59、鶏の卵にしか見えないけど、食べられないのよねぇ
辺境伯領を去ってから数日。私たちは森の中を進んでいた。
スタンピート後にも関わらず、森の中は魔物で一杯だ。あのスタンピートはやはり……なんだかさん、という人が作為的に引き起こしたものなのだろうと皆で結論づける。
あのスタンピートで現れた魔物だけでなく、見たことのない魔物と遭遇することも多く、私たちは結構な頻度で魔物達と戦っていた。
弱肉強食の世界だと理解はしているが、親子の魔物に遭遇する時は胸が締め付けられることもある。やはり自分の手で魔物を屠ることに慣れていないのかもしれない。スタンピートの時は、街を守らなくてはならないという使命感で燃えていたから……その考えが思い浮かばなかったのかもしれないと思う。
ユウくんたちはその部分を既に割り切っているのか、倒した魔物は魔法袋へと入れていく。狩らなければ狩られる世界なのだ。
ただ、彼らは倒した魔物を粗末に扱うことはしない。幸い先代賢者様の魔法袋があるのでそこに収納し、国に帰ったら提供する予定なのだという。
その言葉は胸にストン、と落ちた。倒した魔物は感謝を捧げて、私たちが利用させてもらおう。そうしよう。
今日もいくつかの戦闘を行った後、私たちは今日の寝床になるであろう場所を探していた。
陽が落ちてしまうと、見通しが悪くなってしまい歩くのも困難だ。最悪、私の魔法でなんとかできるかもしれないが、無理はしないでおこうと全員で最初に決めていたこともあり、陽が傾き始めた頃から野宿できる場所を探すことにしている。
野宿の場所が見つかれば、そこから設営開始だ。
ユウくんはテントを、コニーくんはかまど作りを、私は料理作りに取り掛かる。え、マチルダちゃん? マチルダちゃんはその時に魔物の解体を行なって、食べられそうな魔物のお肉を提供してくれるの。
そもそも魔物のお肉を食べて良いのか分からなかったのだけれど、教えてもらったの。IPに。
最近外に出てなかったのが寂しかったみたい。
みんなで悩んでいる時に急に魔導書が光ったの。そして自然と本が開いて……現れたのがIP。
『外デ、アーリマス!』
楽しそうな声色で、いきなり現れた彼に私は目を点にしたわ。そして何度かクルクルと回って外の空気を堪能したのか、私たちに教えてくれたの。
『魔物ノ肉ハ、浄化魔法ヲ、カケレバ、問題ナイノデアーリマス!』
みんなはその言葉に驚いていたのよ。魔物の肉は食べて良いか分からず、捨てていたのですって。
まさか浄化魔法をかければ食べることができるなんて、思わないじゃない?
それに浄化魔法を使えるのは、やっぱり神聖魔法が使える人だけで。王都には神聖魔法を使える方が多かったらしいけれど、地方はそこまで多くないらしいのよね。
勿論、コニーくんは履修済み。流石よ!
でも、浄化魔法を使えば食べられると言う事実に、コニーくんは唖然としていたわ。そういえばハルちゃんも言っていたわ。魔物というのはパンドゥーラーから漏れ出る厄災? を取り込んだものだって。
浄化魔法によって厄災を取り払うことができるってことらしいわ。そう言われて、コニーくんとユウくん、マチルダちゃんも納得していたみたい。私はよく分からなかったけど、食べられるならオッケーよ。
そんな話だったので、試しにやってみよう! となったのだけれど……その時にふと気がついたの。解体ができないって。その時に手を挙げたのが、マチルダちゃん。その時見せてもらったけれど、寿司屋さんで板前さんが魚を捌くことがあるじゃない? あんな感じで手際よく解体しているの。
ちなみにマチルダちゃんに解体できるのは何で? って聞いたら、「手順があるから」だって。それなら料理もできそうなのに、不思議なことよねぇ。
今日も今日とて、私は魔法袋から野菜を取り出す。
辺境伯領で色々な調味料を手に入れたので、毎日スープとパンではあるけれど味を変えて作ることができるのはありがたいわよね。
時間がある時は、もう少し手の込んだものを作る時もあるけれど、基本はこのふたつで問題なさそうだし。
むしろマチルダちゃん曰く、「野宿でこんなに温かい物は食べられません」って言っていたわ。いつも固い乾燥パンと干し肉で済ませていたって言ってたけど……マチルダちゃん、冒険者をやっていたのかしら?
