青い宇宙 ~~宇宙の果てで出会ったキミと、正しい生命の営みを!
登場人物
エイター …… 若い男性。背が高く細身だががっしりした体形。腕力は強い。
ビーサック …… 若い男性。ぽよんとした丸っこい体形。
シーナ …… 美少女。スレンダー体形。
ディアナ …… 異星人の女。シーナそっくりだが、マグマ大使のような角がある。
………………………………………………………………………………
①ビーサックとエイターは旅をしている。
時間だ。
僕はいつものように席に付き、マイクのスイッチを入れる。
「現在、アンドロメダ宇宙暦ハチマルフタ年フタ月イチハチ日イチハチ時マルマル。
異常なし。 乗組員エイター、ビーサックの両名ともに健康体。
なんにも変わりありません。
以上、恒点観測宇宙船ボイズビーアンビシャス号より、わたくしビーサックがお送りしました。」
定時記録おわり。 この作業、意味あんのかなぁ。
ま、別に嫌でもないけど。 退屈だし、やらないと警告音とかうるさいからな。
ふわああ。 と中くらいのアクビが出た。
隣では僕の相棒が読書に熱中している。
「なあ、エイター。」
「うん?」
視線を本に向けたまま、いちおう返事はしてくれる。
ところで僕は、最近ずっと考えていることがあるんだ。
それは……
「僕達ってさ、一体何の為に生きてるんだと思う?」
「ああ。」
「だってそうでしょ。
前の僕が死んだから、代わりにクローン保育器から出てきてさ、今こうやって生きてるけどさ。
……いつか僕が死んだらまた僕のクローンが代わりに出てくる訳でしょ。
んでそれが死んだらまた次のクローンの僕が出てくる訳でしょ。
そうやってずーっと旅を続ける訳でしょ。
じゃあさ、目的地の惑星に辿り着いた時の僕はいいよ。
やった~ああ、着いた~!って。 ……でも今の僕はさ、道のりナカバで死んでしまう訳でしょ。
クローン用の細胞だけ残して。 なんかこう、老衰とかで。」
「ああ。」
「じゃあ僕達ってさ、一体何なんだろうなって思うんだよね。 ……。ねえ、エイター。」
「んん?」
「エイター聞いてる?」
「ああ。」
エイターの心ここに在らず。
それならば。 軽~くおふざけでもしてエイターの気を引いてみるか。
「今、僕オナラでそう。 でそう。でそう。でる! ぷう。 ……もう出ちゃったよ。」
「……ああ。」
「さてと、お茶でも飲もうかな。 ばっしゃーん、あちちのち。 今僕やけどしちゃったよ。
うわー僕の顔があああ!」
「……ああ。」
「ヴィ~ォン、ヴィ~ォン! な、なんだなんだ?
デンジャー、デンジャー、危険デス。
大変だよ! 宇宙船の生命維持装置が故障しちゃったよ。
ヴィ~ォン、ヴィ~ォン!
僕達死ぬよ。 死んじゃうよお。」
思わず全力でふざけてみたんだが、
「……ああ。」
とまあ、気のない返事のみ。
呆れた。 もう全っ然聞いてないじゃん!
「エイター! エイターってばさあ!」
「あ、すまんすまん。」
肩を揺さぶると、ようやくこっちを向いてくれた。
このところエイターはずっと資料室の蔵書にご執心なんだ。
今度は何の本だろう。
「あ? ああこれは凄いぞ。 この本を読んでわかったことがある。
実は人間にはな、男と女の二種類があるらしいんだ。」
「ふーん。 “男”と、“女”。 初めて聞く単語だなあ。」
「そして、男というのは話を聞かない、女というのは地図を読めないらしい。」
本の題名は「話を聞かない男、地図を読めない女」。
1999年発売以来全世界で800万部のベストセラー。 だそうだ。
随分と年季が入った本だが、1999年っていつだ?
