竜とハナ【全年齢版】
ベッドを囲む医療機器の機械音。医師や看護師の慌ただしい声。呼び掛ける家族の必死の叫び。それらに囲まれ、芽野花は命を終えた。
――花は幼い時からずっと、病室で過ごす時間が一番長かった。花瓶に生けられた花や、窓から見える景色で季節の移り変わりを知る。
不幸せだったとは言わない。温かい家族に支えられ、一生懸命生きた。
ただ、もう少しいろいろなことがしてみたかった、という思いはある。口には出せなかったけれど。窓から見える景色以外の世界も見てみたい。海で泳いで、山を登って、雨のにおいを嗅いで、お日様の眩しさに肌を焼かれて、そんな普通のことがしたかった。
病院で食べる味気ないご飯じゃなくて、美味しいかどうかもわからない初めての店に入ってみたり、知らない国の果物を食べてみたり、あと数日で大人になれそうだったから、お酒だって飲んでみたかった。
後悔は数えきれないくらいたくさんある。未練だってある。
でも、死んだら終わりだ。
同時に、薬でも散らせないような痛みや苦しみからも解放されるのだから、悪いことばかりじゃない。
――――そう、思っていた。
(……な、なにこれ? 私、死んだんじゃなかったの?)
花の視界に映るのは、一面の土と雑草と、降りしきる雨だった。
雨のにおいってこんな感じなんだな、と感動する暇もなく、胸の内に動揺が広がる。
(まさか死んで外に捨てられたわけでもあるまいし……どういうこと? 動けないのは前と一緒だけど)
手足の感覚がない。けれど横たわっているわけでもなくて――ここ数年は自分の足で立つことすらままならなかったのに、ピンとまっすぐ前を向いて立っているような、そんな感覚だった。
土の地面には車輪の通ったような跡があり、あまり整備もされていないようで凸凹している。あちこちに水たまりができていた。
花は自分の足元にある水たまりをふと見てみる。
花が咲いていた。綺麗でも派手でもなんでもない、どこにでもあるような黄色の花だ。水たまりに映ったその花と、不思議と目が合っているような気がした。
(…………もしかして私、生まれ変わったのかな? ……花に)
花だけに、花かよ。なんて思いながら、一日、また一日と過ぎていく。花の咲いている場所は昼間はカラッと晴れていて暑く、夜は少し肌寒い。空調が効いた病室にばかりいたから、その気温の変化が新鮮だった。けれどその場から動けないのがつらい。
せっかく生まれ変わったのなら、自分の足でどこまでも歩いて、いろんな景色が見たかった。花だから、きっと前よりも短い一生だ。
(枯れたら終わりだなんて切ないなぁ)
花は悲しくなってきた。どうして神様は私には自由に歩ける足をくれないんだろう、と文句を言いたくなる。ただの花では言葉も話せないけれど。
そんな花の前で、不意に立ち止まる人がいた。いつもみんな、道端に咲いた野花なんて気にも留めず通りすぎて行くのに。
不思議に思っていると、突然視界に男の顔が映る。背中で緩く編んだ長い白髪に白い肌、真っ赤な瞳が印象的な美しい男だ。だがいきなりの顔面ドアップの衝撃が強すぎて、花は正直引いていた。地面すれすれに咲いた小さな花の視界に入るなど、地面に這いつくばるほかない。
「お前、俺のつがいだな!? 俺にはわかるぞ!」
(何言ってんだこのイケメンは……)
地面に這いつくばって花に話しかけるなど、頭のおかしい男かもしれない。
「喋れないか。花だもんな! ワハハ!」
男はしゃがむと、素手で花の周りの地面を掘り始めた。長い爪で器用に土を掘っている。乱暴そうに見えるのに、花の根っこを傷つけないよう随分と丁寧だった。
「こんなとこに咲いて、俺のこと待ってたのか? 寂しかったろ。俺の住処に連れてってやるからな」
(確かに寂しかったけど、こんな展開予想外すぎでしょ……)
男はやがて根を綺麗に掘り出すと、両手にこんもりと土ごと乗せて花を持ち上げた。男が立ち上がったのか急に視点が高くなる。だが景色を見るよりも前に、顔を近づけてきた男に視界を占領された。嬉しそうに満面の笑みを浮かべたイケメンに見つめられ、とても居心地が悪い。
(よっぽど花が好きなのかな、この人。そんなふうに見えないけど)
「俺はカズカ! 白竜のカズカだ」
(白竜ってなに?)
男をよく見てみれば、頭に大きいツノが2本と小さいツノが2本生えている。巷ではこういうファッションが流行ってるのかもしれない。
「ちょっと移動するから、我慢しててな」
(お……)
花に景色が見えるようにという配慮なのか、向きを変えられる。そのままカズカが歩き出した。花に振動がいかないように、気を遣ってくれているような気がする。
(わあ……見たことない景色だ。ここはどこの国なんだろう?)
