「黒姫と竜」美姫と評判の姫君は、口よりも拳が先に出る子でした
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信濃国は高井郡の日野。
高梨摂津守に、黒姫という娘がいた。
黒姫はとても見目麗しく、引く手あまたの美姫と評判が高かった。年頃になると求婚者が後を絶たず、はるか遠国からも縁談が押し寄せる程だった。
しかし姫を溺愛していた摂津守は「姫に見合う相手ではない」とことごとく断っていた。
黒姫も「結婚相手は自分で選びたい」と相手にしなかった。
あるとき、摂津守は黒姫と家臣を引き連れ、花見に出かけた。
なかでも岩倉山の桜は見事で、池のほとりで宴を開いて盃を傾けては盛り上がっていた。
「黒姫さまはまことお美しい。山の桜も見劣りするほどですなあ」
「気品と言い立ち振る舞いと言い、まさしく当家の至宝ですな」
「あまりの美しさに、いくさの世も忘れてしまいそうです」
家臣たちは口々に黒姫の容姿をほめたたえ、摂津守は自慢げにそれを聞いていた。
黒姫は黙ってそれらを聞き流していたが、内心では「またいつものお飾り扱いか」と腐っていた。
黒姫は、実は口よりも手が先に出る性格だった。
いくさの世なのだから、と自分でも弓槍刀を学び、しきたりとか習わしがあっても気にしなかった。
曲がったことが嫌いで、納得いかなければなんでも自分でやりたがった。
自分でできることは自分でやりたかったし、自分の生き方は自分で決めたがった。
要は理不尽が嫌いだったのだ。
……それなのに、周囲からはちやほやおだてられ美姫として持て囃されるばかり。
結局、誰も自分のことをわかってくれない、とウンザリしていたのだった。
宴もたけなわの時、ふとどこからともなく白蛇が現れた。
大きさは一丈ほど、ボロボロの傷だらけ。よろよろと這い出る白蛇の後ろから、さらに大きな蜘蛛が現れ、白蛇を追い回した。
白蛇も必死で逃げるが、すぐに大蜘蛛に追いつかれ、糸にからめとられてしまった。
それまで酒を楽しんでいた家臣たちは、どうしたものかとただ眺めていた。大蜘蛛も白蛇も、人間たちには目もくれずに争っている。
それに気付いた黒姫は、憤った。
「なぜ誰も見ているだけで助けようとしない」
とっさに飛び出した黒姫は、素手のまま大蜘蛛に殴り掛かった。白蛇を組み敷いていた大蜘蛛の背中に黒姫の一撃が入り、大蜘蛛は吹き飛ばされて近くの木の幹に叩きつけられ、慌てふためいて逃げて行ってしまった。
すぐさま摂津守が青い顔で黒姫のもとに駆け寄って来る。
「怪我はないか?手を痛めてはおらぬか?」
「問題ありません」
「せめて一言あれば、他の者にやらせたものを」
「誰も動かなかったので」
一瞬、あっけに取られていた家臣たちは、我に返って黒姫に拍手する。
「白蛇をお助けするとは、心根もお優しくあられる」
「美しいだけではなく腕も立つとは、さすが黒姫さま」
「もしいくさ場に出たなら、さぞ頼もしいことでしょうなあ」
持て囃す家臣たち。
「出ても良いのなら、いくさ場に出ますが」
黒姫の言葉に摂津守は真っ青になり「お前にそんな危ないことをさせるわけがないだろう!」と叫んだ。家臣たちも一瞬静まり返り、そして慌てて取り繕うように笑ってごまかした。
「いやいや、ものの例えですから」
「まさに姫は文武両道ですなあ」
(まあ、わかってるけど)
黒姫はため息をついた。
どうせ自分は持て囃されるだけの美姫でしかない。戦うことなんか誰も期待していない。
黒姫はいらだちを隠せないまま盃を手に取り、弱っていた白蛇にわけてやった。
白蛇はポロポロと涙を流しながら盃を飲み干すと、ペコリと頭を下げ、よろよろとどこかへ姿をくらませた。
「いちいち律義な奴だ」
盃のふちをそっと撫でながら、黒姫はつぶやいた。
