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彼の地のアスタ  作者: 真代たると
3/9

Preparation. Resume your journey.

───────────────起。




「─────、どこ」


まだ少し眠たがる目を擦り、その辺にいるはずの彼女を探してみる。

が、


「いないし」


どうやら私が寝ている間にどこかへ行ったらしい。

一体何処へ?

彼女が私を置いていくことなんて絶対に有り得ないはずなのだが。


「─────!」


ぴこーん、なんて擬音が合いそうな感じでめを見開かせる少女。


「たしか、私が寝る時に何か手伝ってって言ってたような」


その後、顎に手を当て頭を回して、捻って、振ってみる。

そうして思い出せたのは、


『 ─────たく』


という2文字だけ。


「『 ─────たく』─────たく、って何?」


思い出せたところでその2文字では、なんの意味もなさない。

しかも、彼女はそれを思い出しただけで力尽きてしまった。

普段あれだけ機敏に動き回る癖に頭を使うことになると5分と持たないとは、少々考えモノではないのだろうか…?


さて、たった少しの言葉を思い出すためにうんうん唸っているよわよわおミソは放っておいて、もう一方はというと。


────────────────────眠。


春の陽気によく似た空気にそよられながら絶賛爆睡中なのであった。

というものの、あれから4時間以上は経っているはずなのだが、それでも尚彼女の眠気はおさまらないらしい。



───────────────解。


「思い出した。洗濯だ、洗濯」


あれから一刻。ふかふかベッドの上で唸る彼女はついに思い出した。

たった四文字を思い出すためだけにこれだけの時間を要するとは彼女も思っていなかったらしいが、

まあ、さほど重要なことではないのだけれども。


「どこいるんだろ」


彼女個人としては発散もできたし、睡眠も十分とれたのでもうこれ以上の休息は足を止めるだけだと思っている。

一つ満たしたい欲求があるとすれば、それは食欲に他ならない。だが、身体の構造上のためか六日間は断食状態でも活動は続けられる。

ホムンクルスとして生まれてきたことに多少の不満はあるものの、こういうところは大助かりだったりするのだった。


「屋上…?」


ぴくっと耳が動いたかと思うと、彼女は彼女の居場所を察知した。

なんでも、かなり上から聞こえた息遣いが彼女の知っているものと一緒だったらしい。



「さて、とぉ─────」


両手を組んで天に伸ばし、怠けた体に動力を流し込む。

小気味いい音が弾け、背骨の硬直がだんだんとほぐれてゆく。

交合とはまた違った快感が頭の先からかかとまで行き渡り、眠りこけた身体は完全に覚醒した。




───────────────駆。




身体は屈め、前腕は地面へ。

腰は低く保ち、曲がった膝に力を込める。

そう、これは名前の通り、“四足”。

四足類との混血がソレたり得る所以の構え。

100メートル走者等が愛用する構え、クラウチング。

その前身、スタートダッシュの始祖。

下半身に力がいきわたり、耳をすませば繊維の張る音が聞こえ、彼女の耳と尾が軽く逆立つ。

駆りの準備は、整った。


「─────どん」


引き金を引いて撃鉄が落ちるように、彼女の言葉で身体が弾けるように駆け出す。

十三段はあるだろう階段を、たった一度の跳躍で上がり切り、はてや壁に突っ込まんとする勢いのまま身体を捻り、軸を変えて壁に着地する。

踊り場は便利だ。部屋がある所と違って、壁が直ぐ近くにあるのだから。

身体が床につく前に、今一度足に力を入れて跳躍する。

その際、背後から少しばかり不穏な音が聞こえたが、まあ、些細なことだろう。

そうして、跳躍、捻り、跳躍を繰り返し、ものの十数秒で屋上の扉までたどり着いていた。




───────────────呼。




錆びついた鉄の扉を開け、この建物で最もソラへ近い場所へと身を移す。

西を向けば、琥珀色をした太陽が今日へと別れを告げ、東を向けば、遺り日に照らされた薄い半月が顔を覗かせていた。