カズカの移動スピードが妙に早く感じるのは、花が自分の足で歩けていたのが随分昔だからだろうか。次々と景色が移り変わっていく。花には馴染みのない景色ばかりで、カズカの容姿も相俟って異国に思えた。
花が咲いていた場所は、森の中を拓いた道だったらしい。木々が生い茂った森を抜けると、街のような少し栄えた場所に出る。それから砂漠、また街を過ぎて山に入り、カズカがようやく立ち止まった。
「ここが俺の住処だ」
――洞穴のような場所だ。とても家と呼んでいい環境ではない。やたらと広くはあるが、野生動物の隠れ家と言われたほうがまだ納得できる。
カズカは花を連れて洞穴の奥まで進んで行く。そこには山のように積み上がった金銀財宝があった。手が塞がっているカズカは、その財宝の山を足で崩す。目当てのものを見つけると片足の指でつまみ上げ、ケンケンしながら寝床らしき場所に向かった。
「いい感じの鉢がないからこれでいいか? 水抜きの穴とかあったほうがいいんだっけ? ちょっと待っててくれよー」
そう言ってカズカは鉢――と呼ぶには豪華すぎる、宝石のついた杯のようなものを地面に置いてひっくり返し、底の部分をつま先でコンコンと叩いた。すると綺麗な丸い穴がいくつか空き、花は我が目を疑った。
(い、今、足で叩いただけなのに、なんで穴が!?)
「よっし。いい感じ。ほら新しい家だぞ」
カズカは花を鉢にそっと入れると、地面を掘り返して根に土をかぶせた。
「ちょっとなんか元気ねーな? 花って何食うの? 水飲む?」
(ちょっと喉渇いてるかも……お水ほしいな)
「水とってくるからちょっと待ってろよ」
カズカは一瞬で姿を消すと、一瞬で戻って来た。両手の中になみなみと水を汲んで。花の土にその水を注ぎ入れる。
「お、なんかちょっと元気出たっぽい? ハハ、かわいいなぁ。新しい家もすごく似合ってるよ」
(地味な野花に宝石のついた鉢なんて似合わないと思うけどな……)
「あー……つがいと出会うってこんな感じなんだな」
(さっきも言ってたな。私のこと俺のつがいだって。どういう意味なんだろう?)
「お前のこと見つけた瞬間、ぶわーって全身に血が巡って、胸がドキドキして、今もずっと変なんだ。生まれて初めて……なんだろ、こう……俺生きてる! って感じ?」
(ちょっとおバカなのかな)
「俺たち古竜は自分だけのつがいを見つけるために生きてる~とかってみんな言ってっけど、本当なんだな、アレって。全然信じてなかったわ」
(古竜……? 白竜って言ってなかったっけ?)
「全然何言ってっかわかんねぇみたいな顔してんな」
(花に表情ある?)
カズカは花にわかりやすいように、いろいろと説明をしてくれた。
――その結果わかったのは、今いる場所は花がいた世界とは異なるということだ。
カズカは古竜種という世界でも4頭しかいない竜のうちの1頭、白竜だという。よく見ればツノのほかにも尻尾が生えていて、目の瞳孔も縦に細長い。「疑ってんな?」と花の表情(?)で察したのか、本来の白竜の姿も見せてくれた。純白の鱗の、美しい竜だ。山のように巨大な躰は、意外にもすっぽりと洞穴に収まる。
(なるほど。竜の住処だって言われたらしっくりくるかも……)
「どうだ? カッコイイだろ?」
(ちょっと怖いけどな……)
小学生男児のような感想を求められても困る。
――カズカたち古竜は、生涯にたった一人のつがいを捜し求める習性があるそうだ。古竜が生まれたその瞬間から、つがいになる魂が一つだけ定められるのだという。広い世界で出会える確率はとても低く、カズカの知り合いの黒竜は何千年とつがいに出会えなかったらしい。
800歳を超えたばかりだというカズカで、かなり早いつがいとの出会いだそうだ。
「なんだろうこの、胸がポワポワする感じ。むずむずしてくすぐったいけど嫌じゃないんだよなぁ。俺、お前と出会うまでどんなふうに生きてたっけ?」
出会ってまだ一日も経過していないのに、カズカは花に夢中の様子だった。
一方突然別の世界に来たことを知り、そして竜につがいだなんだと言われ、花のほうは戸惑うばかりだ。
「そうだ! お前にも名前がいるよな。ずっと名前呼べないと不便だし。できればお前に名前を教えてほしいけど、喋れないもんな……。俺がつけていい? 野花だから……、…………ハナでいいか」
(絶対適当でしょ)
「ハナ。へへッ、ハナぁ、これからよろしくな?」
(絶対適当だけど……前の名前も花だったし……まあいいか)
それからカズカは、どこへ行くにもハナの鉢を連れ歩いた。
この世界は、前の世界よりも発展が遅れているように思う。科学なんてまだない時代のようで、その分自然がとても美しかった。テレビや本でしか見たことのないような壮大な景色が、どこまでも広がっている。
カズカの見せてくれる世界は眩くて、見てみたいと願っていたもの以上の感動を与えてくれた。どんなに遠い場所でも、どこまでもどこまでも、カズカはハナを連れて行ってくれる。
花じゃなかったらきっと、涙がこぼれていた。
「海だぞぉ、ハナ!」
(わー! すごーい!! 海は広いな大きいなー!!)