今日は日本で言う人参、キャベツ、ほうれん草、玉ねぎみたいな野菜――名前は忘れちゃったわ。だってカタカナなんだもの――を使ったスープ。
浄化魔法を使って食べられるようにしたお肉をサイコロ状に切って煮込んだ後、最後に牛乳で味を整えれば……シチュー風味になるの。
本当に魔法袋様様よね! 時間停止機能? とやらがなければ、牛乳も足が早くて持っていけなかったと思うもの。
野菜を切り終えて鍋に入れていると、テントの設営を終えたユウくんがこちらへとやってくる。そして黙々と捌いているマチルダちゃんに声をかけた。
「いつ見ても解体の手際が良いな。これでどうして料理ができないのかが分からないが」
肩をすくめたユウくん。マチルダちゃんはユウくんに視線ひとつ送ることなく、手元を見ながら淡々と告げる。
「よろしければ、勇者様も解体しましょうか?」
「遠慮しておく」
「あら、残念ですね」
スタンピートの後から、ユウくんとマチルダちゃんは結構仲良くなっているような気がする。一緒になんだかさんを追いかけたから……かしら?
楽しそうに言い合う二人を見つめつつ、私はかまどを作っているコニーくんの元へ向かった。何回も行っているからか、コニーくんの動きがとても良くなっている。最初は戸惑っていた設置も、今ではお手のものだ。
鍋を持ってやってくる私を見て、コニーくんは嬉しそうに頬を染めている。
「わあ、今日はクリスさんが来る前に作り終えることができました! やったー!」
飛び跳ねて喜ぶコニーくんが可愛らしくて、私は空いている手で思わず頭を撫でてしまった。素直で頑張り屋で……本当に私の癒しだわ。無意識に手を伸ばしてしまっていたけれど、コニーくんは怒ることなく静かにしている。口角が上がっているので、嫌ではないのだろう。
その後視線を感じた私は、チラッと後ろを振り返る。すると、マチルダちゃんが手を止めてじーっとこちらを見つめていた。物欲しそうな表情をコニーくんに投げかけている。
分かる、マチルダちゃん。コニーくん可愛いわよね?
視線が合った彼女とそう目で会話していると、マチルダちゃんの隣にいたユウくんがぼそっと呟いた。
「コニーが可愛い兎なら、マチルダは熊だな」
マチルダちゃんはその言葉を聞いて、ユウくんを無言で叩く。
流石にそれはないんじゃないかしら? ユウくん。マチルダちゃんは熊じゃなくて、ツノがある兎……えっと、アルミラージ? だったかしら。私はそれだと思うのよ。
そう告げれば、マチルダちゃんは死んだ魚のような目になっていた。ユウくんは後ろで口を押さえて今にも笑いそうだ。
あれ、何か間違えたことを言ったかしら……?
スープを作り終える頃にはマチルダちゃんも落ち着きを取り戻し、みんなでかまどを囲んで食事をとる。三人がお代わりをよそってから、私も立ち上がりお玉に手を伸ばそうとした……その時。
何かがコロリ、とポケットから落ちていく。それはピーコ一世を作り出し、何故かアンデットドラゴンの魂を吸収した石だった。袋の口が緩んでいたらしく、そこから転げ落ちたのだろう。
石は少し火の粉に当たっているようだ。私は薪用にまとめていた枝の中からひとつ手に取り、石が火にぶつからないように私の方へと動かしていく。
足元へと石を移動させることができた私は、ほっと胸を撫で下ろした。もしかしたら熱くなっているかもしれないので、しばらく冷ますことにする。
「クリスさん、火傷はしていませんか?」
アワアワと狼狽えているコニーくんに「大丈夫」と告げれば、彼は安堵していた。その時、ユウくんの声が耳に入ってくる。
「石が落ちるなんて珍しいな」
「お嬢様、袋を見せていただけますか?」
マチルダちゃんに袋を渡すと、彼女は首を傾げながら調整してくれた。それが終わると私は石にそっと触れる。うん、どうやら熱くはなさそうだ。
私が石を持って、袋の中に入れようとする。その時、コニーくんから「あ」と言葉が漏れた。
「どうしたの、コニーくん?」
「あ、いえ。大したことではないのですが……この石、こんなところに模様がありましたか?」
言われて見てみると、石の下に赤い丸のような模様が幾つか付いていた。それを見て、最初は首を捻っていた私達だったが、きっと見落としていたのだろう、と判断する。
しかし、改めてよく見ると……鶏の卵と似ているわね。そう思った私は、石が卵にしか見えなくなっていた。
「これ、何かの卵みたいね。温めれば羽化するかしら?」
「石ですから無理だと思います。お嬢様」
「まあ、そうよね」
卵はこんなに固くないわよね。そう思いながら、私は石を入れた袋をポケットへと突っ込んだ。




