Where to Go and Keys to the Past
────────────────────進
あの建物を去ったあと、二人はとりあえず北へと進んでみることにした。
手帳を取り出して見るに、今の場所から北へ進めば何かがあるとかないとか。
これ、手帳に書いた私が悪いのでは無いのです。
「なにかがあるって、やっぱアバウトすぎない?」
この情報を書き記したやつは配慮というものがないのか、はたまた人に見せる必要がないからここまで適当なのかは図りかねる。どちらにせよ簡潔過ぎるのでは?
ここまで簡素で雑把な地図、というか道のりは見たことが無い。なんて愚痴をこぼしながらも遮二無二進む。
「知らない。とにかく進めばいいんでしょ。なら、行こ」
「ドライ奴めが…はぁ」
数歩先行して歩くリアはまるで興味の無いようにつんけんとしていた。
基本物静かな少女なのだが、今日は特に冷めきった反応をしてくれる。
こないだ邪魔をしたのが悪かったか…?(前話参照)
…考えたってしょうがない。私は彼女じゃないんだし。
歩いてゆくうちに、小綺麗な空間を抜けいつも通りの錆びれた風景に戻っていた。
時間が止まったような建物街。
とりどりだった色は抜け、灰と黒で染まっている。
天高く伸びる長方形型の建物は既に外装は全て剥がれている。きっと壁の大半は硝子だったのだろう。
それらが向かう空を見ると辺りと変わらず灰色。
低い建物には植物が巻きつき、多種多様な胞子が飛び交っている。
水辺の傍には羽虫の群れ。
植物周辺には変異した蟲。
うぞうぞと蠢く赤色の幼虫群。
見慣れた風景でこそあるが、未だ好きにはなれない。
────────────────────星
唐突なのだが、今、この世界の季節は何だと思う?
そう、夏。
少し遠くを見据えたらカゲロウ揺らめく炎天下。一度の呼吸が熱波で苦しい。
…なんてことはなく、いたって普通の気温をしている。寧ろ低いといえるだろう。
何なら春といっても差し支えないくらいだ。
とはいえ、日中は日差しが強くて多少なり消耗は激しくなる。
だが夜に進むと大きな危険が伴う。
なんというジレンマだろうか。
こうなると毎度過去の人間を恨みたくてしょうがない。
なんでも、遠い過去に一度神様が降りてきてこの星の公転を捻じ曲げてしまったんだとか。そのせいで、こちら側は常夏状態となり果ててしまったワケなのだが。
一体何をしたらそんな事態になるのか。
過去の人間たちはどうも神サマの怒りを買ってしまったらしい。
んで、夜に進むと大きな危険が伴う理由なのだが────
「ね、出番。あの高い建物の中に“湧いた”」
「了解。まかして。一撃で殺る」
夜には、ホムンクルスではない、もっとおぞましい、別の何かが湧き出てくる。
─────嗚呼。
背中のベルトから引き抜く得物。
月明かりに照らされて、明らかになった全貌からは異質な様子が見て取れる。
異様に長く、少し白がかった黒の銃身。
彼女の身の丈にはとても合わないその得物を、自分の一部の様に軽く手取り、引き金へと指をかける。
片膝を地面につけ、もう片膝で銃身持つ身体を支える。
斜めから添うようにスコープを覗き、右手はトリガーへ。
左手は銃身の下を支えるよう、強く添えた。
呼吸を細く、最小限の鼓動に抑えて機を待つ。
クロスに重なる奥、無数の目を持つ白い物体を見据え、
─────だから夜は、嫌いなんだ。
放つ─────。
────────────────────メレ
─────放たれた弾丸は空を裂き、200m先の標的を撃ち抜いた。
スコープ越しに真っ赤に染まった部屋が見える。
「核は?」
「今回のは無かった。だからこれで終わり」
「核のないやつなんているんだ」
「あれは下階梯だし、使い捨ての駒だよ。ま、それでも今の外してたら私たち死んでたけどね」
「…嘘ばっかし」
真横でポケットに手を入れ、楽に立つ彼女は横目に、冗談、と軽く小突いてきた。
何が冗談なものか。今外していたら、確実にどちらかは事切れていたのに違いは無かっただろう。
あれは駒、端くれとは言えども”アマツ”なのだから。
