幕間 マチルダの攻撃、効果はばつぐんだ!
マチルダがダガーを投げた後――。
二人はクリスティナとコニーにアンデットドラゴンを任せ、森の中を風を切るように走っていた。
今までアンデットドラゴンの影に隠れて様子を見ていた者が、逃げの姿勢を取ったからだ。マチルダの探索魔法を利用し、二人は逃げる者との距離を詰めていく。
ヘンリクは地面を飛ぶように走り、マチルダは木の幹と枝を足場に、矢のように駆け抜ける。二人の速さに逃げていた者は段々と速度を緩めていき、遂には広場のような場所で完全に足を止めた。
ヘンリクとマチルダは、その者が留まっている場所へと辿り着く。するとそこにいたのは、腰まである真っ直ぐな銀髪に、焦茶色の肌……そして黒の燕尾服に似たような服を着こなしている。
その男は、こちらを見て不敵に笑っていた。
「お前は……何者だ?」
眉間に思い切り皺を寄せたヘンリクが、剣を構えながら相手に訊ねる。相手の男は彼の言葉が嬉しかったのだろうか……目を輝かせた後、両手を横に広げた。そして、その男は尊大な態度で口を開こうとして――。
「あの、勇者様……敵が簡単に名乗ると思いますか?」
マチルダの容赦ないツッコミの声が辺りに響き渡る。それと同時に男はその姿のまま、まるで石になったかのように固まった。
その瞬間を見ていたヘンリクは、思わず「あ……」と声が漏れる。そんな彼の様子など全く気にならなかったのか……マチルダは話し始めた。
「だって、この方、どう見ても敵にしか見えませんよね? 敵が自分の名前を告げれば、私たちはそれを踏まえて情報収集ができるのですよ?」
「まあ……マチルダの言う通りだが……」
マチルダの言葉は正論なので、ヘンリクは同意する。
ヘンリクには男の胸に、精神攻撃の矢が次々と刺さっているように見えた。
あの男はマチルダが遮らなければ、堂々と名乗るつもりだったのだろう。
自分の華麗なる登場が始まる……と思ったら、まさかの侍女にダメ出しをされるとは。相手の男の見せ場だったのに、災難だ。
「だから敢えて自分の身分を名乗る敵がいるとは思いませんね。そんな人がいたら、私は目を疑います」
いやいや、マチルダ。それはクリティカルヒットだろう……とヘンリクは言いたかった。
でも言えない。ソレを言ってしまったら、相手は絶対崩れ落ちる……。
そうヘンリクが思うのと同時に、ドサっと膝をつく相手の男。
マチルダの精神攻撃が効いたのだろう。彼女はまるで悪役であるかのように、ニタリと笑っている。あ……これは悪気なく言ったわけではなさそうだ。彼女は相手の性格を読んで、敢えてそこを突いたのだろう。実際、マチルダは冷ややかな目で敵を見てから、得意げな表情でヘンリクを見ている。
マチルダが敵じゃなくて良かった……と心から思ったヘンリクだった。
しばらくして立ち直ったのか、相手の男は膝に手を置いて支えながらゆっくりと立ち上がる。力のない老人のように揺れながら立ち上がる姿は、哀愁を漂わせている。
ヘンリクは相手の男に少し同情した。
だが、男はマチルダの言葉でへこたれなかったらしい。
「わ……私はアークヘイン教団の一人、オルド! お前たち勇者一行にパンドゥーラーの封印をさせるわけにはいかぬっ!」
「……おい、あの人開き直ってないか?」
「なんたる鋼の心でしょうか」
オルドは二人を指差し、決め台詞として考えていた言葉を言い切ったようだ。なんたる鋼の心。マチルダは眉間に皺を寄せてため息をついた。
「ええ、素晴らしい根性ですね。私があれだけ嫌味を言ったにもかかわらず……」
「嫌味って言っちゃうのかよ!」
まだまだマチルダの精神攻撃は続いているらしい。その言葉を聞いたオルドは胸を押さえる。
そうだよな……相当心に負担が掛かってるよな……とヘンリクは更に同情を深めた。
「ところで、その『アークペイン教団』でしたっけ?」
「アークヘインだ!」
「あら残念、今のあなたにぴったりだと思うのですが……」
「ああ……ペイン……苦痛って意味だったか」
精神攻撃を受けて苦悶しているオルドにはピッタリかもしれない、とヘンリクは考えてしまった。
いつの間にかマチルダの思考に毒されていることに気づき、ヘンリクは思い切り頭を左右に振る。
「それよりもそのアークペリー教団だったか?」
「だからアークヘイン教団だ!」
泣き叫ぶように告げるオルド。素で教団の名前を間違えてしまったヘンリクは思わず「すまん……」と謝罪した。どうやらマチルダの間違いに引っ張られてしまったらしい。
「あら、勇者様も相手の心を抉るのがお上手なのですね」
珍しくマチルダに褒められるも、嬉しくないヘンリク。そんな二人のやり取りを見て、半泣きのオルドは腰につけていた鞄から球体のものを取り出した。
「お前らなんか嫌いだー!」
そう叫んだ瞬間、目の前に魔物のアンデットやゾンビなどが大量に現れる。ヘンリクは剣一振りで数体同時に敵を消失させていく。マチルダはいつの間にか出していたダガーで一体ずつ急所を狙って倒していった。
静寂が戻ると、焦げた匂いと死骸の腐臭が残った。マチルダだけが、いつも通り涼しい顔をしている。
「逃げられましたね」
マチルダの言葉に、ヘンリクは頷いた。
アンデットやゾンビは簡単に倒せても、物量で来られれば彼らも時間はかかる。その間にオルドは去っていた。クリスティナであれば探索魔法の範囲内であった可能性もあるが、マチルダとヘンリクにはそこまでの広さの魔法は使えない。
周囲の惨状を冷ややかに見つめながら、マチルダは告げた。
「あの男はアークヘイン教団と言っておりましたが……ご存じですか?」
「いや、知らない。だが、あの風貌は……これから向かう魔族領の者だろう」
小麦色の肌、少しだけ先が尖った耳……あれは魔族領の者の特徴だと聞いたことがある。
「魔族領も一枚岩ではないのでしょうか?」
マチルダの言葉に、ヘンリクは首を縦に振る。彼女の言う通り、その可能性は高い。
「あの男はこちらの様子を見ていたからな。もしかしたら故意にスタンピートを発生させた可能性がある」
「確かに……アンデットは魔境の森にはいませんからね」
マチルダもおかしいと思っていたようだ。アルバードやキラーピーはともかく、オーガやガルーダといった上位魔物があんなに発生しているとは思えなかったからだ。
「この件を辺境伯様に伝えてから、出発しよう」
「ええ、勇者様。報告はお願いいしますね」
さらりと「私はメイドですから」と言って押し付けてくるマチルダに苦笑しながら、二人はその場を後にした。