彼は今まで何冊か本を読んでもさっばり意味がわからなかったらしいが、これで少しは理解できるぞ、と喜んでいる。
「じゃあエイターは男だね。 あんまし僕の話聞いてないから。」
これは別に皮肉を言った訳ではない。 実際そうだ。 随分とマイペースな奴なんだ。
「そうか、俺は男なんだ! また一つ大事なことがわかったぞ。」
なんか、嬉しいらしい。 よかったね、エイター。
ほんの少しだけど、君がうらやましいよ。
そんなどうでもいい事に興奮できるなんてさ。
彼を見ていると、ため息がまた僕の口から洩れていた。
だって僕達はこの宇宙船に二人きり、他の誰とも会うことなく生きて死ぬのだから。
歳を取って死ぬまで、同じ日々の繰り返し。
24時間前もそう思った。 48時間前もエイターに同じ話をしたが聞いちゃいなかった。
何も変わらない。 変わったことといえば……御覧の通り、最近のエイターは資料室の本に夢中だ。
本なんか読んだってこの繰り返しが変わる訳じゃないのに。
……そういえば、外の宇宙のどこかに、僕ら以外の人間が居るっていうのも、エイターが言ってた事だけど……本当だろうか。
等と物思いにふけっていたらまた彼の興奮した声が響いてきた。
「うおお! 何じゃこりゃあ~!」
今度は何だい?
「見ろよコレ! もの凄い事が書いてあるぞ!」
彼が次に取り出した本は……なになに?
「生命……いのちの不思議」。
「高等な生物は、生殖行為を行なって増えるそうだ。」
それってクローンの事だろうか?
いや、違うのだそうだ。 彼の弁によれば、それは自然な方法ではないらしい。
「生殖行為、その方法は2つ。 体外受精と体内受精。」
また聞き慣れない単語が飛び出したぞ。
「体外受精というのは、メスの生んだ卵に、オスが精子をかけるらしい。
メスとかオスってのはほら、さっき言ってた女と男の事らしい。
他は……よくわからん。」
ちょっと理解が追い付かないのだが、ではこの体内受精というのは何だろう?
「それについてはこの本には詳しく書いていない。
ただ、魚類、エビカニ等の甲殻類は体外受精。 爬虫類、鳥類、哺乳類は体内受精。
人間は……確か別の本で読んだが霊長類っていうらしい。
えーと、霊長類はどこに書いてあるんだ?」
とその時、宇宙船のナビゲーションが耳障りな音を発した。
隕石とか、デブリとか、あとはごくたま~に引力強めな天体の横を通過する際など、こんな風に注意喚起される。
大抵は自動操縦で乗り切れるんだが、時にはマニュアル操作が求められる場合もあるのだ。
はいはいどうしたって? とモニターを確認する僕。
……なにィ!「救命信号をキャッチしました」、だって!?
生命反応を確認!ええとこうゆう時はどうするんだ?
とりあえず向かうべきだよな。
方角、右に25度、上に32度、軌道を修正し接近する。
「ビーサック!」
エイターも興奮げに僕の名を呼ぶ。 こんな事態は初めてだから声に力が入るよね。
「霊長類と言うのは哺乳類らしい。」
……まだ読んでたのかよ。ちゃんと聞けよ。
「僕ら以外の人間に出会えるかも知れないんだよ?!ホラこれ見て。」
「え、ほんとかよ。」
あ、救命カプセル発見、これより船外マニピュレータにて回収に移る。
コクピットの片隅にあるコントロールパネルが開き、現れたのは……
先っちょに赤い球体がくっついた棒状の装置。
そう確か、ジョイスティックって云うらしい。
そして船外にも現れる3本の鉤爪の付いたアーム。
一応ナビで訓練は受けたんだけど、僕これ苦手なんだよな。
……右……もうちょい右……そして上……よし、アーム伸ばせ。
って、あーー、外れた。 アームの力加減が弱めに設定してあるぞ。
うーん、なかなかうまくいかないな……。こうか?あれ、おしい。
「ちょっ、どけよ。俺にやらせろ。」
と割って入るエイター。 そうだな、彼は器用だからこうゆう細かい作業は任せよう。
「よおし。 ……ほらきた。ゲット!」
凄いじゃん。やるね。
「「クレーンゲーム完全攻略」という本に詳しいコツが書いてあってな。」
資料室の本もたまには役に立つんだね。 さすがエイター!
