あかい実 二話
ユミは外を知らなかったが、歪な第一世界のおかげで自分の境遇を理解できるようになっていた。赤く燃える髪にきれいな黒い瞳。外見は美人だ。もう何もかもを捨て去ろうなどとは思わなかった。自分は異能が使える。ユミは愛するものを探しつづけていた。
ユミはとある世界に入った。第四世界と呼ばれ、二つの大きな国がある。どちらの国にも王族と貴族、そして平民と身分が分けられ暮らしていた。ユミはその国の中の一つ、シェイア国に入国した。シェイアの王は即位してもう二十年になる。そろそろ次期国王の話が出ていた。王には三人の子供がいる。第一王子のロナ。第二王子のガドラ。そして第一王女のアウリア。三人にはすでに婚約者がいる。貴族たちがこぞって王家と近づこうとしているからだ。
そんな貴族をよそに、ユミは国王ラスドアと謁見した。ユミが第一世界から来訪したと聞き、ラスドア王が招き寄せた。
「国王陛下よりお招きいただき、誠にありがたく存じます。」
ユミは美しい一礼をしてみせた。彼女が貴族出身だということを知らないラスドア王は機嫌が良くなる。
「はっはっは。所作が素晴らしい。第一世界の住人はみな、そのように教わるのかね?」
「・・・はい。わたくしの故郷では、所作を完璧にしなければなりませんでした。」
ユミは微笑んで答え、自分の知る世界だけを話た。
「ふーむ、そうか・・・。しばし、待たれよ。」
ラスドア王は片手を上げ、誰かを呼ぶ。
ユミは傅きながらこの国の神殿を思い浮かべた。レリーフの細かな造りや植えられた花や草木の細かな剪定。この玉座の間の通路にも数多くの芸術品が飾られていた。どれをとっても美しいの一言だけでは終わらず、ため息が出るほど、みていて飽きないものばかりだった。そして、ユミが今きている着飾ったドレス。求めたわけではないのだが、国王陛下より賜ったものを無下にすることもできず着ている。ドレスは一品もので、繊細な刺繍は手作業で縫われている。あまりに美しい服に自分が着られているのだと認識する(ユミの場合は彼女の美しさで見事に着こなしているが)。
少しして、玉座の間の扉が開き、王妃クラリエが入室した。
「お待たせしましたわ。貴方がユミ様かしら?」
クラリエ王妃は玉座ではなく、まっすぐにユミへと歩み寄った。
「・・・はい。ユミでございます。」
「わたくしは、クラリエ。貴方とお話をしたいの。一緒に花を見にいきませんか?」
ユミはクラリエに立ち直り王妃を間近で見た。微笑みを浮かべるクラリエは優しそうだが、本質は何かを推し量っているようだった。
「はい。是非に。」
ユミは小さく頷いた。クラリエはますます柔らかな笑みを向けた。
二人が並んで歩く姿を第二王子のガドラが見つめていた。ガドラはユミが入国してからずっとみていた。ガドラは婚約者をあてがわれても、いっこうに相手と話そうとはしなかった。
「ガドラ様。ダンドア侯爵様のご令嬢、オーリア様がお見えでございます。」
「・・・お帰りいただくように。ダンドア侯爵家とはもう話すことはない。」
「っは。」
兵士の一人がガドラの言葉をそのまま持ち帰った。
ガドラの婚約者、オーリア・ダンドアはガドラを裏切り、余所の男性と密会し、子を儲けてしまった。その時点でオーリアとの婚約は解消する手筈になっているのだが、今もまだガドラにしつこく言い寄っている。ガドラと最初に面会して二週間後にはお腹に子を宿すような娘を父は咎め、子供が生まれた場合は王家が引き取ると言ったのだ。無論、その男との結婚を許したわけではない。修道院にオーリアを送ることも含めてのことだ。
にもかかわらず、オーリアはガドラに許しを請い、結婚を申し込んでいるのだ。王命で、オーリアの婚約をまだ破棄していないのは、子供が生まれるまでのあいだの処置である。ひどい扱いを受けないように、という、王としての最大限の配慮。それが、オーリアを奇行に走らせている。
遠くから騒がしい声が響いた。オーリアが暴言を吐いているのだ。それに気がついてか、ユミが顔を上げ、王妃を見た。王妃は優しく何かを語らっている様子。ガドラはその様子をじっと見つめ、燻っている何かをじっと押しとどめた。
「ガドラ様。オーリア様が花園に立ち入って・・・」
兵士の言葉を最後まで聞かず、ガドラは花園に入った。
「王妃殿下!わたくしのお話しをお聞きください!」
オーリアはその身に合わない真っ赤なドレスを着ていた。
「・・・。」
王妃は扇子を取り出し口の前を覆った。
「わたくしは、無理強いをされたのです!子供など、いらないのに!」
