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彼の地のアスタ  作者: 真代たると
8/9

No,7 Adam und Eva

「君たちが言っているのは、あの外をうろつく生命体のことだろう。アイツらがアダムシリーズ、ホムンクルスと呼ばれていたのは50年前のことだ。」


通称アダムシリーズ。それが外に蔓延るホムンクルスたちの本来の名らしい。

最も、それすらもう過去の名前なんだとか。


「アダム…?」


聞いたことのない言葉に頭が混乱しそうになる。

彼女の話を聞けば、ホムンクルス、通称アダムシリーズは度重なる天災等で絶滅の一途を辿る人間という生き物の希望となるべく生み出された第二の人類だ、とのこと。

その人間を作り出すために始まった、ニューヒューマンプロジェクト。

それから作り出されたものは、最初は到底人間とは思えないほどに酷いものだった。

会話は成り立たない。奇形児が多く生まれてしまう。人間の赤子同様の運動能力、知能にも満たないほどの欠陥生物。

たまに平均レベルのモノが生まれたとしても、短命で三日とも持たない。

そんな失敗作ばかりが募り募って、言葉以上に企画は難航していた。

そんなある日、一人の科学者が大きな発見をした。

それは、人間を構成している細胞の一つが、このアダムシリーズに多大な悪影響を及ぼしているということだった。

その報告を受け、次の個体からはその細胞を抜くことにした。

そしたらどうだ。

生まれながらにして、人間の青年と大きく変わらない知能と筋力を持った個体が誕生したのだ。

以前見られた欠落は無く、どれもとっても高水準。

それから先は、その成功体を基にして5人のアダムスたちを造った。

そしてその5人達とともに、系列に並ぶように新たな個体を何体か生み出し、絶滅という結末に終止符を打ったのだ。

それから長い年月を共にすることにより、人間の持ち得る全ての技術、人間としての繁殖法を学んだ彼らは唐突に反旗を翻した。曰く、技術、教養、繁殖の条件全てが揃うまで、我々人間を利用していたのだとか。

それらが手に入り、第一の人間が必要でなくなった。だから、取って代わって彼らが真の人間になるのだと。当然人間たちはそんなものを容認するはずもなく、話にも応じずに武力制圧を試みた。だが、それも見事に水泡へと帰し、彼らの目論見は無事達成され、立場が完全に入れ替わったのだ。それから、第一人類のトップが死んでしまい、程なくして第二人類へと政権は移り、規律や戒律が変わったために第一人類の人権は消え、家畜同然の扱いをされるようになった。その時に付いた第一人類を総称する名前が、“堕ちたディグファレン”。

文字通り、人間では無くなってしまったのだ。

だが、以前までに染みついた生活様式が消えることは少なく、新政府に楯突くかのように、堕者を擁護するアダムス達も少なくはなかった。それにより擁護する派閥とそうでない派閥に別れ、対立が起こったのだった。

