44、悠々自適の先代賢者様
「マズ、コチラハ、リビングダイニング、デアーリマス」
IPに案内をお願いすると、私たちが今いる部屋について教えてくれる。
改めて周囲を見回すと、右奥にはキッチンが置かれている。ああ、あの形は対面式キッチンってやつね。真ん中にソファーらしき物がどしんと置かれており、その前には暖炉がある……。
そこまで考えて私は不思議に思った。
「あれ、小屋の中ってここだけなのかしら?」
IPが案内するほどでもない。あ、もしかして地下があるとか。
けれどもキッチンの横には奥に繋がっていそうな通路もあるけれど……小屋の大きさから見たらあの通路は不自然じゃない?
「コノ小屋ニハ、空間魔法ガカケラレテ、イルノデ、小屋ノ大キサヨリモ、部屋ガ広クナッテイマス」
「……?」
IPの説明が分からず、眉間に皺を寄せていると、ユウくんが捕捉してくれた。
「魔法で部屋の広さを無理やり拡張してるってことだ」
「なるほど!」
魔法ってそんな事もできるのね! と私は納得していたけれど、コニーくんはその言葉に驚いたみたい。
「そんな魔法があるんですか?!」
と目を見開いていたわ。この世界ではきっと発明されていなかった魔法なのね。と思いきや。
「多分この袋の応用だろう」
そう言われて見せられたのは、ユウくんが持っている鞄。
鞄というより背負う部分が紐のナップサック? リュックサック? に近いかしら。確かにユウくんの鞄だけテントや鍋とかが入っていて、容量に対して大きさが小さいような……と思っていたのよね。
いや、よく考えれば小さすぎよ! だって、あれにテントと鍋が入っていたのよね?
「これは辺境伯様にお借りした魔法袋と呼ばれる袋だ。この袋の中を空間魔法で拡張して……」
「そんな袋があったんですか?! 初めて見ました! 考えてみればこの袋に、あの量は入らないですよね!」
コニーくんは喋りながら目をキラキラと輝かせている。マチルダちゃんは元々知っていたからか、表情は変わらない。
「辺境伯様が貸し出してくれたんだ。先代賢者様が『置いていった』らしい。この件を知っているのは、国王陛下と辺境伯家の一部の者だけだそうだ」
「こんな素晴らしい袋があったら、それこそ取り合いになってしまいますから、正しい判断でしょうね」
マチルダちゃんの言う通りだ。
便利な物は誰でも使いたい、そう思うのも無理はないわよね。
「だから皆も内緒で頼むぞ」
その言葉に全員が頷いた。
「コチラハ、トイレ。コチラハ、オ風呂、デアーリマス!」
その後もIPの案内は続く。
先代の賢者様は意外と良い暮らしをしていたのね。
私の住んでいた戸建てのトイレ……一畳くらいだったかしら? それよりも広いし。手洗いが独立している時点で、ねぇ。お風呂も二人がぶつからずに足を伸ばして入れるくらいの浴槽だったし……。
何だろう、先代賢者様って意外とやりたい放題してるのね。
コニーくんは魔法の凄さに驚いてばかり。
ユウくんは……乾いた笑いしか……出ていないみたいね。
マチルダちゃんはいつもの表情で周囲を観察している。
「ちなみにIP様、非常に部屋が綺麗なのですが、IP様が掃除をしているのでしょうか?」
マチルダちゃん、流石侍女さんね。目の付け所が違うわ!
IPはマチルダちゃんの言葉に返事をする。
「イイエ、賢者サマガ、小屋全体ニ、保存魔法ヲカケテイルノデ、アーリマス!」
「「「保存魔法?」」」
ユウくん以外の全員が同時に声を上げた。
「一番綺麗な状態を記憶して、汚れてもその状態に戻す魔法の事だろう」
「ソノ通リデ、アーリマス!」
なるほど、非常に分かりやすかった。
つまり水などをこぼしたとしても、魔法の力で元の綺麗な状態に戻るって事なのね! わぁ、なんて便利なんでしょ!
「小屋全体に魔法を何個もかけるなんて……先代の賢者様もクリスさんと同じくらいかそれ以上に魔力が多かったのでしょうか……」
コニーくんがポツンと疑問をこぼせば、その言葉にユウくんが返した。
「そう言えば先代の賢者様は魔力を測っていないのか? 測っていれば歴代一位は先代賢者様のような気がするが……」
「測定器自体がこの時代にはなかったようですね。初代魔力測定器は、先代賢者様が作成されたもので、測定器の増産方法は教会内で秘匿されております」
あれ、以前魔力測定した時、ハルちゃんがなんか言っていたような……何だっけ?
私が考え込んでいるところに、IPの声が聞こえてくる。そのせいで、思い出しかけていた事がすっかり頭から抜けてしまった。まあ……思い出せないという事は、きっと大した事がないのよね。私はそう思い直した。
……その後に見たモノの衝撃が大きいのもある。
「コチラ、倉庫デアーリマス! ココニアル魔法袋ハ、皆サンデオ使イクダサイ、デアーリマス!」
なんと目の前には、これでもか! と言わんばかりの量の魔法袋が山積みになっていたのであった。