64、ユウくんはいいお婿さんになりそうよね
男の子をラーネの作った布団へと寝かせたあと、全員が普段のように野宿の準備にかかる。
男の子の様子がいつでも見えるように、私とマチルダちゃんは彼の近くで料理の準備や解体をしておく。コニーくんも早めにかまどを作った方がいいと判断したのか、普段よりも手際が良い。
コニーくんの尽力でできたかまどに火を付け、油を敷いてから、日本でいうタマネギに似た野菜を炒めておく。
ある程度炒めると、美味しそうな香りが辺りに漂ってくる。それくらいになると、ユウくんがテントの設営を終えるので、こちらに来てくれるのだ。
「今日のだしは何にするんだ?」
「骨にしようかと思って」
私が微笑んでそう言えば、ユウくんは「今日も美味しそうだ」と言ってくれる。
この世界には日本にあったような、コンソメとか鶏ガラとか……鰹だしというものがない。最初そのことを知った時は、愕然としたけれど……まあ当たり前よね。
ここでよく使うだしと言えば、野菜の皮やヘタを利用した野菜だし、浄化した骨を入れたり……近いのは豚骨だしかしら。あとはきのこもあるので、きのこのだしを使って作っている。
最初に香味野菜であるタマネギ……に似ている野菜を、透き通るまで炒めてから、私はお肉と硬めの野菜を入れる。
いつもであれば食べ応えのある一口大に野菜を切るのだが、今日は男の子がいるので、食べやすいように柔らかく煮込む予定だ。
そんなこんなで私がスープをかき混ぜていると、コニーくんが声を上げた。
「皆さん! 男の子が目を覚ましました!」
その声に私以外の三人はすぐさま男の子のところへ行く。威圧しないようにか、ユウくんは一歩遠くから見守るようだ。マチルダちゃんはいつ汲んだのやら……コップを持っていた。
男の子は上半身を起こすと、目をぱちくりとさせて私たちを見ている。その後、周囲をキョロキョロと見回した。
コニーくんはそんな様子の男の子に優しく声をかける。
「体調は大丈夫ですか? あなたは洞窟で倒れていたのです」
「洞……窟……?」
コニーくんの言葉に首を倒す男の子。その様子を見て、もしかしたら……という疑念が頭の中を過ぎる。コニーくんは思わず唾を呑み込んでから、恐る恐る訊ねた。
「あの、あなたのお名前は……?」
「名……前……?」
その言葉に私以外の三人が息を呑んだ。
「まあ、あなたが起きて良かったわ。まずはマチルダちゃん、お水を渡してあげて?」
私は鍋をかき混ぜながら、絶句しているマチルダちゃんに声をかけた。いつからあそこに倒れているのかは分からないけれど、絶対お水は飲んでおいた方がいいと思ったの。
マチルダちゃんは私の言葉を聞いて我に返ったのか、持っていたコップを男の子に渡す。最初は不思議そうな表情をしていた彼も、マチルダちゃんに「飲んでください」と言われたのか、水を口に含んだ。
自分で水を飲む様子を見て、大丈夫そうだと思った私は、お鍋からスープを掬う。いきなり食べるのは胃がびっくりしてしまうだろうから、ほぼ原型のない野菜や小さなお肉が入っているところを選ぶ。
一杯すくって食器に入れると、スープから熱々の湯気が出ていた。さすがにこれだと熱すぎて食べられないだろうと判断した私は、マチルダちゃんにお願いして少し冷ましてから渡すようにお願いした。
彼女なら、そこら辺上手い塩梅でできるだろうから。
「ねえ、君。身体を動かすことができそう?」
私は他の器にスープをよそいながら男の子に話しかけた。
彼は首を傾げながら何かを考えていたが、しばらくするとゆっくり頭を下げる。どうやら大丈夫らしい。
「じゃあ、その布団から出て、丸太……ううん、椅子に座るといいわ。マチルダちゃん……そこの女のが案内してくれるから、付いていってもらえるかしら?」
男の子は私の言葉を理解してくれたのか、先ほどよりも早い時間で頷く。そして私の言葉通りに、マチルダちゃんの指示で椅子へと座った。
その間、私は三人分のスープを用意する。そして先にユウくんとコニーくんに渡した。