「よし、行くぞ。」
とエイターが駆け出す。 待ってよー。
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②シーナは遭難する。
壁にドン。 ……え? ちょ、なに?
「シーナ、俺のこと好きになれよ。」
待って待って。 私の気持ちは、どうなるの?
「俺と付き合え。 拒否権は、なしだ。」
やだ、そんな急に。
「抑えられないんだ。 お前を、シーナを好きだって気持ちが。」
え、近い近い近い、
「もう離さないぜ、シーナ。」
ってちゅうううううううう。 んむううううう。
……でも嫌じゃない。
ドキドキが、とまらないよう。
わたし、どうなっちゃうの、てか、どうされちゃうのーーー!
なーんてね。 この資料室にあったマンガを一人で再現しても、いまいち掴めないのよね。
「素敵なカレシと、憧れの初H」、かぁ……。
私はこの、「どうされちゃうのーーー」って言ってる方の「女」、なんだけど、
「男」、っていうのが居て、それは、女の私より背が高くってえ、体とかちょっと堅そうでえ、あと声も低いって書いてあった。
はああ。 男、ってどんな感じなんだろう。 わっかんないなあ。
でもこのドキドキってのは、少しだけわかるかも。
だって読んでたら血圧が2割くらい上昇するもの。
会ってみたいなあ。 いつかきっと会えるかなあ。
広い宇宙のどこかには、私以外の人間が、何万人も何億人もいるんだって睡眠学習プログラムにあったわ。
そりゃあ今はこの宇宙船に私一人だけど。
私の前のシーナも、その前のシーナも、多分誰とも出会えなくって、死んじゃったんだろうけど。
出会いたいなあ。 お互いがお互いを好きピになって、カレシとカノジョ、になるの。
そして、このマンガにある、「はあ、はあ、ああんっ……」とか、「らめええええっ」、って展開!
二人でずっと毎日ドキドキしながら一緒に暮らすのね。 これが「恋」、とか、「愛」なのね?
……でももし出会えなかったら……。
ずっと一人ぼっちのまま、死んで、次のクローン・シーナに交代しちゃうのよね。
それって最悪だわあ。
私が、はあっ、とため息をついた瞬間、けたたましい警報アラームが騒ぎ出したの。
え、何なのよ一体。
そして私の唯一の話し相手であるナビゲーションAIがいつもの無機質な口調で、
「メインエンジン、出力15%ダウン。」
って,今さらっと危険なこと口走らなかった? 嘘うそ。 なんで?
「メンテナンス不良の為と思われます。 至急点検してください。」
だって。えー、そんな急に……
そりゃあエンジンとか、わかんないからほおったらかしにして悪かったって思ってるわ。
だって私まだ代替わりしたばっか目覚めてそんな経ってないんだもん。
……ええと、とりあえず、機関室へ、と。
いやーこの部屋には初めて来たわ私。
そういえば睡眠学習プログラムでも、メンテはやっとけよ、って言ってたような気がうっすらするけど。
これがエンジン?
調子わるいの?
なんかブルブルしてるんだけど。 見てたら酔いそう。
こんなもん、叩けば直るって。 えい、えいえい。
あ、いいものあった。「スレッジハンマー」って書いてある。 よっしゃこれで、でえい!
「ズガーーン!!」
って大きな音した。
わ、なんか火花が出てきた。もしかして私、やっちゃった?
「メインエンジン破損、エネルギー炉がスパーク。」
だってさ。 どうしてこんな事に?
「デンジャー、デンジャー、危険デス、1800秒以内二脱出シテクダサイ。」
やばいんじゃないコレ? どうしよ。
「アト1200秒デ爆発シマス」
ってなんか時間早まってる!
急いで私! 救命カプセルで避難よ避難。
なんか狭いけど死ぬよりマシなんだから、多分。
扉をロック。 よおし、船から、離脱するのよ!
