触れない手紙
馬車はネバーベンドの城門をくぐり、南方軍司令部の向かいにある宿舎に到着した。
ベルンハルトが先に宿舎の受付へ急ぎ足で向かい、ソムナリアは少し離れてその後を追った。
ソムナリアが受付に着いたところで、ベルンハルトに声をかけられた。
「ソムナリア、すぐに行くことになった」
「え?」
ベルンハルトは近づいて鍵を渡した。
「105号室だ。必要な荷物だけ持って司令部に行く。手紙は俺が持つ」
「……分かった」
ソムナリアは急いで105号室の錠を開け、中に入った。持ち出したのはマナ感知器だけだった。
受付に戻ると、ベルンハルトが待っていた。
「じゃあ行こう」
「うん」
二人は並んで歩き出す。宿舎を出ると、道路の向かいに物々しい塀と門扉が見えた。
塀の上には槍のような刃が並び、薄暗がりの中でもはっきりと分かる。門の両脇には、重装備の衛兵が微動だにせず立っていた。
ソムナリアは足を止めた。
それを感じ取ったベルンハルトがちらりと見る。
ソムナリアは目を閉じ、大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。
「久しぶりで緊張する?」
「うん。まあね」
ベルンハルトはうなずき、衛兵に向き直った。
「我が名はベルンハルト。司令官からのお召しにより参上した。お目通り願いたい」
書面を提示すると、衛兵は一瞥して言った。
「ベルンハルト殿ですね。確かにうかがっています。そして、そちらの方は?」
「私はソムナリアです」
命令書を差し出す。
「ソムナリア殿ですね。しばしお待ちください」
衛兵はそのまま奥へ声を張り上げた。
「班長!ベルンハルト殿とソムナリア殿がいらっしゃいました!」
ほどなく軽装の兵が現れ、二人を中へ導いた。
建物に入ってから、ソムナリアは小さく「一、二、三……」と数え始めていた。
ベルンハルトは何か言いかけたが、やめた。
通された部屋には応接用の椅子とテーブルが置かれている。
ソムナリアはすぐに腰を下ろした。
ベルンハルトは扉が閉まるまで立っていた。
「司令部は大きいね。入口からここまでで百歩くらい。右に五十歩。司令官室は、たぶんもっと奥」
ソムナリアは口元をわずかに上げた。
「さて……どうなってるかな」
マナ感知器を取り出す。淡い光が彼女の顔を照らした。
「まだ光ってるね」
「うん」
ソムナリアは感知器から目を離さず答えた。
「でも、これで追手の可能性はほとんどなくなったと思う」
そこまで言って、口を閉じた。
ベルンハルトは腕を組み、天井を見上げた。
コンコンコン。
不意にノックが響いた。
ガチャ。
返事を待たずに扉が開き、若い男が入ってくる。微笑をたたえ、軽く一礼した。
「私は二級魔術士のジュリアンと申します。司令官室に入る前に魔術士の方のチェックをしています。魔術士はこちらの方ですか?」
ソムナリアを見た。
「そうです。私です」
ソムナリアは穏やかに答えた。
ジュリアンは何度も彼女を見回してから口を開く。
「三級魔術士ですか……」
「私は民間魔術士のはずです」
「この紋章は三級魔術士ですね」
「実はどちらか、よく分からないのよね」
「三級魔術士と民間魔術士は大差ありません。ただ、所管課室が変わりますので、どちらかはきちんと覚えておいてください」
「はい……」
ソムナリアは頭を下げた。
「それより、三級魔術士でも民間魔術士でも、取り扱えるマナ量には強い制限があります。一級や二級の魔術士と戦うことになったら、勝ち目がないように思います。本当に大丈夫だったのでしょうか?」
ジュリアンは一気に言い切った。
「おい……」
ベルンハルトが声を出しかけると、ソムナリアが間に入る。
「短気は損気だよ」
ベルンハルトは鼻を鳴らすだけで黙った。
「では改めて、道具のチェックをします。お持ちなのは?」
「マナ感知器だけ」
「見せてください」
感知器を受け取り、上下左右から確かめる。
「問題ありません。では……」
ジュリアンが壁際のハンドルを操作すると、奥の扉が開いた。
「こちらへ」
「おお、来たか」
男は笑顔で立ち上がった。
ベルンハルトとソムナリアは入口で直立する。
「遅い時刻にお目通りかないましてありがとうございます」
ベルンハルトが跪き、ソムナリアも続く。
「挨拶はいい。座りなさい」
勧められ、二人は椅子に腰を下ろした。
「手紙を持ってきたと聞いているが」
「はい」
ベルンハルトが革箱から手紙を取り出した瞬間、ソムナリアのマナ感知器の光がわずかに強まった。
「待って」
低い声に、ベルンハルトの手が止まる。
「……ベルンハルト、そのまま机に置いて。閣下は触らないでください」
言われた通りに手紙を置く。司令官は動かず見つめた。
ソムナリアは感知器を近づけたり離したりする。
「やっぱり」
「何だ?」
「ここからマナが出ています」
「触ったら?」
「良くて火傷。悪ければ生命の危険があります」
抑揚のない説明だった。
「じゃあ、感知器は故障じゃなかったのか」
「そういうことになります」
司令官は脇に控えていたジュリアンを見る。
「先任魔術士を呼べ」
「はい」
ジュリアンが出ていく。室内は沈黙した。
やがて扉が開き、男が入ってくる。その後ろにジュリアン。
「閣下、お呼びでしょうか!」
ソムナリアだけが目を見開いた。
「あ……ギョーム先輩」
「ああ、ソムナリアじゃねえか!」
二人は近づいた。
「お久しぶりです。先任魔術士になられたんですね」
「そういうことだ」
脇でジュリアンが立ち尽くす。
「……お知り合いなんですか。三級ですよね?」
「そういうことを言うな。少なくともお前より実力は上だ」
「え?」
「元一級魔術士だ。しかも二つ名付きだ」
ソムナリアが間に入る。
「二つ名の話は……」
「はい。二つ名持ちですから。『苦し紛れのソムナリア』と言う」
「……それは言わないでください」
ギョームは笑った。
「さて、この手紙だ。トラップだな」
「ソムナリアの見立ては?」
「仕掛けられています」
「ならトラップだ」
司令官は柔らかくうなずいた。
「ずいぶんと買っているな」
「当然です」
「外せないか?」
「ジュリアンにやらせては。ソムナリア立ち会いで」
「ぜひ。二つ名持ちの立会いは心強いです」
ソムナリアは肯定も否定もせず立っていた。
「どうだ?」
「……本人がしたいなら、付き合います」
「決まりだ。明日だな」
「試験場を借りられますか」
「一番区画を使え」
「ありがとうございます」
ソムナリアはジュリアンを見る。
「明日、司令部前の広場で。正午の鐘の時に」
「はい!」
ジュリアンは元気よく答えた。
ソムナリアとベルンハルトは司令部を辞した。
「あのジュリアンってやつ、ソムナリアが三級だと見てた時と、二つ名付きと知った後とで、あんなに態度が変わるものなんだな」
両手を頭の後ろに組ながらベルンハルトが言った。
「私も……」
ソムナリアがゆっくりとしゃべり出す。
「私も、免許の級で人を見てしまうよ。他人にとやかく言えない」
「俺も他人に言えたものじゃないか……」
ベルンハルトは長めに息を吐いた。ソムナリアは微笑みながらベルンハルトの顔を見た。
「そうだよ」
二人は宿舎に入った。




