4-ニッコニコの二個
「それ重そう、おれが半分持つよ」
「あっ……コータくん、ありがと」
「雨の湿気で廊下滑りやすいから気をつけて?」
「あ、うん……ありがとう……」
「じゃあ、僕が君の分、持とうかな」
「ッ、ッ……お、小野塚くん……ッ……!?」
「こんなにも重たいもの、華奢な女子に持たせるなんて、ひどい先生だね」
「ッ……ッ……ッ……!!」
(またガチファンが約一名増えたよーです)
授業で使用した備品を一人で運ぶ日直の手助けをしようとしたら、隣のクラスの真希生が加わり、すっかりハートを射止められた様子のクラスメートに幸太はやれやれと肩を竦める。
教室とは別校舎にある社会科準備室へ備品を運び終えると。
「じゃあね」
幸太の肩に腕を回した真希生は、同じ帰り道だというのに女子にバイバイと手を振り、歩き出した。
(ルート同じなんだし、一緒に戻ってもいいのでは?)
気になって振り返ってみれば、幸太のクラスメートである女子は特に気にする風でもない、真希生の後頭部をうっとりガン見しつつ後をついてきていた。
(気にする必要なかった、ですな)
「ねぇ、幸太」
「うん?」
「休み時間、また知らないコから告白されたよ」
告白される度、真希生は幸太に逐一報告してくる。
「昼休みならまだしも休み時間って大胆だなー。で、OKした?」
「してない」
「も~、なんでだよ~」
「だって全然知らないコだったから」
「これから知ってけばいいだろ~、なんだよも~」
残念がっている幸太に真希生はクスクス笑った。
「付き合うなら、やっぱりよく知ってるコがいいな」
「うーん? まーそうかなー?」
「幸太は? どんなコと付き合いたい?」
「おれのこと好きになってくれるなら贅沢言いません」
「手繋ぎデートしたい?」
「あー、うんうん、いいなー、したい」
「こんな風に」
真希生から手を握られて幸太は苦笑する。
「恋人繋ぎなら、こうかな」
指に指がしっかり絡んできて、不慣れな心地がくすぐったく、幸太はすぐ手を引っ込めた。
「どうして解くの?」
「くすぐったい」
「せっかく練習台になってあげたのに」
「どっちかっていうと、今のだと、おれが女子役になるんじゃ?」
「じゃあ、ちゃんと女子役に徹してあげる」
真希生が手を差し出してくる。幸太は仕方なく幼馴染みの戯れに付き合ってやった。
「真希生の手って柔らかくてあったかい」
「幸太に褒められて嬉しい」
とりあえず自分から握って、照れくさくなり、すぐにまた引っ込めようとしたら。
「いて」
真希生はちょっと力を込めて幸太の手を握り締めてきた。
「このまま教室戻ろう?」
(意味わからなすぎ!)
二年になってから、こういった意味不明なスキンシップが増えたような気がする。来週で五月になるが、この四月の間、やたら真希生にひっつかれているような。
(違うクラスになったから……か?)
「……うわ、後ろの女子が増えてる……?」
いつの間にやら背後をついてくる女子の人数が行列さながらに増えていて、数多の恋心を引き寄せる真希生に幸太はこっそり脱帽した。
昼休みになった。
「わぁ、今日のお弁当もおいしそう」
「……」
「毎回、凝ってるなー、朔也くんちのお弁当」
「……インスタにあげて……」
「ああ、お母さんインスタやってるんだっけ、それでかー」
幸太は自分の机を挟んで朔也と昼食をとっていた。
「小春ちゃん、元気してる?」
「……して……」
「ひじきも、元気?」
「……げん……」
(どうしても語尾が聞き取れない)
なんというか、朔也くんはダウナー系不良というか。
ふらりと授業をさぼる。
勝手に早退したりする。
集団行動は放棄しがち。
(おかげで未だにクラスに馴染んでいない)
お世話役の手前、なんだか申し訳ないというか。
「今度さ、ひじき見にいってもいい?」
(ここはお宅訪問して、もっと親交を深めて、おれを窓口にしてクラスのみんなと意思疎通できるようになれば……!)
「中邑にも都合があるだろ、幸太」
「それに服に毛がついたら、おばさん、アレルギーで咳が出るかもしれないよ?」
幸太の両隣の席には大和と真希生が座っていた。
最初は転校生の朔也を気にした幸太が彼と一緒にランチをとるようになり、すると二人もやってくるようになって、昼休みはこの顔触れが定番と化した。
「お母さん、自称猫アレルギーで、そこまで過敏ってわけじゃあ……」
小さい頃から猫が好きで、野良猫を触ろうとしては引っ掻かれてきた幸太に大和・真希生は揃って首を左右に振った。
「……」
朔也は一切、会話に入ってこようとしない。
しかし、最初は前を向いたままご飯を食べていた、それでは意味がないと幸太にイスの向きを度々変えられて、今では自主的に向かい合うようになっていた。
(もしかして、これって余計なお節介ってやつ?)
せっかく転校してきたんだし、いろんな人と仲良くなって、いろんなこと楽しんでほしいんだけどな。
「ねー、みんなチョコ好き?」
一人の女子がお菓子を携えて幸太たちに話しかけてきた。
「うっわ、さすが去年の仮装コン二位、度胸ある~」
「みんな、じゃないっしょ、絶対に峯くん小野塚くん目当てっしょ」
教室にいた複数の女子グループに注目されている中、最初に回答したのは大和だった。
「チョコなら時々食べる」
こういうとき、大体先陣を切って受け答えしてくれる。柔軟性があって対応力を備えているというか。話し合いの進行なども大和はお手の物だった。
「ほんとー? よかったー。みんなにいっこずつあげるー」
「僕はいいかな」
真希生に断られて彼女の笑顔はほんの一瞬だけ引き攣った。
「僕の分は幸太にあげて?」
「あっ、じゃあコータくんにはニッコニコの二個あげるねっ」
「わ、わーい、ニッコニコの二個もらえた、わーい!」
幸太は個装されたチョコレートを二つもらった。
「はいっ、中邑くん」
「……、……」
「あ、朔也くん、ありがとうって言ってる」
「幸太は中邑の通訳みたいだな」
「あははぁ、峯くんの言う通りだねー、通訳係だー」
学園祭で催される仮装コンテストで二位だったという女子が自分のグループの元へ去っていくと。
「やっぱり食べたくなった」
真希生は幸太に掌を広げ、おねだりしてきた。
「幸太のチョコ、ちょうだい?」
「お前なー、最初からもらっとけばいいのに」
「ニッコニコもちょうだい?」
「一個だからニッコニコじゃないだろ!」
無邪気に笑った真希生は幸太からチョコレートを受け取る。
「ありがとう、幸太」
「いや、お礼はおれじゃなくて朝倉さんにして」
「朝倉さんって誰?」
「今チョコくれた人!!」
「やばい、小野塚くんがチョコ食べてるの、尊い」
「拝んどこ」