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その夜。
寝所へ向かう黒姫は、突然庭から声をかけられた。たちまち人が集まり、声の主は抗いもせずに捕らえられた。
見慣れない、白い狩衣姿の若者。
若者は黒姫の顔を見るなり、こう言った。
「あ、あのっ、ひめ様にお逢いしたくて……!」
またか、と黒姫はウンザリした。この手の若者は後を絶たない。
後ろからのんびりとやって来た摂津守は、若者の身なりの良さを見て何者かと尋ねた。
「わ、わたしは、岩倉池に住む竜です」
ぽかん、と口を開ける摂津守。そりゃそうだ、そんなこと突然言われても信じられるわけがない。
「先ほど、大蜘蛛に襲われて危ないところを助けてもらって、盃まで……そ、それで、一目惚れしました!」
目をぎゅっとつぶって力いっぱい叫ぶ若者。の姿をした竜。と言うにはあまりにも威厳が無さ過ぎて、黒姫はついくすっと笑ってしまった。まるで情けないあの白蛇そっくりだったからだ。
「か、か、帰れ!」
顔を真っ赤にした摂津守が叫んだ。
「大事な姫を、人ではないものに逢わせるわけにはいかん!」
「ええー」
「ええー、ではない!帰れ!」
「そ、そこをなんとか……」
「ええい、ならんものはならん!」
半べそをかきながら、竜は懐から手紙を取り出した。
「じゃ、じゃあせめてこれを姫に……」
「まだ言うか!くどい!」
竜のあまりに必死な姿に、黒姫はつい口を挟んだ。
「……父上」
本当にこの若者が白蛇かどうかは知らないが、とにかく本気なことだけは伝わった。
「それで帰るというのだから手紙くらい受け取りましょう」
「ほんとですか!」
竜の顔がパッと明るくなる。その能天気な喜びっぷりに、黒姫は優しさを見せたことを少し後悔した。
どうせ断るのに。ヘタに期待させてしまったかもしれない。
「……受け取るだけだぞ」
「ありがとうございます!」
竜はペコリと頭を下げると、パッとひと飛びで塀の上に飛び乗った。
「お返事は、明日また受け取りに来ます!」
「え」
黒姫の返事も聞かず、竜はそのまま塀の向こうへ姿を消した。
「なぜ当然のように返事がもらえると思っている……」
黒姫はため息をついた。
とは言え、受け取ってしまった以上今更遅い。黒姫は諦めて手紙を開いた。
「って、字きったな!」
紙いっぱいに書かれた文は、紙ががさがさするほど墨が多く、文字の大きさもバラバラ。なにが書いてあるのか読み取るのすら難しいほど。
「え、なに?『で、い』?……あ、『だ』かな?『だ、い、す、き、で、す』って子供か!
……『ぼ、く、の、す、き、な、の、わ』ああもう読みづらい!あと長い!」
イラッとしつつも、どうにか最後まで読み終える。
それから黒姫は墨を擦り始めた。
次の日の夜。
摂津守や家臣たちが待ち構える中、ウッキウキで屋敷へやって来た竜に、黒姫は返事の手紙を投げてよこした。
「字が汚い上に間違いが多い。墨も多すぎ。あと読みづらい」
「そ、そんなあ……」
グスグスと鼻を鳴らしながら、竜は涙をこぼした。
「ええい、もう用事は済んだだろう!帰れ帰れ!」
摂津守が青筋を立てて怒鳴る。その剣幕に竜はビクッとして、追い立てられるように帰っていった。
ぱらぱらと降り始めた雨の中、去っていく背中を黒姫は黙って見送った。
そして次の日の夜。
「ひめ様ー!また手紙書いてきましたあ!」
「……アホなのか?」
あっけにとられる黒姫に、竜はニッコニコの笑顔で手紙を差し出す。思わず受け取ってしまった黒姫に竜は言った。
「お返事ください!ここで待ってますので!」
呆れながら、黒姫は一度部屋に戻った。
「……あれか。もっとわかりやすく断るべきだったか」
竜の物分かりの悪さに頭の痛い思いをしながら、黒姫は手紙を開く。
「字は……一応、読めるようにはなってきているな。
『ボクのおよめさんになってください』語彙力が子供かっ!
