あかい実 三話
ヴィルガンの一件以来、離宮の警護を増やしたことが、よりガドラ王子の本気度をみせることになった。ガドラ王子は子爵家やそれ以外のユミに対する圧力をかけていた者達を罰したとも伝えられ、客人で通しているが、ユミを妃に迎えることを誰もが疑っていなかった。
ユミが望んだことではないが、少なくとも、彼の前で泣いてしまったことが彼の心を動かしたのだろう。
そんな折、ラスドア王から呼び出しがかかった。ユミは正装に身を包み、王宮へと向かった。
王宮は離宮とは違い、やはり一つ一つの装飾品に優れていた。ユミが目に止まった一つの絵画を見つめた。空からふる輝く光に照らされた、一人の女性。優しく微笑んでいる。その姿が遠い過去の義母の姿を思い出した。義母がユミを嫌っていたという事実はどこにもなかった。ただ、厳しくしつけられた。この世界は何もかもが遅れていた。知識や、教養。平民達の作物の扱いもとても遅れていた。ユミがそういったことに口出しするべきではないが、それでも、もう少し楽にできる方法を少しだけ教えた。それが、相手にとっては素晴らしいことだったらしく、とても気に入られて、いつのまにか、城下町では知らない人がいないくらいまでには仲良くなった。
知識はあまり口外しない方が得策かもしれないがユミには放っておけないという、彼女の優しさがすべてを邪魔した。なんでもかんでも話すと言うより少しずつ教えていけば広く行き渡るだろうと考えていらぬ世話をしたかもしれない。
そういったいきさつから、王に呼ばれたのはお叱りをもらうのかもしれないと考えた。
謁見の間の扉が開き、ユミは数歩進み、美しいカーテシーを行って挨拶をする。
「ただいま参りました、ユミでございます。」
「よく来たな、ユミよ。」
ラスドア王は朗らかに答えた。
「そなたに頼みがあってな。」
「はい。」
「そなたにこの地の土地と家を与えたい。」
「・・・え?」
「そなたが城下町にしてくれたこと、存じている。とてもありがたい。そこでここの土地の主になってもらい、その土地に活気を与えた欲しいのだ。」
「わ、わたくしがですか?」
「ああ。そなたがこの地に留まってくれると、望んでいる。」
ラスドア王は低い声で最後に呟いた。その呟きは、お願いと言うよりも、肯定しか聞かないと言っていた。
「・・・かしこまりました。誠心誠意尽くさせていただきます。」
ユミは平伏した。それ以外に道があるように感じなかった。
そのとき、謁見の間の扉が乱暴に開かれた。
「お待ちください。」
ガドラ王子が荒々しく入ってきた。
「なんだ、ガドラ。たった今、ユミをこの国に留めてやったのだぞ。」
「そのようなこと、私はいつ望みました?ユミ様は自由な旅人。ここに留まる理由などありません。」
「・・・。いつまでも、そのような偽りはやめておけ。お前はユミを愛している。それは変わらない。何故、それを認め、求婚しないのだ。」
ラスドア王は、深いため息と共にガドラ王子に尋ねた。
「・・・その通りだとしても、ユミ様の自由は保障するのがこの国のためでしょう。そもそも、一方の愛を押しつけてはこの国の信念が曲がります。この国は愛を重要視してきました。そして、いかなる時も愛を司る魔法石、『グランドオーブ』が許さなければ、王族は結婚できません。」
ガドラはそう答えた。そしてユミの手を取り立ち上がらせ、
「父上がすまないことをした。すべて忘れて欲しい。」
と真摯に伝えた。
「・・・ガドラ様。わたくしは、嫌ではございません。」
ユミはガドラ王子の目を見て伝えた。
「この国の一人として住みたいと考えております。」
「・・・そう、ですか。」
ガドラ王子はなんともいえない顔した。結婚などの話をユミは聞かなかったことにしたのだろうと納得した。
「ガドラ様との結婚はまだ考えられなくて・・・。ごめんなさい。」
ユミは察したように付け加えた。
「いや、その。この国にいてくれるんだね?」
ガドラ王子は考え込むように聞き返す。
「はい。この国は素敵で、住み続けたいと。わたくしは愛を求めているのです。」
「・・・?」
「第一世界の話を少しさせていただいてもよろしいですか?」
ユミが話した第一世界の話を、ラスドア王とガドラ王子は真剣に聞いた。二人の知らない未知の力や知識、あるいは人々が暮らす国。この国がすべてにおいて遅れている事実。ユミは様々な話をして、最後にこう締めくくった。
「わたくしの国も世界も滅びましたが、そこにあった知恵や知識、古いしきたりはこの世界にはない。よいものをこの世界に伝えたい。わたしの生い立ちを否定する者がいないこの世界はわたくしにとってとても素敵なんです。愛を失った私に愛を教えてくれる。素晴らしい場所。」
ラスドア王はユミの頑なな気持ちを変える方法を考えた。ガドラ王子を甘やかすというわけではない。ただ、ユミが強情に見えたのだ。ユミの気持ちは透けて見えるぐらいにガドラ王子に想いを寄せているのだから。
「では、ユミよ。そなたに土地と爵位を与えたい。この国で暮らすために。その代わり、ガドラを付き添い人として共に行動させたい。いくら元貴族とはいえ、今はただの旅人だから。」
「付添人・・・。」
ユミは少し驚いた様子で呟いた。聞いたことはないが、確かに自分は旅人だ。
「分かりました。ガドラ様。よろしくお願いいたします。」
ユミは微笑んだ。ガドラ王子は一瞬父親を睨んだが、ユミの微笑みには敵わなかった。それに、こんな良い職務に就けるのはとても良いことだ。甘んじて受け入れるべきだろう。例えそのような職務がたった今できたとしても、だ。
ガドラはユミが幸せで居てくれること以外はすべてにおいて頑固であり、やさしい王子だ。誰が聞いても堅物だと言われるが、丁寧で実直だと周りは褒めてくれる。ユミのことに関しては全く違うからそのことがいつのまにか周りから生暖かい応援に変わっていった。ユミは確かに美人だ。そして優しい。二人はお似合いだと誰もが言うのだが、ユミだけは周りの声を聞かない。ガドラが愛しているのはユミだ。それは誰が見てもそのようにしか見えない。
ユミはガドラに愛を感じた。だから、この国に居ることを決めた。そして、ユミは呪われた力に愛されている。愛を欲しても、その愛を呪いが通さないのだ。ユミは呪いに愛されている。その呪いを解くことができるのはユミだけだった。ユミが受け入れた異能の『愛の結晶』はユミが手にした力だが、ユミがその力を捨て去れば、ユミの寿命は再び動き出す。その時間は長くはない。異能の力で命を延ばしたユミが生きていられる時間は限りなく短い。それでも、ユミは自らの時間と愛を秤にかけ、重さを知らなければならない。多くのゼノロワの王国の王女がそうだったように。手放す代償が自分の心の真実を読み解くだろう。
ユミはそこまでその呪いの真実を知りはしない。ただ、知らないからと言って、感じる心が真実をいつか知るのだ。今のユミにガドラの愛を推し量ることはない。愛を知りたいと留まったこの国でユミが過ごす時間が全てだから。
あかい実 三話 完




