あかい実 四話
ユミが賜った爵位は公爵という爵位だった。その爵位を賜ることができるのはよほどの栄誉を賜った者だけ。ユミは確かに知恵や知識、あるいは人々に多くの情報を与えた。それを名誉と語っても良いのだろうが、それでも爵位を賜るだけでもかなりの栄誉なのだ。それが公爵という地位であることでより大げさにもなる。
公爵家ともなるとさすがに広い屋敷と庭園と、多くの部屋がある。ユミはそのどれもがあまりにももらいすぎに感じたが、ガドラが手配をして人を雇用し、ユミの世話をする人を雇い入れてくれた。もちろん、ガドラも住むことが前提だと言うことだ。
「変な感じがしますわ。」
ユミはぽつりと呟いた。ガドラが世話をするのはユミを愛しているからだ。その意図も意味も理解した。でも、本当に、本気なのか。ガドラを信用し信頼もしている。でもその先に、ユミは行けない。
「ユミ様。どうされました?」
ガドラが、窓際に佇んでいたユミに声をかけた。荷物も運び込み何事も滞りなく片付いた。領民とも挨拶し、ユミの肩書きなど関係なく接する気さくな姿は誰もが受け入れられただろう。ユミにいちゃもんをつけようとするものはこの地にいない。ガドラにとってはそれだけで十分だった。
でも、窓際に佇み遠くを見ているユミはどこかの美しい絵の中のようでかけ離れた場所にいるようだった。どこかへ行ってしまうかもしれない、という恐怖。ガドラはもうユミから離れるという選択肢を思いつけなくなっている。これほどまでに想いを寄せているのは彼女を初めて見たその瞬間からだ。ユミが国に入国したとき、ガドラはたまたま入国審査室にいた。ユミは愁いを帯びた表情で入国を求めた。旅人の入国審査は少しだけ厳しいが、ユミが多世界から来たことが証明され、入国が許可された。
ユミのように多世界を渡る旅人はそこまで多くない。実績があるからこそ多世界の旅人は喜ばれるのだ。ユミの力は本物だった。彼女は魔法を極めていた。高い能力を備えている。その上、賢く思慮深いと判断された。ガドラはその瞳に宿る何かを求める情熱に引き寄せられた。それは異能による特異さだったのだが。
きっかけがどのようなものでも、ガドラにはユミしか映らなかった。好きという言葉も愛しているという言葉も陳腐で滑稽で。それ以上に、幸せであって欲しいという望み。決して、手に入れたいという想いが先行することはない。ガドラもまた、王族という身分が彼女を苦しめると理解しているからだ。
兄のロアが一度だけ、ガドラに忠告した。あまりにも足踏みしすぎるといつか誰かにもらわれてしまうぞ、と。ロアはガドラの重い愛情に呆れていた。ロアもユミに惹かれているという自負がある。ガドラのように相手を想いすぎることでユミを取り逃がしてしまうのだと感じていた。
それに、ロアの婚約者はガドラに想いを寄せている節があった。この際相手を交換したらもっと楽に物事が進むかもしれない。ロアの企みがガドラの気づかぬうちに進んでいるのだった。
「ガドラ様は、何故、わたくしをそこまで・・・、その、愛してくださるのですか?」
ユミははっとするほど美しい。愁いを帯びた顔を真剣な眼差しで見つめてくれる。ガドラは無意識に片肘をつき、ユミの左手をとった。その甲に優しくキスをした。ユミが手を振りほどくこともない。ガドラは顔を上げ、ユミの瞳から逸らさずに伝える。
「貴方が愛しても良いと言うのなら、愛を注ぎたい。貴方以外、私の人生に必要な者はありません。貴方しか私を癒やすことはできないのです。」
「・・・わたくしは、怖いのです。貴方の愛が勘違いかもしれない。わたくしは、貴方の愛をまだ理解できていない。貴方の気持ちが、こんなに伝わるのに。」
ユミは泣いていた。相手の心は読めるのに、怖くてどうしようもなかった。
「ユミ様。貴方を苦しめたいと考えてこうしているわけではないのです。ただ、私が側に居ることだけは許して欲しいのです。」
ユミはガドラの手を握り返して、ガドラを抱きしめた。泣くユミをガドラは優しく抱きしめた。
ユミの恐れているものが何なのか分からない。けれど、ユミはその何かを自分の意思で抱き留めているのだ。それを話してくれる時をガドラは待つしかなかった。
