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冗談じゃないわ 1策目

今回から本編です。

シリアスが多めだと、どうしてもシリアルを入れたくなるんです……。



――クリス王国歴238年 クリス王国ドムトール領――



「ひどいものだよ。関所だって規制が厳しすぎて、とても商品の仕入れなんてできやしない!」

オレは商品を受け取りながら、商人のグチともいえる言葉に苦笑する。


 ここクリス王国は現在この世界を二分する大国家の1つだ。他にも小国はあるが、これほど繁栄している大きな国はない。

そして、現在地ドムトール領はクリス王国の南方に位置し、王都と南の小国を繋ぐ交易ルートになっている。その恩恵ともいうべきか、通路には露店が並び、それなりに潤っている土地柄ではある。


……あるのだが、少し前までは店が出たりして賑わっていた大通りは、今はかなり閑散としている。

それは先程商店主に言われた通り、関所の厳戒態勢のせいだ。近頃、盗賊団が出るとかで他の領地からの出入りが難しくなっている。

だから、商人たちはこの地を敬遠し始めているのだ。迂回路がないわけではないのだから。


「一時的なものですよ。恐らく次に月が欠け終わるまでには解除されているんじゃないかな」

月の満ち欠けは約二十日。今は月が満ち始めたところだ。だから三十五日はあるだろう。


「頼みますよ、騎士様。長く続くようじゃあ、こっちもやってられんよ」

商人の『騎士様』という言葉に思わず手を振る。


「いやいやいや、オレは下っ端中の下っ端なんで『騎士様』なんて程遠いですよ!だから、どうにも出来ないけど上に言っておくよ。……それでいいですよね、お嬢さん」


そう言いながら自分の後ろを振り返ると、そこにはオレと同じ歳くらいの少女。

背中辺りまでの金髪ポニーテールと意志の強そうな翠色の瞳にかけたメガネが印象的だ。


「えぇ、そうね。普通ならお触れくらい出てもよさそうなものでしょうに。文句を言う権利があるわ。……あ、コレ、買います」

彼女はオレの言葉に同意しつつも、ちゃっかり自分の買い物をしている。そして関所の様子をさりげなく聞いているのが、耳に入ってくる。


彼女がお金を払い終わったのを見計らい、少し離れたところで待機していたオレは彼女と共にその場を後にした。




「まったく。探しましたよ、スタンドーネ軍師様」

オレは前を歩くその後ろ姿に声をかけた。


「城下に出るなら、そうおっしゃって下さい。探しにくるの、オレなんですから」

「あら、貴方も買い物していたじゃない。用事があったんでしょ?」


オレに『軍師様』と呼ばれた彼女は、視線だけをこちらにやり、歩みは止めない。

『軍師様』。そう『軍師様』なのだ、彼女は。


彼女のフルネームは『エフィラル=スタンドーネ』という。

スタンドーネという家名は彼女の祖父に当たる『ランダス=スタンドーネ』という『戦ったら負け無しの軍師』を筆頭に、軍師・官吏の名門である。「国の影にスタンドーネあり」と謂われた時期もあるほど、世界に名を轟かせていた一族である。


ただ、そのランダスはある意味『やりすぎた』。


勝つためには、どんなに汚い手だって使ったし、人を貶める事もよくあったらしい。それでも彼は官吏としても優秀で、彼の発案した政策で一つの国を立て直したとさえ言われている。

鬼才。

まさにそういう人だったそうだ。


しかし悪事千里を駆ける。

ランダスの経歴はそういった輝かしい部分を葬り去られ、悪い部分だけが世に伝わり続けて、悪名高き軍師として今も名前が残っている。


だから、彼女が『スタンドーネ』を名乗るには相当の覚悟があったんじゃないかと思われる。

彼女の親、つまりランダスの子が世に出てこなかったくらいなのだから。

それ程、『無敗の軍師』の名は大きい。



「違いますよ。これは、オレが城下町に下りると知った同僚の分です。本題は軍師様なんですからね!」

オレが手にしている紙袋をガサガサ揺らすと、メガネの奥の瞳が細められた。


「はいはい、勝手に抜け出したのは謝るわ、ジョオン=ダーミック」

そうオレの名前を呼びつつ、顔をこちらに向けた。


彼女は人を呼ぶ時、大体フルネームだ。恐らく仕事を徹底しているみたいで、オフの時でもなかなか名前だけを呼ぶ事はない。たまに普通に名前を呼んで慌てている時がある。まぁ、よく見ていないと判らない程だけれど。


「で、何の御用かしら?」

そういえば途中から買い物の方に重点を置いてしまっていて、本題を忘れてしまっていたな。

オレは咳払いをしてから、姿勢を正し、口を開いた。


「スタンドーネ軍師様へ伝令です。ラース公子から、ただちに出頭するように申し遣っています」

「そう。作戦の関係でしょう。一旦部屋に戻ってからにしましょう」


荷物を置かなきゃ。

そう悠長に返されては、オレの立場が無い。まぁ、持っていけないのも事実だが。


「オレが持ちますから、急ぎましょうよ。公子を待たせているんですから」

溜め息混じりにそう切り出せば、彼女はオレの荷物の上に自分の荷物を置いてきた。

「じゃあ行きましょ」


つまり今から持て、と。

まんまと持たされた気がするが、ラース公子を待たせているのも事実。仕方なくオレはそのまま荷物を持ち、先を歩く彼女の後を追った。




 ドムトール城はもともと商館であったものを幾度も建て増して、現在の形になったらしい。その姿は城というよりは、巨大な屋敷といった方がしっくりくるかもしれない。


そんな建物の東側に位置する光差す廊下の先に、ラース公子の執務室はある。

ラース公子――フルネーム、ラース=ドムトール――は、ここの領主の一人息子であり、現在体調の優れない父親の代行を行っている。


品行方正、文武両道、その上物語の王子様を絵に描いたような性格で、見た目もいい。そんな彼には密かにファンクラブも存在している、らしい。

目の前の彼女も「ノリで入ってみたわ」と平然と言っていたのは記憶に新しい。

確かにノリでなければ、この軍師様が誰かに靡くところは想像出来ない。


 そんな事を考えている間にオレ達はラース様の執務室の前まで来ていた。オレは入室許可を得るため、扉をノックしようと手を持ち上げる。しかしその手は扉を打つ事はなかった。オレの手を止めたのは隣の人物。