白竜の姿になったカズカの爪に握られ、海の上を飛行する。潮風は心地良くて、つい興奮してカズカと一緒に大声を上げた気分になった。
こんなふうに空を飛ぶなんて体験、前の世界では健康な人だってできないだろう。
(楽しい楽しいたのしー!! あーッ!!)
なんて興奮していたら、竜の飛ぶスピードが速すぎたせいで鉢からスポッと土ごと抜けてしまう。落ちていくハナを必死の形相で追いかけるカズカが可笑しくて、カズカに無事にキャッチされたときは、海に落ちそうになった恐怖なんか忘れて笑いが止まらなかった。
「ハナぁ……大丈夫だったか? 落っことしてごめんな、本当にごめんなぁ」
(楽しいよ、カズカ。とっても楽しい。生きててこんなに楽しいと思ったことなんかなかった! カズカにも、私のこの気持ちが伝えられたらいいのに)
◇◇◇
「……ハナ……俺、さっき初めて知ったんだけど……花って枯れたら死んじゃうって……!」
ある日、買い物があると言って外出したカズカが帰ってくると、この世の終わりのような顔をしていた。手に持っているのは『初心者でも簡単! お花の育て方』という本だ。
「な、なあ……嘘だよな? お前の種類の野花は、1年しか咲かないって農家のババアが言っててよ……そんなわけねぇって俺、言ってやったんだ……ババアが嘘言ってんだ……70年しか生きてないような人間に何がわかるんだよ、なァ?」
(おばあさんの言うことは本当だと思うよ、カズカ)
「やだよ俺……まだハナとしたいこといっぱいあんだよ。行きたいとこだっていっぱいあんだよ……。まだ出会って1カ月も経ってねぇよ? 最近ハナの元気がないのも、気のせいだよな? 花屋のジジイに栄養剤またもらってくるからさ……また元気になるよな?」
(もう元気にならないよ、たぶん)
「ジジイはタネとってその辺にまいたらまた芽が出るとかって言うけどよ……それはもうハナじゃねぇんだよ……俺のハナじゃ、ねぇんだ……」
本をどさりと落として、カズカがよろよろと近づいてくる。鉢を両手で包んだカズカの目からは、ボロボロと涙がこぼれていた。
(…………カズカ)
出会ってからずっとニコニコ笑っていたカズカの、こんな顔は初めて見る。大粒の涙が花弁に落ちてきて、ハナは胸が締めつけられるように苦しかった。
「……ハナ、せめて……お前の生きた証を残したい」
(ふふ、どうやって? 押し花つくる?)
せっせと押し花をつくるカズカを想像して微笑んでいたハナは、突然目の前でカズカの姿が変わって驚愕した。――花だ。ハナのすぐ隣に、鉢に植えられた同種類の花が現れた。真っ白な花弁はカズカを連想させる。
(え、え、え……?)
困惑していると、白い花が茎を伸ばして近づいてくる。微動だにできないまま、ハナのめしべと白い花のおしべがくっついた。――その瞬間、ポンッと大きな白いタマゴが突如として現れる。
ハナの鉢植えの近くにタマゴが転がると、白い花が瞬く間に姿を変えた。人型のカズカが現れ、タマゴとハナの鉢植えを胸に抱きしめる。
「俺とハナの愛の結晶……つがいとの間にしか次の古竜は生まれねぇんだ……」
カズカと、ハナの、愛の結晶――
(自覚のないままにっ、セ、セックスされとる……!?)