ああ、遠くなってく私の船。 外から見たの初めてね。 こんな外観だったんだ。
あ、なんか火花でた。 と思ったら船全体が大きな火球みたいなって、はじけた。
さよなら私の宇宙船。
あ、救命信号出さなきゃ……ってどうするんだっけ、これか。
それからコールドスリープは、ええと……。
これでよし。 宇宙にいる誰かに出会えたらいいなあ。
出会えなければ只のさまよう棺桶ね。
……んん、目の前がぼんやりしてきた。 ……眠い。
………………………………………………………………………………
③シーナは目覚め、エイターに会う。
は。 一瞬だけ寝ちゃった気がする。
さっきはコールドスリープで寒かった。
でも何だか暖かい。 ……よくよく見ると見知らぬ天井。
ここは、どこかしら?
「恒点観測宇宙船ボイズビーアンビシャス号、そのメディカルルームだ。」
って声がする。 振り向けば……だれ?
「救命信号に駆け付けたんだが、残念ながらお前の船は大破した後だった。」
「あなた、が、助けてくれたの?」
「ああ。」
いま私、私以外の人間に初めて遭遇したんですけど。
……てかなに、なんなのこの人。
私より背が高くて、細身だけどがっしりした体格。 もしかして、これって、男?
「私はシーナ。あなたの名前は?」
「エイター。」
エイターってゆうんだ。 エイター。 エイター。 口に出して響きを確かめてみる。
語尾を下げて、「エイター↓、エイター↓」 うーんなんか違う。
「エイター↑?」 ……語尾を上げると……「やだ、カワイイ。」
「カワイイ?って何だ?」
あの人こっち見てる。
私、血圧が、上昇してる。
胸が、ドキドキ、なんてもんじゃないわもう、ボッコン、ボッコン、ボッコン、ボッコン、てトイレ掃除するゴム製の黒いアレを連続で押し引きしてるような変な音してる。
私おかしくなりそう。
とりあえず何か会話を。 お話ししないと。
「……あのー、アタシの宇宙船って~、なんか~調子悪くて~。
波動エンジンとか~、反重力フィールド発生装置?
とか~、故障したらいつも叩けば直ってたから~、
おもいっきし叩いたら~、なんか~、逆噴射? みたいな~。
よくわかんないんだけど、ドッギャーンって。てへ。」
「俺にもよくわからんが船が故障して爆発したのか。」
あっ、横向いた。 横顔もなんだか素敵。 かっこいい、かも。
「とりあえず、この船に居たらいい。」
一緒に居ていいって。 この宇宙船に二人で暮らすの? これって運命? 運命の人キターーー!
私を助けてくれたこの男、カレシになってくれるかしら?
……私、ずっと夢見てた。素敵なカレシと、憧れの初H。
そう、この本みたいに……。
「珍しい本を持っているな。」
こ、これは……脱出するときに慌てて持ってきちゃった。
「なんでもないの。 なんでも……。」
とその時、もう一人が部屋に入ってきた。
「ごめんごめん、急に便意をもよおしちゃって。 大丈夫そうだった?」
え、二人っきりじゃないの?
見た感じ、ぽよんとした丸っこい体。 でも同じく私より背も大きいし声も低い。
こいつも男ってこと?
………………………………………………………………………………
④ビーサックもシーナに会う。
エイターが船外マニピュレーターで救命カプセルをキャッチした。 中には人が乗っているのだろう。
エイター以外で初めて出会う人だ。
カプセルごとメディカルルームの救命装置にセットしたら、あとは全自動で、ハッチを開き、コールドスリープされていた中の人を解凍蘇生するのに約50分。
ご対面できるのはそれからだな。
とりあえず回収できてほっとしたら、一週間ぶりにウンコがしたくなった。 便秘だったのだ。
僕はトイレの個室で、気が遠くなる、という程ではないが長い時間、自分と闘っていた。
そして一仕事を終え安堵のため息をつく頃には55分ほどが経過していた。
慌ててメディカルルームへ向かった。
「ごめんごめん、急に便意をもよおしちゃって。 大丈夫そうだった?」
横たわった人は、なんというか、僕らとは全く違ってた。
僕やエイターと違って細くて華奢だ。 肌は透き通るように白い。
こ、この人が、救助した遭難者なのか!?