オーリアは泣きながら叫んでいたが、クラリエの横に立っていたユミにはその言葉を事実とは思えなかった。経験によるものだが、オーリアの泣き方は嘘泣きで、子供をいらないなどという言葉は、『王族』への未練ととれた。自分の子供は王族ではない。そして、身分などない。その子供を産むオーリアはさらに別の場所へ送られるだろう。つまり、焦っている。
「お話しをしているところ、申し訳ありません。わたくし、ユミ、と申します。お嬢さんは少しばかりご自分を理解されておりません。」
ユミは自ら名乗り出た。軽い会釈をして微笑みながら伝えた。
「ここでご自身の辛い体験をお話ししたところで、なにも、変わりませんわ。なにより、ここが王城であり、貴方様がお話ししているお相手は主の奥様。王妃クラリエ様です。今の発言は王であるラスドア陛下に直談判なされることをおすすめいたします。クラリエ様のお仕事とは異なります。」
ユミは政をよく知っていた。知っていたために、夫が王子となる予定だったという遠い過去がある。今も王族というものをあまり好んでいない。ただ、王城への招待を拒むことはできないのだ。
「あなた誰かしら?!王妃殿下はいずれ、わたくしの母親になるのです!話を聞いてくださるに方ですわ!」
オーリアはユミと視線が合い、ひどい形相でユミに詰め寄った。
「いいえ。お腹の子供が生まれたら、あなたのような方は修道院に入るというのが王道かと。貴族に生まれたならば、自分の立場を弁えるのが使命となるかと。」
ユミは首を振り、オーリアをしっかりと見つめて答えた。
「・・・。あなたの身体はすでに白くありません。王族の妻は白くなければ許されない。結婚を破棄されたのはそれが理由でしょう。子供などいらないといいつつも、他の男と淫らな行為をなさった時点で白紙撤回されるのはわかりきったこと。」
そこまで言い切ると、オーリアは足下から崩れていった。実際、相手の男性がどのような男かは知らないが、ユミにはオーリアがどのような『愛』をもっていたか不思議だった。王族の妻ではなく、平民に恋をしたユミには、王城へ駆け込む意味が分からなかった。『愛』を突き通せない女性の本心がまるでわからない。
「・・・王妃様。わたくしは、ガドラ様を愛せないのです。」
オーリアが絞り出すように呟いた。クラリエは扇子を閉じ、
「わたくしの息子を愛せないのなら仕方ないのね。」
と微笑みながら返した。クラリエも、オーリアが息子への愛を拒んでいることに気づいていたのだろう。だからこそ、強く叱りもしない。オーリアは反抗したのだ。貴族の勤めというものに。ユミにもその意味が理解できた。愛せないから、別の男性を用意した。相手の男性が同じ王族だったら、少しは変わっただろうか。
「ユミ様。わたくしを守ってくださり、ありがとう。」
クラリエは緩く笑んだ。ユミは軽く首を振った。
「陛下に怪我させるようなことは、この女性から感じられませんでしたわ。」
「ふふふ。いいえ。心の中では憎んでいたのでしょう。ガドラとの婚姻は彼女の望むことではないものでした。そうね、オーリア様。」
クラリエが優しく尋ねると、オーリアは深く頭を垂れて頷いた。
「わたくしのお腹の子供は、わたくしの愛した男性との子供です。この子を引き取ると聞いて、それが・・・。」
オーリアがつっかえながら、進言した。そう。彼女が守りたかったのは子供だ。王族にとられることへの恐怖だった。
「ですが、あなたの家ではすでに相手の男性を罰していると聞きましたわ。子供を守るなら、王家が引き取ったほうが良いでしょう?」
「い、いいえ。わたくしが育てたい。父にもそう進言いたしました。父は・・・。平民になるならば、と。」
「・・・。そう。あなたも母親なのね。相手の男性は・・・元男爵家であなたの家の執事。共に平民になるということかしら。」
「はい。」
オーリアは深く頷いた。子供がいるからこそ、愛した男性と共に生きる。家を飛び出す勇気は計り知れないが、経験したユミには、彼女の幸せを願った。自分が幸せになれなかったからこそ。
「うーん。陛下にお話ししましょう。あなたが生きる道を応援しましょう。無理にガドラを押しつけたことを詫びるわ。あなたの幸せの方が大切でしょう。平民として生きることはとても大変よ。」
「はい。ありがとうございます。かならず、幸せになります。」
オーリアは平伏した。しかし、クラリエが目で支持して、周りの侍女がオーリアを立たせた。
「子供が居るのに、無理な体勢はいけないわ。さぁ、もう行きなさい。」
オーリアは泣きながらお礼を言って、去って行った。
その様子をじっと見ていたガドラ王子がゆっくりと母親の側へ来て、会釈した。
「陛下。お話しを拝謁いたしたました。」
「えぇ。あなたの婚約は解消しました。次の女性を探さなければね。」
