13、こちら、お婆ちゃん令嬢でございます
「あ……」
声を漏らしたのは私だったのか、ユウくんだったのかは分からない。けれども、今の話を聞かれていた事だけは理解した。真っ青な顔の侍女ちゃんと怖じ怖じとこちらを見ている男の子に代わり、マルクス様が私たちに話しかけてきた。
「大変申し訳ございません。お二方のお話が聞こえてきてしまったのですが……クリスティナ嬢が亡くなっている、というのは本当の事でしょうか?」
私とユウくんは顔を見合わせた。……そんな話を人がいないとはいえ、周囲を確認しないまま話してしまった私の落ち度だ。私は頭を下げて謝罪をしてから話す。
「どこまでお聞きになっているかは分かりませんが、クリスちゃ……クリスティナちゃんが亡くなってしまったのは本当です……」
「お、お嬢様……!」
侍女ちゃんは膝から崩れ落ち、声を上げて泣いている。隣にいた男の子はオロオロとしながらも、彼女に寄り添うように両肩に手を置いた。しばらくして落ち着いたのか、侍女ちゃんは顔を上げて私を見た。その瞳には涙が溜まっている。
「あの……どうしてお亡くなりになったのか分かりますか?」
「流行病に罹ってしまったようです」
クリスちゃんは一人で生活する力はあったのだが、食事はどうにもする事ができなかった。食事が少ない事で体力が落ちていたようなのだ。
「私がお仕えできなかったから……」と崩れ落ちて涙を流す侍女ちゃん。その姿を見て私は胸が痛んだ。
でも、これだけは伝えなければ。
私は侍女ちゃんの前に本を差し出した。
「これは私の……」
「クリスティナちゃんは、あなたに感謝していたわ。ほら、見て」
先程馬車で偶然見つけたのだ。背表紙の裏に書かれていた「マチルダ、ありがとう」の文字を。
侍女ちゃんは私から手渡された本を両手で受け取る。そして書かれた文字を手でなぞった。
「お嬢様……」
侍女ちゃんは天を仰ぎ見た後、本を閉じで胸に抱きしめた。マルクス様や隣にいた男の子がクリスちゃんの冥福を祈る声が聞こえる。私はその祈りに合わせて、彼女が幸せになるようにと祈った。
侍女ちゃんが落ち着いた頃、私たちは礼拝堂の奥にある一室へと案内された。そこは他の建物とは違い、装飾品が施されていないシンプルな部屋だ。
ユウくんの隣に私が、男の子の隣に侍女ちゃんが座った後、マルクス様は誕生日席に置かれていたソファーへと座る。そしてクリスちゃんの中にいる私が誰なのかを話した。マルクス様が真剣な表情で考え込んでいる。
「そうでしたか……女神様の手伝いとして……」
「はい。私、前世では八十年くらい生きたので、おばあちゃんなの。ちょっとのんびりしているかもしれないけど、許してくださいね」
「いや、ちょっとどころじゃないだろ……」
ジト目でこちらを見てくるユウくん。のんびりしているとは私も自覚しているけど、ユウくんにそんな目で見られるほどではないと思うのだけれど……。
少し睨み返したら、狼狽えるユウくん。そんなユウくんに笑いを噛み殺していると、マルクス様が恐る恐る言葉を紡いだ。
「クリスティナ様……いえ、女神ジェフティ様の眷属様、この度は我が世界を救うために降臨していただき――」
「あ、マルクス様? そういう扱いは苦手なので、今までの感じでお願いできますか?」
「え……」
私の言葉が衝撃すぎたのか、彼は鳩が豆鉄砲を食ったような表情でこちらを見ている。そんな神々しいものではないわ。私は単なる八十近くのおばあちゃんよ。心は。
と言うつもりはなかったのだが、思わず口にしていたらしい。その言葉を聞いて、マルクス様はふっと笑った。
「いえ、ではそう仰るのでしたら、普通に話をさせていただきます。そろそろ本題に移りましょう。この御三方で魔境の森を共に抜けていただき、魔族領へと向かっていただきます」
ここから馬車で一週間ほどかかる場所に、魔境の森と接する街があるのだそう。まずはそこへと向かうらしい。そして改めて自己紹介をする。
ユウくんは、今はヘンリクくんと言う名前だそう。子爵の三男で領地に居たんだって。
コニーくんは、ユウくんが暮らしていた領地の隣にある領地の教会で、神官として暮らしていたそう。
「詳しい話は街の教会に行ってから、でしょう。ここより森について詳しいでしょうから」
そうマルクス様に告げられて、私たちは頷く。
「さて、馬車の準備が終わっていないので、出発は明日に致します。今日はお休み下さい……ああ、クリスティナ様は宜しければ、魔力を計測いたしますが……」
「良いのですか? よろしくお願いします!」
自分の魔力がどれくらいあるかは把握しておきたいわよね。そう思ってお願いすると、横からユウくんの声が聞こえた。
「俺も見学して良いか?」
「あ、ぼ、僕も見たいです……」
コニーくんもおずおずと手を上げている。そんなに気になるものかしら、と首を傾げたが、まあ、減るもんでもないでしょうからね。
「一緒に行きましょう! あ、侍女ちゃんも行く?」
彼女は私に声をかけられた事に驚きを隠せなかったようだが、無言で首を縦に振っていた。