彼女は何かを訴えるようにオレに視線を向けた後、真剣な顔をして扉を見据える。

しばらく大人しくしておいた方がよさそうだ。


そう思ったオレは、ノックをするために上げた手を下げた。代わりに彼女は何かを呟いた後、扉に手を当てた。


すると、どうだろうか。

聞こえないはずの室内の話し声が、微かだけれど漏れ聞こえ始めた。驚いて、隣の軍師様を見ると、唇に人差し指を当てて「しぃー」とオレに訴えている。

どうやらタネ開かしは後にしないといけないらしい。


それにしても、こんな場所に似合わないジェスチャーするなぁ、と微笑ましい気持ちになったのは秘密だ。

しかし、そんな気持ちもすぐに中からの会話に遮られた。


「……はどうなっている?」

ラース様の声だ。どうやら中に誰かいるようだ。


「未だ見つかっておりませぬ」

空気をシューシューと吐き出すように告げられた言葉は相手のものだろう。何か嫌な声だ。


「焦らずともよい。折角ここまで絞り込んでこられたのだ。目的のものももう少しだろうよ」

それに返すラース様の声も違和感がある。先程も述べた通り、ここの公子様は爽やかすぎるようなお人だ。

しかし、この声は真逆の印象。辛うじて公子様の声だと判別出来るが、このような暗い声を出すなんて思わなかった。


「あれの破壊こそが我らの悲願。牙も使い手無くしては、ただの飾りにすぎませぬ」


『牙』と聞いた軍師様の顔が僅かにしかめられた。心当たりでもあったのだろうか。


「全くだ。……ところで『盗賊団』の方はどうなっている?」

声に同意した公子は、今日の天気を尋ねるかのように、さらりと話を変えた。


どうなっていると言われても、その為の対策を隣にいる軍師様が立てているのだから、解るはずないだろうし、彼女に聞くのが普通だろう。

別の意味で言われているのならともかく。


「どうやら、王都に通報する様子も無く、一部の人間だけが動いております」

「ふふ、だから彼は甘いんだよ。こちらの口実に使われているとも知らずにな」


どうやらラース様と『盗賊団』はお知り合いのようだ。

何だか、きな臭い話になってきた気がする。

オレはそんな境遇の人間を一人知っている。ラース様をお互いによく知る人物を。


「こちらがそろそろ動き出すのは察してはいるだろうが、何も出来まい。尻尾を掴ませるような馬鹿な事はしないからな」

人を嘲るように彼は笑う。


「一つ懸念があるとすれば……」

「あの小娘ですな」


隣の彼女が別の手で口を塞ぐ。

まさか、いきなり自分が話に上がるとは思っていなかったのだろう。まして、こんなきな臭い話に。


「いくらスタンドーネの血を引いていようが、まさか自分が王国滅亡の手引きをしているとは思いますまい」

「だからこそ、その事実を知った時の反逆が予期できない」

「作戦はすべて、あの小娘めに任せておりますからな。そうなった場合は………」

「勿論、早々に」


その最後の言葉に被せるように、ノックの音が響いた。

音源はもちろん、扉をキッと睨んだ軍師様だ。


「ラース様、スタンドーネです。入りますわ」


いつものお仕事用口調で入室を求める。すぐに中から許可の声が上がり、不審がられない程度に素早く扉を開ける。


そこには公子は一人きり。

入り口はここだけだ。窓は閉まっているようだし、誰と話していたんだ?


「お呼びと聞きましたが、どのようなご用件でしょうか?」

先程の睨みを嘘のように消し、仕事用の顔で彼女は言った。

ただ、ラース様の死角にある手は小刻みに震えているのをオレは見た。


「とりあえず座ってくれ。作戦の事で聞きたい事があるんだ」

爽やかな、と形容詞の付きそうな笑顔が逆にうさんくさい。


「判りました。ジョオン=ダーミック、詰め所に控えておいて。後で荷物を引き取りに行くわ」

そう言い残すと、彼女は部屋の扉を静かに閉めた。


それと同時にオレは思いっきり脱力した。そして、落としかけた荷物を慌てて持ち直す。


何なんだよ、アレは。

この国を滅ぼす?

何かの冗談だろ。



オレはとりあえず、軍師様に申し遣った詰め所待機を遂行するために歩き出す。立ち尽くしているのも、不振がられるのではないかと思ったからだ。

……先程の話し相手がここにいないとも限らない現状では。


 そもそも、このドムトール領の領主であるハークライ様はクリス王国現国王と古くからの友人である。

穏やかながら芯の強い人で、こんな無謀な真似、領民を危険に曝すような事はしないだろう。……ただ、当の領主様は最近姿を見せていない。病を患っていると発表されているが、城の中にも会ったという人の情報は聞かない。


本当に、今この領地はどうなっている?


城仕えをし始めて間もないオレが、こんな事考えるのはお門違いなのかもしれないけれど、先程の商人の話もある。

悪い予感しかしない。




ジョオンは普段でもこういう性格。

だから軍師様につけられている、気がする。

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