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彼の地のアスタ  作者: 真代たると
7/9

No,6 Beginning of story

 「えええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


言った。言った。確実に聞こえた。

“牛”って。

もはや半分架空の食べ物だと思っていた古の肉が目前にあるというのだ。

これで興奮せずしてどこで盛り上がればいいのか。


「うるさいなあ!!そんな珍しいもんでもないだろう!」


ヨナからしてみれば、ごく一般的かつありふれたものだが、彼女等からすれば既に失われ、ありつけるはずのない食物そのものだった。しかも実物の想像なんてつきやしない。

知っていたのは、食べる為だけに育てられた生き物だということと、それだけあって相応の美味しさがある、という情報だけ。


「いや…初めて見たよ。今まで話に聞いてたことはあったけど。っていうか、何百年か前に消えたんじゃないの?それ」


「そんなわけが無いだろう。ていうかそれさっさと置きなよリア。手、冷たいだろ」


なんだかうまい具合にはぐらかされてしまったような気もするが、言われた通りにテーブルの上に置いた。その具材を手に取って、ヨナは暖簾をくぐり生活スペースへはいると物陰に隠れて見えなかったキッチンへと入り、何やら焦げた色をした場所の前に立った。

腰元には等間隔に並んだ二つのツマミがあり、彼女がそれを軽く回すと、甘橙色と青色の火が小さな破裂音を立てて付いた。

その後、寸胴色をした深い鉄の容器を置いて、


「これから作るから。二人とも、手伝って」


と言った。


「はーい」

「わかった」


それからは、口頭で教えてもらいながら泥を流したり、野菜を切ったりした。

これが彼女の言う“調理”というものだった。

そこで知ったのは、植物とか肉は熱を通して食うのが基本だということ。

何故?と聞いたが、美味いから。と返されただけだった。

それと、組み合わせることで新たな食べ物へと生まれ変わるということだ。

鍋という深い容器の中に切った具材を入れて色々すると全くの別物へと変貌を遂げていた。

蓋を開けた時にこげ茶になっているのには面食らったが、それも匂いによって些細なものになった。


「そら出来た。私特製“ビーフシチュー”。さ、冷めないうちに食べよう」


上の棚から食器を三つ取り出し、それぞれに盛ってゆく。

鍋から直接匂うのもいいが、こうしてふんわりと香るのもとてもいい。


「ねえ。これどう使うの」


一足先に着席していたリアはテーブルの上の設計用紙を片づけた後、棒の先に薄くて丸い形をしたものを手に取り、不思議そうに眺めて問うた。

正直なところ、私も気になっていたものだ。

一体何に使うものなのだろうか。

一番先のとがった部分で刺すとか?


「違う。それは“スプーン”。こういう汁物を食べるときに使うものだ。それすらも知らないなんて、君らほんとに人間か?」


「いやー…こういうものは何分使ったことが無くて…」


当たり前だ。こちらの言う食事はあくまでエネルギー補給。

血肉に変われば何ら問題は無いので、わざわざ拘る必要なんて無い。様式美なんて言葉とは正反対の汚らしいものだ。


「まあいい。食べなよ。冷めるぞ?」


「じゃあ、もらいます」


遅れて着席し、リアとともに手を合わせ、目をつむり祈る。

それを5秒ほど続けた後、すぷーんを手に取り小刻みに震える手で口へとそれを運んだ。


「「──────────!!!!!!!」」


声が出ない。

これは本当に食べ物なのか。

わたしたちが知っているものはこう、もっと臭くて、硬くて、場所によっては気持ちの悪いほど柔らかい、汚物と何ら変わりないあの肉だけなのだが。

これはもう、違う。


「──────────」


美味しいという言葉すら浮かばないほどに感激する二人は自然と涙を流していた。

甘くて、しょっぱくて、濃い。

これを食べ終わったら、死んでもいいと思うほどの食べ物、びーふしちゅー。

かんづめの時より大きな衝撃が突き抜けるとともに、もう二度とアレは食べられないな、と確信するのだった。


「うまいか。そうか。…よかった」


今までにない優しい顔で安堵するヨナ。

身体の力が抜けたように、椅子に座り込み、横髪を耳へ掛け同じように口へ運ぶ。


「普段より形は悪いが…やはり、これはいいな。…あたたかい。」


能面の張り付いたような仏頂面が綻び、想像もつかない程の暖かな表情をするヨナ。もしかして、食事というものは単に血肉に変える作業ではなく、こうして調理し食すことで心に平穏をもたらす為のものなのではなかろうかと思った。