それからというもの、堕者の扱いを廻った小競り合いが何度もあり、最終的に互いの意見は食い違ったまま完全に分離し、二種類の第二人類に分かれたそうだ。

徹底的に第一人類を排除する派閥、アダム。

第一、第二ともに共存し、その間に子を成すイヴ。

それぞれは別方向に繁栄してゆき、関わることはなかった。


「作り話の様に聞こえるが、全て事実だ。今の惨状を引き起こした原因はこいつらだと断言できる」


「突飛な話だなぁ…」


「真面目に聞いてたのかお前は。リアは寝てるし」


「聞いてたよ」


嘘である。正直途中から話の記憶があいまいだ。


「…まあいい。続きだ」


それから10年ほど。

決別してから一度も関与しなかった互いの間で、大戦が引き起こされた。

その原因は、アダム達の支配を逃れようとイヴ達のところへ逃げ込んだ堕者たちだ。

イヴ達は当然のように保護し、匿ったのだがアダムたちがそれを赦す筈もなく、堕者への制裁、そしてイヴへの一方的な報復のために攻撃を行ったのが始まりだった。

必死の抵抗虚しく、平和主義者達の多いイヴ達はほぼ全滅状態になり結果として、事実上の敗北に至ったのだ。

それからは生き残ったイヴ、人間ともに収監、隷属化を受け、

イヴ派閥の人間はそこで初めてアダムに捉えられていた人間の今を知った。

記録によると、それは“豚の代替品”のようだったとされている。

遠い過去、男女間での下らない争いが激化した際の解決策として、人間の女の代わりに

豚に  させてしまおう。というものだった。それを知っている人間が、全く同じだと。

ただ違うのは、その記録より圧倒的に外道で残虐な手段だったということ。

長年関わることのなかったアダム達の繁殖方法の一端を担っていたのはアダム等に捉えられていた人間で、なんでも四肢を捥がれて─────れていたらしい。

死なないように加工が施された状態で、吊るされ、露になったソレはもはや人のモノですら無かった。

注入され、排出される。

いたるところで鳴り響く阿鼻叫喚の声はまるで猛獣のようであったと。

ずるり、ずるりと引きずり落ちる音は雨の様に絶え間なかった。

結局のところ、アダムの繁殖方法だってイヴと遜色ない。

様式も方法も方向性は異なるものだが、互いに必要としていた、頼りにしていたものは同じだったらしい。


アダムは人間の█を。


イヴは人間からの を。



それから5年の月日が流れ、とある日に各地から梯子が舞い降りてきたとの情報が途方もないほどに入った。途端、同胞たちの様子が急変し、西暦2561年、2月10日に存在するアダム全てが一斉に、死んだ。

それにより解放されたイヴ達と人間は、また一から文明を立て直して行くことにしたがその中で、一つ不可解なことが起こった。

アダムたちの死骸がいつまでたっても無くならないのだ。

腐ることもなく、焼いても、バラしても、肉を挽いても無くならない。

そこで、どうすることもできないと悟ったイヴ、人間たちは各地でシェルターを作り、その中に骸を捨ててしまおうと提案し、早急に執り行われた。


「私はそこで目覚めた。同胞達の骸の山の中で」


「─────」


─────私は目覚めて直ぐ、シェルター内から声を上げた。

気づけ、私はまだ生きていると。

この死体の山から出してくれと。

すると、考えていた何倍もあっさりと外へ出ることができた。

なんでも、生きているのだからアダムではないだろうと思われていたらしい。

それからはイヴの中に交わり、イヴとして生きてゆくことにした。

生きてゆく中で見たのは、反吐が出るほどに互いを思いあう人間とイヴ達ばかりだった。

最初は気持ちが悪かった。なんで家畜と、道具と共に笑えるのだろうと。

理解はしたくなかった。それが幸せであるなんて。

ヒトと生きる幸せなんて知ることがない筈だった。

…だった。


「エネ。君はさっき聞いたな。“オキタ”について」


「うん…聞いた」


「─────その時出会った人間が、オキタだったんだよ。」


彼は私を見たとたん、ヘンなことを口走ったんだ。

人間の分際で。

人間の分際で─────


“惚れた”、と。


私はそもそも疎かったんだ。

愛だの恋だの。

惚れた腫れたなんてどうでもよかったんだ。

だが、きっとその時どうかしていた私は、つい、二つ返事で了承してしまっていた。

そこからはとんとん拍子。

瞬く間に彼の元で暮らし、彼の虜になっていた。

それから暫くして、彼が普段何しているのか気になった。

だから聞いてみた。

すると彼は科学者だと。

様々なものを開発し、世に送り届けるのが自分の役割だと言った。

私はそれの助けになりたいと思い、手伝うことにしたんだ。

なにせ私はアダムの時、技術顧問であったし。

因みに再生の技術を生み出したのは他でもない私だ。

…そして私たちは様々なものを生み出していった。


「そこに設計図の山があるだろ?リアが随分な片づけ方してくれたけど」


「これがその、オキタさんとの」


「そう。私たちで生み出した品の数々さ」


「へえ…なんか、ごめん」


「何故謝る。いいんだ。もうそれは必要ない」


「何で?」

 

