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愛したいろのかたち  作者: あおぞら えす


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あかい実 一話


 結婚前夜にユミは家を出ることにした。荷物は小さな小袋一つ。夜が明ける前に自分のベッドを空にして、向かう先があてどもないと知りながら家を出て行く。

ーお義母様はこうなって欲しくて、あの人の夫に嫁ぐように仰せられたのね。生まれた意味のない私を・・・。

 ユミはあてがわれた自分の部屋を、じっとみた。ユミの母は下級貴族の貧乏人だったのでこの屋敷の女中としてこの屋敷に雇われていた。実母の貴族だという事実が、雇い主の旦那様を惑わし、見初められてしまう。結婚など許されるはずがなく、母はユミを産んですぐ、処分された。実家に帰ることを強要されたのだ。

 産まれた娘のユミは女中ではなく、お屋敷の娘として育てられた。血が半分でも高潔な貴族の血が流れているために法でユミは貴族と認められたのだ。

 それ故に、ユミは義理の姉と弟と共に生活を強いられ、貴族の娘として教養を学ばされた。義姉も義弟も優しかったが、義母だけは厳しかった。母親としての威厳や夫の不貞を未だに許せず、ユミをしつけることで憂さ晴らしをしていたかもしれない。愛情が芽生えることはなかった。


ーこの部屋も今日でお別れだわ。私がここに戻ることはない。あの人の待つ場所に行くんだ。

 ユミが家を出るとき、義母が見ていた。義母は屋敷から消える存在を少なからず心に留めていたが、家を去るのなら、それを引き留めるつもりはなかった。

 義母にも少なからず、愛はあった。夫が不貞を働いたとはいえ、産まれてきた子供は可愛らしい。憎くてもそれはそれだ。義母は平等に相対した。

 夫が病になり自分の負担が増えることで、いよいよユミの扱いに苦慮した。自分の血が入らない娘だとしても思いやりがあるユミを前にして、自らの行動を律するのは難しかった。

 ユミが平民の男性との結婚を嘆願しにきたとき、いよいよユミを追い出す覚悟が決まった。ユミとはとある男性との婚約を言い渡していた。ユミが絶望していたことはもちろん理解したが、こうしなければ貴族としての建前が保てなかった。母親として、例え血が繋がらなかったとしても、愛はあった。だから、貴族として生きる道を与えようとした。

 ユミが出て行くのはユミが選んでそうしたこと。言い訳だ。しかし、選ぶ権利をユミに与えたかった。貴族というしらがみから逃げる道も与えたかった。どちらにしても、ユミには辛い道になるだろう。


 ユミは屋敷を出た。戻らぬ道を振り返ることもなく。



 ユミは愛する者の家に行き、後悔した。そこには彼の妻が居たから。

「ねぇ!アウラ。この前、貴族の家に行ったじゃない?どうして?」

「え?あぁ・・・。貴族のお嬢様が俺と結婚したいって言うんだ。俺には愛するハルカがいるのに。」

「まあ!あんた、あたしの名前を出したの?貴族のお嬢様の言うとおりに結婚すれば、お金がもらえたかもしれないのに!」

「いやいや。お嬢様は結婚相手がいたんだよ。俺を連れて行って結婚相手から逃げようとしたんだ。俺も罰を受けそうになったんだぞ?」

「ふ~ん?じゃ、お嬢様はあんたを使おうとしたんだ?」

「そうだよ!」

 二人の会話を聞いて、ユミは青ざめた。アウラはユミを愛していると囁いた。公園で密会して。あんなに甘く諭されたのはアウラが本心だと思ったから。相手はそんなことなかった。そんな風に想ってくれていない。

 ああ、恥ずかしい。ユミは恋したことがないから、それが恋だと思った。そして、誰よりも幸せになれると。

 ユミは後ずさり、そのまま元来た道を戻った。とはいえ、屋敷には戻れない。屋敷へ戻れば、愛すらない貴族としての務めを果たし、一度逃げ出した娘として恥をさらし続けなければならない。ユミは今も貴族という存在を好きになれずにいた。実母のせいではない。

 幼い頃に実母に一度だけ面会が許された。実母は下級貴族だったため、実家に戻ってすぐに別の貴族と結婚していた。ユミには義妹がすでにいて、実母は再会した長子を疎んでいた。会いたいとこれっぽちも思っていないと顔に書いてあった。

『私はもう夫と仲良くしているの。貴方のことは旦那様が行った無理強いだった。だから・・・自分の子だとは思えなくて。ごめんさいね。貴方が悪いわけではないわ。でも、もう会いたいなんて思わないで。母親は引き取ってくださったレース様、ただお一人。いいかしら?』

実母はそう言い終わると、すぐにいなくなった。話すことなどないと言って。ユミが貴族だから破れぬ檻から出られないと気づいた。ユミが会いたかったのはこの檻を破る鍵なのだろうか。少なくとも実母は違った。

 ユミは徐々に貴族とは違う世界をみてみたくて、町に降りた。そして、アウラに出会った。アウラは優しかった。話をしていたらとても楽しくて。時間も忘れた。そして、結婚を申し込まれた。否、そう勘違いした。勘違いして、ユミは今、空っぽになった。


 愛は本当にあるのだろうか?愛し愛されるというものは物語の中にしかないのだろうか?


 ユミは歩き続けた。道はまだ続いた。そのうちに家の明かりが消えて、畑が広がり、野山が広がった。獣の匂いがした。虫の死骸のにおい。土のにおい。ユミには嗅いだことのないにおい。

 山道を辿るには、もう足がくたくたで、座り込んだ。人などいない。けれど、ユミはやっと一人になれた。檻から出たユミには危険が迫っている。何故、誰もその危険を教えなかったのか。義母は優しさで檻の外に出した。檻の外に誰か居ると信じて。

 ユミはふいに声をかけられた。見るからに整った顔立ちで服装も貴族のようなものにみえた。ユミは怪訝そうに相手を見た。

『貴方様はわたくしのことを探しておりましたですか?』

「え?」

『愛、を探しましたか?』

その相手はすっと手のようなものを差し出した。人の手ではない。

「・・・わたし・・・。」

ユミは言葉が出なかった。それは、歪な体躯だった。顔は整っている。首から下はべつものだった。この世界に存在しない、生物。そして、ユミは鳥肌が立つままに答えた。

「愛しています。私は、あなたのことを。」

ユミにはそれが何かは分からないまま唐突に、欲したものだと、それだけを悟った。手を取って、頷いた。それが、ゼノロワの王国よりもたらされた『異能』の結晶だと、気づかなかった。


 近くにフィーブルタンも来訪していたという事実は誰も知らない。ただ、ユミは呪われた。異能の妻になったから。彼女のこの第一世界で様々な事柄を担ったが、消滅する際にゼノロワの王国の呪いを受け取ったことで脱出することになる。レナの世界から離れ、ユミは世界を知る。広い世界を呪われた妻として旅する。



あかい実 一話 完


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