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ひゃくものがたり

7. →

作者: 久那 菜鞠


 実家に帰る道中、車を運転していると交差点で赤信号にはまった。

道路脇の車窓の景色にふと目を移すと、電柱に立てかけられた葬儀場の捨て看板が気になった。

 『→ 故 ○○ ○○ 儀式場』


 矢印付きのこういった看板は特に珍しくもないので何度も見たことがある。

しかしその看板を見たときに、頭の中に「?」が浮かんだ。

矢印の→が指し示す先の細い道は、C山の中に続いていく道だ。決して高くはないC山の頂には自然豊かな公園があり、キャンプや釣りができる地元の穴場スポットだ。

葬儀場まで続く道だとは思えないのだが、もしかしたら山を越えた先に新しくできているのかもしれない。普段は故郷を離れている身、慣れ親しんだはずの地元の変化に追いつけないときもある。

ひとり納得して看板から目を離すと、ちょうど信号が青になった。


 数ヶ月後、また実家に帰った。

赤信号にはまったので、ペットボトルの珈琲を飲みながらなんとなく視線を横に流したら

『→ 故 ○○ ○○ 儀式場』 とあった。

 良くある葬儀場の捨て看板だが、なんだか既視感があった。

数ヶ月前に見た時にも、C山の公園に続くこの交差点で、同じ名前を見たような気がする。

しかし、場所は確かにここだが、故人の名前までちゃんと覚えていたわけではない。

気のせいだろうな、特に珍しい名前でもないし。

ひとり納得して看板から視線を外す。信号が青になったので、ゆっくりと前進を始めた。


 

 ○○ ○○さんに会った。会社の中途採用で入ってきた、中年の男性だ。前の会社はひどい残業とパワハラで退職したらしい。暗い雰囲気をまとっていて、表情も固い。すごく周りに怯えている感じがした。でも、確かにちょっととっつきにくいが、真面目だし仕事もそれなりにこなしてくれる。話しかければそこそこ会話も続く。自分も精神的に辛い時期があったからか、なんだか同情してしまって、気付いた時には度々声をかけていた。

ある日、一緒にお昼を食べていたら趣味の話になった。釣りが好きでよくひとりで釣りに行っていたが、この頃はめっきり行かなくなったと言う。親切心で、地元のC山がキャンプと釣りの穴場スポットだと教えた。環境も変わったし、きっとまた楽しめると思いますよ。なんて言葉と一緒に。

じゃあ今度行ってみようかなと、コンビニのサンドイッチを食べながら、彼は弱々しく頷いた。



 ○○ ○○さんが自殺した。C山の釣り池の近くで、首を吊って死んでいたという。

公園を管理している職員が見つけて、警察に通報したらしい。会社の休みと有給を繋げた2日間の間に釣りに来て、首を吊ったようだった。荷物は残っていて、使い古されたキャンプ道具や釣り道具が全て揃っていたことから、突発的に事に及んだ可能性があると報道されていた。首を吊った紐もテント用ロープで自身の持ち物であったということ、前の会社の環境を原因とした精神疾患の診断を受けていたことから、他殺の可能性は極めて低いと判断された。Cさんの葬式は、会社からそう遠くない葬儀場で行われた。自分も参列して、心からの冥福を祈った。


 数ヶ月後、実家に帰った。

C山に続く交差点で、今回は停まることはなかった。

視界に映った道路脇の電柱には、捨て看板は立っていなかった。

実家に着いてから、携帯のマップでC山付近の葬儀場を調べてみた。あの矢印の指し示す先に、そのような場所はなかった。看板に葬儀場の名前は書いてなかったか思い出そうとしたが、思い浮かぶのは○○ ○○さんの名前ばかりだった。


 ○○ ○○さんも、C山に入る前にあの看板を見たのだろうか。

○○ ○○さんは、何を思いながら自分の人生に、自分の手で終りを告げたのだろうか。

自分は、何ができただろうか。何かできたんじゃないだろうか。


 あれからあの場所に捨て看板を見かけることは、永遠になかった。


                     終



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