宝である刀を勝手に持ち出し、大きな蓑を羽織ると、嵐の山道を登り始めた。

 流されてしまった川沿いの道を避け、泥だらけになりながら藪の中を切り開くように進んでいく。

 やがて山の中腹に出たところで視界が開け、そこには大きな池があった。

 池のほとりで黒姫は叫んだ。

「おい、竜。いるならば出てこい」

 すると、すっと雨が弱まり、池の中から角の生えた大きな竜が頭を出した。

「ひ、ひめさま?どど、どうしてここに……」

「雨を降らせているのはお前か」

 言うなり黒姫は竜に駆け寄り、飛び上がりながら拳を竜の頭に振り下ろした。

「痛ったぁ!」

「痛った……!石頭かお前は!」

 涙目で殴られた頭をさする竜。黒姫も拳をさすりながら竜に詰め寄った。

「今すぐ雨を止めろ。領民がみな困っている。意趣返しならば私にしろ!」

「ちち、違うんですよぉ」

 半べそで竜は答えた。

「悲しくて泣いてたら、雨が降って来ちゃって……みんなに迷惑かけちゃうって思ったら、余計に雨が強くなっちゃって……」

「やはりお前の仕業ではないか。泣いたくらいで天変地異起こすんじゃない!」

 今度は竜のあごに一発。フギュ!と間抜けな声を上げて、竜はのけぞった。

 黒姫は殴った手をほぐして痛みを逃しながら、涙目の竜をにらみつける。

「でででもだって!ひめ様、将軍に嫁入りするんでしょ?」

 その言葉に、黒姫の顔が曇った。

「……やはり聞いていたのか」


 再び、ポツポツと雨が強くなり始める。

「あれは父上が勝手に決めただけだ」

「で、でも……将軍様って、すごく偉いんでしょ……?」

「偉い偉くないは関係ない」

「ひめ様がはるか遠くの京に行っちゃったら、もうお返事貰えないかも、って……。

 ひめ様と結婚したいっていう願いも、もう叶わないって思って……」

「それで来るのをやめたのか」

 また雨あしが強くなる。

 黒姫がまた拳を振り上げると、竜はビクッとしてしくしくと泣きながら言った。

「だってボク、ダメなヤツだから……竜なのに、誰からも大事にしてくれなくて、誰も祀ってくれなくて……。

 でも、あの日助けてくれたひめ様がすごくステキでカッコよくて、ひとめで大好きになって。

 勇気を出して手紙を書いたら、ちゃんと読んでくれて、お返事も書いてくれて……すごくうれしかったんだ。

 ひめ様は、こんなダメなボクにもちゃんと向き合ってくれるんだ、って……」

 雨はどんどん強くなり、黒姫はずぶぬれになっていた。

 黒姫は拳を振り上げたまま、じっと竜の言葉を待った。

 竜はさらに顔をゆがめる。

「なのに……。

 雨を降らせて、領地をめちゃくちゃにしちゃって……ひめ様に合わせる顔がなくて……」

 黒姫は長く息を吐き、低い声で言い放った。

「ああもう、まどろっこしい!この泣き虫竜が!」

 ゴイン。鈍い音と共に拳が落ちる。

「痛ったいですよお……!」

 竜は涙目で頭を押さえた。

「こっちも痛いわ!どんだけ固いんだ竜のウロコ!

 ……あれだけ『来るな』と言われても毎日来ていた奴が、その程度で勝手に諦めて勝手に逃げるのか。がっかりだ!」

 殴った手をさすりながら、黒姫は吐き捨てるように言った。

「誰も大事にしてくれない?誰も祀ってくれない?

 他人の行動に期待するくらいなら自分から動け。

 メソメソ泣いて願いが叶うのか」

 黒姫はグイッと竜に顔を近づけた。

「諦めの悪さがお前の取り柄だろう。

 私にあこがれていると言ったのは口だけなのか?

 私をずっと大事にすると書いたのは嘘なのか?」

 竜は涙目で首を横に振る。

「なら……お前の本気を行動で示せ。

 お前の願いはなんだ?

 諦めずにその思いを貫き通して、行動すれば願いが叶うことを証明してみせろ」

「で、でも……ボク、大雨で領地をめちゃくちゃにしちゃって────」

「でももへったくれもない」

 黒姫はピシャリと言った。

「悪いと思っているのなら領地を元通りにしてみせろ。それがお前の償いだ」

 そう言うなり、黒姫はガシッと竜の鼻を掴み、ずるずると池から引きずり出した。

「いっ、痛い痛い!行きます!行きますから離して……!」




※※※

-5-

※※※

 ようやく雨が上がった。領民たちは安堵し、歓喜の声を上げた。

 慌てて屋敷から出てきた摂津守は、泥だらけになって戻ってきた黒姫の姿を見て号泣し、続いて現れた大きな竜を見て仰天した。

「な、なぜそいつが一緒なのだ?」

「荒らされた領地を直させるためです」

「竜を……従えたというのか?姫が?」

 摂津守は青い顔で黒姫に問いただした。

「ま……まさか、竜の嫁になるなどと言い出すんじゃ────」

「こんなヘタレの嫁になるわけがないでしょう」

 姫に即答され、竜はベソをかきはじめた。

「そんなあ……行動で示せば願いは叶うって……」

「それが叶うかどうかはお前が自分で証明しろと言ったはずだ」

「ぇうう……」

 黒姫の言葉に竜はメソメソと泣き始め、小雨がぱらつきはじめた。

「まずはその泣き虫をなんとかしろ」

 黒姫にピシャッと言われ、竜は泣き止み、雨もすぐに止んだ。


 それからというもの、竜は領地のあちこちの修繕に駆り出された。

「この畑を直したら結婚してくれますか?」

「その程度で求婚とか、ありえない」

「じゃ、じゃああっちの水路も直したら……」

「いちいち理由をつけないと気が済まないのか愚か者」

「ぴぃ……」

 黒姫にあごでこき使われながらも、竜の力で領地は次第に復旧していった。

 領民たちはみな黒姫と竜に感謝し、余った野菜や木の実などを持って来てくれるようになった。


 あっという間に、数十日が過ぎた。

 竜は今日もかいがいしく、黒姫の周りで働いていた。

「ひめ様、お茶を淹れました!」

 黒姫は湯呑みを受け取ると、珍しく柔らかい表情で竜に語りかけた。

「諦めずに、よくがんばったな」

「へ?」

「へ、ではない。みなお前を大事に思ってくれるようになったではないか」

 いつのまにか、領民たちは竜のために小屋を作ってくれ、祠も用意してくれていた。

 それを思ったとたん、竜の両目からぶわっと涙があふれた。

「ボ、ボク……うれしいです!」

「おい!せっかく晴れたのに泣くな!」

 慌てて涙をぬぐう竜。

 ホッとしつつ、黒姫は呆れた、でもどこか優しい顔で竜を見る。

 竜もうれしそうに黒姫を見つめ、言った。

「そ、それで……みな大事に思ってくれるって、ひめ様も……?」

「はあ?」

 そう言われて、一瞬言葉に詰まる黒姫。

「……調子に乗るな、バカ者」

「ええー」

「ええー、ではない」

 竜にそう言うと、黒姫はお茶に口をつけた。

「お茶がぬるい。淹れなおせ」

「ひゃぃ……」

 こうして姫の尻に敷かれた竜は、いつまでも黒姫のために働き続けましたとさ。



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