「男の子一人だと、食べにくいかもしれないから……今日は先に食べていて?」
「……ああ、分かった。コニー、食べるぞ」
「え、あ……はい!」
ユウくんは熱い食事もすぐに食べることができるのだが、コニーくんは少々猫舌なのだ。ユウくんが食べている横で、一生懸命スープを冷やしている。
男の子はそんな二人をじーっと見つめていたが、途中でマチルダちゃんからスープとスプーンを渡されて、戸惑った表情で私を見つめてきた。
私はそのことに気がつき、にっこりと微笑む。
「それはあなた用によそったから、食べてもいいわよ」
そう告げると、男の子は最初スプーンをじっと見つめていたが、しばらくしてからスープを掬ってゆっくりと口に入れる。
みんなが見守る中、男の子は美味しかったのか目を輝かせて私を見てきた。その瞳が「食べて大丈夫なのか?」と訴えているように見えたので「全部食べていいよ」と告げた。
どうやら相当お腹が空いていたのか、彼はすぐにスープを食べ終わると、おかわりが欲しそうな表情で私を見てくる。声をかけあぐねているらしい。
その様子を横目で見ていたユウくんが立ち上がり、器を持って私のところにやってきた。
「お代わりしてもいいか?」
「大丈夫よ」
そう言って渡された器に私はスープを入れる。普段のユウくんであれば他の人に確認を取ってから、自分で勝手に入れていくのだけれど、今日は特別ね。
自分用にスープを注ぎ、空いている場所に置いておく。私も少し猫舌なので、少しぬるくなってから食べる予定なの。
すると、男の子が立ち上がって私の元へやってきた。私が「どうしたの?」と訊ねると、彼は私に聞こえるくらいの小さな声で呟く。
「お代わり……もらえますか……?」
「ええ、もちろん! 熱いから気をつけてね」
スープを入れた器を渡すと、男の子の口角が少しだけ上がったような気がした。どうやらお代わりしてくれるほど、これが気に入ったらしい。
良かった、と思っていると、食べ終えたユウくんの声が耳に入った。
「クリス。俺が鍋の番を代わる」
「あら、ユウくん。ありがとう。ユウくんはいいお婿さんになりそうねぇ」
ほのぼのしみじみ、思わず呟いた私。その言葉を聞いたマチルダちゃんがブッと吹き出した。
「勇者様、良いお婿さんになれるらしいですよ?」
ふふふ、と笑いながら同じことを告げたマチルダちゃんをキッと睨んだユウくんは、私へと顔を向けた。彼の頬は赤く染まっている。
「なあクリス。俺は前世、クリスと同い年だったんだが?! しかも今世はクリスより年上なんだが?! コニーを孫のような目で見る理由は分からなくないが……俺は違うだろ!」
「孫……プププ」
ユウくんの言葉に、マチルダちゃんは面白そうにニヤニヤとした笑みを浮かべている。私はユウくんの言葉に思い当たる節がなく、頭をひねった。
「あら、私、そんなこと言ったかしら?」
もしかしてお婿さんの下りかしら?
そんなつもりは全くなかったのだけれど……そう思ってユウくんを見ると、私の考えを察したらしい。彼は額に手を置いて、大きなため息をついた。
「いや、すまなかった。俺の勘違いだ」
「勇者様、被害妄想が激しいんじゃありませんかぁ?」
「いや、お前に言われたくないんだが……」
ユウくんとマチルダちゃんが睨み合う。コニーくんはそんな二人を横目に食事をとっていた。最初の頃は二人がこんな雰囲気になるとオロオロしていたけれど……きっと通常運転だってことを理解したのかもしれない。
……うん、コニーくんも大きくなったのね。
そんなことを考えていた時、マチルダちゃんが私に話しかけてきた。
「お嬢様は、勇者様のような方がお婿さんに来てくれたらどう思います?」
「え? それはもちろん、嬉しいわよ」
ユウくんみたいに気を遣える男性って、そんなにいないからね。そう言って笑った私は気づいていなかったの。
――マチルダちゃんが悪い笑みをたたえながら……ユウくんを見ていたことに。
ユウくんは顔を背けていたのだけれど、耳まで真っ赤に染まっていたことに。