今、この場所はとばりの中心。

藍と茜のグラデーションの混ざる真下に、二人の少女がいる。


「─────あ」


左右で違う空を見たのは初めてのことだった。

世界の眠りとその揺り籠は、混ざりあうことで薄紫へと変わり、その中心で一つ、小さな星を輝かせる。

それを中心に、ちかちかと点灯しだす大きなキャンバスに飾られたイルミネーション。

赤だったり、青だったり、緑だったり。

いつかの幸せな記憶を燃料に、各々が宵闇を唄いだす。

そして、酷く火照った星を冷ますかのように、帳が降りてあたりは静寂に包まれた。

先程まで温かかった風は寒気を帯び、生き物の時間は終わりだと告げている。

このまま、外にいるとまずい。


「ね、起きて」


できるだけ耳元に寄り、数ミリ近づけば唇が触れるというところで囁くように、擽るように声をかける。

その声は吐息のように、ほんのり温かさを交えて耳へと届いて─────

「─────、寝てた。もう夜じゃん」


その声に呼応するかのように、彼女の体はぴくんと跳ね、ゆっくりと身を起こした。

未だ少し寝惚けているのか、どことなく反応が鈍い。


「リアはいつからここに?」


「星が出る前から。」


紫色の空を眺めてたんだ。なんて緩く笑って抱きついてくる。

恋人同士が再会した時のように、優しく、柔らかい抱擁を返し、告げた。


「ご飯食べて、今度こそ、出発準備だ」


「さんせーーい」


ゆるゆるな言葉で返事をし、干してあったジャケットを着て階段へと戻るリア。

その後を追うように干したもの全てを取り、同じく階段へと向かう。

扉を閉める前に、もう一度空を見上げ、ほう、とため息をついた。

それは辟易か、それとも情景か。

自分でもよく分からない気持ちにもやもやを抱きながら鉄の階段を降りていった。




─────────────拵




彼女に先程言った通り、晩飯を作ろうと思う。

今日は何を食べようか、なんて選り好みできる状況ではないが、せめて肉だけは選びたいものである。


「リア、お肉何がいい?」


「腕がいい。ほかのとこはちょっと、臭い」


「あー、確かにね。独特の臭みあるかも。うん、わかった」


要望通り、腕をもぎ取って棒に刺す。

薪をくべた後に綿を取り、その上に函を乗せ軽く振る。

手がじんわり熱くなってきたら、2〜3回息を吹き込み、薪の群れの中へ放り込む。

相変わらず便利な物体だこと、だなんて思いつつ、ちゃっかりとその僥倖にあやかるのだ。

因みに先ほどから出てきている“肉”とは、文字通り、肉ではある。

しかし、不思議に思うだろう?

この世界は野生に戻ったわけじゃない。

生き物が生存するための条件が備わっていない、未来が閉じた世界であると。

なので、当然野生動物なんて上等なもんは生きちゃいない。

なら、ソレの出どころは一体どこなのか。

その答えは、考えているより至極単純なものだ。


「相変わらず、変な味。カンヅメのほうがよっぽどいい」


「しょうがないよ、だってあいつら、普通食べ ないし」


「─────ぅむ」


会話をしながら、血の滴る腕に噛みつき貪る。

こいつらの体は決しておいしくはないものの、肉と水分を同時に摂取できる優れものだ。


「ねー、リア、知ってる?大昔は、“うし”っていう生き物がいたんだって」


「“うし”?なにそれ、おいしいの?」


「うん。”これ”の何倍もおいしいんだって。この本に書いてあったんだ」


そう言って取り出したのは、「全国 生き物図鑑(2560)」という図鑑で、大体500年前くらいに作られたものなんだとか。


「なにそれ。古すぎてなんて書いてんのかわかんない」


「私もさっぱりなんだけど、これが大昔の生き物たちを載せてるっていうのはわかったよ」


「ふーん」


興味があるのかないのか、生返事でひたすらに血を啜っているリア。

その食べ方は多少動物的ではあるものの、なかなかに綺麗な食べ方であった。

よくよく考えてみると、彼女は戦闘時以外では基本的に汚れることはない。育ちがいいとかそういう概念は既に消えてしまっているが、そう言わざる得ない程に気品を漂わせ、どことなく艶っぽさを醸し出している。