同意のない性行為(?)をされたこともショックだし、なんで花のめしべとおしべをくっつけて古竜のタマゴが生まれるのか、神秘に包まれすぎて理解できない。ハナはしばらく衝撃から立ち直れなかった。
◇◇◇
――――しわしわのくすんだ花弁や、日に日に茶色くなっていく葉を見て、どんどんカズカの表情は曇っていった。お別れの日が近いということを、花を育てるのが初めてのカズカでも感じ取っているのだ。
「ハナ……ハナ……俺を置いてかないでくれ……」
(前みたいに笑ってよ。牙がニュッて出たカズカの笑顔、可愛くてけっこう好きなんだ、私)
いつかのように鉢を両手で包み込んで、カズカが泣いている。ハナはもう、枯れる寸前だった。
「先代の黒竜の野郎がさ、言ってたんだよ……。俺たち古竜は、つがいが死んじまったら生きていけねぇって。本当に黒竜も、人間のつがいが死んだら後追って死んじまってさ、バカじゃねぇのって思ってた。俺たちって生きようと思えば何万年だって生きられるんだぜ?」
カズカはポロポロと涙をこぼしながら、最後の瞬間までだってハナと話していたかった。
「今なら黒竜の野郎の気持ち、すっげぇわかる。ハナが死にそうなの見て、世界が終わるみたいな気持ちなんだ。いや、世界が終わるのはどうでもいいんだけどさ、……ハナがいなくなったら、寂しくて生きていけねぇよ……」
(生きてよ。何万年だって生きられるんでしょ? 私の分も生きて、広いこの世界を飛び回ってよ。お願いだからそんなふうに言わないでよ。私だってもうカズカに会えないの寂しいし、また死ぬのだって怖いよ……)
「ハナが死んだら、すぐ後追うから……ちゃんと待っててな?」
(だめだよ、生きてよ……カズカ……)
意識が遠くなっていく。最後に見るのがカズカのぐしゃぐしゃの泣き顔だなんて嫌だ。太陽みたいに笑っていてほしいのに、言葉が伝わらないのがもどかしい。
カズカが花弁に唇を寄せてくる。ちゅ、と触れた唇は少しかさついていて、しょっぱかった。
「ハナ……俺と出会ってくれてありがとうな」
遠ざかる意識の中で、必死にカズカに叫ぶ。
(すぐに生まれ変わって会いにくるから、死なずに待ってて……!!)
そんな叶わない願いを胸に抱いて、ハナの花弁が一枚ひらりと落ちていった。
◇◇◇
「ハナの後をすぐに追いたかったけど、意外と片づけないといけねぇこといっぱいあんな」
枯れたハナの鉢植えを常に抱えたまま、カズカはあっちこっちと奔走した。
まずタマゴを、今代の黒竜の保護者の元に預けに行った。つがいが死ぬと後を追う習性のある古竜は、つがいとの間に生まれた子は別の古竜に養育を頼むのだ。4頭いる古竜のうち、紅竜は性格が終わっているので候補から省く。青竜は、最近までカズカが養育していたためまだ幼竜だ。となると選択肢は黒竜しかいないのだが、代替わりしたばかりの黒竜はまだ赤ん坊だった。
しかし先代の黒竜の一人目の息子――古竜ではないが、竜人が保護者としてこれを育てている。ついでにタマゴが一つ増えるくらい、大した負担にもならないだろう。
「というわけで、俺のタマゴを頼んだ!」
「父上に血気盛んな若造と言われていたあなたも、つがいと出会うと変わるんですね……まあわかりました。それで、あなたは後を追って死ぬんですか?」
「まーな。だってあいつのいない世界はつまらない」
「古竜というのは、つくづく難儀な生き物ですね」
カズカがタマゴを預けに行くと、竜人は面倒そうにしながらも了承してくれた。
そしていざ自死しようと思ったのだが、その辺に転がっていた剣を胸に突き立てると、剣のほうが折れてしまった。世界最強種である古竜の身体を貫くには、特別な剣がいる。そこでカズカは、近くの街の鍛冶屋のオヤジに自分の牙を折って渡し、剣をつくるよう依頼した。
竜の牙から剣をつくるのは至難の業だったらしく、随分と時間がかかった。
その間、カズカは生きているのか死んでいるのかもわからないような姿で、土だけになった鉢植えを抱いていることしかできなかった。知らず知らずのうちに、理由もなく涙が溢れる。思い出すのは、ハナと過ごしたたった1カ月ほどの、かけがえのない時間。
――剣ができあがったと鍛冶屋から伝書鳩が届いた。剣を受け取って帰ると、カズカは何の未練もなく己の胸に切っ先をあてがう。
「心臓を貫けば、俺でも死ねるんだよな……? 今までほかの竜がどうやって自分を殺したのか、一度くらい聞いておけばよかった」
竜の牙でできた剣の先が、カズカの胸につぷりと埋まった。少し力を入れただけで貫ける。
「もうすぐ会える……ハナ」
死ぬことに恐怖はない。あるのは、死後の世界で本当にハナと会えるかどうかという不安だ。カズカは目を閉じ、剣を握る手に力を込めた。
――ブブブブブ、と羽音が聞こえてくる。
カズカはだんだんと近づいてくるその音に集中を削がれ、瞼を開けた。
「痛……ッ!」
ブブブブブ、ガツンッ! と、カズカの顔面に何かがぶつかる。
いつものカズカだったなら鋭い爪で一閃していたが、どうやら様子が違った。カズカは呆然と手にしていた剣を取り落とす。足元に転がる剣など気にも留めず、カズカは顔面にぶつかってきて失神しているものをそっと拾い上げた。
カズカの目から涙がこぼれる。その涙は、顔面のささやかな痛みのせいではない。
「お、お前ハナだろ……? 俺にはわかるぞ!」
カズカが呼びかけると、手のひらの上で失神から目覚める。――それは、カブトムシのメスだった。
(カズカ! ちゃんと会いにきたよー! なんかカブトムシになっちゃったけど!)