「作る必要が無くなったからだ。あと、君らは気づいていないと思うが、私は一応天才なんだ。そんなものがなくとも、頭の中に入っている。」


「じゃあなんで取っておいたんですか?」


「わからないヤツだな」


「???」


─────私がそれを捨てられなかったのは、彼との結晶だったからだ。

お互いに協力し、一から生み出していった数々の、私と彼との、“子供だったから”。


アダム・イヴと人間の間には、埋めようのない差があった。

それは女が生殖機能を持たないということ。

アダム・イヴが男で、相手が人間の女だった場合は生殖することができる。

子種の役割を持った細胞を相手の膣へと送り込み、そこで受精すればいいだけだからだ。

だが、それが逆になった途端、子孫は望めなくなる。

アダム・イヴとて一応人間なのだから生殖器くらいはある。

そこに快楽も存在する。

だが、唯一、一番大切な機能を持ち合わせていなかったのだ。

だから私たちは、子孫を産み出す代わりに、後の世代へ送る道具を生み出した。

他のとこから養子をもらうことだってできたのだが、私はそれが厭だった。

思い出してしまうから。

だから、もらわなかった。

それにアダムという種の意思を引き継ぐ存在など、生み出してはいけない。

今となっては存在が悪となったアダムの、例え義理の血縁関係だとしても、その血をここで絶やしておかなくてはならない。


「そして生み出していった子供の最後が、君が腕につけている星詩みの地図なんだよ」


「じゃあなおさら大切にしなきゃね」


「─────そうか。」


「で、結局何なの?外にいる奴らは。そのオキタってのと関係あるワケ?」


実につまらなそうに聞いていたリアはついにしびれを切らしたのか、結論を急かしだす。


「無い。ただの私の生い立ちだ」


「...ッちぃ。本当に下らないじゃんか。もーいい。私は寝る」


「あーもー。リア、ダメだよ?折角話してくれてんのに」


「知らない。聞きたければエネ一人で聞いて」


「「…はぁ」」


私の腿に頭を置いて、腹側に顔を向けて寝るリア。

こういうとこどうにかすべきだと思う。


「因みに言うと、彼女、アダムとイヴの混種だよ」


「…はぁ!?」


さらっと流すように口に出した衝撃的な情報。

いや、どっちかではあるだろうなとは思っていたのだが、まさか。

どっちでもあってどっちにもなれない存在だとは思わなかった。


「半端な存在だよ。彼女。心の在処は君にありそうだけど、その分、壊れた時の反動は重いだろうな。君も厄介なもん背負い込んだね」


「…リアをお荷物みたいに言うのやめてよね。彼女は私の拠り所でもあるんだから。だから、そんな風に言わないで。私たちはどっちが欠けてもダメなの」


「そうかい。それは─────まあ、いいんじゃない?互いに互いを業として背負って生きてくのも、アリだろう」


「釈然としない言い方…」


「私としちゃあ君らの関係のほうがよっぽど」

「うるさい!!!!」


…寝た子を起こしてしまったらしい。

これ以上の無駄話は彼女の命に関わりそうだ。


「…じゃあ、教えて。外の奴らは、一体何」


「アダム達だよ」


まあ、予想しちゃいたが。


「…そうだよね。ヨナの…同胞達」


「やめてくれよ。わたしは彼らとは決別したんだ。あんなものはもう同胞でも何でもない」


「わかった。じゃあ、いきさつを教えて。なんでアダムたちはああなってしまったの」


「話は遡るぞ」


「いいよ」


「ならいい」


─────私がオキタと過ごして7年。

とんでもない情報が耳に届いた。

なんでも、各地に点在するシェルター内のアダム達が、こぞって生き返りだしたのだという。

しかも、何度殺そうと生き返ってくるらしい。

そしてほぼ不死となったアダムたちは報復だといわんばかりに各地で虐殺を始めた。

その毒牙は勿論私たちにも届き、その時にオキタは死んだ。

私は命からがら生き延びたが、その惨状を知ってからは絶望しかなかった。

繁栄したイヴと人間たちの9割が死滅したと。

これが経った一週間での出来事だ。

それからというもの、他の人間たちの行方は知らず、私はこのシェルターで一人で生きてきた。


「これが事のあらましだ。ちなみに、その最後の虐殺のことを終末戦争って呼んでる。まあ、こんな世界になった一番の原因だし」


「成程…ちょっと何個か聞きたいんだけどいい?」


「なんでも聞けばいい」


「結局外にいる奴はなんて呼んでるの?もうアダムって呼んでないんでしょ」


「そーだなぁ。仮定するなら、カイン」


カイン。昔の言葉で、子供を意味する。


「奴らは見初められて、子供になったんだよ」


「は?」


「ほら、なんでさっきアダムたちがああなったか聞いてきただろ?随分前、世界中のアダムたちが同時に一度死んだのがきっと原因なんだ。あの時、空は曇っていた。世界中ね。でも、アダムたちが死んだときに異常が観測されたんだ。」


