はなびらの様相
最寄り駅でホームに降りると暖かさと暑さの混ざった空気の香りがした。
太陽が名残押しそうに橙色の尾を引いて空舞台の主役を月に渡そうして、月が少しだけ見え始める。
夕暮れと巡る季節が空気に香りをつける。寂しさと期待を混ぜたような匂いがして、鳥肌が立つ。
ふっと、次の季節に向かう途中にもに「季節」があってもいいんじゃないかと思った。
でも、そうすると季節はないものと一緒になってしまう。
春から夏に架かる橋の上を通っている。枯れていく春が後ろに見えて、寂しそうな桜の一片が風に吹かれていった。
不意打ちのようにこの香りを匂う度に、安心と焦りの両方を感じる。
春から夏に移ろう合間の夕焼けのような時間が天邪鬼な自分の心を少しだけ揺らした。
駐輪場に止めた自転車にまたがって坂を下っていく。自分と同じスーツ姿の人たちが帰路についている。
途中大きな桜の木があって、唯一本だけ三叉路の角に植えられている。
幼いころから通っている道にあるこの木は、私にとって自然としての季節を感じる象徴のようなものでもあった。
散った花びらをカーペットにして進むと、夏がもうすぐ来ると感じる。
あれだけ美しかった一片一片は枯れて踏まれて、ぺしゃんこで土のようになっている部分がある。
見てみるとそれは電車の切符だった。切符はぐしゃりとなって持ち主とはぐれてしまっている。
寂しさを感じて切符を拾い上げると大きな風が吹いて下にいた花びらは遠くへと飛んで行った。
きらきらとしたものが鼻腔を撫でて、また到来を予感させた。
春に散った花が残していったのは夏への切符と、過ぎ去った春の列車の香りだった。
散った桜は夏を知らない、知ることができない。でも自分には大手を振って見送っているような気がした。
SL列車の石炭の煙が尾を引いて名残だけを残していって、惜別の涙を流すものもいるが悪い顔はしていない。
走る奔流がその激動的な事さえも一瞬のことにしてしまう。
もしくはその逆かもしれない、これは憎悪の香り。散って踏まれて自分の母となる木から離れてどこともわからないところへと飛んでいく。
ある一片は形も残らぬように、また一片は邪魔なものとされて枯れ葉を集めるための箒で隅へとおいやられる。
美しい瞬間が過ぎれば何としても扱われない、皆が思い返すのは見上げる空を桃色に染める時のみで思い出されるのもその時だけ。
落伍者として扱われることさえなく思い起こされることのない花びらの憎しみの香り。
その香りを人が良い香りとして楽しんでいるならこんなにも皮肉なことはないように思った。
切符を胸ポケットに入れて、自転車を漕ぎだす。
明日はどんな様相が垣間見えるだろうか、切符の事は覚えているだろうか。