「ハナぁ……」
カズカは鼻水を垂らす勢いで号泣して、カブトムシになったハナに頬ずりして再会を喜んだ。
洞穴の中を飛び回るハナは、床に落ちた剣と、タマゴがなくなったことに気がつく。カブトムシになってしまい一生懸命カズカの元を目指して飛んでいる間、カズカは本当に死ぬ準備をしていたのだ。
(カブトムシも寿命短いんだよなぁ……)
そのことをカズカが知ったら、また泣いてしまうだろうか。またハナが死んだら、今度こそ後を追ってしまうに違いない。
再会してから、カズカはまた以前のように明るい笑顔を見せてくれる。花だった時以上に、あちこちハナを連れて行ってはたくさんの思い出をつくった。肩にカブトムシを乗せて歩いていると人々は奇異の目で見てくるが、カズカは気にしない。
「おにいちゃん、かたにカブトムシのってるよ」
「おー坊主。俺の嫁さんなんだ」
「へえ。でもカブトムシってそろそろみんな死んじゃわない? ぼくんちのカブトムシも、こないだしんじゃったんだ」
「え……?」
少年から思わぬことを言われたカズカは、その日住処に帰るまで無言だった。肩に乗せていたハナを手ですくうと、顔の前に寄せてじっと見つめる。
「ハナ、もう死んじゃうのか……? カブトムシってそんだけしか生きられないのか……?」
(ごめんね、カズカ)
花も、虫も、古竜のカズカにとってはその人生は瞬きの間よりも短く、流れ星より儚い。
「そんなことってあるかよ……。そんな……クソッ」
またカズカの表情が曇ってしまった。悲しませたいわけではないのに。笑っていてほしいのに。うまくいかない。ハナとて望んでカブトムシに転生したのではない。選べるのなら、別の命を選んでいた。
「カブトムシのハナの……生きた証を……残そう」
(標本にするとか?)
カズカの姿が一瞬で変わる。デジャヴな光景に、ハナは嫌な予感がした。目の前に、立派な一本ツノのオスカブトムシが現れる。それはこれまた真っ白だった。
(待て待て待て……!)
オスのカブトムシはハナにマウントポジションをとった。
(カブトムシの交尾……ツラ……)
しかし今度はタマゴが現れなかった。人型に姿を戻したカズカが、ぽつりと「古竜は一頭しか産まれないんだった」と呟く。
交尾損じゃん、とハナはカズカの顔面に飛びかかった。
――暑い季節が終わる頃、ハナは再び人生を終えようとしていた。ほとんど動かなくなったハナを手の上に乗せ、またカズカは泣いている。
「ううっ、すぐ……後追うからな……」
(だから! 生まれ変わって会いに行くから、死なずに待ってなさいって!)
意識が遠退くなか、ハナはカズカの顔に手を伸ばす。カズカは涙を拭うこともできず、死にゆくハナにキスを送った。
カズカは動かなくなったハナを、しばらく眺めることしかできなかった。そうして数日が過ぎ、やっとのことでカブトムシのハナを、花が植わっていた鉢植えの土に埋める。
そして剣はどこにしまっただろうかと、山になった財宝の中から探した。ハナが怪我をしないようにと奥のほうにしまってしまったせいで、なかなか探し出せない。竜はキラキラしたものを集める習性があり、800年以上もの間集めてきた金銀財宝はかなりの量になっていた。
「宝も黒竜のとこにあげちまえば良かったなあ……もう邪魔だし……まあこのままほっといても、俺のガキがおっきくなったらもらってくれんだろ」
やっと剣を見つけ出せた頃には、ハナを土に埋めてから3日ほど経っていた。
深い悲しみに暮れるカズカは、再び剣を胸に突き立てる。寂しくて寂しくて、たまらない。
「うお……!」
その時、カズカの足にドンッと何かがぶつかってきた。
「……まさか」
カズカは剣を財宝の山に向かって投げ捨てる。崩れ落ちるように膝をついたカズカは、顔をぐしゃりと歪めた。
「まさか、ハナ……? どれだけ姿が変わろうと、俺にはわかるぞ!」
(カズカー! また死のうとしたでしょおバカー!)
ウサギになったハナが、膝をついたカズカのお腹を目がけて何度もジャンプする。ウサギの頭突きなど痛くも痒くもなかったが、カズカは涙が止まらなかった。
ウサギのハナと過ごした時間は、これまでより長かった。しかし終わりを迎えると、いかに共に過ごせる時間が短く貴重で、かけがえのないものだったかわかる。今度は後悔しないようにとたくさん思い出をつくったつもりだったのに、カズカの胸には後悔が押し寄せた。
「ハナぁ……」
(情けない顔で泣かないの! またきっと生まれ変わるから! ちゃんと待っててよ!)
