A slightly different kind of researcher
──────────────────良し
「ここか」
「みたいだね」
あれから丸5日、多少休みながらも進みようやく到着した。
そこはなんだか古ぼけたようで、尚且つほかの建物よりもなんだか金属感がすごい。
青と緑の線が所々に走っており、それが放つ光はとても淡く、なんだか時代とズレている。
「…研究…所」
入口に貼り付けてあった黒い板には、光の文字でそう書かれていた。
所々線が抜けていたり、かけていたりしたので読みづらかったが文字そのものは今のものだった。
つまるところ、これはごくごく最近まで機能していた場所らしい。
「どーやって開けんのさ…」
「考え中。リアもなんか考えてよ」
「えぇ…」
がっちりと閉まった扉は、力ずくでは到底開けられるものではなかった。
こういうのは大体何かしらの認証をすべきなのだが、こちらとしては認証できるようなものが1つもない。
さて、どうするか。
「─────?この穴…」
扉を隅々まで眺めていたリアは、何かを見つけたらしい。
「何かあった?」
「うん。この、黒い板の下っかわにさ、変な穴がある」
「穴…?」
彼女の近くに寄り、リアの指さす先を見ると、少し横に広く、縦に狭い、尚且つ浅い穴があった。
「何…?これ。見た感じ鍵穴っぽいけど」
「これで鍵穴?私が今まで見たものとなんか感じが違うけど…?」
リアの意見も最もである。
今まで見た事がある鍵穴とは形状が大きく異なる。
鍵穴とは言えども、なんだか別の物を入れるような気がする。
「─────もしかして」
そう呟いたリアはポケットを漁り、じゃらり、と鎖で繋いでネックレス状にしてあるドッグタグを取りだした。
そして、それをその穴に入れた。
すると、
「お」
その穴から少しの光が漏れだし、錆び付いた音を立てて扉が開き始めた。
黒い板には、”タグ、認証。コード0824.No.12、メレ”
と文字が浮かんでいた。
なんという偶然。
先程見つけたタグは、研究員の証だったらしい。
そしてそれは、施設の鍵でもあったのだ。
「それ、持ってきてたんだ」
「…なんとなく。」
そう、実の所、私はそれを捨てたのだ。
何故かそれを手に取った瞬間、突然の頭痛に苛まれ、訳の分からない記憶が頭なの中で発しては消えてを繰り返してくる。
まるで壊れた映写機のように。
だから、捨てた。
けれどその後に、リアが拾っていたらしい。
しかもご丁寧にネックレス状にして。
だが、それについてはとやかく言うまい。
どういう意図でそうしたのかは知らないが、実際それが役に立ったのだから。
大変不愉快な代物ではあるが、それの件で彼女に当たっても仕方がない。
「…お手柄」
「ありがとう、でしょ」
ゆっくりと開く扉を前に、彼女に向かって握り拳を向ける。
リアはそれに応え、拳を握って軽くぶつけた。
とん
響く音は小さく、確かに2人の絆を確かめていた。
────────────────────研究所
「寒い」
先ほどの入口から徒歩数分、研究所の奥へと進んでゆくとなんだか肌寒くなってきた。
…あそこといいここといい、研究所は寒くないとダメなのか?
いや、前のとこはただ保管物があったから…?
