飛び込んだ先に見えるもの 2策目
軍師様と話し合い。
ちょっとした説明回でもあります。
「来たわね、ジョオン=ダーミック」
軍師様は腰に手を当てて仁王立ちしていた。
あれから時間は過ぎ、本日の勤務終了間際。オレは軍師様に呼ばれた。そして部屋に入っての一言目がこれだ。
思わず一歩下がったのは、あまりにもそのポーズが似合い過ぎていたためで、他意はない。
きっちりドアを閉めた後、軍師様と向き合った。
「どのような用件でしょうか?」
オレは頭を垂れた。一応、彼女は上司の為、礼儀を欠かしてはいけないのだ。だが、内心複雑。
「顔を上げなさい。今後の事で相談があるのよ」
彼女の眼鏡が残陽にきらりと光った。
「人払いはしてあるわ。楽にしなさい」
楽って言われてもなぁ。気がちっとも休まる感じがしないのだけれども。
「じゃあ、エル。相談って何なんだ?」
我ながら恐ろしい物言いをしたものだと後に思った。それに少し驚いたような顔をした彼女は、平静を装うかのように眼鏡を押し上げる。
「その前に、貴方、夕方どこに行っていたのかしら?」
そら来た。何故か軍師様はオレが出掛けていた事を知っている。
「オレもそれについて話があるんだ」
下手に隠し事しない方がいい。それにこれは一人で抱え込むには些か重すぎる。
「いいわ、先に話して」
軍師様の許可を得た事だし、話しますか。
掻い摘んで昼過ぎにハークライ様の部屋に忍びこんだ話をしたオレ。
それを聞き終わって彼女は溜め息を、それは深く付いた。
「情報を仕入れるのはいいけど、自分の身も心配しなさい。反省しているみたいだから私はキツくは言わないけど、貴方の本当の主なら怒るわよ、きっと」
そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。
彼女は知らないだろうが、確かに怒られそうだ。
「それにしても、ハークライ様がお部屋にいなかったなんて。……状況は悪いわね」
オレの話した内容に彼女は考える素振りを見せた。
「この『盗賊団退治』はハークライ様の関与は一切ないのでしょうね。関わっていたのなら病と言ってまで表に出てこないメリットがないもの」
まぁ、逆に首謀者を隠してラース様を仮に据えているという場合も考えられるだろうが、今回は領主様とその親子という関係上、隠す意味がないため除外する。
「それに、何か危害を加えられて、監禁されている可能性があるわ」
「多分、その通りなんだと思う。どこにいるのかは検討もつかないけど」
その言葉にオレは頷いた。
あのシミがワインであれ血であれ、領主様の部屋がそのままだという事が怪しいのだ。
それに降って沸いたあの気配。恐らく部屋を見張っている。そして、あの部屋に近づく者を排除しているのだろう。
あらゆる意味で。
「その事に関して、ラース様は恐らくご存じだわ。謁見を求めても通らないのがその証拠」
何度か公子様に願い出ているそうだが、いまだに叶えられていない、と彼女の弁。
「余りしつこく言っても不審がられるもの」
「そこは軍師様でも余所者って事か。あの物騒な話もあるし」
そう、あのラース様の執務室で聞いた会話の事だ。
「ええ、そうね」
軍師様は苦々しく顔を歪めた。
「利用するだけして消されるなんて、冗談じゃないわ。そのための話し合いなんだから」
そう言い放って、彼女はオレを見た。
「という事で、貴方の持つ情報をよこしなさい。まずは、騎士団の事ね」
有無を言わさず、彼女曰く話し合いは始まった。
「何か変わった事なかったかしら?どんな事でもいいわ。先輩たちの感想でも構わない」
「変わった事、ねぇ。急に言われても思いつかないけど」
ある先輩が彼女にフられたとか、同期に我が侭お坊ちゃんがいるとか、軍師様が知りたい情報とは関係無いと思うし。
「そういえば、その我が侭坊ちゃんが最近大人しくなったんだよなぁ。先輩も滅多に怒らない先輩が鬼神のように怒ったとか言っていたし。あいつらの自業自得ってもん……」
「貴方、途中から口に出ているわよ」
「おおっと、すみません」
でも、変わった事って言っても、関所の取り締まりが厳しくなったぐらいじゃないか?
