28、夢見の賢者様は、研究狂いの変人らしい
どうしたらいいかしら? と困惑していると、「よろしいでしょうか?」と私の隣から声が上がった。マチルダちゃんだ。辺境伯様が許可を出すと、彼女は頭を下げる。
「私はお嬢様付きの侍女、マチルダと申します。お嬢様に代わって私がお話しさせていただいてもよろしいでしょうか」
「良いぞ」
辺境伯様の言葉に、マチルダちゃんは礼を執る。自分が本当は応えなくてはならないところであるにもかかわらず、マチルダちゃんが何を話すのか、興味津々だった。
「信じられないかもしれませんが、お嬢様は『夢』を見たのです。この世界とは違う『異世界』と呼ばれる場所の夢を――」
マチルダちゃんの話はこうだ。
クリスティナが高熱で倒れた後、不思議な夢を見るようになったと言い出した。最初は彼女の話に半信半疑だったマチルダだったが、クリスティナの語る内容に耳を傾けていくうち、これはどうやら本当に別の世界の話らしいと思い至る。
クリスティナはその世界で『おばあちゃん』と呼ばれており、ご年配のご婦人だったそうな。
夢の世界では様々な物語が紡がれていた。その中でもクリスティナが特に良く見ていたのが、『魔法を使う少女』のお話。今回の変身も、その夢から来ているのだろうーーと。
言葉は色々とぼやかされているが、大筋は同じである。クリスティナちゃんの中にそのお婆ちゃんが入っている事を除けば……。その見事な話術に、私は思わず感動してしまった。
辺境伯様も何やら考えている。これは誤魔化せるかもしれない!
「成る程な。それは『夢見』と呼ばれるものに違いない」
なんとか誤魔化せたようね、と胸を撫で下ろす。ただ、そのとき耳に引っかかった、聞きなれない言葉。
「夢見……?」
思わず口に出すと同時に、横からも誰かの声が重なった。コニーくんだ。
「あら? コニーくんも知らないのね」
「はい……僕が今まで読んできた文献には、そのような話はありませんでした……もしかして隠されている事なのでしょうか?」
そうコニーくんが辺境伯様へ訊ねると、彼は左右に首を振った。
「単に記録が残っていなかっただけだろう……クリスティナ嬢と同じ『夢見』の能力を持っていた者は、パンドゥーラーの封印に向かった、賢者だ。前回のな。彼も違う世界で自分が暮らしていた時の夢を見ていたと言われている」
「前回の……? 確かに僕が巡った教会の書には、賢者様の記載はほとんどなかったような……」
「無理もない。前回の賢者様は『研究狂いの変人』と呼ばれていたからな。家に引きこもっていたために、記述が少ないと言われている」
あら、ちょっと待って。前回の封印は数百年前の話よね? 今でも変人って伝わっている賢者様って相当な変人なのでは……?
「我が辺境伯家に伝わる記録によると、常人では到底辿り着けぬ知識と奇行の持ち主と言われている。賢者様は大の魔法好きで、食事も睡眠も最低限しか摂らず、魔法研究に明け暮れていたそうだ。それだけではない……変人と呼ばれた賢者様は、研究しながら独り言を言い続けたとか、いきなり大笑いし始めたと思ったら、どこかへ笑いながら飛び出して行ったり……酷い時には寝食を忘れて五日間以上研究に没頭していたそうだ」
「えっ……」
コニーくんが少し引いている。教えてもらった内容が本当なら、気狂いよね。
「それ以上に、彼の言葉も理解不能だったらしい。時には『レーダー』『ロビット』……などと意味の分からない言葉を呟いていることもあったそうだ」
「ロビット?」
聞きなれない言葉に私が聞き返す。
「ああ。記録には『ロビット』とは、山と同じくらい大きくて動くもの、だと伝えられている」
辺境伯様が指差したところにあるのは、高い山。あの山と同じくらい大きい物体って何かしら?
あ、けど……レーダーと言ったら、『雨雲レーダー』? 確かに天気が分かると農業には良い影響を与えそうだけど……?
「ロビット……もしかして、ロボットか……?」
ユウくんの言葉を聞いて、私もそうかもしれないと思った。聞きなれない言葉だと、うまく聞き取れずに記してしまうのはあり得る事よね。
そう言えば昔、息子がロボット? らしきアニメをよく見ていたわね。確かにビルがロボットの足首くらいで……地球では三分しか活動しないっていう。
「……レーダーにロボット」
ユウくんが腑に落ちない表情で考え込んでいる。そして何かに思い当たったのか……彼は眉間に皺を寄せた。
「……科学技術の発達した世界に生きていた人物なら、口にしていてもおかしくない。もしかして、前回の賢者は……転生者か? まさかな……」
小声で呟いたユウくん。幸い辺境伯様には聞こえていないみたい。
ただ彼の言葉を聞いて、ふとハルちゃんの顔が浮かんだのだけれど……気のせいよね?