――いくらハナが心の中でそう訴えようと、カズカには伝わっていない。ウサギの死を看取り再び後を追うことを選んだカズカの元に、今度は1羽のオウムが飛んできた。
「カズカー!」
「しゃ、しゃべった……! ハナだ! 俺にはわかるぞ!」
「ハナ ダヨー!」
初めて意思疎通ができたことに、カズカもハナも喜んだ。オウムだからカタコトにしか話せないのが難点だが、言葉が通じなかった頃よりは随分マシである。
「カズカ バカ!」
「悪口か? かわいいなぁ、ハナ」
また後を追って死のうとしたことを咎めても、カズカはふにゃりと笑うだけだった。カズカはハナがどんな姿であろうと、いつもハナをこれでもかと愛してくれる。
「カズカ タマゴ ドコ?」
「俺たちのタマゴなら、黒竜のとこに預けてきた。俺が死んだあとに面倒見てもらうように頼んでたんだ。古竜はみんなそうしてる」
「タマゴー!」
ハナはカズカの頭をくちばしでつつく。怒られていてもカズカは笑っている。カブトムシの時もウサギの時も話せなかったから何も聞けなかったが、ハナはタマゴの行方がずっと気に掛かっていた。
「迎えに行こうってことだな?」
「ダナー!」
タマゴを預けた黒竜の一番上の息子、竜人の元を再び尋ねると、とても驚かれた。既にカズカは死んだものと思われていたようだ。
「まだ死んでなかったんですね」
「随分な言いようだなオイ。まあいい。今の俺はとっても寛大だ。見ろ! 俺のつがいが生まれ変わって会いに来てくれたんだ! もう何度も!」
「ハナ ダヨ!」
「……本当ですか? ただのオウムじゃ……?」
つがいが亡くなった悲しみで頭がおかしくなったと思われている。タマゴを引き取りに来たと言うと、竜人は屋敷の奥からタマゴを抱えて戻って来た。
「本当にあなたのつがいが生まれ変わって会いに来てくれたというのなら、素敵なことだと思います。……父上のつがいも、そうだったら良かったのに」
この竜人は、先代の黒竜によく似ている。つがい以外との間にできた子どもは、決して古竜にはなれない。よく似ていても不老長寿の古竜ではないから、カズカがよく知る先代の黒竜よりもうんと年下なのに、随分年嵩のように見える。
その顔で悲しげに呟かれると、カズカはなんとも形容しがたい気持ちになった。先代の黒竜はつがいの後を追って死んだ時、きっと自分のようにとても寂しかったんだろう、と考えてしまう。
カズカは自分が思っているよりも、ずっと恵まれているのかもしれない。もっともっとハナとの時間を大切にしようと、改めて心に誓った。
タマゴを連れて住処に帰ると、ハナはカズカと過ごす時間以外はタマゴの上に乗っていることが多くなった。古竜のタマゴはカズカが両腕で抱えるほど大きく、オウムの身体で上に乗っても温めることはほとんどできない。そもそもタマゴがどんな条件で孵るのかも、ハナにはよくわからなかった。
でも、ハナとカズカの愛の結晶なのだ。たとえめしべとおしべをくっつけてできた子でも、やっぱり愛おしい。できる限りのことはしてあげたい、と思うハナだった。
「え? どうしたらタマゴが孵るかって? 俺にもわかんねぇ」
「ナンデッ」
「なんでって、自分で出たいって思わないと出てこないんだよ。俺もタマゴの中が退屈になった頃に出られたことしか覚えてねぇもん」
「ナンダソレッ」
「アハハ、気長に待てよ。まだ俺はハナと二人の時間を楽しみたいんだけど?」
「ポッ」
「ハトみたいな鳴き声だな。ハナぁ、好きだぞー!」
「カズカ スキッ」
「ハ、ハナが俺のこと好きって言った……! もう死んでもいい……」
「シヌナッ カズカッ」
もう古竜のタマゴが生まれず、ハナの生きた証とやらを残せないとなると、カズカは交尾の強要をすることはなくなった。代わりに、毎日飽きるほどキスと抱っこをしてくる。ハナもカズカを抱き締めたかったけれど、羽で顔を包むことくらいしかできなかった。
オウムの一生はこれまでで一番長くて、これまでで一番穏やかだった。
短い一生を悔いのないように生きた時は、毎日どこかへ出掛けて毎日思い出をつくるのに必死だったように思う。
ハナも生まれ変わった初めのうちは、自由に動く手足や、羽の生えた身体であちこち駆け回り飛び回るのに夢中だった。けれど今は、二人とタマゴだけの住処でただくっついているだけの時間も、とても満たされる。
しかしどんな時間にも、終わりは訪れるものだ。
オウムの長い寿命でも、不老長寿の古竜が生きる時間には到底及ばない。