『ひめ様のげんこつすごくカッコよかったです』褒めるところ、そこでいいのか?
あと一文終わるたびに『だいすきです』って入れるのやめろ!」
まったくめんどくさい、とため息をつきながら、返事をしたためる。そして庭で待っていた竜に渡した。
「確かに字はマシになったが、言葉遣いが幼稚すぎる。あともう来るな」
「そ、そんなあ……」
昨日と同じ表情でがっくりとうなだれる竜。
「お前が本気なのだけは認めてやる」
「ホントに?」
パッと顔を明るくする竜に、黒姫は背を向けた。
「だが求婚には応えられん。諦めて山へ帰れ」
しかし、さらにその次の日。
「ひめ様!今日も受け取ってください!」
「なんでだよ」
まるで落ち込む様子もなく、またしてもニッコニコの笑顔で竜が手紙を持ってきた。
「こいつ……諦めるということを知らんのか」
黒姫は呆れながらも、つい差し出された手紙を受け取ってしまった。
「頑張っていっぱい練習したので褒めてください!」
「それだけで褒められるなどと思うな」
「ええー」
「ええーではない」
ため息をつきながらも、また部屋に戻り、手紙を開く。
「まったく……諦めの悪さだけは褒めてやってもいいけど。
『ちはやぶる 神代もきかず 竜田川……』って、恋歌のつもりか。百人一首丸写しじゃないか。しかも今は春だぞ。
『ボクの池では美味しい魚がたくさんとれます』魚か……自慢できるとこ、そこでいいのか。
『ひめ様と結婚出来たらずっと大事にします。この土地をずっとずっと守り続けます』あのヘタレが?……誠意を見せているつもりなのか?」
ため息をつきつつ読み進める黒姫の手が、一瞬止まった。
「『ボクもひめ様みたいな綺麗で強い人になりたいです』…………」
黒姫は、フン、と鼻を鳴らすと、冷めた目で手紙を閉じた。
庭に戻ると、竜はまたウッキウキで待っていた。
黒姫は、竜に言った。
「言葉選びが悪すぎる。真面目ぶればいいと思ってやいないか?」
「そんなあ」
「……もう、いいだろう」
しょんぼりする竜に、黒姫は冷たく言い放った。
「私程度の娘などどこにでもいる。お前が憧れるような大層な人間ではない。もっと竜の嫁にふさわしい美姫を探せ」
「そんなことないです!」
必死になって、竜は叫んだ。
「姫様が綺麗なのは、言葉じゃなくて行動が綺麗だからなんです!」
その言葉に、黒姫はぽかんと口を開けたまま固まった。
「見てるだけじゃなくて、すぐに動いてくれて、ほんとうにほんとうにカッコイイのがわかるんです!」
竜は叫ぶなり、黒姫の持っていた返事の手紙をさっと取った。
「それじゃあ、また明日来ます!」
「……っもう来るなと言っているだろう!」
つい大きな声を上げる黒姫。しかし竜はそのまま姿を消してしまった。
「相変わらず、話を聞かない奴だ」
そうつぶやきながら、黒姫はなぜか戸惑ったように竜が消えたほうを見つめていた。
そんな黒姫を見て、摂津守は不安そうな声で、「もう返事はいいのではないか?」と言った。
黒姫は黙って首を振った。
「……しかし、元はと言えば私が助けたことが始まりです。向こうが諦めるまでは付き合ってやるのが礼儀でしょう」
摂津守は困った顔で黒姫に言った。
「お前は心根が優しすぎる」
そう言いつつも、摂津守の顔色は晴れなかった。
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こうして、毎夜のように竜が摂津守の屋敷を訪れるようになった。
しかし摂津守は気が気ではなかった。
愛娘である黒姫に竜が言い寄っている。しかも諦めることなく、毎晩毎晩手紙のやり取りをしている。
