夜の備え
「今日はここで泊まるよ」
馬車は小さな門をくぐった。さらに進むと、ほどなくして目的の宿に到着した。
ベルンハルトに促されてソムナリアが荷台から降りた。ベルンハルトもそれに続いた。
「まずは宿に入ろう」
ベルンハルトが宿の入口に向かった。
ソムナリアは振り返って街路を見た。街の人や旅人の往来が見える。
「おーい、ソムナリア」
ベルンハルトの声が聞こえた。彼はすでに宿屋の入口にいる。
ソムナリアは、もう一度だけ街路を見てから、宿に向かって歩き出した。
入口ではベルンハルトと宿の主人が話をしていた。ソムナリアはベルンハルトの背後に立った。
宿の主人はソムナリアを見つけて声をかけた。
「ソムナリア様ですね?いらっしゃいませ」
「はじめまして」
ソムナリアは軽く挨拶をした。
主人はベルンハルトに向き直った。
「部屋は三人で一室となりますが、よろしいでしょうか?」
「広間で雑魚寝よりはずっとましだよ」
主人は微笑んだ。
「じゃあ、入ろう」
ベルンハルトが先に中に入り、ソムナリアが続いた。
広間の端を主人がすり抜けるように歩き、ベルンハルトとソムナリアがついて行った。
主人が一室のドアを開け、二人を部屋の中に導いた。
部屋の中には質素なベッドが用意されていた。
「では夕食を持って来させます」
主人がドアを閉めた。
ドアが閉まってすぐに、ソムナリアはベルンハルトに話しかけた。
「部屋が用意されてるし、部屋で食事が出来るって、お得意様なの?」
ベルンハルトが口許を緩めた。
「そうだよ」
「ふーん」
ソムナリアはバックパックを開けた。ベルンハルトは何か言おうとしたが、やめた。
「ごそごそするけどごめんね」
「いいよ」
ソムナリアは紐の束や小袋をベッドの上に引き出し、ほどいたり結んだりし始めた。
しばらくして御者が部屋に入った。ベルンハルトの部下だと言う。
三人が揃ってすぐに夕食が運び込まれた。三人は黙って豆のスープとパンを食べた。
皿が引き上げられると、ソムナリアは引き続きドアや壁に紐や袋や板を取り付けた。
粗方据え付けを終えたところで、ベルンハルトと御者をドアの前に呼んだ。
「ドアを開けるときは、このレバーを部屋側に引いてね。そうしないと知らないからね」
ベルンハルトは表情を変えずにうなずいていたが、御者の返事は少しぎこちなかった。
ソムナリアはさらに紐と小袋と籤を取り出し、自分のベッドの周りで作業を始めた。
ベルンハルトはソムナリアに尋ねた。
「何してるの?」
「自分用のを組んでるの」
「なるほど」
ベルンハルトは御者を呼び寄せ、打ち合わせを始めた。
それからいくらかの時間が過ぎ、大広間の喧騒が収まってきた。
三人の部屋のランプをベルンハルトが消した。
ベルンハルトは自分のベッドに戻り、寝転がって剣を傍らに引き寄せた。
ベルンハルトの隣のベッドにいる御者は、ベルンハルトの指示どおり、すでに眠りについている。
そのさらに奥にソムナリアがいる。ベルンハルトからは直接見えないが、マナ感知器の光が見えたり隠れたりしている。
ソムナリアは横になったまま、マナ感知器を手に取ったりベッドの上に置いたりしながら見つめていた。
少しずつ大広間からの物音は減っていき、いつしか全くの静寂が支配した。
ソムナリアは横たえていた上半身をはねあげた。
乾いた荒い呼吸音だけが聞こえる。ソムナリアは胸に手を当て、息を整えようと試みている。
しばらくすると息も落ち着いた。ソムナリアは自らのベッドに施した防護装置を解除し、床に降りた。
三人部屋の防護装置も解除してドアを開けた。
微かに入る月光が、ソムナリアの髪を照らしている。
ソムナリアは宿泊客が雑魚寝をする大広間を横切り、一隅にある洗い桶の前に立った。
汲み置いてある水で顔を洗った。顔に残った水滴を手で拭い去った。
ソムナリアが三人部屋に戻ろうとしたとき、ベルンハルトが部屋のドアを開けた。
ベルンハルトは、すれ違いざまに一言声をかけようとしたが、立ち止まった。
ベルンハルトは一歩脇に退いた。どこからか漏れ出た月光の中で、伏し目のソムナリアが通りすぎる。
ベルンハルトは手を伸ばそうとしたが控えた。ソムナリアはベルンハルトを置いて、静かに部屋に向かった。