まあいい。
「暗いねぇ…」
入口周辺は蛍光色で照らしていたくせして、この研究所内は一切の光がない。
自前のライトで照らして進むしかないのだが、如何せん光が小さいのだ。探検家のようなLEDライトがあれば万々歳なのだがそんなものは無い。
無い無い尽くしの現状だが、どうにかこうにか進むしかなかった。
「リアはいいよねぇ…夜目が効くから暗いとこも見えてさ…」
彼女は猫の遺伝子と配合させて造られているので、くらいところでは夜目が効く。
そのため、基本的に暗闇の中でも普段と大差ない活動が可能なのだ。
可能なのだが、
「見えるけどさ、結構濁ってるよ。うん、大分見難い」
「…それ普段から?」
「んーん、暗いとこでだけ」
要するに、夜目状態の時は視界が霞むらしい。
なるほど。
だが、その程度の鎖はあって叱るべきではないのだろうか。
基本、猫の視力というのは人間の10分の1にも満たない程のド近眼。
その代わり、暗闇の中でも先を見ることが出来るという権能と思しき瞳を手に入れた。
リアの場合はと言うと、猫の遺伝子を持っていながら、人間と同等、もしくはその倍以上の視力を持ち合わせている。
遺伝子が交わった時、何らかの進化反応が起きたのだろうか。その真偽を確かめる術はこの世界に残っているのだろうか。
知ったところで何も得にはならないのだが。
つまるところ、彼女は何らかの原因で秀でた視力を持っているが、その代償として、夜目が純粋な猫より劣っているということだ。
まさに一長一短って感じ。
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─
先程から歩くこと数分、暗闇の先に薄い青灯が見える。
歩いてきた時間を考えると、そろそろここは最奥かもしれない。
結局、散々照らして見回してみたりしたけれど風景は変わらず錆びた黒の壁が続くだけだった。
「あ」
進んだ先には、入口と同じようなボードと、その下にはタグ認証の穴があった。
先程見えた青い光は、このボードに浮かぶ文字によるものだったようだ。
「認証待ち…、って事はさっきと一緒だ」
リアは再びポケットへと手を忍ばせ、じゃらり、と音を鳴らしてそれを取り出す。
そして、先程と同じように挿入した。
“タグ、認ssssssyう。コード28█████繝「繧カ繧、繧ッ████▃▃▃█████”
「…なにこれ…気持ち悪い」
「気味悪いね…」
画面に映し出される文字は、何故か黒塗りがされていたり、読めない文字に変換されていたりした。
そして、
「うわっ…!」
「不気味ぃ…なにこれ…」
聞いたことも無いようなけたたましい音が鳴り響き、読めない文字列が赤く光り出した。
その後、真っ黒な画面に戻り白い文字で「再認証」と一言。
「…もっかい差し込んでみて」
「ん」
指示通りにタグを差し込むと、今度は青い光で「認証」と記された。
「…なんだったの、あれ」
「さぁ…ま、扉空いたしいいんじゃない?」
彼女の言うとおり、2度目の認証をした後、サラッと扉は開いた。
結局あれはなんだったんだろうか。
これを使っていた人がいれば聞けたのだろう。
もしまだ生きていたとしたら、1つ言いたい。
あんなにうるさくする必要ないだろ。
って。
第一うるさいし、なんか怖い。
わざわざあんなに恐怖心を煽るようなものじゃなくたっていいと思うのだが。
────────────────────発見
認証扉を歩いてさらに五分ほど、最初で最後の部屋に辿り着いた。
漏れなくこれもタグ鍵が必要だった。
「ここ…は?」
チカチカと付いて消えてを繰り返す蛍光灯が照らすその部屋は、複数人が入るには狭く、1人で過ごすには大きな部屋だった。
その景観は真新しく、生活スペースという言葉に当てはまるような初めての場所で、柄にもなく心が踊る。
「住居?じゃないよね。なんか機械類転がってるし、机の上は小物ばっかり」
「でも水道はあるよ。水も出る。まだ断線されてなかったみたい。ホントに最近まで誰かがいたのかもしれない」
「こういうのは初めて…。」
そう思うほどに、生活感に溢れた場所だった。
ほかの建物は壁がなかったり、形だけ残って触ると煤と化し消えてしまうようなものばかりだった。
それなのに、この場所ときたら形あるものが形を保ったまま、その機能をも失っていない。
その辺を見ると、本当に極最近まで誰かが管理していたとしか考えられないような場所をしている。
「ほんとね。あ、見てこれ。研究長っぽい椅子ーって、うわぁっ!?」
「何やってんの…?」
くるくると回る椅子を見つけ、年柄にもない衝動に駆られて椅子を回すと、ついつい机にぶつかり、机の上に重ねられていた大量の紙を盛大にぶちまけてしまったのだった。
「失敬…、───?リア、これ」
軽く呆れながらも拾うのを手伝ってくれているリアとともに床に散乱した紙を拾ってゆくと、なにやら見覚えのある機械の設計図らしきものを見つけた。
「なにー、って、これ…」
「「匣…!」」
2人揃ってその設計図に記してあるものの名前を叫んでしまう。
なんと、偶然拾ったその紙は普段からよく使う匣の設計図だったのだ。
と、
「君たち、それ知ってるのかい」
暖簾で隔てられた部屋から赤い髪の女が顔を出して問うてきた。
「え…だれ」
流石に面食らったのか、リアは引きつった顔で問い返していた。
「……………じゃなくてリア!人!ひと!」
初っ端失礼すぎる態度をとる彼女の目を覚まさせるかの如く、揺さぶりながら久々─────彼女にとっては初めてかもしれない、生きた人間との邂逅に驚く。
「…?」
────────────────────邂逅