家臣たちも不安そうに、摂津守に話していた。
「竜を名乗る若者が、姫様に求婚していると噂になっております」
「今はまだ領民たちの間だけですが、もし隣国にまで知られては面倒なことに」
「高梨の家の名に傷がついてからでは手遅れですぞ」
その言葉に、摂津守は困り果てた。
「妙な噂が広まる前に、黒姫の嫁ぎ先を考えたほうが良いのだろうか……」
と考えるようになった。
その晩、黒姫が竜を待っていると、摂津守に呼び出された。
「越後の為景どのの勧めで、おまえを将軍様にと口利きしてもらえることになった」
「……なぜですか」
父からその話を聞いた時、黒姫は静かにそう言った。
「悪い話ではないと思うのだが」
「良い話とも思えませんが」
ピシャリと言われ、摂津守は戸惑った。
「将軍家だぞ?良い話ではないか」
「ずっとゴタゴタしているではありませんか」
「京に上れるのだぞ?」
「いくさばかりで焼け野原なのに?」
そのとき、庭でガサッと音がした。
そっちに目をやると、誰かが走り去っていくのが見える。黒姫は、なぜか胸騒ぎを覚えた。
「もしかして、今のは竜では」
軽い焦りを感じて、黒姫は言った。
「なに、だとしたら話も省けてちょうどよい」
安堵したように言う摂津守。
「ちょうどよいとはなにがですか」
「あのしつこい竜が、だ。今の話を聞いたのならさすがに諦めるだろう」
そう言われて、黒姫は小さくつぶやいた。
「……諦める?」
その後から、雨が降り始めた。
そしてその夜、竜は来なかった。
(なにをやっているのだ、あのバカは)
誰も来ない庭を眺めながら、黒姫はつぶやいた。
(……いや、来るなと言っておきながら、なにを言っているのだ私は)
降り始めた雨は、まだ止みそうにない。
そっとため息をついて、黒姫は竜にもらった手紙を入れた文箱をなでた。
次の日も、そしてまたその次の日も、雨は止まなかった。
それどころかしだいに雨足は強くなり、日が差さないせいで農作物は腐り、田畑も荒れていった。
領地の人々は口々に、竜の仕業ではないか、と噂するようになった。
「なぜ雨がやまないのだ」
イライラしながら、摂津守はぼやいた。
すでに田圃は沼地となり、小川は荒れ狂う激流、崖は崩れ逃げる場所すらない。
領民は逃げ惑うばかりで、その日の食糧にも事欠くありさま。
やむなく屋敷の藏を開放して兵糧を分け与えたが、それもいつまでもつかわからない。
「やはり竜の仕業なのでは。恐ろしや」
「なにか竜を怒らせることをしてしまったのか。今からでも詫びに行くべきではないか」
「しかし誰がこの大雨の中、山に登るのだ」
家臣たちも戸惑うばかりで、どうすればいいのか誰もわからなかった。
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「父上が勝手なことをするからです」
黒姫は怒って言い放った。
「し、しかし、あれはお前のためにだな……」
「なにが私のためなのですか」
「その、竜がいつまでもお前に付きまとっていたから……」
「といっても手紙を渡してくるだけでしょう」
「毎回返事を書いているではないか」
「相手の誠意に不義理を働くつもりはありません。それに、断りの文句は毎回入れています」
「そうは言ってもだな……」
黒姫は小さくため息をついた。
「そんなことより、領民をどうなさるおつもりですか」
「どう……と言われても」
「このままではあたり一帯が水に沈みます」
「わ、わかっている!」
「このまま雨が続いたら、みな冬を越せません。すでに畑を流されたものもいます。
すぐに手を打たなければ大変なことになります」