「シーナって名前だそうだ。」
シ、シ、シーナっていうのか。 なんだこの人。
この人を見ていると時間が止まるようだ。 綺麗だ。
目がそらせない、ってゆうかそばに寄って触れてみたい。
近寄るぞ。 一歩、二歩、足が吸い寄せられていく。
そして手を伸ばせばそこに居る。 確実に存在している!
触ったぞ。 腕に、そこから滑り上って頬に。
スベスベだよ。 若干のとぅるんともちもち感もある。
ああっ、なんだかいい匂いだぞ。 くんくん。少しだけ甘ぁい匂いだ。
うあっ、胸がバクンバクンして止まらない……。 喉が渇く。
なんだか熱いや、胸が、顔が、熱い。
この体調の変化は何なんだ!とりあえず暑いから脱ごう。
まずはシャツを一枚。
だめだそれでも熱い。肌着もだ。
「きゃー、何なんですかこの人いきなり。」
「あ、自己紹介がまだだったね。 ぼ、ぼ、ぼ僕はビーサック。」
「やめて、近寄らないで、変態、痴漢!」
どうしてこの人は大声を出しているのだろう。 わかるかいエイター。
「へんたい、ちかん?それはなんだ?」
エイターにもわかんないみたいだ。
まずは落ち着いてもらおう。 友好の姿勢を見せるんだ。
「ぼぼぼ僕と、仲良く……してくださぃ。」
「来ないでバカ、変質者! 性犯罪者~」
あ、やめて、物を投げないで。 危ないよ。 点滴をかける棒で殴らないで~。
………………………………………………………………………………
⑤エイター、シーナ、ビーサックの関係と、正しい生命の営み。
それからというもの、シーナは、起きている時間はずっとエイターのそばを離れない。
エイターに話しかけている。
それだけじゃなくエイターの腕や肩に手を伸ばして、ぎゅっとつかんだりしている。
エイターは、そんなシーナの態度にまるで興味がわかないのか、相手にせずに、いつものように資料室で探し物だ。
僕はというと、あれ以来すっかりシーナに嫌われてしまったようで、ほぼ口をきいてくれないんだ。
僕もシーナを近くで見ると、胸がドキドキして、うまく話せない。
だから僕はシーナを、離れた物陰からじっと覗き見る事しかできない。
シーナとエイターが仲良くしているのを見るとなんだか胸の奥が苦しくて……
この現象を探るため、僕もエイターにならって資料室で本を探した。
僕の心身に起こった変化は、この本の記述に似ている。「若きウェルテルの悩み」。
「こうしげしげとは会うまいと幾度思い定めたかしれない。
けれどもそれが守れないんだ。
毎日誘惑に負けて、では明日こそたずねまいと仰々しく誓うのだが、その明日がきてみれば結局またのっぴきならぬ用事にかこつけて、自分で知らない間にもうちゃんとロッテのそばにきているんだからなぁ。」
「どうにも僕は……他人とうまくやっていけない人間なのかもしれない。
僕の喜びの場所はもうなくなってしまった。
……僕が馬鹿じゃなかったら、この上ない幸福な日々が送れていたかもしれないのに、僕は……」
何だか、読めば読むほどに空しくなってくるなあ。
「ほお、これは、映像を記録したものか。 興味深いな。」
おや、エイターがまた古い記録を見つけたみたいだ。 傍らにはシーナも居る。
僕は身をひそめ、様子をうかがうことにした。
別に隠れる必要はないのかもしれないけれど、習慣になってしまったようだ。
「ねえ、エイター。」
好きな事に前のめりになるあまり、横で一生懸命に話しかけるシーナのことは、またもや気にも留めないのだろう。
「「おっぱい100人8時間デラックス」 ……おっぱい? 意味はわからんが引っかかる単語だ。」
エイターは映像記録の肌色じみたパッケージが気になるようだ。
「エイターったら。 資料ばっかり見てないで、私を見て!」
意を決したように大声で呼ぶシーナ。
ここでエイターは、「うあ?」という気の抜けた返事と共に、やっとシーナの方を振り向いた。
「お願いがあるの。」
「なんだ?」
だがここでシーナはささやくような小声の「あの……。」とか「あのね。」とかを詰まらせながら、もじもじしているのみ。
お願いとは、何やら言いにくい事なのだろうか。
エイターは、この”間”が煩わしかったのか、「どうしたんだ!?用があるなら早く言ってくれよ!!」とイラつくように問うた。
シーナは「えっと、」と小さくつぶやいた後、息を吸ってから決意したように言った。
