幕間 フラグ回収早くね?
「はー、あいつ、凄い事やってるぞ……」
討伐隊の最前線で立っている二人……ヘンリクとマチルダは、後ろから飛んでくる毛糸玉とかぎ針を見つめていた。
クリスティナの頭上にある毛糸玉は淡い桃色なのだが、そこから個別に飛んでくる毛糸玉は、赤、青、黄色……様々な色を纏っている。てっきり、色によって何か違いがあるのだろうか、と考えたのだが、どうやらどうではないらしい。
魔物を追尾して拘束する、という役割は同じようだ。
ヘンリクは後で色毎に効果を変える事ができないか、とクリスティナに相談しようと思った。彼もなんだかんだ言って、魔法が好きなのである。
そんな独り言を聞き取ったのは、地獄耳のマチルダであった。
「勇者様、余裕がありますね」
「……クリスのお陰でな」
喋ってはいるが勿論、二人とも視線は前だ。毛糸玉とかぎ針を運良く抜けてきた魔物を一刀両断する。
マチルダはクナイ……いや、ダガーを使用して魔物の急所を突いていく。メイド服を着てダガーを持った無表情な彼女が、返り血を浴びながら魔物を倒す。その姿に恐怖を覚えた者もいるとかいないとか。
余裕がある二人は、話しながら魔物を倒していく。
「異世界には、このような魔法があったのですか?」
「いや、ない。アニメの魔法少女が使う攻撃魔法って意外と少ないんだよな。多分あれは魔導書に描かれていた魔法を参考にして、クリスが作ったんだろうな」
ヘンリクがそう告げると、マチルダは納得したようだ。
「お嬢様は規格外ですね」
「いや、マチルダも人のことは言えないだろ? 料理以外何でももできる、有能メイドじゃないか」
有能、という言葉に目をしばたたかせたマチルダ。ヘンリクの言葉に驚いたのだ。
「そう言っていただけるなんて嬉しいですー」
「おい、棒読みかよ……俺にだけ冷たくないか?」
「勇者様の気のせいでしょう」
抑揚のない言葉で言われ、肩をすくめるヘンリク。その瞬間、左から彼を襲ってきた魔物を真っ二つにする。そして毛糸玉で包まれた魔物たちを両断していく。
今やクリスティナの魔法によって、完全に作業と化していた。
「手応えがないな」
「まあ、毛糸に包まれてますからね。拘束した魔物を斬るだけのお仕事ですね」
「いや、そうだけど、言い方……」
はあ、とため息をつくヘンリクだったが、言いかけた言葉が続く事はなかった。正直マチルダの言う通りだったからである。
「お嬢様の魔法があれば、被害も最小限で討伐が終わるでしょうね……このままであればですが」
「おい、やめろ! マチルダが言うと、それが本当になりそうで怖いわ! フラグを立てるんじゃない!」
「……フラグって何でしょう?」
「口に出したら、それが現実に起こるかもしれないって事だ! このままでは終わらないって事だよ!」
マチルダは「成程」と呟きながらも着実に急所を切りつけていく……。その淡々とした姿を見て、ヘンリクは突っ込む。
「その“成程”が一番怖いんだよ……!」
今は第一陣が終わり、第二陣と衝突し始めたところだ。クリスティナの余力はまだまだありそうである。遠くからでも、ニコニコと微笑んでいる様子が窺えた。
第一陣は空からアルバード、陸はグレイウルフと呼ばれる狼のような魔物が群れをなして現れていた。
現在はグレイビークと呼ばれているダチョウのような姿をする魔物が群れで辺境伯軍と衝突している。空では、ブンブンと羽音が聞こえるので、キラービーと呼ばれている蜂型の魔物が空を覆っているのだろう。
空では辺境伯軍の魔法使いたちが火魔法を使用して、キラービーを黒焦げにしていた。そしてクリスティナのかぎ針で脳天を突かれたキラービーが、地上に音を立てて落ちてくる。
ちなみにキラービーの羽が高速で動いているためか、毛糸は羽によって切られてしまうらしい。余った毛糸たちがグレイビークの足に絡まっていく様子も見られた。
周囲を観察しつつ、ヘンリクは先頭に立って引き続きグレイビークを倒していく。すると先程まで遠くで倒していたマチルダが近くにいた事に気がついた。
「大丈夫か、マチルダ」
「ええ。問題ありません」
顔についた返り血を平然と拭い、何事もなかったように斬りかかるマチルダ。ヘンリクは「……これ、俺より勇者に近くないか?」と真剣に思っていたが……そんなヘンリクも休む事なく切り掛かっているので、同じような事を辺境伯軍の兵士に思われているという事に気がついていない。
二人ともまだまだ体力はあるが、魔物がどのくらい攻めてくるのか全てを把握しているわけではなかった。だからだろうか、ヘンリクがぽつりと言葉を漏らした。
「まあ……クリスの余裕があるうちに、このスタンピートを抑えたいな」
大きな魔法はクリスティナの負担になる。今まで彼女は一度もあれだけ大きな魔法を使用した事がないのだから。早く終わらせたい、と思いながらも一体一体確実に仕留めていく。
すると、その独り言を聞いていたマチルダが応えた。
「勇者様、同感です。たまには良い事言うではありませんか」
「いや、いつも言ってると思うが?!」
口では話しつつも、手と視線は敵を向いている。軽口を叩き合っているが、その攻撃が一部の手元の狂いもない。その事実に周囲だけではなく、先頭に参加しようと降りてきていた辺境伯までもが驚いていた。
第二陣をのけた後も、第三陣、四陣と……段々と魔物の脅威度も上がっていく。戦場では、既に何陣目をこなしているのか誰にも分からなくなりつつあった。クリスティナは未だに毛糸の魔法を使用しているが、最初の頃よりも数が目に見えて減っている。
仕方のない事だ。
日の出前から始まったこの戦い……とっくに陽は登り始め、むしろ頭上へと登り切ろうとしている。クリスティナは肩で息をしながらも、まだ魔法を手放そうとはしなかった。
そしてその時は来た。
最後の一頭であるダークウルフを辺境伯が一撃で倒す。そして全員が周囲を見回して、声を上げた。
「終わった!」
「スタンピートから街を守ったんだ!」
盛り上がる辺境伯軍。それを見ていたマチルダが、ヘンリクに顔を向けてこう告げた。
「もしかして、これもフラグというやつでしょうか?」
「おい、やめろ」
本当にフラグが立ったらどうするんだ――そうマチルダへと声を掛けようとしたヘンリクの声を誰かの声が遮った。クリスティナだ。
「まだです! 遠くから……何かが来ます!」
その言葉に呼応するように、遠くの空から何かの雄叫びが響き渡ったのだった。
「……おい、マチルダ。“フラグ回収”しちまったじゃないか……」
「なるほど。学びました」
「……今度から平然と立てようとするなよ?」
楽しくニヤニヤと笑うマチルダに、ヘンリクは引き気味だった。