「わかっている、と言っているだろう!」
「わかって、どうなさるおつもりなのですか?」
「そ、それは……」
戸惑いながら、摂津守は口をつぐむ。黒姫はフウッ、と息を吐いてから立ち上がった。
「では私が竜を退治してきます」
摂津守は驚愕して叫んだ。
「なぜそうなるのだ?!」
「この大雨が竜の仕業だというのなら、竜に気を持たせてしまった私にも責任があります。領民を守る為に、私が竜を退治に向かうのが筋です」
「筋とかそういう話ではない!相手は竜なのだぞ!しかもこの大雨の中、山へ行くと言うのか!」
「関係ありません。ぶちのめしてきます」
黒姫はそう言って、摂津守が止めるのも聞かず、一人で出て行ってしまった。
黒姫は摂津守の大切な家宝である刀を勝手に持ち出し、大きな蓑を羽織ると、嵐の山道を登り始めた。
流されてしまった川沿いの道を避け、泥だらけになりながら藪の中を切り開くように進んでいく。
やがて山の中腹に出たところで視界が開け、そこには大きな池があった。
池のほとりで黒姫は叫んだ。
「おい、竜。いるならば出てこい」
すると、すっと雨が弱まり、池の中から角の生えた大きな竜が頭を出した。
「ひ、ひめさま?どど、どうしてここに……」
「雨を降らせているのはお前か」
言うなり黒姫は竜に駆け寄り、飛び上がりながら拳を竜の頭に振り下ろした。
「痛ったぁ!」
「痛った……!石頭かお前は!」
涙目で殴られた頭をさする竜。黒姫も拳をさすりながら竜に詰め寄った。
「今すぐ雨を止めろ。領民がみな困っている。意趣返しならば私にしろ!」
「ちち、違うんですよぉ」
半べそで竜は答えた。
「悲しくて泣いてたら、雨が降って来ちゃって……みんなに迷惑かけちゃうって思ったら、余計に雨が強くなっちゃって……」
「やはりお前の仕業ではないか。泣いたくらいで天変地異起こすんじゃない!」
今度は竜のあごに一発。フギュ!と間抜けな声を上げて、竜はのけぞった。
黒姫は殴った手をほぐして痛みを逃しながら、涙目の竜をにらみつける。
「でででもだって!ひめ様、将軍に嫁入りするんでしょ?」
その言葉に、黒姫の顔が曇った。
「……やはり聞いていたのか」
再び、ポツポツと雨が強くなり始める。
「あれは父上が勝手に決めただけだ」
「で、でも……将軍様って、すごく偉いんでしょ……?」
「偉い偉くないは関係ない」
「ひめ様がはるか遠くの京に行っちゃったら、もうお返事貰えないかも、って……。
ひめ様と結婚したいっていう願いも、もう叶わないって思って……」
「それで来るのをやめたのか」
また雨あしが強くなる。
黒姫がまた拳を振り上げると、竜はビクッとしてしくしくと泣きながら言った。
「だってボク、ダメなヤツだから……竜なのに、誰からも大事にしてくれなくて、誰も祀ってくれなくて……。
でも、あの日助けてくれたひめ様がすごくステキでカッコよくて、ひとめで大好きになって。
勇気を出して手紙を書いたら、ちゃんと読んでくれて、お返事も書いてくれて……すごくうれしかったんだ。
ひめ様は、こんなダメなボクにもちゃんと向き合ってくれるんだ、って……」
雨はどんどん強くなり、黒姫はずぶぬれになっていた。
黒姫は拳を振り上げたまま、じっと竜の言葉を待った。
竜はさらに顔をゆがめる。
「なのに……。
雨を降らせて、領地をめちゃくちゃにしちゃって……ひめ様に合わせる顔がなくて……」
黒姫は長く息を吐き、低い声で言い放った。
「ああもう、まどろっこしい!この泣き虫竜が!」
ゴイン。鈍い音と共に拳が落ちる。
「痛ったいですよお……!」
竜は涙目で頭を押さえた。
「こっちも痛いわ!どんだけ固いんだ竜のウロコ!