「私と付き合ってください。」
「付き合うって何だ!?」
エイターのその疑問は僕の疑問でもある。 これも初めて聞く単語だ。
「カレシになって。」
「カレシって何だ!?」
またもや初耳単語だ。
「カレシって……だからそれは……カレシは、カレシよ。
もうバカ! 知らない!」
シーナは走り去った。 一体何を訴えたかったのだろう。
「さっぱり意味が分からん。」
僕もだよ。
残されたエイターは、記録映像を再生し始めた。
やがて、「ああ」とか「ああん」とか「だ……め」とか、苦しそうな声が聞こえてきた。
どんな記録映像だろう。 どうでもいいけど。
でもエイターにとっては大きな発見だったようだ。
「おお……これは! ……まさか……凄いぞ! ビーサック! ビーサック!」
僕を呼んでいる。 しょうがないから行ってやるよ。 なんだよエイター。
「これを見てみろ。 もしかしたらこれが、前に言っていた生殖行為なんじゃないか?」
モニターに映っているのは、二人の人間が裸になって取っ組み合いをしているような映像だった。
一人は先ほどからの悲鳴のような唸り声を出しており、もう一人はほぼ無言だ。
「これがそうなの?」
「証拠があるんだ。 126秒ほど前に戻すぞ。」
エイターが操作すると、やたら声を出してる方の登場人物が言った。
「やめて~赤ちゃん出来ちゃう~。」
赤ちゃん出来ちゃう? どういう事だ?
注意深く観察すると、映像の二人は、互いの股間をこすりあわせているみたいだ。
「ふむ。 生殖器はどうも股間にあるらしい。
だがこの記録映像では、どうゆう訳か股間にのみ、白いモヤや、ブロックノイズのような物がかかっていて、どうなっているのか確認できない。
だから、男と女の違いはな、胸で見分けるんだ。
この胸が平たい方が男、こっちの胸にプルンとした膨らみがある方が女、らしい。」
「へえ、そうなんだ。」
「ビーサック、おまえの胸、プルンとした膨らみがあったよな!?」
「え、僕?」
「ちょっと脱いでみろ!」
「……いいけど。」
エイターは言い出したら聞かないもんな。 しょうがないから上半身を脱いでみた。
「ほら、これだ。ぷるん。」
と、僕の胸を触るエイター。 やめてよくすぐったい。
「やっぱりそうだ! ビーサック、お前は女なんだ!!」
「え、僕、女だったの?」
「そして俺は……男だ!!」
「そうなの~?」
気が付けばエイターの上半身も裸だった。
「大事な事が少しづつわかってきた。
前にも言ったが、クローンで複製をつくるのは、自然の摂理に反する行ないだそうだ。
つまりはいけない事なんだ。」
「え、ダメなの? 普通だと思ってた。」
「高等生命としての普通っていうのは、ほら、この記録映像のように、まず最初に上半身の衣服を全部脱いで、密着したり揉みほぐしたりするんだ。 やってみよう。」
エイターは僕の後ろに回りこんだ。
僕の背中とエイターの胸が密着した。
エイターの手が僕の胸に伸びてきた。
「こうかな。 違うなあ。 うまくいかないな。」
エイターは僕の胸を撫でまわしたり、握りしめたり。
やがてエイターの右手の指は僕の乳首をつまんだり。
左手で太ももから尻にかけてをまさぐったり。
更には体ごと僕の前に回り込んで胸同士をこすり合わせたりし始めた。
「ううっ、なんか、変な気持ちだよ。」
「いや、これが正しいんだ!!!」
自信満々に言ってるけど、そうかなあ。
「僕って、女なの?」
「ああそうだ!」
「ぼ、僕、こうゆう事、エイターとはしたくないよ。」
「ガマンするんだ!記録映像の女は気持ちいいって言ってる! じきに良くなるはずだ!!」
「そう、かなあ……。」
ちょっとエイター、僕の乳首を唇で吸わないでよ。 それは……キツイよ。
そこへ、シーナが戻ってきた。
「何してるの?」
「あ、こ、これは……」
何だか、見られちゃいけない事のような気がする。
「ねえ、あんた達、何してるのよ!?」
シーナは何か怒っているようだ。 気まずいよ。
「シーナ誤解だよ、違うんだ、あの……」
「生き物として正しい生殖行為だ!」
シーナの問いに、エイターは力説する。
けど、本当にそうなのかなあ。ますますシーナの怒りにも火が付いたようだ。
「はあ?……バカじゃないの? あんた達、男でしょ?