そう考えると、なんだか普段より一息つけているような気もする。…暖かな食事はここまで人を和ませるものなのか。


「─────こんなに心が落ち着いたのは初めてだよヨナ。これが、食事なんだね。普段のものより、ずっと、ずっと良い。私達が今までしてきたのは、単なる血肉の補給だったんだって、気づいたよ」


「そうか。でもそれは、大袈裟っていうものだ」


独白に対して悪戯な笑顔で返してる。

憑物の落ちたような、大人の静けさの中に、少しだけ少年心が見えるような、そんな笑顔。



「大袈裟なんかじゃないよ。なんだか、一度死んだ気分」


「…ちょっと聞いてもいいかい」


打って変わって、少々真面目なトーンで問うて来るヨナ。


「君たちは今まで…一体何を食べてきたんだ?家畜も知らない。野菜も知らない。果物なんて以ての外。料理という概念すら備わっていなかったし、スプーンの存在も知らなかった。そんな君たちは、一体─────何を?」


蓋をした臭いものをまた取り出すような、聞きたくないであろう質問。知りたくないであろう事実。まさか、まさかとは思いたい。彼女たちは、肉の事は知っていた。地上を歩いている血肉を持つものと言えば”アレ”か、あるいは─────


「?何を…って、普通にホムンクルスを殺して…それを」

「…もういいよ。それ以上、聞きたくない」




「えーと、何かダメだった…?」


「君ら、今まで体調に不良があったり、なにか不可解なものを見たりしたか?」


「なかった、けど…」

「私もなかった」


「…!そうか─────、よかった」


心の底から安堵した様子を見せる。

あれを食ったら何かあるのだろうか。

毒があったとか、そういうのか。

それとももっと別の何かが…?


「君ら、あれはもう食べるな。食材は私がやるから、金輪際、あれを口にするのは辞めろ」


「なんで?」


「何でもだ。あれは喰らってはならないものだ。如何なる理由があったとしても。…君らは幸運だよ。だって、”目を付けられてない”」


目を付けられてない、と言ったか。

それは一体何に?誰に?

神か。人か。

なんにせよ意味は解らなかった。

それからというもの、皆それぞれに味わい、静かな空間に食器の音が鳴り響くだけだった。

ただそれは嫌な沈黙ではなく、落ち着いた、心の安らぐ静寂。

それが終わったのは、全員が腹を満たした後、一息ついてからだった。


「君ら…なんでそんなものを食べていたんだ?」


食後の一服だろうか。

冷めた煙を吹きながら話の続きを始めるヨナ。

何故だか嫌にまずそうに吸うのだが、どうしてだろうか。

…きっと考えたって仕方のないことだろう。


「…食べたかったわけじゃないんだけど。強いて言えば、食べるものがなかったからかな。

ほら、外にいる血肉をたっぷり持ってる生き物ってホムンクルスたちだけじゃん」


「それはそうなのだが、君らはまだそう呼んでいたのか」


「まだ…?」


「君たちが言っているのは、あの外をうろつく生命体のことだろう。アイツらがアダムシリーズ、ホムンクルスと呼ばれていたのは50年前のことだ。」


ヨナは煙草を今一度深く吸い込んで、6秒ほどかけて静かに吐き出した。

煙草の先に燻ぶる火を眺める濁った赤色をした瞳はひどく歪んでいる。

そこから語りだしたのは、人の業と罪、そしてそこから始まった凄惨な過去の物語だった。



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