15、侍女ちゃん、仕事大丈夫なの?!
勇者様の目を見て、クリスちゃんの家族は矛先を侍女ちゃんに向けてきたの。
「マチルダ! 雇用主の息子に手をあげるとは何事だ! お前はクビだ!」
激昂するクリスちゃんの父親に、マチルダと呼ばれた彼女は彼らの前に何かを投げつけた。
「ありがとうございます。元々私の方からお暇する予定でした」
そう言って頭を下げる侍女ちゃん。見ると、そこには退職届と書かれている紙が投げ捨てられている。わなわなと侍女ちゃんを見つめる家族三人とは対象的に、侍女ちゃんは涼しい顔で頭を下げた。
「今までお世話になりました」
「し、しかし……! お前には紹介状を書いていないぞ! 紹介状もないお前は、就職なぞできないはずだ! もし紹介状が欲しければ、謝罪しろ! 謝罪すれば、考えてやらんこともない!」
侍女ちゃんの行動に腹を立てたのか、烈火の如く喚き散らすクリスちゃんの父親。そして最終的には侍女ちゃんを脅すような事を話してくる。就職を人質に取るなんて、あり得ない! と眉間に皺を寄せていた私だったが、侍女ちゃんは強かった。
「どうぞ? ここで起きた事はマルクス様が国王陛下へとお伝えしていただけるでしょうし……わたくしは、既に次の就職を決めておりますので、気にしませんわ」
「なっ……!」
クリスちゃんの父親が顔を真っ赤にして何かを叫ぼうとしたが、その前に扉から鎧を着た兵士達が部屋へと雪崩れ込んでくる。マルクス様以外の全員がその光景に驚いていると、最後に堂々と入ってきた男性がクリスちゃんの家族達へと声をかけた。
「レーフクヴィスト侯爵様、国王陛下がお呼びです」
「あ、あなたは……!」
三人は彼の顔を見て呆然としている。
きっとお偉い様なのでしょうね。彼の表情を見て、クリスちゃんの父親はやっと自分がしでかした事を理解したのか……。他の二人の顔からも血の気が引いている。
静かになった三人は、手を後ろで拘束され、首を垂れた。
「では失礼します」
クリスちゃんの家族を捕らえた兵士の皆さんが部屋から出ていき、残されたの私たちとマルクス様、侍女ちゃんの五人。最初は呆然としていたが、マルクス様の言葉に私たちは我に返った。
「先程の方は国王陛下直属の近衛隊ですね」
ちなみにクリスちゃん達家族に声をかけた男性は近衛隊の隊長らしく、滅多な事では動かないと言われている。つまり彼が動いた時は国の一大事である、という事らしい。勿論、今回は悪い意味での、だ。
そんな方が動いてくださったなんて、ありがたいと思っていた私だったが、侍女ちゃんの話を思い出して彼女へと顔を向けた。
「ねぇ、侍女ちゃん! お仕事大丈夫なのかしら?!」
仕事をしなければお給金も貰えないし、生きていけないじゃない?! オロオロして声をかけた私に、侍女ちゃんは驚いたのか目を見開いていた。
「お仕事、ですか?」
「そうよ! だって、今辞表を出していたでしょう? 生活は大丈夫なの?!」
多分ある程度の蓄えはあるだろうから、当分の生活は問題ないかもしれないけれど……先程クリスちゃんの父親は言っていた。「紹介状がないと次就職できない」と。
「紹介状がないと、次就職できないのでしょう? あれ、でも就職は決めているって言っていたわね……?」
なら、大丈夫なのかしら?
少々混乱している私に、侍女ちゃんは最初首を傾げていた。けれど、私が彼女の心配をしている事に思い至ったらしい。彼女は「ああ、大丈夫ですよ。お嬢様」と笑いかけてくる。
中身はお婆ちゃんなのに、お嬢様と呼ばれるのは、こそばゆいわね……。
そんな事を思っていたからか、次の侍女ちゃんの言葉を理解するのに時間がかかったのだ。
「私、次の就職はお嬢様にお仕えすると決めました! お嬢様、よろしくお願いいたしますね!」
「……え?」