3-幼女と猫
「で、あの転校生はどんな感じなんだ?」
「幸太、後ろの席だから、イジメられたりしてない?」
「してないしてない、イジメなんかいっこもない」
始業式の日、学校は正午までとなっており、幸太は大和・真希生と最寄りのファストフード店に寄り道していた。
「ソースついてるぞ、幸太」
「僕のナゲットあげる、幸太」
自分に始終構いっぱなしの大和・真希生に慣れっこながらも幸太は内心苦笑する。
(嫌がってもやめないから、抵抗するのも面倒くさくて、放置してるけど)
大和は、もっと彼女に構ってあげるべきなんじゃ?
真希生は、そろそろ彼女つくってもいいんでない?
「大和さ、春休みはチホちゃんとどこか行った?」
「チホ……?」
「うぉいっ、自分の彼女の名前忘れるなっ」
「ああ、千帆か。別れた」
「は? また? もう?」
七人目の恋人と別れたと聞かされて幸太は呆れ返る。大和はレモンライムフレーバーが香る炭酸ジュースを飲んで、肩を竦めてみせた。
「部活で会えなくなったら、向こうに飽きられて、自然消滅。もうすっかりパターン化した」
(はぁ、そんなもんかねぇ……大和と一緒にいるとき、みんなすごく楽しそうだったけどなぁ)
告白されたら大和は基本お付き合いしてる。
自分の気持ちを一生懸命伝えにきてくれたから、断るのは可哀想な気がするから、って。
(でもなんかちょっとモヤモヤするなぁ……高二になったばっかで元カノが七人ってどーなのよ……おれなんかゼロだよ、ゼロ)
「真希生は?」
「うん? なに、幸太?」
アイスティーを飲んでいた真希生はゆっくりと首を傾げてみせる。
「安定の週一ペースで告白されてるけど、彼女、つくらないの?」
「うん。今はまだいいかな」
「今はまだいいって、じゃあ、いつならいいんだよ?」
ほんのり色づく端整な唇を一瞬閉ざしてから「大学生になってから、かな」と真希生は微笑まじりに答えた。
「中学のときは高校生になってからって、真希生、そう言ってた」
「嬉しい」
「え? 急にどした?」
「僕が言ったこと、幸太が覚えてくれてるなんて、幸せ」
(……言い過ぎで草……)
最寄りのバス停近くにあるファストフード店から歩いて帰宅した三人。
「おい、あれって」
「転校生くん?」
自分達が暮らす住宅街で朔也とバッタリ会って驚いた。
「ほんとだ、朔也くんだ」
制服姿の朔也には連れがいた。小学生と思しき女の子の手を引いている。そして片方の腕には……黒猫を抱いていた。
(幼女と猫の同時誘拐……)
ふっと頭に過ぎった失礼な憶測をすぐさま打ち消し、向かい側からやってくる朔也に幸太は迷わず声をかける。
「朔也くん、もしかしてこの辺に住んでるの?」
「うんっ」
元気いっぱいに返事をしたのは女の子の方だった。
「お兄ちゃんと同じ学校の人ですよね、こんにちはっ」
(またまた失礼かもだけど、ぜんぜん似てない……)
幸太に声をかけられても朔也は妹と手を繋いだままで、特に気まずそうにするでもない。二つ結びにした髪を三つ編みにしている妹は、初対面となる幸太に笑顔で挨拶してきた。
「わたしっ、妹の小春です、小四です、第二公園前のおうちに引っ越してきました、お兄ちゃんのこと、どうぞよろしくお願いしますっ」
(おれらと会ってもノーリアクションの朔也くんと違って、自己紹介も挨拶もバッチリ、しっかりしてるなぁ)
それにしても!
朔也くんが抱っこしてる猫、かわいい!
「この猫はうちで飼ってる猫です、オスです、お兄ちゃんが雨の日に段ボール箱ごと拾ってきましたっ」
(それって優しい不良のテンプレじゃないか)
「黒いから<ひじき>って名前つけました、お兄ちゃんがっ」
「ひじき……っ」
(あ、つい笑ってしまった)
「ひじき、寝てるのかな? すごく大人しいね」
「ひじきはお兄ちゃんに抱っこされるのが好きなんですっ」
「ひじきにさわってもいいかな?」
「いいですよっ」
(朔也くん的にはどうなんだろ、嫌だったりしないかな?)
幸太と妹の会話を傍観していた朔也は、心持ち屈むと、ひじきと幸太の距離を近づけてきた。
今はフードを外していて、青空の下、金色の髪が春風にサラサラと靡いている。長い前髪の向こうに眦の深く切れ込んだ双眸が見え隠れしていた。
(ほんとにきれいな目してるなぁ)
幸太はぼんやりと見つめながら手を伸ばした。春の陽気も手伝って、ぼんやりする余り……黒い毛並みではなくパツキン頭をナデナデ、ナデナデ……。
「それ、ひじきじゃないです、お兄ちゃんですっ」
幸太は我に返る。顔をさっと赤くし、あたふた謝ろうとした。
「幸太、そろそろ行こう」
「中邑くんも用事があるだろうし。ね?」
それまで沈黙していた幼馴染み二人が両脇から出現したかと思うと、それぞれ幸太の腕をとり、朔也から引き離した。
「じゃあな、中邑」
「呼び止めてごめんね」
大和と真希生はそのまま引き摺るように自分たちの家の方角へと幸太を連れていく。
「急にあんなことしてキレられたらどうするんだ」
「もうあんなことしたら駄目だよ、幸太」
両サイドから注意される中、幸太は肩越しに後ろに目をやる。元気いっぱい手を振っている小春と、その隣で、黒猫の前脚をとって自分の代わりにバイバイさせている朔也の姿にほっとした。
「朔也くん、そんなすぐにキレたりしないよ。きっとイイコだと思う」
大和と真希生はチラリと視線を通わせる。
幼馴染み二人の意味深な視線のやりとりなど気づかずに、幸太は、春風の寄り添う兄妹に笑顔で手を振り返した。