「今日は何体出てくるかな…」
「いやもういいんだけど」
何故か知らないが、彼女はアレに興味を引かれているらしい。なので、基本夜に行動しよう、なんて提案してきた。
昼に行動するのは確かに体力的にも、リスクヘッジ的にも避けた方がいいのは確かだ。
だが夜は夜でまた違った危険が背筋を撫で続ける。
月明かりのある日は、特に危ない。
奴らは夜になると必ずと言っていいほど湧くのだが、その夜が月明かりの強い日だとその量が倍以上へと変化する。
更に満月だと、階級が1つ繰り上げられる。
下階梯は中階梯へ。中階梯は上階梯へ。
今日は比較的弱いが、この調子だと4日後にはきっと満月になり、月光は地上を強く照らすだろう。
その日には休める建物を探さなければ。
…どうしてかは知らないが、奴らは建物内には湧かない。
例外はなく、半壊していたとしてもその敷地内にいれば安全は保証される。
だが、奴らはこちらの気配を察知することができるらしいので夜は基本下手に外を覗かない方が良い。
目が合ってしまえば、軽い精神汚染を患う危険性があるし、そもそも気色悪い。
あんなもん好き好んで見るようなヤツは多分死人かなんかだろう。
「あ」
いつものように先行していたリアが何かを見つけたらしく、足早に駆け寄ってゆく。
「なにこれ」
見つけたのは、ドッグタグ。
それに書かれていたのは、誰かの名前だった。
“メレ”
聞き覚えのあるようで、記憶のどこにも見当たらないその名前は、後頭部の奥底をちくんとつつくように、頭痛を引き起こす。
その痛みは、だんだんと強度をましてゆき、針のように細かった痛みはナイフで抉りとるような痛みへと変貌を遂げていた。
「…ねぇ、大丈夫?顔色悪いよ」
彼女の言葉は耳に届かず、断片的で乱れた映像が何度も何度もフラッシュバックを繰り返す。
─────███████████████─────
“肉塊…アレもアマツ?
》███████████████《
…これは…何処?
…████████████████████…
白い…白い─────リング?
「████」
─────誰の、名前…?”
ざく。
「─────…うぅ」
痛い。
全くもって分からない。知らない景色。
…いや、知らない、というのは偽言だ。
ただ、覚えのない場所。
覚えのないアマツ。
覚えのない…得体の知れないモノ。
聞き慣れない人の名前。
それ等全ての不可解が鋭利な刃物となって脳髄を切り起こしてくる。
何度も、何度も、何度も。
必死に、思い出せ、と言ってくるように。
そして、それがお前の罪であると、そう語り掛けてくるように。
─────あまりの痛みにおもむろに顔を手で抑える。
せめて視界さえ塞げば、この不快な映像も止まるはずだと。
それはあまりにも甘く、楽観的な思考に他ならなかった。
この映像、もとい記憶は自らに備わっていたもの。
外部からの干渉は無い。
これは既に呪いとして出来上がった、忌まわしき彼女の記憶なのだ。
馬鹿馬鹿しい。記憶を抑制する自由もないなんて、人間はどれほど不自由なものか。
きっとこの記憶は、欠片でさえも自らを滅ぼす劇物だろう。
だから、せめて、記憶の中でじっと蹲ってくれてれば良かったのに。
気分が悪い。
直接的な外傷はないけれど、精神は少しやられてしまった。
少し休息が欲しい。が、そんなことも言っていられない。
「…大丈夫、大丈夫。よし、私は私。だから、大丈夫」
自分が何者かも知らないくせに、私は私、等といった妄言が吐けるのは賞賛に値すべき程の間抜けだ。
だが、それでいい。
今この場で動けば明日は変わる。
「行こう。止まってられない」
今すべきは先を見据えて進む事。
過去の呪縛に足止めされている場合じゃない。
「…」
「何?なんかついてる?」
「んや、なんでもない」
「…?まいいや、さ、行こう」
妙に冷えた空気の中、目的の場所へと歩を進める。
こつ、かつと響く2人の足音はどこか重く、
吸い込む空気はなんだか苦い。
ここから目的地まで、2人の間に会話はなかった。
トラウマって思い出すとき痛いよね。