けれど今回は、少しだけ今までとは違う。
「……マタ クルカラ」
「ハナ?」
「マタ アイニ クルカラッ」
「うん……っ」
「ゼッタイ!」
「わかった。待ってる。ふはっ、もしかして俺のことが心配で生まれ変わってくれてんの?」
「シヌ ダメ!」
「うん……何度でも、何年でも、どんだけ寂しくても俺……待つから」
「カズカ スキ ダヨ!」
「俺も好き……ハナ、大好きだ」
霞んでいく意識の中で、泣きそうな顔でカズカが笑っているのが見える。ずっと伝えたかった言葉が伝えられて、ハナは安堵の中で意識を失った。
それからも、ハナは何度も生まれ変わった。そして何度でもカズカに会いに行く。動物に生まれるのはまだいいほうで、草花や、魚なんかに生まれた時はカズカに会いに行くこともできなかった。
それでもカズカは何年経とうと、タマゴと二人でちゃんと待っていてくれる。ハナがどんな姿でも、ひと目見た瞬間にハナだと気づいてニコッと笑ってくれるのだ。ハナはそれがとてもうれしかった。
――それでも。叶うなら、カズカがしてくれるように抱き締めて、キスをして、それ以上のことだってしてみたい。花でもなくて、カブトムシでもなくて、ちゃんとカズカと愛し合いたい。
竜に生まれたら叶うだろうか。でも以前見たただの飛竜は、カズカの本来の姿である白竜よりずっと小さくて、古竜とはまるで違う生き物だった。古竜に生まれるのは、きっとすごくすごーく難しい。
◇◇◇
――何度目の生まれ変わりだろうか。
目が覚めたときに、人の言葉が聞こえて思わず涙が溢れた。ハナを覗き込むふたつの顔は、ふにゃふにゃと弱々しい声で泣くハナを見て、この世の幸せを全て詰め込んだような表情で微笑んだ。
とうとう人間に生まれ変わったハナは、しがない農家の娘であった。何の因果かハナと名付けられ、母と父の愛情をたっぷり受けて、いつしか下に弟や妹も生まれ、野原を駆け回って遊ぶような無邪気な子どもだ。
大きくなってからは親の仕事を手伝い、弟と妹の面倒を見るしっかり者のお姉さん。父も母も「ハナはいいお嫁さんになりそうね」というのが口癖になるほど自慢の娘だった。
しかしハナは成人すると、突然「白竜のお嫁さんになります!」と宣言して家を出て行った。
――この世界は4頭の古竜がつくったと言われている。真偽のほどはわからないが、今もどこかで見守ってくれているでしょう――だなんてハナの住む村では神話のように語られていた。一部の地域では実際に古竜と暮らしを共にしているところもあるが、そんなことはハナの両親は知らない。
食料と少しのお金だけを持って出て行ったハナを、両親はとても心配した。
――――だが数カ月後、白竜の背に乗って共に結婚の挨拶に来たハナを見て、両親は娘が無事だった喜びよりも遥かに上回る驚きで腰を抜かすことになるのだった。
◇◇◇
リュックを背負って住処に突然やってきた人間の女を見て、カズカは驚きに目を見開いた。
「ハナ!?」
今度はどんな姿で来るだろうかと、死ぬ前に話していた。ずっと虫や動物だったから、まさか人間の姿で現れるとはカズカも期待していなかったのだろう。
随分待たせてしまった間にカズカは少しやつれたようだったが、相変わらず美しい竜だ。
タマゴに抱き着いて寝そべっていたカズカは、ハナによろよろと歩み寄ってくると、めいっぱい抱き締めてくる。竜だから人間より少し体温が低い。大きな身体に抱き締められると全身でカズカを感じられて、とても幸せな心地だった。
「カズカ、お待たせ」
「うん……っ、うん、おかえり」
カズカはハナの顔を撫で、赤毛を撫で、顔中にキスを降らした。
「今度は人間か。この姿もかわいい。かわいいなぁ」
「ずーっとこうやって、カズカをぎゅっと抱き締めたかったの。夢が叶ってうれしいっ」
「ほかにはどんな夢があるんだ? 全部叶えてやるから、聞かせてくれ」
強く抱き締めたまま囁かれて、その甘やかすような声にハナはクスクスと笑う。
「口にキスして。大人のやつ!」
「大人のやつ?」
「わかんないけど、大人のやつだよ」
ハナは前世も今も、カズカ以外に恋人はいなかった。だがカズカも、人間を相手にするのは初めてのようだ。
焦れたハナは自分からカズカの顔を引き寄せて、唇をくっつける。ぺろ、と唇を舐めると、すぐにカズカの舌が口の中に入ってきた。ドラマや映画で見たようなロマンチックなキスじゃない。舌を絡め取られて粘膜を擦り合わせる行為は、ハナが思っていたよりもずっと生々しかった。