ユミの公爵としての仕事で、初めてのパーティが開かれることになった。爵位が賜れたことでいずれはそのような会が開かれのは決まっていた。晩餐会にはロア王子とアウリア王女も招待されている。他にも、ロア王子の婚約者、サリア伯爵令嬢とアウリア王女の婚約者、ヴェダ侯爵子息も招かれている。また、ラスドア国王の弟であり、ラドル王弟も招かれている。王弟殿下は爵位をすでに拝命し、ラドル・ビリガン公爵と名乗っており、婚約者にはクラリエ王妃の遠縁の伯爵家の令嬢であるミリシア伯爵令嬢が決まっていた。ミリシア伯爵令嬢はクラリエ王妃にとても懐いている令嬢で、ガドラやロア、アウリアとも顔見知りだ。特に、ガドラと一時期恋仲になっているという噂が流れたことがあった。ガドラを片思いしていたミリシアが流した噂だった。
そんな三角関係すらあるような人々が集まることをユミは知らないのだが、ユミはそういった会を好んで出席することもあまりないので、顔を出して、すぐにでもお開きにしようと考えていた。ユミにとって、まだ領地を開拓しなければならないし、忙しい時期だった。
「ガドラ様。」
ユミは公爵として何一つ恥ずかしくないほどの領地運営を行っていた。ユミの元々育てられた家の爵位が
公爵家だったこともあるが、義母にしつけられ、数多くのことを教養として身につけていたということも結果として出ただけだろう。また、ユミが平民とも平等に語らうのが他の領地ではないことだろう。特にユミは近しい年頃の女性とは気さくに話すし、言葉遣いもかなり砕いている。最初こそ領地の民は元旅人だということと、王族を引き連れていることもあって、なかなかうまく話が出来なかった。しかし、半年も過ぎれば、ユミが誰よりも働き、挨拶も自ら率先してするなど、驚くほどフレンドリーに交流をするので、今では公爵様という肩書きを忘れてしまうぐらいには仲良く会話している。
そのおかげで、農作物は豊作、畜産は子がたくさん生まれ他の土地に送り出すほどだった。また、領地の涸れ井戸はユミが簡単な魔法を使って水の精製を行い、子供達には教育を施すために学校を整えた。おかげで、魔法を使える子供が増え、領地運営の役目を大きく担った。
好循環はユミの領地だけでなく、隣の土地にも影響を与え、学校で学びたいと入学を希望する平民が来るようになった。
そして、ユミは隣の領地を受け持っているラドル・ビリガン公爵にその話をつけに行く前日のことだった。
「どうされました?ユミ様。」
ガドラはユミが珍しく自身の部屋を訪れたのでかなり心の中は胸が高鳴っていたが、それを表に出すことはなかった。
「実は、明日はラドル様とお話しをさせていただく予定なのですが・・・。」
「ああ、学校の件でですね?」
ガドラは内心とんでもなくがっかりしたが表面上は普通に頷いた。
「ええ。わたくしは、ラドル様とお二人でお話しをすると思っておりましたが、先方は婚約者であるミリシア伯爵令嬢も相席すると話されて・・・。わたくしは、ミリシア伯爵令嬢との懇談を控えたいのです。」
ユミは困り果てている様子だった。
「それは、何故ですか?ミリシア様に何か問題が?」
「・・・少し前に、ミリシア様がやってこられまして・・・。」
ユミは、ミリシア伯爵令嬢が少し前に領地に無断で入ったことを話した。その時にミリシアが行ったのは魔法を使った洗脳だった。ユミを攻撃するように洗脳魔法を使ったのだが、残念な結果になった。ミリシアの魔法は跳ね返り、重傷を負うことになったのだ。
ユミは魔法を使ったりはしていない。ミリシアが独断で魔法をかけたが、何故か跳ね返ったのだ。ミリシアが魔法をかけた理由も分からない。ユミの領地で行ったことはラドルの耳にも入っている。ラドルはユミに対して疑問を呈する文を送ってきたのだ。無論、そのことはラスドア王の耳に入っている。ただし、ラスドア王はラドルの文について撤回するように伝えているとのことだった。ラスドアは領地同士の諍いを注視していた。特にユミの領地は栄えているのにその隣のラドルの領地では諍いが増えているのだ。これは、ミリシア伯爵令嬢との婚約後から起きていることで、特にミリシアの横暴な態度が領民を疲弊させていた。
