6-ポケットにはビスケット
「最近の真希生、なんか変じゃない?」
「変? どう変なんだ?」
「うーん。なんか、やたら甘えたがりというか」
そこは大和の部屋だった。
日曜日の午後、峯宅にお邪魔した幸太はベッドに腰掛けてクッションを抱っこしていた。
「クラスが分かれて寂しいって、真希生、言ってなかったか?」
「それ、ガチだと思う?」
「ガチじゃないのなら、うそってことか? どうしてうそつく必要がある?」
(ほんそれ……)
「幸太一人でウチに来るのは久し振りだな」
五分袖のシャツを着た、筋張った腕が男っぽい大和はデスク前の回転イスに腰掛けていた。
(おれは小学校からずっと同じ学習机だけど、大和んとこは買い替えてる、シンプルでオトナっぽくてかっこいい)
去年買ったノートパソコンも、インテリアも照明器具も、大和が自分で選んでる。服だってちょっと高いお店で買ってる。おれなんかお母さんがイ●ンで買ってきたの普通に着るけど、自分で買うにしてもユニク●ですけど。
(センスいいんだよなぁ、大和は)
「気にしすぎなんじゃないのか?」
「いや、まったくもってその通りなんですけど」
「何か引っかかるのか?」
「……真希生さ、朔也くんのこと苦手なのかな」
「中邑を苦手な奴は珍しくないだろ」
幸太はびっくりした。
「や、大和までそんなこと言うなっ」
みんなに頼られるリーダー、スクールカーストは無視して皆に平等、部活では下級生に慕われて上級生から一目おかれている大和が。眉間に縦皺を寄せて吐き捨てるように言うものだから幸太はショックを受けた。
「……ああ、悪い、幸太は中邑のお世話係だもんな」
ペットボトルの炭酸水を飲み干した後、大和が呟いた言葉に幸太は口を尖らせる。
「今はもう、お世話係っていう意識ないよ、ただのふつうの友達だよ」
雨降りの日曜日。
窓の外では規則的な雨音がしていた。
「幸太はよくできたイイコだな」
隣に移動してきた大和に頭を撫でられて幸太はさらにむすっとする。
「タメのくせ。年上ヅラすんな」
そうは言いつつも、しっかり者の大和をどこか兄っぽく感じている節もある、ひとりっこの幸太。
気心の知れた幼馴染みの前では口調もいつもより砕けたものになる。
「今日はビスケット持ってないのか?」
「っ……いつの話してんだよ」
「あのときみたいにポケットに入ってないのか」
「ひっ……くすぐったいって……!」
ハーフパンツのポケットに片手を突っ込み、ゴソゴソやり出した大和に幸太はヒィヒィする。
「よいしょっと」
「う、わ? いきなり、なになに、大和……?」
そのまま抱きつかれ、自分よりも大きな体に巻き込まれるようにしてベッドに寝そべる羽目に。
「今日ちょっと冷えてるし。抱き枕代行、頼む」
「はい~?」
「人肌が丁度いい」
「ッ……そんなん彼女にやってもらえ!」
「今いないの知ってるだろ」
頑丈な腕が柔らか味のない上半身にしっかり絡みついてくる。貧相な背中には厚い胸がぴたりと密着していた。
「おい、大和……」
「幸太、温いな」
「重たいってば……」
「寝そう」
「あのなぁッ……」
抱き枕扱いなんて今まで一度もされたことがない。
幼馴染みが及んだ初スキンシップに幸太はやっぱり戸惑ってしまう。
(なんか変だ、いつの間にか大和もおかしくなってる)
普通、こういうのって成長と共に減っていくんじゃないの……? 逆に二人はスキンシップが活発化してってる……?
まだ小学校に入学したばかりのことだ。
「ここにかくれて十五分くらいかな」
「巴ちゃん、探しにこない」
「大和ぉ、真希生ぉ、もぉ一時間はたってるよぉ」
実際は十分程度だったのだが。
その日は峯家、小野塚家、仲山家で自然公園にデイキャンプに来ていた。
みんなでバーベキューを楽しんだ後、こどもたちは森の中でかくれんぼをしていたのだが、なかなか鬼役に見つけてもらえずに幼い三人は不安になり始めていた。
「巴ちゃん、どこかで落とし穴に落ちてたら、どうしよう」
「巴ちゃん」とは四つ年上の真希生の姉のことだった。現在は一人暮らしをしている大学生の姉のことを真希生は今も「巴ちゃん」と呼んでいた。
「巴ちゃん……木にのぼって下りれなくなってたら……」
「おれたちで探しにいこう」
「大和ぉ、鬼を探しにいくなんて変だよー」
隠れていた岩陰から移動して巴を探し始めたはいいものの、はしゃいでいた三人は自分たちでも気づかない内に森林ゾーンの奥へ入り込んでいた。
結果、迷子になった。
「う」
「真希生、泣くな」
「大和ぉ、こわい、おばけがでる」
結果、一番怖がっていた幸太が石に躓いて派手に転び、膝小僧にケガをしてしまった。
「ごめん、幸太、おれがしっかりしてれば」
「血がでてる、幸太、死んじゃう」
膝を擦り剥き、ショックで放心していた幸太に大和と真希生は泣きべそをかいた。
(い……いたいよぉ……)
もちろん幸太だって痛みと不安で泣きたくて堪らなかった、だが、ぐっと我慢した。
自分のすぐそばで、すでにグスグスしている二人を何とか励まそうとした。
「これ! これたべて!」
幸太が頭上高くへ誇らしげに掲げてみせたのは、ポケットに入っていた個装のビスケットだった。
「ほら、ちょうど二つにわれてる! はんぶんこして!」
「……幸太は?」
「幸太のビスケットだから、幸太が食べていい、ぼくは……」
「おれいらない! 大和と真希生がたべて!」
二人は幸太からビスケットを受け取った。
言われた通り、はんぶんこして、食べた。
「あ! みっけ!! 真希生、大和、幸太、つかまえたー!! 大漁大漁!!」
間もなくして巴に発見されると、ほっとした余り、誰よりもギャン泣きした幸太なのであった……。