……あれだけ『来るな』と言われても毎日来ていた奴が、その程度で勝手に諦めて勝手に逃げるのか。がっかりだ!」
殴った手をさすりながら、黒姫は吐き捨てるように言った。
「誰も大事にしてくれない?誰も祀ってくれない?
他人の行動に期待するくらいなら自分から動け。
メソメソ泣いて願いが叶うのか」
黒姫はグイッと竜に顔を近づけた。
「諦めの悪さがお前の取り柄だろう。
私にあこがれていると言ったのは口だけなのか?
私をずっと大事にすると書いたのは嘘なのか?」
竜は涙目で首を横に振る。
「なら……お前の本気を行動で示せ。
お前の願いはなんだ?
諦めずにその思いを貫き通して、行動すれば願いが叶うことを証明してみせろ」
「で、でも……ボク、大雨で領地をめちゃくちゃにしちゃって────」
「でももへったくれもない」
黒姫はピシャリと言った。
「悪いと思っているのなら領地を元通りにしてみせろ。それがお前の償いだ」
そう言うなり、黒姫はガシッと竜の鼻を掴み、ずるずると池から引きずり出した。
「いっ、痛い痛い!行きます!行きますから離して……!」
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※※※
ようやく雨が上がった。領民たちは安堵し、歓喜の声を上げた。
慌てて屋敷から出てきた摂津守は、泥だらけになって戻ってきた黒姫の姿を見て号泣し、続いて現れた大きな竜を見て仰天した。
「な、なぜそいつが一緒なのだ?」
「荒らされた領地を直させるためです」
「竜を……従えたというのか?姫が?」
摂津守は青い顔で黒姫に問いただした。
「ま……まさか、竜の嫁になるなどと言い出すんじゃ────」
「こんなヘタレの嫁になるわけがないでしょう」
姫に即答され、竜はベソをかきはじめた。
「そんなあ……行動で示せば願いは叶うって……」
「それが叶うかどうかはお前が自分で証明しろと言ったはずだ」
「ぇうう……」
黒姫の言葉に竜はメソメソと泣き始め、小雨がぱらつきはじめた。
「まずはその泣き虫をなんとかしろ」
黒姫にピシャッと言われ、竜は泣き止み、雨もすぐに止んだ。
それからというもの、竜は領地のあちこちの修繕に駆り出された。
「この畑を直したら結婚してくれますか?」
「その程度で求婚とか、ありえない」
「じゃ、じゃああっちの水路も直したら……」
「いちいち理由をつけないと気が済まないのか愚か者」
「ぴぃ……」
黒姫にあごでこき使われながらも、竜の力で領地は次第に復旧していった。
領民たちはみな黒姫と竜に感謝し、余った野菜や木の実などを持って来てくれるようになった。
あっという間に、数十日が過ぎた。
竜は今日もかいがいしく、黒姫の周りで働いていた。
「ひめ様、お茶を淹れました!」
黒姫は湯呑みを受け取ると、珍しく柔らかい表情で竜に語りかけた。
「諦めずに、よくがんばったな」
「へ?」
「へ、ではない。みなお前を大事に思ってくれるようになったではないか」
いつのまにか、領民たちは竜のために小屋を作ってくれ、祠も用意してくれていた。
それを思ったとたん、竜の両目からぶわっと涙があふれた。
「ボ、ボク……うれしいです!」
「おい!せっかく晴れたのに泣くな!」
慌てて涙をぬぐう竜。
ホッとしつつ、黒姫は呆れた、でもどこか優しい顔で竜を見る。
竜もうれしそうに黒姫を見つめ、言った。
「そ、それで……みな大事に思ってくれるって、ひめ様も……?」
「はあ?」
そう言われて、一瞬言葉に詰まる黒姫。
「……調子に乗るな、バカ者」
「ええー」
「ええー、ではない」
竜にそう言うと、黒姫はお茶に口をつけた。
「お茶がぬるい。淹れなおせ」
「ひゃぃ……」
こうして姫の尻に敷かれた竜は、いつまでも黒姫のために働き続けましたとさ。