生殖行為って……Hは男と女でするものよ。」
「お前だって女じゃないだろ!」
「何言ってんの? 私は女よ!」
「プルンとした胸の膨らみが無いじゃないか。 女なら胸がプルンとしてるはずだ!」
「え……そ……そんな、それは……」
「胸ならビーサックの方がある。 お前は女じゃないんだ! 嘘を付くな!!
「ひ、ひどい! 許さない、絶対許さないんだから!」
シーナは部屋から走り去ってしまった。
「さ、続きをしよう。」
「離せよ。 やっぱりこんな事、間違ってるよ!」
僕も走り出した。 シーナは傷付いてる。 シーナの事が気になってしょうがないんだ。
シーナの側に居たい。 もう一度シーナに触れてみたい。
……そうだ、ドキドキの意味がわかった。
僕は、シーナと体内受精がしたいんだ!
もうこの気持ち、止まらないよ!
人間が、はるか昔から心の隅に持っていた、原始の気持ちなんだ!
エイターとはしたくない。
シーナ! 君と体内受精がしたいんだ! シーナ!
「まあ待てよ。」
僕を背部から抱き止めるエイターの声。
「俺は知りたいんだ。 生命の神秘を。 正しい命の営みを。」
そんなのどうでもいい。 シーナ! 行かないで。 待ってよ、シーナ!
だけど僕を羽交い絞めにするエイターの腕。
「そしていつの日か、お父さん、パパ、とうちゃん、ちちうえ、ダディー、などと呼ばれたいんだ。
それにはビーサック、お前の協力が必要なんだ。」
僕は胸やお尻やふとももをわし掴みにされた。 乱暴にしないで、っていうか離してよ!
いやだああああ。
シーナ、シーナぁぁぁ。
……何か悪い予感がする。 僕のシーナを一人にしちゃだめだ。
だから、やめろよエイター。 もうやめてえええ。
………………………………………………………………………………
⑥崩壊と生存。
ヒドい、ヒドすぎるよエイター。
私が貧乳だからって、バカにして!
あんな小デブ男の方がいいなんて、どうかしてるわ、信じられない!
なんかどんどん腹立ってきた。
許さないんだから!こんな船、ぶっ壊してやる!
コクピットなんか、ぐっちゃぐっちゃにいじり倒して、その辺にあった工具なんかで滅多打ちしてやるんだから!
私ってば、怒ったらもう自分じゃどうにも止められないの。
こんな世界、全部消してやる!
こうしてやる!
……ってあれ? 火花、出ちゃった。
嘘、もしかして、またやっちゃった?