「……は、ぁ……」
「ん、合ってるか?」
カズカは一度唇を離しハナの願いと相違ないかを確かめると、もっと深く貪ってきた。まるで今まで我慢していたかのように、音を立てて舌を吸われる。触れる唇の冷たさとは裏腹に、カズカの舌や吐息はとても熱い。
口づけながらカズカの手はハナの顔を撫で回し、耳をくすぐった。
「俺もお願いしていい?」
「いいよ」
「ハナと交尾したい」
あまりにも明け透けなおねだりに、ハナは思わず笑った。
「あれぇ? 前もしたじゃない。何も言わずにいきなり。おしべとめしべをこう、くっつけてさ。カブトムシの時も痛かったなぁ」
「ご、ごめん……!」
その時のことを思い出したのか、カズカは真っ青になった。嫌われまいと必死の様子に、ハナの内にわいた悪戯心がみるみるしぼんでいく。
「うそうそ。私もね、おんなじこと言おうと思ってた」
「ほんとか?」
「うん。ああいうのじゃなくてさ、ぎゅーって抱き締め合って、お互い大好きだよって言い合って、カズカとうんと愛し合いたい」
「…………っ」
ハナの言葉に、カズカは下唇を噛み締めた。カズカは何かを耐えるようにスーッとめいっぱい息を吸ったあと、ハナを抱きしめてため息をつく。
その震えた吐息はハナの耳元を撫でた。
「俺もそうやって、してみたい……」
上擦った声を聞き、ハナは頬を火照らせる。
「……する?」
「する」
カズカは片腕でひょいとハナを抱き上げると、肩からリュックを外して床に置いた。カズカはいつも地面で寝ているが、ハナのために用意したクッションをいくつも床に並べ、その上にそっとハナを下ろした。
少し寝心地は悪いが、カズカの住処にはベッドや布団というものはないから仕方がない。以前会った黒竜の保護者の竜人は、立派なお屋敷に住んでいた。カズカは古竜の中でも自然を好む竜なのだろう。
いずれ入用の物を買いそろえよう――とハナが考えていると、カズカが上に覆い被さってきた。
「なんかほかごと考えてねぇか?」
「ベッド買わないとなーって考えてた」
「そ……うだな。うん、買おう。デッカイやつ」
「普通でいいよ」
「ハナが暮らしにくいなら、街に家を買ってもいい。そこにある財宝を換金したらそれなりの額になるだろ」
「うん、考えておく」
話が一段落すると、カズカが唇を重ねてくる。少しかさついているけれど柔らかい唇が何度も角度を変えて触れ、熱い舌が唇を撫でた。
鋭い爪を引っ込めたカズカの大きな手が、雲を触るみたいな力加減でやわやわと触るのがくすぐったい。ものすごく力を加減しているのが伝わってくる。
カズカはいつも虫でも動物でも、細心の注意を払ってハナに接していた。今まではほとんど手のひらの上に乗せるくらいしかしてこなかったから、どのくらいの力で触れたらいいのかまだわからないのかもしれない。
「もう少し力を入れても大丈夫だよ」
「……すげぇ興奮してるから、力加減間違えそ……」
緊張した様子のカズカを見上げ、ハナはくすくすと笑うのだった。
◇◇◇
息を切らしたカズカが倒れ込むと、いたずらっぽく微笑むハナに頭をくしゃくしゃと撫でられる。愛おしさが込み上げたカズカは、ハナを腕の中に閉じ込めた。
「そういえば、ずっとちゅーしてたから、好きって言い合うの忘れてた」
「ハハッ、そういえばそんなこと言ってたな」
「今言ってもいい?」
「もちろん」
「カズカ、好きだよ」
――私と出会ってくれて、いろんな世界を見せてくれて、たくさんの愛をくれてありがとう。そんな想いを込めて告げると、感極まったカズカは一度顔を背け、ゴシゴシと目元を腕で拭った。
「俺も大好き」
結局涙が引っ込まなかったらしいカズカは、顔を背けたまま涙声で応えた。
ハナはそんなカズカの様子に笑っていると、ふとタマゴが視界に入ってくる。動いているようにも見えるそれが気になって、カズカに持ってきてもらった。
「あなたのことも大好きだよ」
そう言ってほしそうに見えたのだ。ハナは優しい声で囁きかけ、ちゅ、とタマゴにキスをする。途端にピシピシとヒビが入り、みるみるうちに割れていくタマゴを見て、カズカは「マザコンかよ」と呟いた。
ハナはそれからも何度も生まれ変わり、そのたびにカズカの元に帰ってくる。
それは小さかった竜が成竜になっても、その子がつがいを見つけて父親より先に死んでしまっても、不老長寿と呼ばれた白竜の命が尽きるその時まで、何度でも。