「異常?」


「ああ。なんでも、全ての空から点々と光が差し込んでいたんだってね。ここで一つ逸話だ。雲の隙間から差し込む光からは、天使が降りて来るといわれているんだ。だから、天使の梯子なんて呼ばれているらしい。天使はその世界で一番栄えているものを気に入り、恩寵を授けると言われている。その時に一番栄えていたのは、勿論、アダムだ。だから天使は、一度殺して、自らの子供にしたんだ。その成れの果てが、地上に跋扈しているカインの正体だよ」


「天使の子、だからカイン…。でも、それって」


「ああ。ただの空想にすぎない。実際奴らが何なのかは私にはわからないし、どうして私だけが無事なのかも解らない」


「そういえば、ヨナもアダムだったもんね」


「ああ。今となっちゃ忌々しい記憶だがな」


長話によりすっかり短くなってしまった煙草を皿に押し付け、次の質問を促すヨナ。


「あるよ。カイン達が関係しているかは分かんないけど、いっこ。人がいない理由はよくわかったんだけど、なんで建物はあんなにボロボロなの?」


「なんでって…、そりゃ最後の戦争のせいだろうな。大分派手に戦ってたし。でもそのあとの一番の原因は風化。あれから200年以上たっているんだ。人間と呼べる生き物がほぼ消えて、人間の作った文明は形を保てなくなっているんだよ。私ひとりじゃ、このシェルターだけで手いっぱいだ」


それもそうか。人の手によって創られたモノは人間の手によって保たなくてはならない。

その担い手がいなくなったとなれば、今のようになるのも必然だっただろう。

…で、“200年前?”ちょっと待て。じゃああんたは一体何歳なんだ。

それにしたって見た目が若すぎるだろう。


「エネ。君はちょっと顔に出すぎだ。というかそんなにちらちら見るな。私の年齢が気になるのは分かるが」


「そんなに顔に出てた?でも、うん。気になるもん」


正確には顔、というか仕草に強く表れていた。

なんというか落ち着きが一切ない。

人間は大抵そういう質問をする前は酷くそわそわするのだ。


「…デリカシーにかける奴だな本当に。まあいい。別に今更取っておいても腐るだけだ。私の年齢は223歳だ。いつかの手法の延長線上で不老になった。不死ではないから大きな外傷を受けると簡単に死ぬ。痛いのは嫌いだ。以上」


「え、じゃあ15でその体?うわぁ…」


ロリババア。


「あえて何を言いたいのかは聞かないでおこう。まあ、私らホムンクルスは生まれた時からほぼ成熟した身体で排出されるし、なにより無駄に乳がでかいのは愛玩機としての役割も果たせるようにってことだ」


過去の人間は聞けば聞くほど欲にまみれたどうしようもない生き物なんだなと思ってしまう。

主に性欲に。

そんな無駄な活用のためにエライ時間を掛けていたんだな〜と思うと同じ人間としてやるせない。


「なんか…ごめん」


「? なんで君が謝る。だって君は─────いや、うん。謝らなくっていいよ。で、これで話は終わりかい?」


「聞きたいことは一通り聞いたし…もういいかな」


知りたいことはだいたいわかったし、それ以上にこの話を聞いてたら胃もたれで吐きそうだ。


「あ、でも一つだけいい?」


「いいとも」


1つ、最後にひとつ大きな疑問が浮かび上がった。

夜に出歩くと出現するあいつ。

あれは一体なんなんだろうか。

見た目はキモいしきちんと血は赤い。


「夜に移動していると、よく見るんだけどさ。見るからに異形をしてるアイツって何?」


「異形って、例えば?」


「ちょっと丸みを帯びた形で白くて、大きな赤い1つ目だったり、数えるのも嫌になるくらいの眼を持ってたりする感じ」


「なんだそれ。実際に見たのか?」


「見たし殺したよ。普段実害は無いんだけど、どうもあれが視界内にいるだけで酷い頭痛と目眩がするからさ、仕方なく」


「んー、分かんないかな。というか外はそんなもんまで居るのか。私はもうずっとこの中に居たからさ、分かんないんだ」


ヨナにも分からないとなれば、もうお手上げとしか言いようがない。

あれの正体を知ることの出来る日は来るのだろうか。


「じゃあ一旦外出てみる?何か変わってるかも」


「いいよ面倒臭い。私はここで生を全うするね」


頑として動こうとしないのは今までの性によるものか。

結局、押し問答は小一時間続いたが彼女を連れ出すことは叶わなかった。




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