そして、ユミの領地での勝手な魔法使用。攻撃魔法の一つである洗脳は許されないものだ。ラスドア王がミリシアを王都に召喚させることが決まっていた。
「それは、ミリシア様が悪い。ラドル様が貴方に何かを言える立場ではありません。」
ガドラはかなり厳しい表情で言う。ミリシアがユミの領地に来ていたことすら知らなかったのもそうだが、ガドラが王都に一時的に戻った日に行ったとしか思えなかった。
そして、ユミに対して洗脳魔法という攻撃を行ったのは愚かとしか言えない。ユミに攻撃魔法が効かないという事実をガドラは教えてもらっていた。ユミの魔法は熟達しており低級な魔法はすべてはじかれる。それがこの世界とユミが育った世界との大きなレベルの違いだった。ユミが自治に何かがあったときのための防御魔法が自動で行われただけのこと。ユミの魔法を侮った相手の愚かしさが表れたのだ。
そんなわけで、ユミの土地に攻撃を行うというのは魔法以外のことであればどうにかなったかもしれない。魔法を行使したことで、その身に災いが降りかかったとしか言えない。
「それに、何故ミリシア様は召喚される前に、貴方と会う予定なのです?」
「え・・・?」
「彼女は罪を犯しているのですから。当然、私がいたのなら、牢獄に入れていたはずです。」
「それは、ミリシア様を罰すると言うことですか?」
「当然です。それに、貴方はこの土地の主です。攻撃は領地同士で行ってはいけません。」
「わたくしはあちらの土地に攻撃を行っておりません。」
「それは、分かっております。そういうことではなく・・・。ユミ様。優しさだけではいけないのです。」
「・・・!」
ユミは一瞬だけ視線を彷徨わせる。ガドラがユミの手を両手で包んだ。
「ユミ様がミリシア様を庇いたくなった気持ちは良いのです。ですが、どうかご自身をご自愛ください。そして、その優しさは私だけにください。」
ガドラは最後をとても丁寧に言葉で伝えた。
「ガドラ様も、わたくしを大切にしてくださいます。わたくしも、ガドラ様を大切にしております・・・。」
ユミはそう言って、そっとガドラの胸に顔を埋めた。ガドラは少しだけ満足して、ユミの頭を優しく撫でたのだった。
ユミをしばらく抱き寄せていたガドラだったが、ユミが傍らでうたた寝を始めたのを見て、すぐに行動した。まず、ユミをソファに横たえた。すぐに人を呼び、ラスドア王に書簡を書き、それを送り、ラドルとミリシアには翌日の話し合いを取り消す旨の文を書いて送った。その後、ユミが寝てしまったのを確認し彼女の寝室へ運び、彼女が起きるまで目を離さないように隣室の彼女の書斎で夜を明かした。
ガドラはユミが自分を見てくれるようになったことを実感している。ただ、最後の一歩を踏み出すのはきっともう少し必要だとも考えていた。彼女の人生は壮大だったのだろう。そして、最後の人生を共に過ごしたいとガドラは考えている。直感で彼女の余命をなんとなく感じていた。わずかな命を自分という存在だけで埋め尽くすことは傲慢だ。しかし、少しでも側に居たことを覚えて欲しい。それで自分の人生が終わってしまっても。
それが、ガドラの答えだ。
目を覚ましたユミは本当に驚いていた。隣室の書斎でガドラは座ったまま寝ていた。それだけでも驚いたが、目の前には彼が立っていた。
『愛、をほしいか』
それは、確かにユミの中にいるはずだった。自分の中に居る最愛だった。
「貴方の、手をとったはずよ・・・。」
彼は、首を振った。
『愛は、ここに、ある。』
彼はガドラの中に吸い込まれていった。
「違う!」
ユミは、はっと目が覚めた。夢の中の出来事だった。だけど、もう、気がついているのだ。ユミの中にある『愛』はどこにあるのか。
「私は、愛していいというのかしら・・・。私が愛していいのは・・・。」
ユミは、さめざめと泣いた。ガドラを愛していいという確証が欲しかった。どこにもない答えを欲した。
赤い実 四話 終り