私は、一瞬で光と炎に包まれた。
………………………………………………………………………………
「メインコンピュータ破損しました。 制御不能、制御不能。
間もなく、当宇宙船は爆発いたします。 ご乗船、誠にありがとうございました。」
警告音とこんなアナウンスが響いてきた時、僕は壁に押し付けられたままエイターに胸を吸われていた。
状況が呑み込めていなかった。
「え、嘘、なんで?」
「シーナの野郎、なんかやりやがったな。」
「どうゆう事? ねえエイター。」
「ビーサック、とりあえず、お前は先に逃げろ。」
「逃げるって?」
「救命カプセルに乗るんだ。」
「エイターは?」
「俺は資料室にまだ体内受精の記録映像がいっぱいあったから持って行く!」
「そんなの別にいいじゃん。」
「だめだ! 俺のお宝なんだ!いいから先に行けー!」
エイターの鬼気迫る表情に、僕は何も言えず、救命カプセルに一人で向かった。
カプセルは一人乗りだし、エイターの分と、シーナが乗ってきた分もあるし、どうにかなるだろう。
カプセルのハッチを閉じる。バタン、ガシャン、プシィー。
「救命カプセル、射出シマス。」
アナウンスを聞きながら心配がよぎった。
本当に大丈夫かな。エイターは。そしてシーナは。
僕を乗せたカプセルは宇宙に放り出された。
ほぼ同時に目の前が真っ白く光った。
「うおお、おっぱいいいいいいいい!」
というエイターの叫びを聞いた気がした。
僕は二人の名を呼ぶことしか、できなかった。
「エイタ~! シーナ~!
エイター! シーナ~、シーナ~!
エイター! シーナシーナシーナ!
エイター、シーナシーナシーナシーナシーナシーナシーナ~、シーーーナああああ!」
………………………………………………………………………………
⑦青春の終わり。
大切な二人の仲間を失った、あのボーイズビーアンビシャス号の事故で、僕の人生はすっかり変わってしまったよ。
あれからどれくらい経ったのかな。 僕の新しい生活も落ち着いてきた。
だからエイター、生まれてからずっと一緒に過ごした君に手紙を書くよ。
書き上げたら空き瓶にでも入れて宇宙に流すさ。 君が読んでくれることは、ないかも知れないけどね。
「僕は救命カプセルで放浪中のところを、近くの惑星「ムーピー星」の民に助けられた。
ムーピー星人は、僕ら地球人類とは全く異なった進化の末に生まれた種族なんだけど、異星人の僕を、
こころよく受け入れてくれたんだ。
そしてこの星で、シーナそっくりの女の子と出会ったよ。
僕らは恋に落ち、結婚したんだ。
僕はねえエイター、男だったんだよ。
(後になって判った事だけど、ムーピー星人には変身能力があるんだ。
相手の好みに合わせて変身し、異種族と生殖行為を行なって繁殖しているんだ。)
エイター、人生って本当に不思議だよ。
僕は今、幸せなんだ。
子供も三人いるよ。
でもエイター。
君が「正しい命の営み」と言っていた、あの体内受精。
君と僕があんなにも憧れた、体内受精。
僕はこの夢を、叶えることは出来なかったよ。
何故ならば……この惑星の人達の生殖行為は、体外受精なんだ。」
手紙をここまで書いたところで、大事そうに”おくるみ”を抱えた妻のディアナが来た。
「あんた、卵、産まれたよ~」
妻のことも手紙に詳しく書こう。
「そうだ、僕の妻・ディアナを紹介するよ。」
幸せ、と手紙には書いたけど、出会った頃や新婚の頃に比べて、妻の態度は実に素っ気ない。
「ここ置いとくから、ぶっかけといてね。」
子供が生まれてからふてぶてしくなったな。 いててっ、尻を蹴るなよディアナ。
「なにをぶつぶつ言いながら書いてるんだい。 返事は!?」
「……はい。」
僕はズボンを降ろす。パンツも降ろす。
僕はもうすぐ4人目のパパになるらしい。 でもエイター、僕、変だよね。
体外受精のやり方は、こうやって手で自分の股間を刺激して、妻が生んだ卵に、ぶっかけるんだ。
どうしてか、とても寂しいような、やりきれないような気持ちになるんだ。
幸せなはずなのにな。涙が出るよ。
「うおーーーーーーー。」
完