「とりあえず平穏じゃないかな。オレの周りは」
それこそ、こんな作戦があるにも関わらず、だ。
「作戦の事は伝わっているのよね?」
軍師様もそう思ったのか、確認してくる。それにオレは肯定する。
「勿論ですよ。部隊の編成とか物資の調達とかあります……あるからな」
おっと、敬語が出ていた。睨むでもなくジーッと見てくるのは止めて下さい、軍師様。
その目線を下に落とし、何やら考えた後、彼女は再び口を開いた。
「ねぇ、さっきの坊ちゃんの話、いつ頃の事?」
その話に及ぶと思ってなかったので、慌てて頭の中から捻り出す。
「確か……、今週入ってからだ。ほら、エルが散歩に行くって、ふらっと出掛けた日。みんなに聞いた時に、突っかかる奴が突っかからなかったから気になったんだ」
あの日は、「ちょっと気分転換よ」と言って軍師様が小一時間行方不明になった。
その行く先を知っている者がいないか、詰め所にいる同僚に尋ねたのだ。
その時のアイツは何も喋らなかった。普段ならば喧しく何やかんや言う騒音のような奴なのに。まあ、藪の中の蛇をつつくような真似はオレだってしたくないので、話を聞いたりはしなかったけど。
「同僚の間じゃあ、恋煩いじゃないかとか噂されていたなぁ」
「恋煩いじゃなくて、嫌なものに魅入られたかもしれないわよ、その人」
彼女が嫌そうに顔をしかめた。
何か知っているのか、オレが聞こうとするよりも早く、彼女が再び口を開く。
「それはそうと、貴方、詰め所と馬小屋の管理、誰がしているか判るかしら」
話が変わりすぎである。
きっと、今の段階で言うつもりはないんだろうな、と思う。
「そりゃあ、グリア隊長だろ、施設管理っていえば。眼鏡かけた神経質そうな人」
それをいうと、彼女も思いだしたのか、あぁ、と声を上げた。
「あの一言目が必ずお金の人ね。それなら遠慮なくいけるってものよ」
そして、口の端をつり上げる。
グリア隊長――彼は、一見、騎士というよりは学者のような風貌をしている。細長い顔にぎょろりとした目。神経質そうで、いつもイライラしているようなイメージの人物だ。
そして、それに違わず、領主様からは施設の管理を一手に請け負っている、らしい。
多分、軍師様といろいろ意見がぶつかったりしているんだろうなぁ。今の表情、鬱憤溜まっていると言わんばかりだ。
「何するつもりなんだ……?」
そんな様子にオレは気が気じゃない。絶対に嫌がらせに近い何かをするんだろう。
「鍵を借りるのよ」
言葉にすれば簡単なようだが、普通、鍵の貸し出しはされない。
軍師様の目が語っている。抵抗すれば実力行使、と。オレに止めるすべはない。
「あー、作戦に支障が出ない程度に……」
「何言っているの。支障が出た方がいいでしょう!」
ふふん、と腰に手を当てる彼女。
確かに、作戦の意図が変わっている以上そうなのだが。何だか焚きつけたようで、非常に申し訳ない。心の中で謝っておこう。
「鍵を借りられたとして、明日の夜に出ていくわよ。巡回、当たってなかったわよね?」
彼女が確認を入れてくる。
ここでは見習いだろうが、巡回の仕事に組み込まれている。明日は朝からの番だ。
まぁ、夜番だとしても、軍師様の我が侭を発動して、変更するんだろうけれど。
「当たっていないけど、どうするんだ?」
オレの肯定と問いかけに彼女は一つ頷いた。
「場所と時間は明日、言うわ。一仕事した後、その場所で落ち合いましょう。荷物をまとめておきなさい」
念には念を入れているのか、重要な部分は告げられなかった。
「ちょっと待ってくれ。どうやって関所を越える予定なんだ?」
このままだと、彼女が聞きたいことを答えただけで話が終わってしまいそうだったので、オレはずっと聞きたかった事を聞くことにした。
しかし、彼女は、
「切り札があるのよ」
とにやりと笑っただけ。明日のお楽しみ、と言わんばかりだ。
この話もこれ以上話してくれそうにない。
それなら、と、オレは別の疑問を持ち出した。
「じゃあ、今じゃないと聞けないかもしれないから聞くけど、あの時のラース様の話し相手は誰だったんだ?」
それを聞いて、彼女の眉がぴくりと動いた。
「貴方も部屋の中、見たでしょう。誰もいなかった、そうよね?」
確かにいなかった。
でもオレの位置から見えなかっただけかもしれないと、あの後考え直したんだ。
それを伝えると、彼女も頷く。