これは多分潜在的なものなんだろう、と思ったり思わなかったりする彼女であった。


───────────────発。


小型のものとはいえ、ホムンクルスをまるまるひとつを食べ切るのには時間を要した。

しかも、リアは選り好みをするため私に回ってくるのはだいたい本気でマズイところなのだ。

生きるためには仕方ないのだが、出来ればこんなもん食べたくない、と私は思う。

特に目玉と脳髄は最悪だ。咀嚼すればするほど、口内に悶絶するほどの風味が広がる。例えるなら、吐瀉物と汚泥を希釈して煮詰めたような味だ。

昔はこれもなんとも思わなかったのだが、カンヅメという食べ物に出会ってからはこれが死ぬ程不味いということを知ってしまったため、大分堪えるようになってしまった。

まあ、それでも食べなきゃ死ぬので食べるのだが。


「あー…気持ち悪い…」


先ほどの内容物が出てきそうなほどに最悪な後味に咽きながら荷物をしょう。

これと言って大きな荷物はないが、得物と箱だけは忘れないようにしなければならない。

それ以外のものは無くなって困るほどではないが、あると便利なのでとりあえずバッグに詰め込んだ。


「別に無理する必要ないのに」


比較的悪くない部位だけ選んでいたリアはそんなこと知らないというように、持ち前の持論を展開する。


「勿体ないでしょう…あれでも栄養源なんだから…」


「ふーん」


流石に支障をきたしそうなので軽く口をゆすいで気を取り直す。

未だ残り香はしているが、先ほどより幾分かはマシだ。



───────────────────発


「さて─────、いこうか」


休息はがっぷり2日、ここしばらくの疲れは取れた。

ヒビの入った白い部屋を後にし、一歩ずつ確実に廃れた階段を下ってゆく。

一面が白で囲まれている壁に囲まれる中、錆びてオレンジ色になった螺旋階段は異様な光景のようにみてとれる。

階層と階層の間には踊り場があり、ステンドグラス越しに入ってくる月明かりは七色に変化して、向かいの壁で混ざっている。

七色も混ざると黒色になる、なんてのは無く、ただひたすらにそれぞれがそれぞれの色(自分)を押し付けあっていた。


「綺麗…」


実のところ、私は色が好きだ。

鮮やかなものだけじゃなく、薄汚れているもの、穢れを体現したもの。

一般的に言えば“汚い”とされる色も。

どんな色彩であれ、どんな汚色でさえ、大好きだ。


「ねえ、早く行こうよ。いつまでそれ(ステンドグラス)眺めてるつもり」


「…あ、ごめん。ついつい見入っちゃってた。いやー、あんなにきれいな硝子は初めて見たからさ」


「たしかに、そうかも。こういうの、今までは見たことなかったし」


「うん、あ、ちょっと待って。これ、記しておかなきゃ。いつでも見返せるように」


手のひらより少し大きいであろう手帳を取り出し、背表紙についた色鉛筆で描く。

薄紅、藍、蒼、薄紫。

深い緑に青。

そして黄色。

全体的に淡い印象を覚えるモノを、手にあるもので再現してゆく。

重ねて、こすって、縁取る。

指先に集中し、ひたすらに完成度を求めること数分─────


「─────よし、できた」


我ながらいい出来だと思う。

ついでに、これで二冊目の手帳が埋まってしまった。

とある書店のなれの果てで見つけた手帳のストックはあと五つはあるので、今のところは補充を気にしなくても大丈夫だ。


「リア、おまた─────」


隣にいたはずの少女の姿はとっくに無く、代わりに建物の外から衝撃音と斬撃音が鳴り響いていた。


「あー…、暇だったんだ」


相方がお絵描きに夢中になっている間、暇を持て余した彼女は先に降りて無益な殺生を繰り返していたらしい。

できるだけ急いでフロントへと戻り、扉が外れただの枠組みとなった入口から外を見ると、遊ぶように、一人ずつ捻り殺しているリアの姿があった。

一人、また一人と殺していくたびにホムンクルスがわらわらと集まってくる。

それらの頭の上を乗り継ぎ、跳ね回るようにして首をねじったり捥いだりしているが、もうそろそろやめにしてほしい。

鉄臭いし、うるさい。ので─────


「─────ほいっ」


ピンを抜き、振りかぶって投げる。

“ソレ”は綺麗に奴らの中心に落ち、それと同時に頭蓋を踏み割りながら、高く、高く彼女は飛翔し

た。

そして、落ちたものは外装を破る様に、大きく爆ぜた。


「…なんか言ってよ。それ(手榴弾)危ないんだから」


空に舞ったリアは文句を垂れながら、真横に着地した。

夜空に巻きあがる血肉と爆煙。

過去にはいろんな娯楽があるらしいが、これに勝る快感はそうあるまい。


「うーし、いい景気づけになったね。じゃあ、行こう!」


「…。あれ耳に響くからやめてよね……」


血の海と化した地面の上を渡り、少し離れて手カメラ越しにホテルを見返す。

白く廃れた外観は、巻き上げられた血肉、臓物によって彩られていた。


出来栄えに満足を覚え、踵の向きを変える。


次はどこへ向かおうか。



動きました。

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