ガドラは視線をユミに移した。ユミはそれに気がつき、軽く会釈をした。
「ユミでございます。」
挨拶は先にした方がいい。身分がないとはいえ、ユミには王族貴族の挨拶のごたごたはよく知っている。
「・・・ガドラだ。君は、この国ものではないのだな。」
まっすぐユミを見つめながらガドラは尋ねた。
「はい。第一世界からやって参りました。」
堅くなった顔になんとか笑みを貼り付ける。王子という身分は気高いというが、ユミが知っている王子はそんなものなかった。偉そうに身分を誇示して相手を計った。
「そんなに堅くならないで欲しいが・・・。その、母上を助けてくれてありがとう。お礼に食事でもしようと思ったのだが・・・。」
ガドラは困り果てていた。ユミの警戒心は思ったよりも強かった。
「ユミ様。ガドラとのおしゃべりに付き合ってくれないかしら。たった今、婚約破棄されて好きじゃないと言われた、哀れな息子なんだけど・・・。」
クラリエが助け船を出す。
「え・・・?で、でも、わたくしは、身分もありませんし、この国に来たただの旅人ですわ。」
「ユミ様。この国はそこまで身分を気にしていないの。先ほどのオーリアがいい例でしょう。わたくしたちは例え王族でも、愛することを許しています。強く叱ったところで、恐怖政治になりかねません。わたくしたちにとって、幸せはこの国を支えると信じているのです。ですから、ガドラと食事してあげてくれないかしら?たった今、振られた子なの。」
クラリエは優しく笑った。ユミには言葉が出てこない。知らない余所の国の風習がこんなに暖かいとは知らなかった。ガドラと視線が絡まった。彼が本気でそうしたいと伝えてくることをユミは頷くしかなかった。
ユミはこの国が本当に愛にあふれているということを実感として気がついた。平民も幸せに暮らす国。そんな国を知らなかった。
「ユミ様。ガドラ様が離宮を訪ねたいと。」
ユミはガドラに猛烈にアッタクされている。離宮に住むことを許可されたこともそうだが、彼はたくさんの贈り物を贈ってきた。花、本、服、装飾品。ユミは必要ないと思ったものは離宮で働くものに与えた。ガドラにも許可をとった。ガドラはユミの好きなようにして欲しいと言う。
愛すると言うことはとても苦しい。が、ユミはまだ愛するという重要な気持ちに気がついていない。ガドラはユミを好きなようにさせる。ユミが城下町で出歩くことも何もかも許している。ユミは不思議だった。彼は、自分に何を求めているのか。愛しているなら着飾らせて、横に立たせたいはず。なのに、彼は一度も宮殿で横に立つ無理強いをさせなかった。彼はユミへの愛が実ることだけでいいと言うのだ。
「今日は何かのお祝い事があるので来られないとお聞きしましたわ。」
ユミはガドラのスケジュールを知っていた。耳に入ってくるようにガドラがしているのだろう。
「はい。ガドラ様が自らユミ様とお話ししたいと仰られております。」
「わかりました。」
ユミはある程度の身支度をした。もともと、ただの旅人だ。ドレスを着用するなど珍しい。ユミは元々美しいと言われる部類の顔だ。化粧をし装飾品で身を纏わなくても美人だ。だからこそ、ガドラ王子の妻になっても文句など出ないだろう。しかし、やはりよそ者であり旅人であるということを嫉妬し、何人かの貴族が邪魔をしている。とくに、ガドラが婚約破棄したという一報を聞いて、大勢の貴族女性が喜んで次の婚約者を狙った。が、ガドラはすでにユミへ求婚していると噂され。すぐにユミへ攻撃が始まった。
ユミはガドラが来ることなどないと信じて疑わなかった。ガドラの予定が変わることはない。
「失礼する。」
やはり、来訪したのはガドラではなかった。端正な顔立ちの男。知っている顔だ。
「ヴィルガン様。こちらにくるご予定と聞いておりません。」
ユミは淡々と答えた。ヴィルガンは子爵家の一人息子で、ユミに片思いをしている。ガドラから紹介されたとき、一目惚れをしたと言っていた。
「運命は俺とあなたを結ぶのです、ユミ!」
ヴィルガンがじりじりとユミに寄っていく。
「私があなたを嫌っているのはご存じですよね?」
「ええ。ですが、あなたを手込めにするなど簡単なことです。」
近づく距離がユミの背筋を凍らせていく。
「あなたの愛など必要ない!」
ユミが堅く目をつむったそのとき、大きな音がして、目の前のけだものの気配が消えた。恐る恐る目を開けたとき、ヴィルガンは床に転がり、息を切らして側に寄ってきたのはガドラだった。
「ユミ!間に合って良かった・・・。怪我はないか?」
ガドラは優しく、頭を撫でて瞳を逸らさずに尋ねた。ユミは何もかもを許してガドラに抱きついて泣いたのだった。
あかい実 二話 完