「そうね、そういう考えもあるわね。でも、私は中に入ったけれど、そんな人は見なかったわ。話していたのは事実だけれども、相手が人とは限らない」
さりげなく彼女は『人』を強調した。
人以外がいたとでも言うのだろうか、あの部屋に。
「まさか、妖精でも見えていたとか言わないよな、ラース様」
「彼がそういう類のものを見られる人という話は聞いた事ないわね。現場も見た事もないし」
オレの言葉に即座に返してくる軍師様。
オレだって判っている。あの声がそんな可愛い存在でないことくらい。
「ただ、嫌な予感がするんだよなぁ。あの声って。心の隙間を突いてくるような、急に背後から斬りかかられるような」
「気配が、ね……。似ているのよ……」
あの気配をどう表現したらいいのか考えていたオレに、彼女の呟きが断片的に聞こえた。
顔を上げたオレに彼女は視線を逸らす。
「前に、貴方と同じ事を言った人がいたわ」
そうとだけ言うと、わざとらしい咳払いをして、「もういいかしら」と話を切った。
何か、秘密が多いな、軍師様。
「最後に一つ」
答えたくなさそうな素振りの彼女に食らいつく。
「あの話が聞こえてきたのは、エルが何かした?」
ラース様の執務室の扉に彼女が手をついただけで、今まで聞こえなかった部屋の中の会話が聞こえるようになったんだ。疑問を持っても可笑しくないだろ。そう聞くと、彼女は肩を竦めた。
「あれは多分、貴方のおまじないと同じ様なものよ」
「オレのはおまじないだけど、エルのは変化があるじゃないか」
そんなのと一緒にされたら、世も末だ。
「貴方のも変化はあったのだと思うけれど……。要は飯の種ってやつよ。放浪の軍師だけじゃ、今時やっていけないもの」
彼女の言い分も一理あるのではないだろうか。
軍師とは、その職種ゆえに、上に立つ者との信頼関係も必要になってくる。政治にいろいろ口出ししたりするわけだから。そうすると、放浪している人物に信頼というのは置きにくいはずだ。まぁ、頼まれている段階で、多少は信じられる対象って事なんだろうけど。
それにしても、飯の種って何だ。
「便利でしょう?」
放浪の軍師様は、したり顔で言い放った。情報屋でもしているのだろうか?
「便利というか……、セコくないか?」
「セコくて結構よ。これのお陰で危険を事前に知る事ができたんだから」
彼女は気にしていないようにさらりと言った。まあ、その通りなんだけど。
「他に質問無いなら、そろそろお開きにしたいわ。明日の準備もあるし、そろそろこちらに気付かれるわ」
何に、とは言わない。
彼女は控えめに息を吐き出した。
「判った。そうしたら、明日、こちらに伺いますよ、軍師様」
オレは恭しくお辞儀をしてみた。彼女はちらりとそれを見ただけで、手をしっしっと言わんばかりに振っている。
愛想がないなぁ。
そう思いつつ、扉の取っ手に手をかけた時、どすん、と手に衝撃が伝わる。思わず手を放すと、その拍子に視線の先の木目に何か光る物が。尖っている?
「何してるの」
しげしげとそこを見ているオレに、後ろから軍師様の声がかけられる。
「いや、何か扉に当たったようだから……」
口にして、はっとした。
これは。
バッと扉を開けて、その外側を見る。そこには細長い棒、いや矢が突き刺さっていた。すぐに身を翻し、扉を閉める。第二撃が来るかもしれないからだ。
「軍師様、矢が刺さっています」
オレは部屋の主に聞こえるくらいの声で報告する。しかし彼女は眼鏡を触りながら、「そう」と素っ気なく返事した。
「恐らく、何処かの誰かさんが焦れたのでしょう。部屋の内部が覗けないから」
覗き魔に対する宣戦布告のような言葉を口にする。
「ただの牽制よ、これは」
そういうとオレを追い抜き、扉を開ける。
廊下はすでに夜のヴェールが引かれつつあった。その中でも夜に紛れず存在する漆黒の矢。
「こんなに黒い矢羽根なんて珍しいですね」
改めて矢を見たオレは、無言で矢を引き抜いた彼女に何となしに言った。
「えぇ、そうね」
同意の言葉を紡いだ軍師様だったが、言葉尻が少し強い。これは不機嫌の顕れだという事をオレは知っている。現に矢を握った手が強く握られているのか白い。
「どこの誰だか知らないけれど、喧嘩を売ろうっていうなら買ってあげようじゃない。スタンドーネの底意地の悪さ見せてあげるわ」
彼女の眼鏡がきらりと光った気がした。
次回から逃亡当日となります。




