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一.僕たちの道



「私たちは、こうならない方がいい」


苦笑いで、彼女はゆっくりと僕の肩に手を置いた。それは拒絶とは違って、けれども僕が思い描いていた未来とも違って、僕は視線を落とすことしか出来なかった。目を閉じれば溢れてはいけないものが落ちそうで、そんな姿を彼女に見られたくなかったのだ。


ーーいつからこんなに弱くなったのか。


「神谷くん、私行くね」


ふわり、と彼女の使っている石鹸の香り。優しく僕の髪を撫で、ぎゅっと抱きしめられる。胸の膨らみで顔を包まれ、僕らそっと目を閉じた。それは欲情ではなく、母親のような温かさでもなく、何とも言えない混沌とした感情だった。3回ほど髪を撫でられただけなのに、まるで死ぬ前の走馬灯のように彼女との思い出がゆっくりと脳裏に浮かんだようだった。


「…真緒さん。幸せでいて欲しい、ほんとにそれだけ思うよ」

「ありがとう。私もあなたが幸せでいることを願うよ」


僕たちは進む道を間違えたんじゃない。過ちを犯したわけじゃない。ただ、同じ道を進む未来が無くなっただけだ。


ーー手のひらをゆっくりと。優しい撫で方、あなたのそういうところが好きだったよ。


僕は彼女の腰に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。温かい。彼女の体温、心音を感じ取れる。この彼女の生きている証を忘れたくない。一生分刻みつけておきたい。


ーーなぜ、なぜ、なぜ。僕はあの時あんなことを言ってしまったんだ。


彼女の温もりを思い出す度、僕はそう思うんだろう。それは呪いのように僕を蝕んでいく。だけれど、その呪いは皮肉にも心地良くもあるんだろう。僕と彼女を繋ぐ最後の糸だから。


「さよなら」


その四文字に答えたくない、強情な僕が邪魔をして、僕は俯いたまま彼女の歩く音だけが聞こえる。


バタン、とドアが閉まると同時に、僕の身体は目を閉じてベットに落ちていった。身体が重い。まるでベットごと深海に落ちていくようで、その水圧でどんどん身も心も潰れていくようだ。


同じ道を進むことが出来なかった、ただそれだけのことだ。ただそれだけのとこ、が何故こんなに重く僕にのしかかってくるのか。


ーー本当に深海に落ちて行けばいいのに。


僕は深海の底で深い眠りにつくように、目を閉じあの日のことを思い出していた。

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